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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一年は淡く過ぎ去り、想いを育む
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お義母さんといっしょ

 デートにやってきたのは夏菜とも良く一緒に来るショッピングモール。細々とした消耗品や日用品は近くのスーパーやドラッグストアで間に合う。ちょっとした雑貨や変わった食料品が必要になれば訪れることになった。

 近いとはいえ館内には映画館もあるし食事処もある、また別館にはボーリング場やカラオケといったアミューズメント施設も完備。

 買い物とデートを兼ねて遊ぶにはもってこいの場所。


 特別感はなく日常の風景。

 でも日常が特別じゃないってことはない。なにより大切なのは日常。それが幸せに感じるというのがなによりも特別。


 冬乃さんと並んでモールを歩く。

 室内ではあるものの季節を感じ取れたりもする。

 少し広いスペースには水着が並んでいたり、バーベキューなどの器具が売り出されていたりと、夏を感じさせる青と白をベースにした広告。


 冬乃さんは夏菜より歩くスピードは若干早く弾むように歩く、髪もまた踊るように震えている。

 歩調を合わせるのに慣れず冬乃さんよりも前に行くことが度々あったのだけれど、気付いたら僕の腕にそっと手を乗せる冬乃さんにより、彼女のほうから歩調を合わせてくれていた。

 これには流石のお年上のお姉さんといった感じ。それとも教師の貫禄か。



「すんません」

「ふふっ、時々心配そうにこちらを見てくるの犬っぽくてかわいいね」

「……犬っすか」

「あ、褒めてるからね。やっぱり優しい子なんだって」

「そりゃどうもっす」



 調子狂う。



「ここまで来てなんですが、夏菜の許可本当に取ったんですよね?」

「そりゃ勿論。だってあの娘怒らせると怖いもの」

「ならいいですけど」

「それに娘を悲しませて自分のことしたいって思わないし。渉くんだって夏菜を悲しませたいなんて思わない、そうでしょ?」

「はい」

「あ、今日は敬語禁止ね。夏菜と話すようにしてくれると嬉しいな。息子とのデートなんだから、そっちの方が雰囲気でる」

「……そっか」



 迷った末にお願いを聞き入れる。

 冬乃さんにタメ口は違和感しかない。



「映画館行ってから後のこと決めようか」

「ん?」

「見たい映画がいつからやってるか確認してからチケット取ろうかなって、ショッピングはいつでも出来るし、朝食は食べたばっかだし」

「そうだね。任せる」

「おっけ」



 私服の冬乃さん。

 春人さんと出掛けるような服装。

 夏でもサマーカーディガンを羽織り、淡い色合い。

 水色のブラウスに白いパンツルック。

 香りは甘い夏菜と違い、爽やかな柑橘系の香り。


 僕の目線の高さに丁度、冬乃さんの頭頂部がある。

 隣に並ぶことで見える景色も変わってくる。

 親子でこんなにも違うのだと驚かされた。


 本来は春人さんの立ち位置。

 彼にとってはどんな風に彼女のことが見えているのだろう。


 本館、三階の突き当りに映画館のロビーがある。

 なぜにこんなに暗がりにする必要があるのか未だに謎。

 映画のポスターがライトアップされ、現在放映されている作品が並ぶ。

 カウンターに近いポスターに近づくと、ポップコーンのバターとキャラメルの匂いが仄かに香る。お腹は空いていないのに食欲を誘われる。


 ただ条件反射なのか舌からはうすしおの味が幻のように現れる。

 映画と言えば最近はもっぱらサブスクの配信サイトを夏菜と二人で鑑賞しているから、映画のお供はお決まりになったポテチのうすしお。

 プラスして僕はコーラに夏菜は烏龍茶。炭酸が苦手のようだった。


 一度飲ませてみたのだが、可愛いとも美しいとも取れる顔が歪む。

 変顔になってしまい、僕がその顔をスマートフォンで切り取り保存。それを見せることにより、削除依頼が届くのだったけれど、どんな表情でも彼女を知っていたいと伝えると不承ながら許可は降りた。


 その時のやりとりを思い出してくすりと笑ってしまう。



「なにかあった?」

「いえ、すみません。思い出し笑いです」

「思い出して笑えるなんて素敵なことよ。心の宝物だから大事にして」

「はい」



 これは言われるまでもない。

 でも心の宝物。

 その言葉を素直に吐ける冬乃さんの心も素敵なモノなんだろう。



「何か観たいものとかあったんですか? ……あったの?」



 館内に展示されている作品をチェックし、丸いベンチに腰掛ける。

 知らない作品が多く、広告で流れる作品がいくつかある程度。

 夏休みだからか作品自体は多い。



「いや? 全然?」

「……」

「一緒に決めるのも楽しいでしょ」

「そうだね。そういう考え方もあるよね。冬乃さんは好きなジャンルとかある?」

「アクションとかホラー? あと外せないのは恋愛ものだよね」

「あ、ちょうど良さそうなのありますよ」

「敬語っ」

「うっす」



 広告で流れていた夏菜と一緒に見たいねと言っていた映画を避けて、別のアクション物を選択する。

 冬乃さんも同意してくれてチケットを二枚購入。


 時間に空きが出来たものの、ショッピングをするには足りない時間。

 かと言ってお腹が空いているわけでもなく。



「カフェにでも行きますか」

「うん」



 冬乃さんをリードし、最近はどこにでもあるチェーン店に入る。

 支払いは当然のように冬乃さんがしてくれた。

 都合が悪く映画のチケット代も含めてお金を返そうとしても、デコピンを喰らい黙らされる。



「ここは大人の女性として全部払うからね。息子なんだから黙って享受してなさい」



 と叱られる。



「そういう環境で育ったって聞いてるから今すぐには難しいかもしれないけれど、親が子供を甘やかすのは当たり前なんだからね。親でなくても大人が子供を見守り、時には厳しくってのは普通なんだと私は思うんだけどなぁ……」

「子供が嫌いな大人もいますから」

「それが不思議なんだよね。誰もが言っていて聞き慣れた言葉でもあるのだけれど、自分が子供の時だってあったのに」

「僕は大人が嫌いでしたけどね」



 これは本音。

 正論をぶつけて来る割に怠惰。言っていることとやっていることが矛盾している。

 自己防衛に特化した大人たち。

 子供の頃はそんな風に大人たちを見ていた。

 いつから人は腐るのだろうと。


 でもそんな大人ばかりではない事は今は知っている。

 少数派で声が小さいから気づきにくい。

 子供も大人も自分と違う価値観を持つ相手には厳しく排他的な世の中。

 どうしたって潰れてしまう。



「え、私のこと嫌い?」

「いえ好きですよ」

「うれしいっ」



 そんな少数派の人達。

 家族や自分の子供、手の届く範囲のみ手差し伸べる。

 夏菜と付き合った副産物と言い方はおかしいが、こんな大人たちに出会えてよかったと本当に思う。



「でも……」



 他人は他人。

 甘えてばかりでは返すものがない。



「納得してない顔だね。本当に強情……。まぁどうしてもっていうなら貰った分だけ夏菜に与えてあげて、二人とも私たちの子供なんだから二人が幸せになってくれないと嫌よ」



 こんな両親に育てられた夏菜。

 心まで綺麗なのが納得出来てしまう。

 夏菜の能力や容姿に羨むことはなかったが、この家庭環境だけは羨ましい。



「こんな話はこれまでにして、折角のデートなんだからお互いに楽しみましょ、ね?」

「うん」



 こちらを絆すような可愛い笑顔。

 母性とはこういうものなんだろうかと感じてしまった。

 ゆっくりと腰を落ち着けて冬乃さんと話す。

 相談によく乗ってもらっているけれど、こうやって目的もなくただ話すというのは初めてか。


 冬乃さんの隣には旦那がいて、僕の隣には彼女がいる。

 どちらか居ないということは今まで一度もなかった。相談がある時以外は基本的に夏菜の部屋に引き籠もっているからでもある。


 新鮮さと気まずさ。居心地の悪さと良さ。

 自分でもなんだかよくわからない気持ちが宿る。

 父親と母親。

 触れてこなかったから接し方がわからない。


 人を愛することは教えてもらった。

 その要領なのかな。もう少しこの家族と一緒に過ごしたら掴めるような気もするし、個人個人のことも知っておきたい。


 雑談に集中しすぎて映画の開始時間ギリギリとなり、急いで映画館へと向かうのだったが、冬乃さんはあまり運動神経が良いほうでないようだった。

 休日のショッピングモールということで人通りは多く、少し悪いと思いながらも冬乃さんの手を握る。



「えへ、握っちゃったね」

「やめて嫌な汗でる」

「失礼なっ」



 怒った風を装いながらも、本人はくすくすと無垢な少女のように笑う。

 夏菜にするように前を向いて歩いてないような不注意な通行人とすれ違うような場合には肩を軽く掴んで寄せたり、時には場所を入れ替えたりしながら歩く。


 ようやく辿り着いた頃には映画の上映時間がスタートしていたが、どうせ広告が流れているだろうからと飲み物を二つだけを購入し予約していた席に座る。



「大丈夫でした? 早歩き気味でしたけど」

「うん、全然。頼りがいあったよ」

「そうっすか」

「流石、男の子。紳士的で優しいし夏菜の見る目は確かだね」

「どうも」



 程なくして映画が始まった。

 映画を鑑賞し、感想会と称しての昼食。

 かなり趣味が合うのか店員さんに注意されるほど盛り上がってしまった。

 えへへと照れ笑いで誤魔化す冬乃さんに店員さんもきつく怒ることは出来ず、去ってしまったのが秀逸だった。

 美女の特権。


 それからというものショッピングを楽しみ、冬乃さんが僕の服を選ぶという流れになった。

 会計は冬乃さん持ち。

 甘えろと言われて黙っているが、施しを受けるのに慣れておらずやはりそわそわする。



「渉くんは華奢だけどしっかりとしているから、こういうキッチリとした服似合うと思うんだよねー」



 いくつか服を選び僕に当てながら選んでいく。

 その中で選ばれたのは七分袖のテラージャケットに真っ白なTシャツ。

 これまたシンプルならチノパンというコーデ。

 かなり落ち着いた色合いのものが選ばれた。


 押し付けられるように渡されて試着室へに押し込まれる。

 仕方なく着替えて冬乃さんの前に出た。



「ほら、すっごい大人っぽいっ」

「そうかな」

「うんっ、アクセントとしてネックレスとか欲しいかな?」

「ありますよ。今はつけてないだけで大事に保管してるものが」

「夏菜からのプレゼント?」

「も、ありますし。これ」



 指につけているリングを見せる。



「普段はこれを首につけてるんですが、気分で指につけたりしてます」

「ふーん? つけてあげないの?」

「あまりアクセつける習慣なくて違和感が」

「そんなのすぐに慣れるからつけてあげて」

「あいっす」



 タグを見れば三点で一万四千円。

 結構高額……。

 躊躇なく冬乃さんは支払い、紙袋を笑顔で手渡される。



「ありがとう」

「どういたしましてー。大事に着てね」

「うん」



 紙袋すら傷つかないように丁寧な扱いをしながら、次々別の店を渡り歩いていく。

 そして緊張しっぱなしだったこのデートも夕方になれば当然のように終わり、時間が過ぎるのはあっという間で案外僕も楽しんでいたようだ。



「今日はありがとう」

「ううん、私も楽しかったし息子とデートするお母さんたちの気持ちが知れたかもね。また一緒に行こうね」

「でもそれだけじゃないっすよね?」



 予想外の提案だったが、それだけのために僕を誘うとも思えず疑問を口にした。



「やっぱり渉くんも賢いね」

「なんかあるんだね」

「まぁ……単純に、私との距離感が離れすぎて寂しいだけ。夏菜とは当然だけどいちゃいちゃするでしょ?」

「そりゃ恋人だからね」



 恋人という建前。

 好きだからいちゃつく。

 たったそれだけ。



「春人くんとも普通に話して軽口叩き合ってるのに私だけ蔑ろっ、仲間はずれは嫌」

「え? それだけ?」

「うん。何か問題が?」

「なんでも」



 今日一日で冬乃さんがどんな人柄なのかわかった気がする。

 予想外のことをしてくるという夏菜の発言は杞憂だったようで、今日の冬乃さんの行動は常識の範囲内。


 天真爛漫で裏表のない。

 それなのに人をしっかり見定めて思い遣る。

 とても素敵な人だった。


 ある意味似たような出自である冬乃さん。

 どうしたらこのような成長を遂げるのだろう。


 きらきら笑う冬乃さんに釣られて僕もまた笑うのだった。



 ※



 冬乃さんが春人くんの店に行くーと言うので送り届けて、一人自宅へと戻ってきた。

 夏菜もすでにバイトを終えて帰ってきている頃。

 玄関には底の厚いスニーカーが綺麗に揃って置かれている。


 リビングは静まり返り自室にいると推測された。

 扉を開ける室内へと進む。

 文庫本を片手にひざ掛け……ではなく、僕が今朝脱いだTシャツを置いていた。

 もう隠す気がないらしい。



「ただいま」

「ん」



 集中しているのかこちらを見ることなく小さな返事。

 邪魔するのは悪いと、楽な格好に着替えてから勉強を始めた。

 程なくしてパタンと本を閉じる音が聞こえる。



「先輩」

「何?」



 走らせていたペンを止めテーブルにそっと置くと、彼女のほうに体ごと振り返る。

 脚を組み腕も組んでいる彼女の姿勢。

 脚の片方が前後に揺れている。

 少しご機嫌斜め。



「私に言うことありませんか?」



 彼女の全身を組まなく見つめる。

 今日履いている裾の広がっているショートパンツは去年から持っている物で、僕のダサいと言われるTシャツを我が物顔で着ていることも何ら変わりなく。

 髪型も普段通りで弄っている様子もない。

 近づいて揺れる脚を掴み、匂いも嗅いでみるが甘いに香りを漂わせている。



「……っ。急に変態的なるのはなんなんですかね」

「それはごめん。夏菜に言うことねぇ……。可愛いよ」

「あ、ありがとうございます。……そういうことじゃなくてですね」



 掴んでいた脚は力付くで離されて、つま先で僕の胸を撫でる。

 夏菜はこれを気に入っているようだが、僕は居心地が悪い。



「どうだったんですか? デート」

「楽しかったよ」

「……」

「あ、そうだ。お土産買ってきてるけど食べる? あとこれ」



 小さな紙袋。

 すぐに渡そうと思っていたが忘れていた物。



「ど、どうも」

「うん。いつものやつだけどね」



 丁寧に袋を開封。

 今回は冬乃さんと一緒に選んだ、花の形を模した青い髪留め。



「ありがとうございます。じゃなくて……私、怒ってるんですけど。わかってます?」

「機嫌が悪そうとは思ってたけど。僕、何かしたっけ? 思い当たる節がないんだけれど」

「なくて当然ですよ、八つ当たりなんですから」

「……そっか」



 話にしっかり耳を傾けて反省し改善するつもりだったが、その必要はなかった。



「それで、どうしたの?」



 両手を広げて彼女を招く。

 選択肢は彼女にある。

 口がへの字になりながら、右手を開いたり閉じたりと忙しなく動く。

 どうする? と、視線で語ると勢い良く、タックルするような力強さで飛び込んでくる。



「はぁ……。手のひらでころころ転がされているようで腑に落ちません」

「僕は僕がしたいことをしてるだけ」

「まったく」

「で? 何にご立腹なの」

「母さんに貸したのはいいんですが、時間が経つにつれていらいらと」



 本当に八つ当たりのようで胸のあたりを頭突きしてくる。流石に少し痛い。



「なら断ればよかったんじゃない? 夏菜が嫌だったら行かなかったのに」

「それはそれで器が小さいみたいで嫌です。他人なら絶対にお断りですが、家族ですし? まぁ、母さんの考えていることもわからなくは……」

「難儀だね」



 痛みに耐えかねて頭を抑え撫でる。

 目を細めて身体を預けてくれるから不満はない様子。



「わかってます。面倒くさい女だって、でもそれも受け入れてくれるんですよね?」

「うん」

「ふふっ。でも、むしゃくしゃするのは変わりないので、今日の残りの時間は全部私にくださいね」

「あいよ」

「一緒にお風呂入りましょうね」

「珍しいね、一人で入るほうが比較的好きでしょ」



 市ノ瀬の大人たちは時間さえ合えば一緒に入っているようだか。

 僕らは別々に入る。

 僕が長く浸かっていられない。



「新しい下着買ったのでお披露目です」

「そういう」



 ちょっと考えたな。

 下着姿で彷徨くわけにもいかない、見せる時はする時でもある。自然な形で見せるには着替え。狭い更衣室ではどうしても彼女に意識が向く。

 彼女のいじらしい提案に頬が緩む。



「あと別の女のニオイがするので私直々に消してやろうかと」



 台無しだった。

 この家族は変なオチをつけないと気がすまないのだろうか。

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