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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一年は淡く過ぎ去り、想いを育む
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夏休みの始まり2

 夕食の準備が始まる。

 キャミソールにショートパンツだけというかなりラフな格好だったが、昼を過ぎた頃に薄手のカーディガンは取り払われ、変わりに今はエプロンを着用している。正面から見ると裸にエプロンをしているように見えて困惑。


 僕が特殊なのかそれとも正常なのか。

 昔から存在する定番のコスチュームと言えるが、特に興奮を覚えるようなこともない。けれど目のやり場には困る。

 交際しているのだから気にするようなことでもないが、気にしてしまう。



「油跳ねて火傷したりしない?」



 寧ろ心配になる。

 あの綺麗な肌に火傷の跡が残るのはもったいない。

 僕に出来るのは心配するだけ。それも余計な心配で、日頃から料理をする時にはエプロンを着用する女の子であり、気を使っている証拠でもある。ずぼらな僕なんかはエプロンを使わず、むしろエプロンが汚れて洗濯物が増えるのを嫌がる。



「大丈夫ですよ。今日は油使いませんから」



 夏菜と二人きりの自宅での調理。

 食材を洗ったり切ったりはさせてもらえるけど、肝心な部分は全部夏菜任せ。

 その部分はいつまで経っても譲ってくれはしない。


 そして今回は特に時間を掛けるつもりもなく、簡単だという理由で完全待機を命じられている。

 僕の指定席になっているテーブルの椅子に座り夏菜の後ろ姿を眺める。見慣れた光景だけれど見飽きることがない。たまに見せる横顔も楽しそうで、釣られてこちらも楽しい気分になる。


 手際がよく複数の料理を同時に作る手は迷いがない。

 時間の配分も完璧なのか、炊飯器が音を奏でると同時に調理も終わり盛り付けに入っていた。

 残るは片付け。

 ようやく僕の仕事かと立ち上がる。



「片付けも私がやりますよ」

「今度は僕が言う番かな、甘やかしすぎ」

「ではこちらも言わせて頂きますが、先輩を甘やかすのは私の特権なので奪わないでください」



 特権ときたか。

 勝ちようもなく負けようのない言い争い。

 関係が対等。


 両手で今度は柔らかい頬を摘み軽く引っ張る。

 強制的に口の端が釣り上がり笑顔となる。クールな視線とは真逆で凄いギャップのある顔になってしまった。



「ふぁにふるんふぇすか」

「もちもちしてる」



 かなりの柔肌。

 少し引っ張りすぎて赤くなったので離す。



「それは良かったですね」

「ごめん、痛くなかった? つい触りたくなって」

「びっくりしたぐらいで痛くはないです」

「ならいいや、変わるよ」



 僕が両頬を摘まれ引っ張られる。

 いや、そういう意味じゃないんだけれど。



「冗談ですよ。先輩が洗い物している間に私はお風呂のスイッチ入れておきますね。そろそろ母さんも帰ってくると思うので」



 夜の7時。

 夏の太陽はまだ少しばかり元気で外は明るい。でも時間はいつも正確で冬乃さんが疲れた顔を見せずに帰宅してくる頃。

 いくら疲れていようとも家族の前では疲れを見せない。

 冬乃さんだけではなくその旦那もまた、こういった日頃から気遣いが出来るのは流石だと尊敬している。



「あいよ」



 食後の使い終わった食器と纏めて洗うほうが楽ではあると思うのだけれど、僕とは違い綺麗好きの多いこの家族。使った物をすぐに片付けないと気が済まないらしい。

 お店のキッチンの作業を見ると調理して盛り付けをするとすぐに洗い流すから、その癖なのかもしれにない。

 僕が学校から帰宅してすぐに着替えて、部屋に置いていた制服をそのままにして夏菜に怒られたことが何度かあるぐらいだから、やはり綺麗好きのほうが強いのだろう。

 気をつけているつもりでも、今までの習慣は中々抜けない。


 夏菜が浴室から戻ってきてすぐのタイミングで冬乃さんの帰宅。ただどういう訳か春人さんも一緒に帰宅していた。



「珍しいですね」



 いつもより二時間ほど早い。

 夏菜も予想外だったようで春人さんの姿を見やるとキッチンに戻ってしまった。

 食事をテーブルに並べていた最中だったので、もう二人分の準備をする。



「いつもより客が多くて材料が足りなくなった」



 とは春人さんの報告。

 それもまた珍しい。



「夏休みだからですかね」

「見誤ったか」

「今日だけって可能性もありますが。去年の夏休みは例年通りだったと思いますし」

「そうなんだよなぁー……。材料余らせるほうが赤字だし、いつも通りにしておくか」

「ですね」



 最近よく春人さんとはお店の会話をしていることがある。

 春人さんのほうから相談されたりすることもあり、頼られてるようでなんだか嬉しい。

 子供の頃から手伝いをしていた夏菜を含めてもダリアで働いている年数は僕が一番長い。



「そういえば渉」

「なんっすか」

「泉さんが渉にって」

「え? あぁ、ありがとうございます」



 小さな白い箱。

 金色のプリントでお店の名前が刻まれている。

 箱を開けると小さなフルーツタルト。

 ダリアが仕入れているスイーツのお店の売れ筋だったりする。

 甘いもの好きとして喜んでしまう、ありがたく食後に食べるとしよう。



「何かあったのか?」

「いえ、カフェの前で失くし物したらしいので一緒に探して見つけただけです」



 お礼はいいって言ったのに律儀。



「泉さんって?」

「あれ、夏菜は会ったことない?」

「はい。その手に持っている物を見れば何をしている人なのかは予想できますが、私も長いこと働いてるのに知らないので気になります」

「いつもはゴツいおじさんが運んでくれてるしね」

「強面な人ですよね。その人なら私も何度も会っていますが」

「レアケースだけど、その人が配達に来れない時に代わりに来てくれる人だよ」



 僕も何度か会ったことがあるが名前までは知らなかった。



「あの店で免許持ってるの店長か泉さんだけだからな。市内から少し離れた場所に店舗構えているし、若い女性従業員ばっかりだから」

「ふーん?」



 春人さんが答えたが、夏菜は納得したようなしてないような尻上がりの声を上げた。



「ま、使い走りに出来るのも親戚だからだろうけど」

「凄く似てないっすね。泉さんは優しそうな印象ですし」

「まぁそんなもんだろう親戚って」

「そこの三人話してないでごはんー」



 っと、冬乃さんが痺れを切らして箸で茶碗を鳴らし始めた。

 教師なんだけどな。行儀が悪い。

 

 というかいつの間に着替えたんだろなこの人。

 完全オフモードの薄い部屋着。

 男子生徒が見たら性の目覚めでも起きそう。

 

 僕らは急いで席に座り彼女の機嫌を直す。

 この家のでヒエラルキー、冬乃さんがトップ。



「冬乃さんってちゃんと教師やれてるんっすかね」

「んっ? 渉くんどう意味?」



 無表情。

 怒るとこの人は表情が消える。

 普段にこにこしているだけに夏菜と比べると怖い。



「家での冬乃さんって、その……艶めかしいというか、露出が多いというか。子供に悪影響与えそうですから」



 一児の母。高校生の娘がいるのに二十代中盤あたりに見える若々しさ。

 色々バグっている。

 ちなみに言うと過去に夜の仕事をしていたからか金銭感覚もバグっている。なので家計の紐は春人さんが握っていたり。

 この家で一番の苦労人なのにそれも感じさせない朗らかさ。



「あー……うん」



 本人も自覚あるのか凹んでいた。

 地雷踏んだのかと思い、慌ててフォローを入れた。



「いや、春人さんも若々しいですし、お似合いの二人というか」

「うふふ」



 ちょろ。

 夏菜はやはり母親似。



「それ保護者から文句を言われるのは確かなんだよね」



 お酒をぐびぐび呷る。

 ストレスが溜まっているのが伺える。



「やれ胸がデカくて下品だの、身体のラインが出るの。私だってタイトスカートはやめてパンツスーツにしているのに」



 保護者が来る授業参観などでは確かにスーツだったなと思い出す。

 普段はゆるふわな私服で通勤している姿は清楚系女子大生。

 夏菜はショートパンツをよく履いているが冬乃さんは夏でも清楚なロングスカート。

 私服の趣味はあまりに似ていない。

 冬乃さんの場合は仕事着でもあるのだけれど。



「苦労してるんっすね」

「そうなんだよ。あ、聞いてよ渉くんっ」



 一度滑り出した愚痴は止まらない。

 彼女の旦那と娘は被害に合わないように目を逸した。



「私だってプール入りたかったの」

「入ればよかったんじゃないっすか?」

「違うのっ、保護者会から文句言われて、職員会議で私だけ除け者にされたの」

「そんなことあるんっすね」



 小学校の担任。

 中学、高校と違いどの授業にも担任が担当していた。

 プールでも同じで子供たちに交じって遊んでいたのを遠くから見ていた記憶がある。

 当時はどうだったろうか、競泳水着みたいな感じだっけな。

 今はそういうところも厳しくなったと聞いていた。


 保護者が心配しているのも本当のことだと思うが、半分ぐらいは嫉妬が混じっていそうと僕は予想する。



「酷いよねー。そのくせ二組の担任からは毎回私ばかり生徒の面倒見せられてって愚痴られるし、知らないよそんなの」

「はぁ、まぁ美人は得することもあれば損な役回りもあるってことっすかね?」

「得?」

「えぇ、ほら春人さんにも出会えたわけですし? 夏菜も冬乃さんに似て美少女に育ってる。二人が家にいるだけで華やかっすよ。そんな女性が薄着になるから問題なるのも仕方ないというか」

「「……」」



 何故か二人が黙った。

 不安になる。

 視線の集中砲火。

 嫌な汗。



「夏菜、あなたも大変ね」

「うん。天然だからこれ。無自覚で馬鹿なの」

「この子放っておくととんでもないことになるわよ」

「わかってる。いつも威嚇してる」

「被害出てるのね……。夏菜は可愛いし優しい子だから自信持ちなさい」

「うん。大丈夫」



 なんかどういう訳か夏菜が慰められていた。



「渉」

「なんっすか?」

「いや素でそんなこと言えるお前すげぇーよ。本当にそう思ってるのがわかるだけに怒れない」

「?」

「「「はぁー……」」」



 家族仲は大変良好のようです。

 仲間外れ。

 この気まずい雰囲気を消すために話題を変える。



「そうだ、冬乃さん。プールか海に一緒に行きませんか?」

「「二人で?」」



 凄いなこの家族、シンクロ率が半端ない。

 春人さんと夏菜の突き刺さるような目に耐えきれそうにない、冬乃さんが照れているのが拍車を掛けることに気づいてなさそうである。

 引けば地獄なのが見えているので突き進む。



「そんな訳ないじゃないっすか」

「えー? 私も渉くんとデートしたいよ。娘とは出来ないことあるし。息子とデートだってしてみたいじゃない」

「あぁ、そういう」



 ほっとしたようで旦那さんは胸を撫で下ろす。

 息子扱いしてくれるのは嬉しいけれど他人だもんな僕。



「そういうことなら俺も娘とデートしたいっ」

「嫌」



 即答である。

 春人さんどんまい。

 強く生きてください。



「去年は旅行に連れて行ってもらいましたけど、今年は近いところでどうかなって」

「俺はいいが? 今月は無理だけど来月は融通きくし」

「うん、私も今年は夏季休暇に有給合わせてたから大丈夫だけど」

「教師って夏休み何にしてるんですか?」



 生徒の素朴な疑問。



「講習とか研究会とか研修ばっかり、書類も出さないといけないし。普段の方が楽……」

「お疲れ様です」

「うん、渉くん。ありがとう」



 可哀想になりお酌をする。



「今からでも取れる宿探しておくか」

「日帰りのつもりだったんですが」



 春人さんがスマホ取り出し検索する。慌てて訂正するも春人さんはニカッと白い歯を見せる。



「どうせなら家族旅行したいじゃん」

「はぁ」

「ワンチャン娘とデート出来るかもだし?」

「はぁ……」



その娘さんは強くわざとらしい溜息をついている。



「ねぇねぇ、渉くん。デートしようね? 息子に服を選んであげたりとかしてみたかったんだよね」

「夏菜」



 助けを呼ぶ。



「無理です。こうなった母さんは誰にも止められないので、本音として渡したくはありませんが、触らぬ神に祟りなしです。背に腹は代えられません」

「何されるの僕」

「さぁ? 私にも想像出来ません。先輩と同じかそれ以上に突拍子もないことする人なので」



 こういう時一番ピッタリの曲がある。

 誰もが知っているドナドナ。



「まじかよ」

「はい。なので頑張ってください」



 これが冗談でもなく本気だったのはその週の日曜日。

 夏菜の部屋で勉強をしていたところ扉を強く開かれた。

 勢いが良すぎてドアノブが壁にあたりものすごい音を立てる。


 おかげで本当に心臓が止まるかと思うほどびっくりさせられた。

 そして冬乃さんの言葉にもう一度驚くことになった。



「渉くんデート行くよっ」

「正気ですか?」

「夏菜からは許可とってるから。ちゃんと海では二人っきりにさせてあげるから、今日は私とデートだよ」

「勉強してたんですが」

「渉くんは真面目すぎ、ちょっとは遊んだほうがいいよ」

「これでも受験生なんですが」

「夏菜から聞いてるよ。渉くん成績上位者なんでしょ?」

「まぁ、そうっすね」



 勉強は好きでやっている面もあるが暇つぶし。わからないことがわかる、解けなかった問題が簡単だと感じるようになり成長を実感出来る。嫌いじゃない。

 だからか昔から自ずと成績だけはいい。

 僕の性分できにもわからないことをわからないままにするのが苦手だからというのもある。



「なら大丈夫。梅ヶ丘で優秀なら余裕余裕」

「楽観的だなぁ……」



 のらりくらり躱そうとも、ぐいぐい来てしまう冬乃さんの前にはたじたじだった。



「何します?」

「デート」

「内容ですよ、内容」

「ショッピングとか映画みたり、あと食事かな?」

「本当にデートっすね」

「だから言ったでしょ。息子とデート、夢みたい」



 子供のようにわくわくしている冬乃さんの前。

 断るという選択肢はなくなってしまった。

 いつも世話になっているから、こういう時でも恩返しできるといいなという思いから腰を上げる。



「あの……?」

「何?」

「着替えを手伝わなくていいですから」

「あはっ、ごめんね。春人くんの着替え良く覗いたり手伝ってたりしてたから……」



 予想を越えてくるなこの人。

 夏菜と春人さんが普通に見えてくる。

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