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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一年は淡く過ぎ去り、想いを育む
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幸せな悩み

 体育祭も途中で雨が降ったものの無難に終わり、ただの平日が続く。さらに数日が経って六月の末に僕は考え事をしていた。


 七夕は目前で、夏菜の誕生日。

 今年はどうしようか。

 年々難易度が上がっている。

 去年もそんなことを考えながら選んだ記憶が蘇る。


 春人さんたちが温泉旅行を夏休みに遅れてプレゼントしていたが、今年はそれもする気がないようで、じれったい僕らをくっつけるために旅行だった。


 冷房の効いた部屋に二人。

 各々好きなことをやっている。


 持っていた楽器を立てかけ、雑誌を読んでいた彼女の背後に陣取り腕を回した。

 彼女の反応といえば僕に背を預けるのみ。

 ある意味信頼しきった感じで胸が熱くなる。



「夏菜何か欲しい物ある?」

「先輩」

「……ん?」

「先輩が欲しいです」



 呼ばれたと思って黙っていたが違うようだった。

 時間差で気付いて、恥ずかしいことを良く言えるなと関心した。



「こんなもんでよければあげるけど」

「それじゃあ遠慮なく」



 いつのもの流れになりつつあるえっちな展開になると思いきや、雑誌をテーブルに置き振りかえる。抱き合うような形になり首筋に後が残るだけ。



「久しぶりにここについたな」

「そこにする理由がなかったですからね。最近は服の下ばかりでしたから、たまにはいいかなと」

「でも、これだと貰ったことにならない?」

「じゃあ」



 横髪を後ろに流す彼女。

 おかえしとばかりに跡を残した。



「しっかり頂きました」

「これはこれ、それはそれとして誕生日何が欲しい?」

「んー、特に何も。来年だったら本当に先輩がもらえるんでしょうけれど」

「まぁー……そうね」



 本当にどうしようね。

 来年だったらと言われたが、それは奥の手でもある。

 逃げられない未来が見える。

 逃げないけどさ。



「ウェディングドレスとかいくらするんだろうな」

「普通レンタルするもんじゃないんですか」

「どうせなら何度もみたいじゃん?」

「先輩って案外コスプレ好きですよね……。父さんもそうなので男性全体?」



 ちょくちょく娘の私物を借りる母親の存在を身近にいることを知っている。

 その理由は旦那のせいだったか。



「夏菜を着飾るのなんか楽しいんだよね」

「麗奈みたいなこと言いますね……。私は着せ替え人形じゃないんですけれど」

「駄目?」

「その聞き方はずるい」



 ウェディングドレスは一旦置いておき、実際に彼女に贈るべき物を考える。

 今まで取らなかった選択肢も一考の余地がある。



「下着とか贈ったらどうする?」

「喜んで身につけますが? 一緒に住んでるかというのもありますが、もう見せる下着のバリエーションないですからね」

「どれも可愛いもんなぁ……」



 飾り気のないシンプルな物が一番多いけど。

 実用性を重視する性格。

 でも昔に比べると可愛い物が実用性を抜いてきている。



「……言わなくていいです」

「言い出したの夏菜だろ」

「いえ、先輩です」

「確かにー」

「今日の先輩緩いですね……」



 ひんやりとした手が額に当たる。



「熱はなさそうですが」

「知恵熱は出そう」

「んふ」

「なんだよー。真剣に考えているのに」

「嬉しくてつい、ね?」



 細い腕に触れて手首へとなぞる、白い腕時計にぶつかり止まった。

 その先にはシルバーのリング。

 跡のついたばかりに首に移動し下ろしていくと胸の谷間に挟まる別のリング。

 髪を撫でると髪留めに当たる。



「夏菜って僕に染まってるね」

「実際その通りですが」

「本当に下着贈ろうかな」

「どこまで染め上げるつもりですか」

「全部?」

「それじゃ心まで満たしてくれないとですね」

「……んっ」



 押し倒されてのキス。

 彼女の唾液が僕の喉を潤す。



「また急だね」



 時間はまだあるし今日は流されてもいいかな。


 なんて思っていた。

 しかし刻一刻とカレンダーにはバツのマークが増えていく。

 平日の学校。

 たまたま自習になり、知り合い同士で固まる。

 司が僕の席までやってくると、ごんっといい音を鳴らし壁に背を預けて座り込んだ。



「んー」



 唸る僕に司が疑問を持つ。



「どうした?」

「司は神楽先輩の誕生日ってどうしてる?」

「あぁ、プレゼントか。市ノ瀬ちゃん名前通りに夏生まれ?」

「そ」

「「悩むよなぁ」」



 二人共同意見。

 何を贈っても喜ぶ、かといって手を抜くわけにはいかない。

 去年よりも良いものをと考えるのは相手が大事だからか、男の見栄だろうか。

 男性全員の悩みかもしれない。



「市ノ瀬ちゃんに聞いた?」

「なんて答えたと思う?」

「なんでもいいよ」

「ほぼ正解」

「だよな……」



 普通ならいらないと言いつつも何か欲しい物があったりするという偏見がある。けれど彼女の場合は本当に物欲がない。

 本人もバイトをしており出費が少なくお金は貯まっていく。

 同じぐらいの給与を与えられる僕とは違い、彼女は女の子で女性というだけで出費は僕とくらべて多いのだけれど、それでも貯金されていくのだ。

 欲しい物があるのなら自分のお金で買えてしまう。



「でも幸せなことなんだろうけどね」

「なんかまた恥ずかしいことを言うつもりか」

「……」



 口をつぐむ。



「で?」

「この場面でいわなきゃいけないのかよ」

「キャンセル入れてみたけど、気になった」

「そっか」

「早く」

「言いづらいって」



 言わないと決めたが、心のうちでは無欲な彼女のために何かを贈るために考え悩む。

 喜ぶとわかっていてももっと喜んでもらおうと尽くす。

 当たり前の幸せ。

 結局考えても案は浮かばず、ため息を吐くのだった。


 バイトが終わり自宅に戻る。

 用意された夕飯に感謝し、作ってくれた夏菜に美味しかったと伝えてからお風呂に入る。

 お風呂の中でもプレゼントのことで頭が一杯。


 部屋に戻ると夏菜が一度こちらを向きくすりと笑った後、机に向き直し勉強に戻った。

 もうすぐ期末だしな。

 僕も彼女に習ってテーブルに勉強道具を取り出した。

 教科書より参考書よりも彼女の方に眺めていた時間のほうが長いのは言うまでもない。


 司で駄目なら年上の、そして同じ女性に頼ろうと日曜日の昼下がりにリビングのソファで寛ぐ冬乃さんに相談してみた。

 散々ネットと外を探し回っても何も思い浮かばず、気になるようなプレゼントは見つからなかった。

 すがるような気持ちで冬乃さんに声を掛けた。



「ちょっといいですか」

「うん、もちろん。隣に座って」



 人一人分ほど開けて座る。



「距離を感じるわ……」

「そりゃそうですよ。春人さんに何言われるか」

「夏菜にもねぇ」



 からかう笑顔は少女のそれで夏菜に瓜二つ。

 今でも姉妹に間違われることのある二人だから本当に似ている。

 どちらもタレ目ではあるのだが、見開いてくりくりしているのが冬乃さんでやる気なさそうにつぶれているのが夏菜。



「前も同じように悩んでたね」

「そうっすね」

「夏菜も本当に良い相手見つけたみたいで嬉しい」

「そうっすか」



 喜びよりも羞恥心。

 夏菜に言われるより、夏菜を知っている人に言われるほうが恥ずかしい。



「正直アドバイスの必要もないのよね」

「それは……」



 実の母親。

 未だに一緒にお風呂に入るほど仲の良い親子。

 当たり前のように彼女の理解者。



「春人さんから貰って嬉しかった物は」

「全部」

「……ですよね」



 食い込み気味の即答。

 予想はしてたさ。



「私の娘だから言えることだけれど、身につける物がいいと思うわよ。普段から身につける物だからこそ、いつでも春人くん……じゃなくて大好きな人に包まれている気がするもの。思い出にも浸れるしねぇー」

「なるほど。参考になります」



 思い当たる節はいくつもある。

 消耗品だと思っている髪留めさえ大事にしてくれている。



「でもそれに甘えちゃ駄目よ。悩んで考えた末に選んだ物だから嬉しいのであって」

「はい、わかってます。それは僕も一緒なので」

「ならいいわ」

「ありがとうございます」



 礼を述べ席を立つが、冬乃さんから待ったが掛かる。



「渉くん」

「はい?」

「夏菜にコスプレ衣装壊したの謝っといてくれないかな? 渉くんから聞けば夏菜もそんなに怒らない……よね?」

「それは自分で言ってください」



 母親らしい一面を見せたかと思うとすぐこれである。



「少し怒られるぐらいで済むと思いますよ」

「怒られるんだやっぱり」

「でしょうね」



 冬乃さんとの相談を元に何を贈るかを決める。

 身につける物。

 一番最初に思い浮かんだのは、いつも大事に指にはめているリング。だけれど何度も同じ物を贈るわけにもいかない。

 次に浮かんだのが下着。

 彼女と話して冗談で言ったものだが、身につけるという点では一番面積が広い。そして連想ゲームのように洋服が思い浮かんだのだけれど、これもまた贈ったというより選んだだけではあるが、最近の出来事。

 ……。

 ……最近か?


 半年前。

 もうそんなに経ったのだと自分で驚いた。

 前までは時間が流れるのが遅く感じていた。

 楽しい時間はあっという間だという。

 それは事実だ。

 身をもって体験した。


 だからこそ過ぎ去る時間が勿体ない。

 もっと楽しんでいたいと感じる。

 贅沢だな。



 ※



 七月七日。

 当日。

 迷った末に出した答え。



「誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」



 後ろ髪を巻いた浴衣姿の夏菜に手渡す。



「うん。……どうぞ」

「少年がラブレターを渡すように恥ずかしがらなくても」

「具体的過ぎない?」

「まぁ貰ったことがありますから」

「それは初耳、いつ?」

「職業体験で保育園に行った時ですね」

「へぇ」



 子供囲まれた彼女の姿を想像した。

 案外似合う。



「その時と違って相手が先輩なのでこっちまで恥ずかしくなるんですが」

「照れ隠しだったわけか」

「えぇ。えっと、開けても?」

「どうぞ」

「フォトフレームですか?」

「そ、結構スマホで写真撮ってるからさ、スマホだけで見るのは勿体ないかなって思ってデジタルフォトフレームにしてみました」



 冬乃さんの思い出に浸れるを参考に選んだものだった。

 昔のドラマや映画にコルクボードに写真を貼っていたりとして、写真は身近にあるものだったと思うが、技術の進歩でいつでも手元に置けるものになり飾らなくなった。

 だからこそ直ぐ目に見える形で飾るのもありなのではと。



「んふ」

「なんで笑うのさ」

「ツーショットを映して飾っておきましょうか」

「……ご随意に」

「あ、折角のお祭りなので今日撮ったものがいいですかね」



 機嫌良さそうにどこに置くか部屋を歩き回っている。

 自信はなかったがこんなに喜んでくれて嬉しい。



「あ、そうでした先輩」

「ん?」

「もう一つのプレゼントは頂けないんですか?」

「気付いてたのか」

「そりゃそうですよ。先輩の洗濯物畳んでチェストに仕舞ってるの私ですよ。わかってて置いてたのかと思いましたが、あれで隠してたんですね」

「……仕方ないだろ、隠せる場所なんてなかったんだから」



 一応あれでもシャツとシャツの間に挟んでおいた。



「ですよね。隠せるのはデータぐらいなものです」



 胃がきりきりしはじめた。

 僕と春人さんに植え付けられた女性陣からのトラウマ。

 なんだろうね罪を犯しているわけでもないのに冷や汗が伝う。

 それこそパトカーを見た時になんだかソワソワしてしまう感覚に似ていた。



「まぁ、うん。どうぞ……。僕が持っていても仕方ないし」



 タンスからプレゼント用にラッピングされた包みを取り出して彼女の手に。

 見た目の大きさの割に軽く、受け取った夏菜は「ん」っと声に出し頷く。

 今度は確認することなく包みを開ける。



「……本当に買ったんですね」

「候補として一応お店を覗いたんだけれど、妙なテンションに取り憑かれてしまいまして」

「先輩の好みですか」

「いや、夏菜が持ってない系統の色合い選んだだけです。まぁ……好みが反映してないかというと嘘になるかもしれない……?」



 サンテ生地をメインとしたワインレッドのストラップレスブラ。

 ショーツも勿論同じ生地であり、バックレース。

 しかもエグめのローライズ。



「なんで買ったんだろうな」



 しかも結構良いお値段。

 上下セットでフォトフレームよりも高かった。



「私が聞きたいんですが」

「その……似合うと思うよ、本当に」

「そんなに縮こまらなくても怒ってもないですし、引いてもいませんよ」



 本能的に正座になっていた僕の手を引き立ち上がらせる。



「私としては先輩がこのプレゼントを考える時間、私にだけ使った時間なので嬉しいんですよ」

「うん、ありがとう」

「先輩は馬鹿ですね。お礼を言うのは私のほうです」

「でも、受け取ってくれてありがとう」

「本当に変わってますね」

「そうかな」

「はい。変な人です」

「それはちょっと……褒められてない気がする」

「そんなことないですよ、褒めてます」

「うん」



 彼女の手に残った下着を片付け家を出る。

 身につけてきましょうか? とからかうように言いながらの提案は謹んでお断りを入れた。


 市ノ瀬夫妻はすでに一緒に出かけており、僕らが戸締まりを行うことになっていた。ガチャリとしっかりとした施錠の音を聞き届け、夜の街に繰り出す。


 夏の夜。

 気温は高くとも吹き抜ける風は冷たく気持ちがいい。

 庭に植えているレモンバームの香りも爽やか。


 腕を差し出す。

 もはや決まりごとのように彼女の腕がすっと入ってくる。

 やわらかい感触にムスクの香り。



「ケーキも焼いてみたからさ、明日にでも一緒に食べない?」

「……はいっ」

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