ちょっぴり
部屋に戻ってきた彼女の手にはいくつかの家族アルバム。
手渡されたので開いて眺めてみる。
普段僕ら学生が使うノートと同じぐらいのサイズであるが少し外側が膨らむようにして厚くなっている。
本当に産まれたばかりの裸の赤子。
夏菜だとは思うが流石にこの頃は普通で安心した。この頃から飛び抜けた才能があったりしたらもはや人間ですらないとは思うが。
「そこは見なくていいです。恥ずかしいので」
親友の子供を見たばかりだが前はどんな赤ちゃんでも同じ顔に見えていた。しかし、夏菜と海里ちゃんの顔ははっきりと違う。
産まれた時から夏菜の目はうっすらとしか開いていない。
「なんで? 知らなかった頃の夏菜を見れて嬉しいんだけれど」
写真を通して過去の夏菜に会える。
そう思うと今まで以上に彼女との思い出なんかをいっぱい撮りたいと思うのは自然な流れ。
「自分にも記憶のない頃ですし、なんか妙に全てを見られているようで」
「裸なら見てるんだけどな」
「今だって恥ずかしいですよ。脱ぐときも脱がされる時も口から心臓が出そうなほどです」
「まぁ、そうね」
初体験程でないにせよ、いつまでたっても慣れはしない。
更にページを捲っていく。
四足歩行から二足歩行になり、気づいたら見知った建物の前で三人が並んで撮られている写真。
幼き頃の夏菜と春人さん。
冬乃さんはどういうわけか見た目が全く変わっていない。
ある意味怖い。
小さな少女の髪の色はまだ真っ黒で春人さんと同じ赤茶色の髪色をしていない。
そして何より腰まで伸びる長い髪。
いつか友達になれたかもしれない少女の面影。
「へぇ、あれ夏菜だったんだ」
昔から他人に対して無口。
今はこうして親しい間柄だからこそお喋りではあるのだけれど、他人に他する塩対応は変わっていない。
でも正門の前で並ぶ三人は笑顔を浮かべており、この頃は夏菜も表情豊かであり、時が進むにつれて不愛想へと変わっていく。
小さな子供だけの世界で彼女の表情が薄れていくと考えると少し悲しく残酷だと思った。
「驚かないんですね」
「なんかそんな予感はあったからね」
「というかですね……。私は先輩のこと女の子だと思ってたんですよ」
「あぁ……」
ちょうど今の夏菜ぐらいの髪の長さだった。
髪を切るというのが面倒で、子供一人どこで切るべきか悩んでもいた。
母親譲りの顔立ちのせいもあって女の子に見えなくもない。
男女だとか女男だとか言われたし、悪口だと理解していたけれど気にもとめてなかった。
「それで警戒されてなかったのかな」
「どうでしょう。変な人だなー程度に認識していましたが、無害そうだったのと、少し自分に似た雰囲気を持っていたので」
どちらも他人から遠ざけられるタイプ。
あんまり関わろうともしなかった点は同じ。
何をするわけでもなくただ遠足の間は一緒にいた。
「今思い返すと先輩と共通点ありましたね」
「例えば?」
僕は僕だから共通点もなにもないと思う。
本人だ。
「いえ、昼食の後に寝転んでそのまま睡眠して飛んできた鳥に羽休みの木々代わりにされていたり、野良猫をお腹に乗せたまま息苦しそうなまま寝ていたりですね」
「そんな記憶ないけど」
「熟睡してましたから」
「それはそうだね」
「動物に好かれるというより動物にも馬鹿にされてますよね」
「少し思ってたけど、それは傷つく。というか、『にも』?」
「普段から馬鹿なことしてますし、散々私になじられていますよね」
「その口塞いだほうがいいかもしれない」
「どうぞ。手でではなく口同士で塞いでくれるならお好きに」
「その口、貪ったら減るかな?」
「寧ろ歯止めが利かなくなりそうですね」
「降参、お手上げ」
夏菜の減らない口より僕の寿命のほうが減りそう。
「にしても」
アルバムを捲る。
幼き日の彼女。
「子供の頃から凄い可愛かったんだね」
左目の下に泣きぼくろはまだなく、タレ目だけが際立ってぼんやりとした表情に見える。
出会った頃は小学三年生ぐらいか、ページを捲り続けると彼女のミニバスのユニホーム姿があった。
トロフィーに成績優秀者として証の賞状を手に喜ぶ様子もなくカメラを見ている。もうこの頃から同世代に興味を示さなくなっている。学外の活動で何かを得ることを期待したのかもしれないが、単純に彼女は才能を開花させセンスは磨かれた。
そして更に孤立して孤高へ昇華される。
身長はゆっくりと伸びていき、それよりも女の子としての成長が著しい。
5、6年生ぐらいにやると泣きぼくろも表れて、周りにいる学生達に浮いて異彩を放っている。
「運命って言葉で片付けたくないですが、私と先輩が出会ったのは運命的と思いたくなりますね」
「そうだね」
アルバムの最後のページ。
両親に挟まれてぼーっとしている少女はもう出会った頃の姿にかなり近い。
中学の入学式。
髪はバッサリと切られボブぐらいに。
それから少し伸びて僕と出会う。
「夏菜ってさ」
「はい?」
「小学卒業するぐらいってバストサイズっていくつあったの?」
「Dぐらいじゃないですか。中学でFになって卒業するぐらいにはGになってましたから」
「お金かかりそう」
「……そうですね。家計を握っているのは父さんなので、ずっと頭を悩ませてましたよ」
ブラだけではなく、体操服や衣服に掛かる費用が正直馬鹿にならないレベルだったそうで、今はどうなのかというと急激に成長はしなくなったがゆっくりとまだまだ育ってはいるらしい。
「揉むと育つっていうよね」
「背中とか揉んでほしいですね」
「諦めてなかったんだ」
身長も伸びてはいる。
ミリ単位で。
本人は160は欲しいと言っている。
「だって立ってキスするとき背伸びしても届かないんですよ」
一度、頭突きを食らったことがある。
顎にクリーンヒットしてかなり痛かった。
……砕けるかと。
「それに先輩にしゃがんで貰ってからしないといけないのは、私から好きな時には出来無いってことですよ。理不尽です」
「まぁ、僕は好きな時に出来るからいいんだけどね」
「ズルいですよ。身長くださいよ」
「僕も高いほうじゃないからね」
そう言ったもののどうしようもないことは理解しているので、残念がることもなく夏菜は僕が見終わったアルバムを手にして懐かしむようにページを捲っている。
じっくり眺めることにしたのか数冊手に持ってからベッドにうつ伏せの状態で寝転ぶ。
僕も最後のアルバムを手にして彼女の脇に座った。
一ページ目を開いて、ほぼ現在の夏菜の姿となっている。
この家の玄関先にこれまた家族で並んでいる写真。
黒いストッキングに高校の制服に身を包み、着崩すことなくしっかりと着用しているところが今とは違うところか。学年を示す色のタイも久しく見ていない。
幼少期から今までの成長を記録したアルバム。
知らない彼女から知っている彼女まで。
「そういえば先輩」
アルバムをぱたっと閉じるとこちらに向き座り直す。
何のことだろうと僕も眺めていたアルバムを閉じた。
話をする時どちらもともなく今やっている作業を中断してしまう。なんとなくだけれど、僕らはどちらも相手の話をしっかり聞こうとしている現れだと思っている。
春人さんと冬乃さんもお互いに会話をする時には同じように作業を止めているし、関係を長く円満に続けるコツなのかもしれない。
「どうしたの?」
「『僕は僕で幸せな家族を築くから』と言ってましたけど、そういうことだと思っていいんですよね?」
「あー」
ここまで何も言われなかったから聞き流したのだと思っていたが違うようで、改めて落ち着いた時に聞こうとしていたようだ。
「ちゃんとしたプロポーズは改めて然るべき時、僕が夏菜に対してもっと責任を負えると思った時にね」
言うほどの責任はないと思う。
彼女は彼女で自分の責任をしっかりと負えるし、余剰で僕の責任すら負うだろう。
これからもずっと一緒にいるということだけなら、その覚悟は僕にはある。
でも今はまだ僕と彼女は平等とは思えない。
ずっと救ってもらっている。
手を差し伸べられることもあるし、傍にいるだけでも力を貰える。
それを彼女に言えばきっと夏菜は否定するだろう。
まぁ、散々語ってはいるがこれは僕の自己満足。
だって男の子だからね。
みっともない姿を晒し続けることに負い目がある。
何も言わず僕の様子を伺う。
じっと見つめ合う。
試されている気分になるが、逸らさない。
そして夏菜のため息で張り詰めた空気は霧散した。
「はぁ……、わかりました。先輩には先輩の矜持があるんでしょう、それについて私が兎や角言うつもりはありません。でもプロポーズは待ってますからね」
「うん、もちろん」
「なら良いです。こちらにも限界はあるので、その時は無理矢理にでも婚姻させますからね」
「う、うん」
その時はその時で別の覚悟がいりそう。
「すでにその準備はしているので」
「え?」
「なんでもありません」
肝が冷える。
やると言ったらやる人。
※
夕食の後、夏菜と冬乃さんが二人でお風呂に入ってから食器を片付ける作業をこなす。
この家には自動食器洗浄機はない。
そもそもやたら調理器具や食器の量が多く置く場所がないというほうが正しく、手洗いを余儀なくされる。
かと言って僕の仕事を機械に一つ奪われなくて済んでいるのでありがたかった。
ぱぱっときゅっきゅっと洗い終え、手を拭いリビングに戻る。
春人さんはというと食後の一服として縁側でぼーっと座っており、夜の暗闇に光る小さなタバコの火がホタルのように見えた。
「春人さん、終わりました」
「おうサンキュな」
「ついでに相談があるんですけれど」
「どこがついでだよ……。もちろん構わないが、夏菜のことか?」
「間接的にはそうですけど」
「渉にしてはかなり歯切れが悪いな」
「自分のためですからね」
だからこそ余計に。
夏菜のことなら素直に相談出来るが、自分のこととなるとちょっとね。
「それでどんな相談なんだ」
「まずはバイトのことですね」
「あぁそんな時期だもんな」
夏休み明け、文化祭のシーズンになりそれが終わると完全に受験モードになる。
「夏菜は寂しがるだろうな」
「まぁ、それは彼女もわかっていることだと思いますし」
わかっているから寂しがらないということはない。
でもバイトを辞めたとしても家にはいるから、そこまでではないと思う。
勉強をカフェでやってもいいわけだし。
「九月いっぱいでやめようかと」
「わかった」
「それとなんですけど……」
これからの事。
やろうとしていることを春人さんに話す。
真剣に聞いてくれて協力もしてくれると了解を得た。
「応援してるから好きなようやれ」
「うっす。ありがとうございます」




