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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一年は淡く過ぎ去り、想いを育む
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親友からの電話

 最終日のチェックアウトまでの時間はほとんどプールで過ごした。

 朝からプールで遊ぶ人は少なく僕らの貸し切り状態。大人っぽい真っ黒なビキニに同じ色の薄い布地のパレオを纏っていた夏菜もすぐにパレオを外して健康的な両腿を晒す。


 疲れたらドリンクを片手にガーデンベッドで一休み。

 僕はただ水に浸かって歩いていただけで、水の抵抗が思ったよりもあり結構疲労してしまった。夏菜も最初は僕の傍でゆったりと泳いでいただけなのだが、元がスポーツ少女ということもあり泳いでいるうちに楽しくなっていたようで外周を凄い勢いで泳いでいく。

 遊び用の施設というよりは、涼むための施設といった感じで本来は怒らそうなものだけれど、僕たちの他に人が居ないこともあって黙認された。


 プールの縁に腰掛けて足元だけを冷やしぼーっとしていると、いつの間にか夏菜がプールにただただ浮いていて空を見上げた状態で僕のほうに流れついてきた。


 水面が太陽の光で反射して夏菜の周りをキラキラと輝かせ、濡れた彼女もまた同じように煌めいた姿は印象的だった。

 儚さのある色っぽさ。

 その光景を見れただけでもプールに来てよかったと思えた。


 ちなみにあの夫婦も一緒に来ていたのだが、気付いたらいなくなっていた。

 チェックアウトの時間には普通に合流出来たので何も言うところはない。夫婦の仲がいいのは良いことだ。


 帰りの静かな車内。

 疲れ果てた夏菜も冬乃さんも眠っており、春人さんと喋りながら過ごす。彼も欠伸を何度もしていることから眠気を堪えながら運転しているのを感じる。

 疲れもあるのだろうが、女性陣のまったりとした呼吸音が眠気を誘うのだ。


 やっぱり僕も十八になったタイミングで免許を取ることに決めた。

 入れ替わりで運転したほうが安全だろうし。



 小旅行から暫く経ったある日。

 珍しく僕のスマートフォンに通知を知らせる音が鳴り響いた。



「山辺さんからみたいですよ」



 夏菜が僕の携帯をテーブルから拾い上げて発信者を確認する。

 手渡すために四つん這いで近づいていくる夏菜を、少し離れた場所でギターを弄っていた僕はその姿を確認すると楽器をスタンドに掛ける。

 二人だから気が緩んでいるというよりは、最初から気にしてないというのが正しい。

 長い谷間が出来上がっている。


 気にしてないと思っていたが、どうやらわざとだったようで、僕の視線に気付いた彼女は勝ち誇ったような表情を見せつける。

 今回は見てしまったのだから受け入れる。どう言い繕ってもあれは見てしまうだろう。胸が重力に引かれるように、視線は胸へと吸い寄せられる。エロい視線というよりは、重そうだなって思ったんだけれどね。



「さんきゅ」



 夏菜にお礼を伝えてから画面をスライドさせ通話を開始。

 目の端に居た夏菜は僕に抱きつくように背後に回り視界から消えた。

 電話中だから流石の彼女も変なことはしないだろうと受け入れる。ハグにはストレスを解消する効果があるみたいな話をどこかで聞いたことがあるが、実際その通りで落ち着くし安らぐ。



「司?」

「あ、あー。渉か?」

「まぁ僕だろうね」



 それ以外に誰がって、夏菜がいるか。



「それで?」

「いや、……今話せるか?」



 久しぶりに聞いた親友の声、なんとも歯切れが悪い。



「大丈夫だよ」

「じゃ、駅前のスタバまで着てくれるか?」

「駅前ってどこの?」

「あー、学校の最寄りで大丈夫」



 それだけを伝えると通話が切れてしまった。



「どうしたんですかね? 先輩に頼るなんて珍しい」

「さぁ」



 二人首を傾げる。



「取り敢えず行ってくるよ。夏菜はどうする?」

「んー、先輩と一緒に居たいとは思いますが、山辺さんの態度をみると私がいないほうがいいんじゃないかって思うので自宅で待機してます」

「そっか」



 賢いだけではなく勘もいい。

 そうなんだろうと納得。

 通話を終えてから僕もなんとなく理由は察していた。



「はい。でも何かあったら電話してください。私もすぐに駆けつけますので」

「うん。ありがとう」



 着替えを済ませてからスマートフォンと財布だけを持って家から急いで出る。

 夏休みの昼ということもあり、駅中は社会人よりもやはり学生ぐらいの年代の人達が大勢いた。

 誰も彼も楽しそうに青春を謳歌している。

 共通の趣味を語ったり、これから遊びに行く先でどんなことをしようと相談していたり。


 僕もまた青春真っ只中。

 友達に呼ばれて急ぐ姿もそれっぽい。

 恋と同じように数多あるテーマの一つ。

 年代で大きく変わりそう。


 電車に揺られながら、高速で流れていく景色を眺めながら思考することはどうでもいい物ばかりだ。

 アナウンスは目指す駅を告げる。

 梅ヶ丘前。


 学園と学生が立ち寄りそうなお店ばかり存在する駅には人影はなく、坂道に幾ばくかの生徒がいるだけで、遠くから部活の音がうっすらと聞こえる。これもまた青春の情景。

 現役の高校生ながらも吹奏楽の演奏、グラウンドを走る運動部の掛け声を夕方のオレンジ色に染まる学校を見るとなんともノスタルジックな気分に。

 場所が変わっても中学から見てきた夕日と変わらない音楽は本能に染み込み郷愁を誘うのかもしれない。その光景を見るにはまだ日が高い。


 駅前に並ぶお店の中、司に指定された大手チェーン店のカフェ。一駅ごとに同じ店があるんじゃないかって感じるほど最近は進出している。

 たまに飲む分にはいいが、如何せん値段が高い。

 それにコーヒーをメインにしているお店であり、コーヒーだけなら自宅で淹れるほうが味もコストも優れいていることもあって、出かけた先でしか訪れない。

 季節ごとに出される期間限定メニューは立ち寄った際には頼むが、それ目当てに赴くほどではないと僕は思っている。


 店先の緑色の看板の下に見慣れた顔があり声を掛ける。少し傷んだ黒髪を短く切り揃え、清潔感のある服装。身長は高く、完全に真面目系爽やかイケメンになった親友の姿。半年前とは大きく異る。

 人はこうも変わるのかと。



「待った?」

「待った」

「ごめん。そんな時間を掛けたつもりはなかったんだけれど」

「あ、いや。俺が早くいただけだから」

「そっか。……とりあえずコーヒーだけでも買っとく?」

「おう」



 妙に頼りなさげな司の姿を見守りつつも、アイスコーヒーを注文する。

 店内では落ち着かないという彼に従いテイクアウト。

 店から出てもそわそわしている司に近くの公園でも行こうと導き先頭を歩く。


 学園へ続く坂道同様に梅の木が植えられている公園。

 春は見ごたえあるが、夏にもなるとどこにでもあるような色合い。

 中央には池があり、僕らは近くまでよって柵を手すり代わりにして遠くを眺める。

 水面が太陽の光を反射して眩しい。


 風が何度も通り過ぎて、木々を少しだけ揺らす。

 セミの合唱は絶え間なく続く。



「……」



 司もまた沈黙を保っていて表情は優れず、どこか緊張しているようにも見えた。

 もちろん心当たりはある。

 けれど彼が言わないのであれば、僕もまた黙る。

 彼の問題には僕がどうこう出来る物じゃない。



「……あぁ、気持ち悪っ」



 いきなりえずきだした。

 それはちょっと予想外。



「大丈夫?」

「いや、駄目かも。まだ少し先だって思ってたけど、予定日も近くなってそろそろ入院しようって話しになってさ。その準備も終えてさぁ……」

「うん」

「緊張してきて吐きそう」

「今からその調子で持つの」

「だからお前を呼んだんだよ」

「まぁわかってたけど、神楽先輩には言ったの?」

「あぁ、むしろあっちのほうがどっしりと構えてて余裕があった。男ってこういう時駄目かもしれねぇ。世の中の父親ってどうしてきたんだろうな」

「さぁ……。そういうこと聞いたことなかったし」



 どうなんだろう。

 夏菜が妊娠したとする。

 あ、駄目だ。

 司と同じようになりそう。

 彼女のことだけでも心配なのに、子供のことも増える。

 心配と不安で潰れそう。



「覚悟決まってたつもりだったんだけどなぁ」

「覚悟か」

「雅と子供を守ると意気込んでみたものの、この通りだよ」

「むしろそんな状況になっていることの方が凄いよ」

「まぁそうだけどさ」

「僕にとっては子供って先の話しだから、やっぱ司は凄いと思うよ。自分ではこの様って言ってるけど、近いうちに子供と一緒に生活して育てるんだから、覚悟とか言ってる場合じゃなくなりそう」

「言ってることはわかるんだけどな」



 何度目かの沈黙。

 でも話しているうちに顔色は少しずつ良くなってきている。



「このあと神楽先輩のとこに戻る予定?」

「一日好きにしてこいって言われてる」

「じゃ、遊びに行かない?」



 司に今必要なのは肩の力を少し抜くことだと思う。

 出産という人生でも大きな事件。

 仕方ないことだとは想像に難くない。

 僕に出来ることは、彼が満足するまで付き合うことだけ。



「遊んでていいのかなぁ」

「遊ぶつってもこうやって駄弁ることも十分遊びだと思うよ」

「まぁ、そうな」

「どこか行くでもいいし、昔一緒に行ってたゲーセン行くでもいいよ」

「暫く行ってなかったな。あそこ、今もあんのかな」

「あるよ。夏菜とも最近行ったから」



 買い物帰りでバイトまでの空き時間。

 クレーンゲームだけやって帰ったりすることがある。適当な二つほど色違いのクマのぬいぐるみを拾い上げて、今は夏菜の部屋の机の棚に並んで飾られていて、僕が住むようになってから男の子部屋になりつつあった彼女の勢力圏が復活の兆しを見せたのである。



「ちゃんとお前ら恋人らしいことしてたんだな」

「どういう意味?」

「デートそっちのけで盛ってんのかと」

「一応、僕も夏菜も理性はあるよ」

「ほんとかよ」



 公園を離れて都市部のほうまで足を伸ばした。

 移動中も話しが途切れることなく、昔あった出来事に花を咲かせ懐かしむ。

 僕と司の出会い。

 興味本位で話しかけてきて、今もこれから続く友情とは思わなかったこと。僕もまた彼に話しかけられて驚いた記憶が蘇る。そもそも友人の一人もおらず、人とまともに話したというのが衝撃だった。小学校から中学という環境の変化は、僕の家の悪評を下げるには十分な期間と別の学校出身の統合という形で薄まった。

 それから学校内外でもつるむようになり今に至る。



「市ノ瀬ちゃんと出会ってからお前変わったよな」

「そう? 一番変わったのはここ一年っていう自覚はあるけれど」

「それはそうだな。他人を俯瞰で見てたお前が割りと関わるようになってたし、恋愛に興味なさげっていうか否定的だったのに学園内でもいちゃつくわ……」

「別に他人に迷惑掛けてるわけじゃないし」

「そういうところ市ノ瀬ちゃんに似てきたな」

「まぁそうだね」



 一番大事なのは僕と夏菜。

 それに揺るぎはない。



「ま、実際良い影響だよな」

「そっかな」

「前より自然に笑うようになったよな」

「うん。お陰様で」



 なんだか僕の方が励まされているような気がする。

 本末転倒だな。


 そんなこんなでゲームセンターまで辿り着く。

 一階はクレーンゲームとプリクラ、二階はビデオゲームになり三階はメダルゲームとなっている。最近になって知ったのだけれどプリクラって男子禁制だったんだね。


 夏菜と二人で撮ったこともあるのだけれど、二人して筐体の操作が覚束ないし、落書きするセンスもない。背景とスタンプだけで誤魔化した。

 美顔効果の加工が出来る筐体だったようで、なんともまぁ……美少女の後ろにボーイッシュな女性が少女を抱きしめている画像が出来上がった。ちょっとだけげんなりした記憶がある。

 スマホに転送する機能もあったが、僕の手元には一度も表示されないまま保管されることになった。


 まずはビデオゲームで対戦をと思ったのだけれど。


 

「お前とやっても勝てね―から嫌だよ。協力系かさっさと上の階行かね?」

「そんな実力差ないよ」

「いや、お前一戦ごとに修正してきて対応も変わってくるから」

「そういうもんじゃないの? 対戦ゲームって、相手の心理を読んだりとか状況把握して対応、詰んでる状態なら割り切りも大事だけど」

「普通の遊びでそこまで本気になるから対戦する側も疲れるっつの」

「対戦するからこそ本気のほうが楽しいと思うんだけどなぁ……」

「それがわかるのは少数派だよ」

「そう? 夏菜も――」

「お前らが特殊なだけ」

「……そうだね」

「渉に付き合えるのは市ノ瀬ちゃんだけ、逆もまたな」

「お似合いってことだね」

「こいつ……」



 いつだったかの夏菜の口調を真似してみた。

 自分では結構似ていると思う。

 彼女をずっと見ているからこそ、微妙な抑揚の付け方すら再現できた筈。



「再現度たけぇーけど、男が市ノ瀬ちゃんの真似しても陰キャにしかみえねーよ」

「それは残念」



 ビデオゲームの階層を一気に抜けてメダルコーナーへ。

 司と時間潰しに通っていたのは一年ぐらいまでで、二年に上がると僕の隣には夏菜がいたからメダルゲームで遊ぶのもかなり久しぶり。店に預けていたメダルも期限が切れて回収されている。


 新にメダルをカップの半分程度を購入すると並んで適当に遊べるゲームを選ぶ。

 最初に選んだのは釣り。

 適当にやってるだけで時間が過ぎるし、賭け数もそれなりで長く遊べる。

 まぁ、メダルゲームは余程のことがない限り半永久的に遊べる。だから、司と暇つぶしとしてよく遊んでいた。

 ゆっくりと時間が過ぎるので会話にもうってつけ。

 飽きたら競馬でもやろう。


 僕らが運動部ならキャッチボールなりパス回しなんかしながら話し合っていたのだろうか。

 そちらのほうが誰も描く青春って感じだよね。

 先程までいた公園はそれなりってところだった。

 これが僕らのアオハルなんだろう。


 司の薬指には指輪があり、僕もまたリングを付けていた。

 青春とはいえば部活、友情、恋愛だろうか。

 そういう意味では僕も司もハッピーエンドを迎えている。



「大多数の恋愛ドラマとか小説ってさ、結ばれるまでが面白い訳じゃん」

「渉って唐突に語るよな」

「そりゃごめん」

「いや、いいよ。お前らしいし聞いてる分には面白いから」

「そう言ってもらえて助かるよ」



 突っ込まれたことで微妙に続けづらくなり、咳払を挟む。



「なんやかんやあって付き合う、その後が少し描かれて終わりみたいな」

「まぁそうな。一番見応えがあるのは実際そこだしな」



 異論はない。

 他人の恋愛を見て楽しいと思える最高の瞬間だと思う。主人公に感情移入出来るからこそ彼らの関係に亀裂が入ると辛いし、心に触れるような描写があれば自己投影するように喜ぶ。ヒロインが可愛ければ悶えるし、主人公が逆に不真面目であれば反感を覚える。


 ヒロインは基本的に難あり。

 欠点があったほうが可愛いのかもしれないし、付け入る隙きがあるのも事実。

 主人公とヒロインが出会いお互いに仲を深め、問題を解決していく。


 そして告白し、付き合い始めるという最高の瞬間で幕を閉じる。



「でも人生は続くじゃん?」

「うん」

「物語の恋愛って本当に一瞬なんだなって。恋人が出来て先のことを考えるようになったからこそ、わかったことでもあるんだけれど、本当に大事なのってその先だよねって」



 もちろん、今までの出来事も大事であることが前提。

 かけがえのない思い出。



「出会いが種を蒔くこととするならば、お互いに水や肥料を与えるという作業を繰り返して、ようやく芽が出て付き合う」

「詩的で語るから分かりづらい」

「あー……うん。それはごめん、えーっと」



 相手は夏菜じゃない。

 汲み取ってくれるわけではないのだから、思ったまま口に出しても伝わらない。

 最近、夏菜と絵梨花ちゃんとしか話してなかったからな。

 そういう意味で良く絵梨花ちゃんは理解出来たな。



「出会って結ばれて、結婚して子供が出来て、老いて死んでいくってのが人生の流れなわけでしょ」



 それが全う出来たら幸せなことだと思う。



「一気にわかりやすくなったな」

「物語は本当に一部分だけ切り抜いて魅せてくれる、嫌なところも揉めるところもあまりなく。出会いも劇的で夢があって」



 だからこそ恋愛物語は面白いのだと思う。

 人生の大半はつまらないことばかり。

 出会いは普通で、積み上げる絆もゆっくりで、添い遂げるのは平凡。



「でも、出会うこと自体が奇跡で繋がれること自体幸運だよねってだけなんだけど。そんな二人の間に新しい命が育まれる。……すごい事だよね」



 それを成した二人は尊敬する。

 どこかで僕と似たような産まれて育った人間もいるだろう。だからこそ平凡が幸せということを一番理解しているのかもしれない。

 産んでくれたことには感謝しているし、お金を工面してくれたことにも感謝している。慣れてなんとも思わなくなっていたが、辛いことばかりだったこの短い人生ながらも生い立ちにより小さなことで幸せを感じられるのだから、意味はあったのかもしれない。



「なんか渉が思ったことを勝手に言っているだけなのはわかったけど、なんか励まされた気してくるよ。不安だったけれど、そうだよな凄いことだよな」



 夏菜の声を聞きたくなる。

 自宅に一人で置いてきてしまって心配しているだろうか。

 司にトイレに行くと伝えて席を立つと、静かな場所で彼女と連絡を取る。



『何かありました?』



 第一声からこちらを心配してくる。



「声を聞きたくなっただけ」

『……何かありました?』



 余計に心配してしまったらしい。

 ワントーンほど低くなり、声色が微妙に神妙なものに変わった。



「司と話しててさ、お互いのパートナーと出会えてよかったって話をしててさ、それで夏菜の声が聞きたくなっただけだから」

『そうですか、声だけだと判断し辛いですね。もうそろそろ帰ってきますか?』



 一瞬スマホを耳から離して時間を確認する。

 確かにそろそろ夕飯の準備をし始める頃。


 僕が戻ってくるのが遅く不審に思ったのか司がいいタイミングでこちらに向かってきていた。通話中の夏菜には待ってもらって、これからどうするか彼と話し合う。

 司が言うには、神楽先輩から今日は帰ってくるなと言われているようで、受験に子育てとこれから自由に使える時間がなくなる彼に神楽先輩から贈り物として今日は自由時間を与えられたんじゃないかなー、だそうで確かに先輩ならそういう気遣いもしてきそうだと僕も思った。


 二人で遊ぶ時間も減っていた今、これからもと考えるのであれば僕もまた司と今日一日は遊び倒してもいいかな。



「おまたせ夏菜」



 返事が帰ってこなかった。



「あれ? 大丈夫?」

『あ、すみせん。今、お風呂に入ってて一瞬だけスマホを手放してました』



 このタイミングでか。

 声の反響具合で本当にお風呂場にいるのがわかる。



『ビデオ通話に変えますか?』

「いや……、大丈夫」

『冗談です。それで、どうなりました?』



 夕飯はこっちで適当に済ませることにしたと伝える。


 メダルゲームにも飽きて、少しだけカラオケに寄り大声で歌う。

 日頃気づかなかった微細なストレスも発散されたようで、店を出る頃には不思議とすっきりとした気分で落ち着いていた。まぁ、店を出た瞬間の蒸せるような暑さにすぐ不快な気分になるのだけれど。


 夕飯に以前夏菜と一緒に行ったことのある場所に向かった。

 値段は高校生には少々高いが、味は値段以上の物。

 司も満足したようで、一口目からにんまりとした笑顔を見せてくれた。


 心身ともに満足した疲労感。

 ただ友人と一緒に遊んだだけという一日。



「じゃ、またな」

「うん。子供が産まれて落ち着いたら呼んでよ」

「わかった」



 先に司の降りる駅。

 会ったばかりは顔色の悪かった彼は、穏やかな顔で去っていく。

 少しは僕も役に立てたのかな。


 ただ一緒になって遊んで話して。

 やれることは特になかった。

 そういう問題じゃないし、当事者にかわからない問題。


 どんな問題の解説も本人が動かないとどうしようもない。

 親友のその姿にこちらが励まされた気がする。


 もう一度、本当の父親と話すべきかもしれないという思いが僕の中で少しだけ芽吹いた。

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