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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一年は淡く過ぎ去り、想いを育む
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小旅行

 市ノ瀬家との約束通り、一泊二日の小旅行。

 春人さんは車を所有しており、今現在高速道路を走らせている。



「僕も今年免許取りにいこうかな」

「一番最初に隣に乗せてくれるなら許可します」

「許可制なんだ」



 僕の独り言に夏菜が反応する。

 シートベルトのせいでやたら強調された胸に思わず視線を向けそうになるが、夏菜のにんまりとした表情にすぐに目をそらした。

 どうでも良いところだけ表情豊かになっている気がする。


 彼女の今日の出で立ちはキャミソールの上に僕が秋頃にいつも着ているネルシャツを羽織り、ダメージ加工されたデニムのショートパンツ。相変わらず健康的なふとももには触りたくなる。

 そして底の厚いごつめのショートブーツといったグランジ系。


 誤解のないように言っておくが、僕は別にグランジファッションが好きなのではなく、単純に長いこと同じ衣服を使うから勝手にグランジファッションになっているだけ。その証拠に冬乃さんに買ってもらった服を今日は着用している。

 夏菜は何着ても似合うからいいんだけれどさ。



「それは車買ったらの話じゃない?」

「先走りました」



 車だけに? つまんな。

 そんな意図はないだろうけど。

 僕にもまぁまぁ同じ現象が起きる。本人は普通に話しているつもりでもダジャレになっていること。他言語でも似たようなことになるのかな。ちょっとだけ興味がある。



「高額だからおいそれと買える物でもないよ」



 軽自動車なら一括で買えなくもない貯金はあるが、維持費も掛かる。

 大学を控えている身としては愛車を持つには躊躇われる。



「私も半分出しますよ」

「何言ってんの?」

「だって先輩と再来年一緒に住むとして、買い物だったりデートだったりと一緒に乗るわけじゃないですか。ドライブデートしたいですし」



 本音が漏れている。

 楽しそうだけどさ。


 再来年。

 来年から同棲をするつもりだった夏菜の計画は頓挫した。

 春人さんがそれを認めず、絶賛二人は喧嘩中だった。


 夏菜は未成年であり親の見える範囲では何をやっても許されているが、手の届かない場所で同棲をするということ許さなかった。もし何かあったとしても親の責任。 

 なんでも許可しそうな両親だったから意外で驚いてしまったが、彼の言うことは当然で異を唱えることは夏菜もしなかったが、結果として拗ねていた。

 理解して納得したものの不満を持っている。

 こういうところは年相応の女の子。



「まぁそうなるだろうね」

「でしたら半分は私の物でもあると思います。それに先輩が車を持つというこは、いつでも私に会いにこれるということじゃないですか」

「確かに」



 彼女が言っていること理解出来るし、かなりの大金を迷わず払おうとするだけの価値を見出していることもわかる。

 都心部なら移動手段は豊富で必要ないかもしれないが、こちらはそうもいかず地方都市の車社会。

 来年から僅かながら距離が開くことに、彼女も些か不安を抱いているのかもしれない。



「駄目だよ、それを使っちゃ。将来のために貯金しているんだから」

「そうですけれど、いつか自家用車を持つんですから遅いか早いかじゃないですか?」

「言うても進学後だよ。昔より距離は開くけど、また以前のように泊まりに行くからさ」



 僕と夏菜の会話に冬乃さんが反応する。



「駄目よ渉くん、泊まりに行くっていうじゃなくて帰ってくるって言わなきゃ」

「あはは……」

「そうですよ、先輩の家はこっちなんですから」

「そうそう」



 市ノ瀬女性陣に言われたら僕も黙るしかない。

 春人さんもミラー越しにこちらを眺めていて笑っている。その視線に気付いた夏菜は不機嫌そうに外を眺めだした。

 塀があり変わらない景色が続いているんだけれどね。

 顔も見たくないという意思が伝わる。


 彼女が一方的に不貞腐れているだけで、春人さんはいつも通りで話しかけては無視されている日々が続いている。今回の僕はどちらの味方でもない。

 親の責任を果たそうとしている春人さんにどちらかと言うと寄っている。

 僕が味方をせずとも彼には強い味方がいて、助手席に座った冬乃さんが笑いながらお菓子を与えている。


 こんな喧嘩が続いているが仕事中はしっかりとコミュニケーションをとっている。

 ちゃんと切り分けて考えているから偉いよなぁ……。


 基本的には彼女の思う通りに物事は動いていた。それだけの才能が彼女にはある。

 文武両道の美少女の前には誰もひれ伏すのが常だったかもしれない。

 ただ一つ、僕を含めた人付き合いだけは苦労している印象。



「夏菜」



 冬乃さんのやさしい呼びかけに「なぁに?」と、春人さんとは真逆の対応をとる。



「でも別々に暮らしていると出来ることもあるわよ」

「……例えば? 一緒に暮らしている方が圧倒的に出来ることの方が多いと思うんだけれど」

「確かに一緒に暮らすことで出来ることの方が多い。けれどね、一緒に住まないから出来ること」



 真剣な表情で冬乃さんを見つめる。

 期待に満ち溢れた瞳をしている。

 なんだろうなぁ……。

 騙されている気がする。



「通い妻よ。昔はやっていたでしょ? 渉くんの実家のほうで、でも今回は恋人同士。また違った楽しみ方があるはず」

「……ん」



 何か考え始めたご様子。

 唇に触れる指が左右に揺れて、僅かに口角が上がっている。



「私と春人くんは付き合ってから早い段階で同棲してたから、彼の家に合鍵を持って遊びに行くとかなかったしね。それに夏菜は私と違って料理が得意でしょ? 渉くんが仕事や大学に行っている間に家に忍び込んで色々と準備が出来る」

「うん」

「なんと言っても、通い妻。つまり妻、結婚出来ずとも渉くんの妻になれるわ。春から夏菜は渉くんの妻になれるのよ」

「……母さん」

「何かしら?」

「天才」



 駄目かもしれない、この親子。

 あと夏菜チョロすぎ。

 冬乃さんに対する絶対的な信用と尊敬と憧れからか、簡単に騙されてしまった。



 ※



 目的地である海の見えるホテル。

 遊泳禁止の海。

 海で二人きりにしてくれるという話は、海の見えるホテルで二人きりという。


 海には入れないが替わりにホテル内にいくつかプールが存在している。

 急遽予定を確保したから、海で遊べるような場所を選べなかったことは春人さんたちも残念がっていたが、次回のお楽しみということで既に未来を想像して予想図を描いていた。

 

 しかし、このホテルの宿代。わりと高いんじゃないかなって思ったりもするのだけれど僕はもう何も言わない。慣れたわけじゃないが、好意に甘えて素直に感謝を伝えたほうがお互いに気持ちがいいってことを学んだ。

 たったそれだけのこと。



「んじゃ、俺らは上の階だから。何かあったら連絡してくれ」

「うっす」

「夏菜も未だに拗ねてるけどよろしくな」

「冬乃さんに騙されたけど」

「まぁ自分の性格に似た娘だから冬乃ほうが夏菜のこと理解してるんだろうな」



 そういって春人さんと別れる。

 夏菜と冬乃さんは従業員に荷物を預けて各々の部屋へ。

 僕ら二人は夕飯に向かうことになっていたホテル内にあるレストランの予約など受付や施設の案内を受けていた。


 ドアノブの上にある差込口にカードキーを通し電子音が鳴り、解錠を知らせてくれる。妙に薄暗い通路を通り、突き当りまで進んで扉を開く。

 ベランダへ続く横開きの硝子の扉は引きっぱなしになっており、夏菜がそこにいる合図。



「夏菜」

「いい景色ですよ」

「うん」



 海を一望出来る。

 遊泳禁止だが、浜辺にそれなり人が居て散歩を楽しんでいる様子がなんとなく伺える。

 風は凪いで静か。

 海と陸の風が入れ替わるタイミング。



「二人には感謝だね」

「はい。それで私には?」

「一緒に居てくれて感謝」

「そこは愛してるとか好きだよって言うタイミングだったのでは」

「やり直そうか?」

「いえ、なんというかその二つよりも個人的には先輩らしい言葉なので大丈夫です。大事に受け取っておきます」

「それで僕に言わせておきながら、返す言葉はないの?」

「これからも一緒にいることに感謝です」



 くすくすと笑う。

 彼女が笑ったことに僕は小首をかしげる。



「残念でしたね、私から好きだって引き出せず」

「期待してないわけじゃないけど、簡単に言わないのは知ってるからな」



 見た目通りにこの辺は捻くれている。

 この子曰く、負けた気になるから言いたくないそうだ。

 僕に好きと言う時は決まって顔を真っ赤にするから、それも見られたくないと予想している。恥ずかしいこと色々やっているのに、僕にはよくわからない拘りだった。

 それから会話もなく広いベランダの中寄り添う。



「風吹いてきましたね」



 太陽は半分ほど海に沈み、色味を変えて僕らを照らす。

 僅かに香る海の匂いが強くなっていた。

 揺れる夏菜の髪。

 ゆっくりと手で押さえて目細める。

 どんな仕草でも絵になる。



「海を運んできてくれてるね」

「はい」

「幸せも運んで来てくれる気さえしてくる」



 こうやって一緒に風を感じて、綺麗な物を綺麗だと思える。

 むず痒いけれど、確かな幸せの一つ。

 これを幸せだと思える感性を持っていて良かった。



「先輩の目って何が映ってるんですかね? 私たちには見えないような物が見えているんじゃないかって時々思います」

「見たまんまのことを見てるだけ」

「ほんと変な人」

「こんなところで悪口吐かれるとは思わなかったんだけど」

「褒め言葉ですよ」



 背後に回り僕を抱きしてくる。



「身体冷えてきた?」

「少し」

「部屋に戻ろっか」

「はい」



 手を繋いでお互いの体温を確かめるように戻った。

 部屋の方も少し冷房が効きすぎているような気がして温度を調整しようとリモコンを持ち上げる。



「そのままでいいですよ」

「そう? 寒かったら言ってね」

「はい、少し寒いです」

「おいっ」



 テーブルに戻したリモコンに再び手を伸ばした、が。



「寒い方がくっつけるからいいじゃないですか」

「あぁ、なるほどね」



 ソファに身体を預ける。



「おいで」



 膝に乗せて抱きしめると確かにちょうどいい位の温度感。春人さんたちもきっと似たようなことしてるんだろうなと、想像して一人笑う。

 散々あの二人をバカップルと称していたが、もうひとの事を言えない自分。


 自分の変化。

 戸惑うことなく受け入れる。



「そういえば、母さんとの勝負の勝利特典どうします?」

「コスプレか」

「はい」

「着たいものとかないの?」

「特には、コスプレ趣味はありませんので」

「そうなんだ」



 結構ノリノリで着ているような気もしないでもない。



「まぁ、私も女の子なんで可愛い衣装着たりするとテンション上がったりはしますが、肝心なのは先輩が喜ぶことですから、それが私にとっても嬉しいことなので」

「いい女だね」

「当然ですよ、そう心掛けていますから」

「ありがとう、僕には勿体ないぐらいだ」

「それはお互い様です」



 僕の膝の上で方向転換。

 お互いに向かい合う。



「それで何がいいですか?」

「王道って何があるかな」

「えっーと、チャイナドレスとかバニーガールとか? メイド服も着てないですね」

「そういえば逆バニーってのがあるって春人さ……」

「詳しく聞きましょうか?」



 目つきが変わった。

 タレ目が釣り上がる。

 甘い雰囲気が剣呑な物に。

 張り詰めた空気は呼吸すらも冷えて凍える。

 やっぱり室内温度上げるべきだった。



「本人に聞いた方早いんじゃないかな」

「先輩は?」

「どんな物か気になって見たぐらい」

「ふーん」



 夏菜の手にはスマートフォンを握られた。



「ほんと、男って馬鹿」

「完全にそれ用って感じだよね」

「何笑ってるんですか?」

「……すんません」

「あの馬鹿な父親が悪いのでいいですけど。私の独断で決めておきますね。逆バニーは論外ですが」


 

 夏菜の雰囲気も柔和なものに戻り、ほっと胸を撫で下ろす。



「夕飯まで暫くあるしどうする? 折角だからプールでも行く?」

「このままゆっくりしたいです」

「おっけ」



 どこに居ても僕らの行動は変わることはなかった。といっても見知らぬ土地でわくわくしているのはお互い様で、明日はどうしようかという話で盛り上がるのだった。

 折角プールもあるし、夏菜の新しい水着も見たい。

 僕は金槌なので泳げはしないが彼女の隣で何もせずに見守るのも一興。


 時計をみるとまだ時間は余っていて、ソファよりベッドの方が落ち着くというので二人で寝転ぶ。流石はキングサイズ腕を伸ばしても余裕がある。

 手は繋がず指先が触れる程度、もどかしくも思える距離感。

 痺れを切らして近づいてきたほうが負けだなって一人で勝手に勝負を挑む。


 彼女はどう感じているのだろうと気になった。

 すると似たことを考えていたのか指を指で弾いてくる。大の字を崩し横向きになり、温もりのする方へ向いた。


 ずっとこちらを見ていたようで目と目が合う。

 微笑むことなくじっと見つめられている。

 久しぶりに完全な無表情。

 僅かに口が開いていてるだけに少し艶めかしい。


 ホテルの背景も合わさり、ミュージックビデオか映画でも撮れるんじゃないかと思う。こういう存在って業界関係者ならズルいと思うだろうな。

 でも彼女にも欠点がある。

 特に人気商売には向かない。


 少し手を伸ばして彼女の前髪に触れる。

 よく顔が見れるように重力に逆らわないよう下へと流す。髪に触れている間は目を閉じてされるがままだったが、髪から手が離れるとゆっくりと確かめるように目を開く。


 吸い込まれそうな綺麗な瞳には不満が色を忍ばせて、自分の思い通りにならなかったという意図が読み取れた。

 言葉はなくとも仕草や表情、視線で何を考えているか理解し合える。

 これは付き合いの長さとお互いに想い合ってる結果なんじゃないかって嬉しくなり、自然と笑みが溢れた。

 それにより彼女の不満が増したのは言うまでもなく、彼女の細い指が僕の唇に触れた。行動で甘えてきた。


 見つめ合うだけでかなりの時間が経過していて、忘れた頃にセットしていたアラームが鳴り響く。



「おしまい、春人さんたち待ってるから行こうか」

「もうそんな時間ですか」



 手を差し出しても掴んで起き上がろうとはせず、仰向けに寝転んだ。



「行かないの? 写真だけ見たけどかなり良いレストランだったよ」

「行きたいけど行きたくないみたいな変な感じですね。まだこうしていたいという気持ちが強いです」

「ま、僕もわかるけどね」



 他人とっては意味不明な時間。

 でも僕にとっては楽しい時間だった。

 しかしいつまで経っても動こうとしない彼女を抱き上げる。しゃがんでからブーツも拾い上げた。



「流石にそろそろ行かないとまずいって」

「先輩、カードキー忘れてます」

「あぁ、さんきゅ」



 カードキーをテーブルから掴めたのは良いものの、ブーツも持っている手でどうにか自分のポケットに入れようとするが、夏菜をお姫様抱っこしている状態で中々うまく納めることが出来ない。



「わたしが持ちますよ」

「そう?」

「谷間に差しといてください」



 あんだけ無防備で何もされなかったことへの意趣返しだろうか。

 いや、単純にからかいたいだけだな。

 そんな顔をしている。



「ほい」

「……っ」

「自分で言っといて恥ずかしがるのはなんなの?」

「少しは躊躇するかと思っただけです」

「言うて夏菜って自分の胸、結構便利に使ってない」



 手を洗う時なんか先にハンカチを谷間に置くように入れてから取り出しやすい状態にしている。

 すぐに使うような小物を入れがち。



「大きい胸なんて彼氏に喜んでもらうか、物を挟むというぐらいの使い道ぐらいしかないですし」

「使い道って……。そういうもんじゃないだろ」

「いいんですよ。好奇な目で見られるから、この胸あんまり好きじゃなかったけれど、今はあっても良いと思える程度には好転してますから」

「大は小を兼ねるって言うしね」

「それ麗奈が聞いたらキレますよ」

「夏菜が言ったことでもキレそうだけど」

「私はいいんです、私は」



 夏菜を抱っこしたまま廊下に出る。

 何も気にせずエレベーターへと乗り、待ち合わせをしているフロアまで辿り着き、夫婦の姿を確認してゆっくりと歩き出す。



「ずっとその状態でここまで来たのか?」

「「?」」

「あらら」



 春人さんの確認と冬乃さんの微笑ましいものを見る目。

 なんだろう。



「渉くん、そろそろ夏菜を下ろしてあげて。今本人も気付いて顔真っ赤にしてるから」

「あぁ、忘れてた」



 身長のわりに体重はある。

 けれど女の子。

 十分軽いから忘れていた。


 他人に見られて恥ずかしいというよりは両親に見られて恥ずかしい、そんな様子でパタパタと暴れっ出す。ついで言えば絶賛本人は喧嘩中の父親に見られるのが一番嫌だったのだろう。



「それじゃ行こうか」



 降ろした夏菜がブーツを履きおえるのを確認すると春人さんが号令を出してレストランの店内へ。先頭に春人さん、隣に冬乃さんが並び、後ろに僕が歩く構図。

 夏菜はというと僕の真後ろに隠れるようにして着いてきた。

 調子に乗りすぎるとドジったりと詰めが甘いんだよな。

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