あまねく
同好会にも満たない自由参加枠の去年とは違い、部活と正式に認められた上での演奏ということで人の集まりやすい時間帯で登板することになり、文化部に入るかもしれない新たな生徒たちの多い中で二人でステージ立つ。
僕のアコギの爪弾く旋律に夏菜の歌声が合わさって体育館に響く。
音楽に最適化されていない室内、反響し木霊する音が少し残念だ。
一年だけで落ち着きのなく騒がしい体育館。
僕の演奏からスタートするもののそれだけでは効果がなく、夏菜がしっとりと歌い上げると同時に魅了されたのか静かに聴き惚れる。
男子たちがこぞって目を輝かせているのがなんとも言えない気分になる。
足音や声で響いていた体育館は楽器と歌で小さく振動。
音楽では僕の方に分があると思っていたが。
それでも声。
生まれながら資質で天使のような夏菜の歌声。二年間だけの努力では追い抜くことは簡単でなく、悔しくはあるが認めないわけにはいかない。
僕も後ろで聴いて魅惑的だと心酔してしまう。
きっと一番のファンは僕。
一緒に演じられて幸福でさえある。
最初は歌うつもりがなかった夏菜だけれど、調子に乗りやすい性格でもあるため、歌い始めるとパフォーマンスが向上する。
声量はないものの川のせせらぎのような透き通った声が、伸びやかに心穏やかに包んでいく。
時折こちらに目配せ。
僕が合ってるよ。と、頷いて見せると満足げに頷き返してくる。
選曲として盛り上がるような曲ではない。
むしろネガティブな曲。
演奏が終わり、僕らの出番も終わる。
石でも投げれば反響しそうなほど、シーンと静まり返った体育館。
不安そうな顔の夏菜。
失敗したとでも感じているのだろう。
だけれど僕はそれが違うと確信出来ていて、笑って見せると安堵した顔に変化する。
用意された席を立ち、頭を下げる。
一拍遅れて夏菜も頭を下げると盛大な拍手を贈られる。
これを受け取るのは夏菜であるべきで、僕はこっそりと一人先に舞台を降りようとするが、観客の評価など気にする様子もなく僕よりも先に夏菜が舞台を去った。
冬夏青青。
僕だけに情あり、他者に無関心。
こういうところは一切は変わらない。
「夏菜の歌やっぱりいいよね」
「喜んでもらえて何よりです」
「お疲れ様」
「はい、先輩も」
舞台袖。
人が居ないのをいい事に微笑むと抱き合う。
いつまでもこうしていたいが、次の部活がそろそろ準備のために訪れる。名残惜しく最後に手を絡ませながら離れていく。
ギグケースにアコギを収納し、脇に置いてあったペットボトルを夏菜に手渡して撤退。
去年は神楽先輩と僕。
今年は僕と夏菜。
夏菜目当てに入部希望者が居てもお断り。それこそ去年は神楽先輩目当てに入部希望者がいたぐらいだった。
どう対処しようか。
まぁ、そんなことより。
「荷物を部室に置いたら屋上で食べよう」
「んふっ、はい」
鼻で笑うような彼女の笑いに、僕が首を傾げる。
「昔は渋ってたのに普通に誘うんだなーっと」
「昔とは違うからな」
そう昔とは違う。
関係も気持ちも。
足取りは軽くスキップするように僕の前を歩く彼女。
ただ不注意で誰かにぶつかりそうになる寸前に彼女の手を引いて身を寄せた。
「気をつけようね」
「はい。ありがとうございます」
ぶつかりそうになった相手に謝罪しようと顔を向ける。
が、そこには見知った人たちが立っていた。
「智樹君に絵梨花ちゃんか」
「どうもっす。相変わらず仲良いっすね」
「まぁーね。二人とも入学おめでとう」
二人共同時に頷く。
「渉さん、いや渉先輩。ちょっと時間いいっすか」
形式張って僕を呼ぶ智樹君。
緊張気味のようで僕にもその緊張が伝染する。
「場所移したほうがいい?」
「お願い出来れば」
「おっけ」
彼女たちに一言告げ、声の届かないあたりまで移動する。
1階の階段下。
暗くちょっとした物置になっている場所。程よく乾燥した春の空気もこの場所では少し湿り気を帯びており薄ら寒い。
「ここならいっか、夏菜のことだよね?」
「まぁ……そうっすね。具体的には二人のことですかね」
「ふん?」
「二人って付き合ってるんっすよね」
震える声。
彼にとっては恐ろしいのだろうと伝わる。
それと同時に一縷の望み。
僅かな希望もあるように見えた。
ただ仲が良いだけの男女という可能性もある。
答えを聞くまでは真実は彼の中に存在していない。
人間の思考能力で推測、未来予知にも匹敵する考えで答えはあるだろう、だけれど観測して初めてそれが真実となる。
「そうだけど」
これを殺す言葉。
肯定し、夏菜は僕の恋人である宣言。
誰にも渡さないという決意の現れ。
「はぁーっ……」
ものすごい大きなため息に似た息遣い。
そしてしゃがみ込んで頭を抱える。
「うっ……」
吐き出す何を堪えるよう。
失恋。
胸が張り裂けそうという表現を良く聞く。
その表現通りであり、喉から心臓にかけて本当に傷を負っているかのように呻く。
ぎゅっと胸を掴み、真新しい制服に皺がよる。
可哀想なんて思わない。
彼の妹によって手心をくわえていたが本来は恋敵。
敵。
争うべき相手。
勝者はこの姿をただ見つめるだけ。
「ちなみに……、どこまで?」
「どこまでって」
「その手を繋いだり、キスしたりとかっすかね」
あまり仲が良いと言えない間柄で、そんな単語が飛び交うと少し気持ち悪い。
言わんとしていることはわかるけどさ。
確かめて何になるのだろう。
「どっちもしてるけど」
隠すことでもなく素直に答える。
顔色が悪く、更にダメージを受けている印象がある。
何をしているのか不思議に思い考え巡らす。
わざわざ自分から傷つきに向かっている。
違う痛みだけれど、僅かな既視感。
誰かを忘れるために自分の手で感情を壊す作業。
精神的な死を与える。
違うのは好きな相手か、憎い相手。
どちらが辛いかなんて本人にしかわからない。
比較しようがないなんて考える。
「で、他に聞くことは?」
「夏菜さんのこと本当に好きっすか?」
「大好きだよ」
はっきりと。
「諦めきれない?」
今度はこちらから質問。
こんな悲痛な顔をしているのだ、聞くまでもないが聞いておかねばならない。
「まぁ、こんな気持ちになったのははじめてで、どうしたらいいのか……」
そりゃそうだよな。
僕だってわからない。
夏菜も多分知らない。
「渉先輩、こんな話まで付き合ってもらってすみません」
「それは全然良いよ」
僕の役割。
フォローとか優しい物ではなく単なるケジメ。
会話量としては少ないが沈黙が支配する時間が長く、心配になったのか夏菜が遠くから見守る様子が伺える。
親指と人差し指で丸を作り彼女に示すと、すぐに奥に引っ込んでいった。
「あー、邪魔するつもりはないんで」
「うん」
これはどう答えるのが正解だろう。
邪魔されないことにが一番平和的で楽、邪魔されるようなら受けて立つけど。
「ちゃんと夏菜さんを大事にしてくださいよ」
「それは勿論」
こいついいヤツだな。
失恋しているのに、相手の幸せを考えられる。
次の続く言葉はきっと『泣かせるのであれば奪いにきます』だろうか。
「渉先輩がもし夏菜さんを――、なんっすか?」
悪いと思いながらも遮る。
「夏菜を泣かせるつもりはないけど、一緒にいるからこそ、一緒に居たいからこそ喧嘩もするだろうし泣かせることもあると思うんだよね」
と言っても喧嘩するビジョンが浮かばない。
言いたいことを言える関係。
どちらかに非があれば素直に認め謝罪する。例え相容れない意見を持ったとしても同じ分だけ認めあえる。喧嘩に発展する前に終るのだ。
「あはは。もう何も言えることねぇっす」
話は終わっただろうか。
伺い警戒する。
「俺、もう少しここにいるんで戻って大丈夫っす」
「そう?」
「はい。絵梨花にも先に戻るように言ってくれると助かります」
「おっけ」
背を向けて静かに堪えて無く彼。
掛ける言葉はなく、その場を立ち去る。
これが僕に出来ること。
恋は戦争。
そんな表現がある。
誰かが誰かを想う気持ちは純粋で尊いが、エゴでもある。
自分の気持ちをぶつける賤しい感情。
繋がれて初めて淀みが薄れる。
実る恋もあれば朽ちる恋も当然あり、その屍の上に幸せがあるのだ。
ラブストーリーの負け。
シナリオを盛り上げるために存在して、主人公やヒロインを成長させる舞台装置。
それにすらなれなかった彼はただのモブにすらならない。
ヒロインに認識されキャラとしての個性が発揮でき、主人公として対立してようやくライバルと存在し得る。
そんなのは物語の中だけ。
現実は彼のように舞台に上がらずに去っていく。
……なんてね。
モノローグを語るように妄想しながら一人、夏菜達の元に戻る。
現実が甘くないのは事実。
僕の物語のヒロインは夏菜であり、ライバルも夏菜。
最大の天敵、勝てるかどうか見込みも怪しい相手。
が、ムカつくほど大好き。
伝言を届けに夏菜のところまで戻ってくる、絵梨花ちゃんは特に何も思うことはない様子で「そうですか」とだけ呟き、プリント用紙を一枚僕に手渡す。
なんで彼とともに一緒にいたのか。
彼女にとっては用事があって着いてきたということだろう。
入部届。
絵梨花ちゃんと民族音楽研究部の名前が記載されている。
「うち洋楽メインだけど大丈夫? しかも古めの」
「はい、知ってます。お姉ちゃんに詳しく聞きましたので」
「そう。わかった、顧問に渡しておくよ」
「お願いします」
部の存続。
今年も部活としてやっていけるらしい。
「渉さん嬉しそうですね」
「妹ちゃんが入って嬉しいというよりは部費が出るから喜んでいるだけですよ、先輩は」
夏菜が僕に変わって答えてくれる。
その通りなんだけれど、棘があるような言い方。
増々仲が悪くなってないかこの二人。
夏菜がここまで敵対するのも珍しい気がする。
「部費? 渉さんっていくつか自分の楽器持っているって聞きましたけど」
「色んな機材が買えるからじゃない、私たちの部屋だと狭いからあまり物が置けないの」
「私たちの部屋?」
「麗奈から聞いてないの。一緒に住んでるんだから私たちの部屋でしょ」
「……不健全」
彼女たちの話を横目に部室に入り、開きっぱなしにしていた窓を閉めて楽器をテーブル置く。ケースに湿度調整剤が入っていることを確認してから棚に直すことにした。
ギター三本も部屋に置いていると部屋が流石に狭い。
いつかの僕の本来の部屋がそうなったように今は彼女の部屋が僕の物で侵略しつつある。
アコギを普段遣いにするには音が広がりすぎる。
閑静な住宅街では近所迷惑だろう。
「その下品な胸同様、淫乱なんですね」
「下品……」
珍しい夏菜がショックを受けている。
「誰が淫乱? 私は先輩しか見えていないから純情」
言っている本人より聞いているこっちが恥ずかしい。
智樹くんと話して考えていたシリアスな雰囲気が僕の中で萎んでいく。
これも現実。
僕がどう考えていようが、周りは好き勝手動く。
流されるか逆らうかはその時次第。
今回は無視して聞かなかったことにした。
絵梨花ちゃんが帰って暫くののち、お昼時を迎える夏菜がリュックを拾い上げるのを確認して部室を出て部室の鍵を閉める。
少しホコリとカビ臭い屋上へ続く階段。
鉄の重いたい扉を開く。
久しぶりに訪れた屋上は相変わらずの庭園が構築されており、公立の高校の屋上とは思えないほど色鮮やか。
季節の花々に彩られ、春の香りがする道を進む。
去年と全く同じ場所。
二人ならんで座る木製のベンチに腰掛けて、手渡されたお弁当の包みを開く。待ちに待った彼女の手作りのお弁当は季節の花に色付く花壇に負けない色彩。
「というか、去年と同じメニュー?」
「正解」
「相変わらず美味そう」
「去年よりも腕を上げた自信があるので、成長した私を見ていただこうかと」
確かに去年と比べると艶や香りが全然違う。
唐揚げ一つにとっても、冷えて味が落ちる物なのにジューシーさは変わらずほんのりとスパイスが加えられていたり、卵焼きは僕が好きな甘さに。細やかな気配りを感じる。
微細であるが大きな違い。
「うっま……」
「ふふっ、わかりましたから、口元汚れてますよ」
ティッシュで口元を拭って貰いながら、動かす箸は止まらない。
それほど美味しい。
舌が肥えたからこそわかる旨味の深さ。
去年はどちらかというと春人さんの劣化コピー。今は僕に最適化されているような味付けに変化しており、薄味ながら素材の良さを引き出す。
「ほんと、こういうところは子供みたいなまんまですよね」
「ごめんって」
「可愛いのでそのままでいいですよ」
「可愛いはちょっと複雑」
嬉しくないわけじゃないが。
差し出されたお茶を受け取り、ほっと一息つく。
夏菜よりも先に食べ終わってしまう。
どのおかずも味わって食べたのにも関わらずすぐになくなってしまった。
十分な満足感と満腹感が幸福へと導く。
胃袋は完全に彼女に掴まれている。
人間の三大欲求を彼女に二つを握られている。
春の風を浴びて遥かに仰ぐ、雲のない空は時間が止まっているように感じる。
隣では彼女の息遣い。
静止した世界に彼女と二人だけ。
ベンチに座りお茶を啜る彼女のを青空をバックに写真におさえる。
シャッター音を皮切りに静かになっていた屋上は、どこらかしこから声や音が飛び込んできた。
「こんなに人多かったっけ?」
それもカップルだらけ。
「以前もこのぐらいでしたよ」
「そうだっけ」
回りの視線とか気にして縮こまっていたかも。
今は余裕があり誰かの視線を感じたりしても気にすることはなくなった。
「眠いなら寝ていてもいいですよ」
「いや僕は全然平気だよ」
「そういえば最近あんまり居眠りしませんね」
「人に比べたら今でもよく眠るほうだけれどね」
僕がよく居眠りしていたのはストレス的なものが大きい。
それが軽減されたおかげ。
「膝枕出来なくてちょっと不満です」
「そんな可愛いこと言われてもね。というか、熟睡しなくても出来るじゃん」
「可愛いは余計ですが、こっそりとやるのがいいんですよ」
なんか拘りがあるらしい。
「今日は僕が膝枕しそうだけどね」
「眠くないですよ?」
「いつでも身体貸すからね」
「何を言っているんですか? 先輩は私のものですからそんな許可いりません」
「見事なジャイアニズム」
「一緒にしないでください。私は先輩のもので先輩は私のものなので、全然違います。言い換えるなら一心同体です」
「傍若無人ってわけじゃないもんな、映画だけ優しいってわけでもないし」
「いつも優しいですからね私」
「うん」
「そこは否定してくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」
「だっていつも僕のこと考えてくれて優しいし、少しえっちだし」
「うぅ……」
顔を反らし、箸を口先に咥えて唸る。
「昼食の邪魔しないでください」
結露したコップから水滴を指に乗せ、僕に吹きかける。
「すんません」
お茶のおかわりを貰って立ち上がり、屋上の手すりに腕を乗っける。
背の高いフェンスにより視界は多少妨げられるが、それでもよく見える。
校庭を歩き回る下級生たちに混じり、看板を持った上級生たち。
変なきぐるみを着用した人も居たり賑やか。
何部なんだろうな。
祭りを少し遠くから眺めるぐらいが丁度いい。
彼女はどうだろうか。
でも夏菜の誕生日に毎年のように訪れる七夕祭りは楽しい。
いつでもどこでも隣に彼女がいた。
だからこそ楽しいのかもしれない。
「食べ終わったら少し見て回ろうか、変わった出し物あるかもしれないし」
「はい」
案の定、帰りの電車の中。
疲れ果てた彼女は僕の肩を枕にして眠る。
「……お疲れ様」
夕日に照らされる彼女の顔。安らかなに眠る彼女の姿は無垢な少女のまま。
また一つ、思い出として心に残りデータとしても容量を増やした。




