スイート ルーム
彼女の提案により一緒に住んでいるのにも関わらず外で待ち合わせ。
いつも一緒にいるからこそ、たまには良いかもしれない。
なんだか恋人っぽい。
約束の時間は夕方。
市街の駅前の広場に決まり、それまでは完全に自由行動。
夏菜は準備が色々あるからとまだ自宅に残っている。
先に市街に出てきた僕は約束の時間まで十分すぎるほど暇を持て余し、様々な店を冷やかしては去っていく作業を繰り返す。
ついでと言ってはなんだけれどこちらから何か贈ろうかなという発想の元、店の巡り方を変えてみる。時間を潰すだけと考えいたものが途端に楽しくなってきた。
ただ当然と言えば当然なんだけれど、バレンタインということで基本的には男性向けに贈るプレゼントばかりが陳列されている。
小一時間ほど店を回ってみたものの目ぼしい物は見つけられず店を出ることに。
出て直ぐの小さなお店。咲き香る色鮮やかな花々。
誘われるように止まった足は再び歩き出す。
知っている花や見たことない花が咲き誇る店内。
すぐに店員さんが僕に気付き声を掛けてくる。
「何かお探しですか?」
「あ、いや」
何も考えてなかった。
「プレゼントを贈ろうかなと」
「恋人へですか?」
「はい」
「いいですね。彼女さんも喜ぶと思います」
可愛らしい店員さんは手袋を嵌め直し、入り口付近を手の腹を差し向ける。
赤、白、ピンクに黄色。
そこには様々なバラが見事に咲いていた。
中には紅茶のような甘い香りがするものも混じっているようだった。
「海外ではバレンタインに男性がバラを贈るのが一般的だそうです」
「へぇ」
男性が女性に贈るというのは知っていた。
何を贈るかまでは知らなかったが。
「あ、それとも誕生日だったりしますか?」
「バレンタインで合ってます」
「そうですか、よかったです」
しかし、色はともかく形まで多種多様。
匂いの違いまである。
「えっと黄色とかは避けたほうがいいですよ」
「良くない花言葉とか?」
「ふふっ、正解です。えーっと、基本的にオススメは赤とピンクですかね」
「赤はなんとなくわかりますが」
情熱とか愛してますとかだった筈。
有名な花言葉だからわかる。
もっと他にもあるが似たようなものだろう。
「ピンクは感謝とか幸福ですね」
感謝か、いいかも。
日頃の感謝として贈ろうかな。
「それじゃピンクで」
「本数はどうします?」
「え?」
バラは本数にまで花言葉あるようだった。
一本は一目惚れ、あなたしかいない。
二本はこの世界に二人だけ。
と続いていく。
僕がお願いしたのは五本。
花束を送られても困るだろうからというのはある、これからの予定だってあるわけだし。五本の花言葉が夏菜に向ける感謝の言葉として最適だと感じた。
五本のピンク色の甘い匂いを漂わせるバラを更に華々しく見せるように包んでくれる店員さんから受け取る。料金を支払い店を出ようと振り向く背中に、店員さんのお幸せにという言葉をさらにオマケとして頂戴した。
花言葉の話が案外面白くて長居するつもりはなかったにも関わらず、結構な時間を費やしてしまった。早歩き気味に待ち合わせの場所へと歩いていく。
手にはピンクのバラ。
結構、恥ずかしい。
先に到着した僕はスマホに表示された時刻を確認し、まだかまだかと心待ちする。
薄明るかった空はついに闇に染まる。
約束の5分前になると、いつものコートに身を包んだ彼女の姿が現れた。
少し変わっていたのは頭にベレー帽とボストンバッグ。
今日何をするのか聞かされていない。
サプライズはあまり好きじゃない。
わくわくとはらはらの半分。
「お待たせしました」
「やっぱり早く着いたね」
「本当はもう少し来るつもりだったんですが、あ、何に迷ったのかは内緒です」
少し悪戯な表情を見せると、彼女の視線は僕の後ろ手に隠していた花に移った。
「はい、これ。僕からのプレゼントということで」
「わぁ……。どうしたんですか?」
「時間潰すついでに夏菜に何か日頃の感謝を贈ろうかなって」
「それでバラですか。花を贈られるって初めてですごく嬉しいです」
「受け取ってくれる?」
「もちろんです」
受け取ったバラを大事に両手で包み、花弁に顔を近づける。
目を閉じて香りをしっかりと楽しみんで見せた。
可憐な少女と優美な花。
どちらも美麗で絵になる。
一枚。
写真に残したいが、僕の瞳は彼女に捉えられて身動きさえ出来ずにいた。
ただ魅了される。
「そろそろ行きましょう」
「そうだね」
彼女から鞄を受け取り、彼女の歩調に合わせて歩む。
気づくといつの間にか腕を組んで、意識しないと離れることはない。
久々にリングもつけてきた。
指になにか付けるのは違和感が凄くてつけることは少なく、彼女からチェーンを貰ってネックレスとして使用したりしていた。
「でも、なんか悔しいですね」
大通りを外れ小さなに道に進むと、喧騒も遠ざかり静かな場所で夏菜がそんなことを呟いた。
「なんでさ」
「喜んで貰うために色々と考えていたのに、先に私が喜ばされた訳です」
「嬉しいよ喜んでくれて」
「はぁ……、敵わないなぁ……」
目の前にバラを晒し眺める彼女。
角度を変え微笑を浮かべる。
満足するまで花を鑑賞すると優しく壊れ物のように大事に胸元に抱き寄せ、僕に腕に絡みつく手はぎゅっと力が入り、厚手のコート越しでも彼女の柔らかさと暖かさが伝わる。
今日は彼女の先導に従い歩いて行くとどこか見慣れた歓楽街が大きなビル。
休憩と宿泊という文字を意味する施設。
「ここって」
「はいそうです。以前にも来たホテルです」
以前勘違いを起こさせてしまった場所。
「リベンジ」
「この時間からっていうと宿泊になるよね」
以前僕も利用したから知っている。
宿泊しか予約出来なかった筈。
「そうなりますね」
「……明日、平日だけど」
「鞄の中に制服と筆記用具は入れてますから大丈夫」
定期テストが近くない限り持ち帰ることは少ない。
宿題を出されることもほとんどない学校。
正直手ぶらでも通学出来る。
「どこで着替えるのさ……」
「ホテル内でいいんじゃないですか」
「いいわけあるか」
大胆なことを言うなこの子。
「麗奈から聞いたんですが、うちの学校でも普通に出入りしている制服のまま生徒もいるらしいですよ」
「無人とかじゃないの」
「普通に有人だそうですが」
いいのかな。
出入り禁止の宿のほうが多かった気がするな。
まぁ最悪責任を取るようなことになれば僕が無理矢理に夏菜を付き合わせたことにすればいいか。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「?」
「今の季節はなんですか?」
「……冬だね」
コートを着ていれば確かに制服は見えない。
「そうです。私も流石に先輩に迷惑を掛けるつもりはないですから」
「夏菜に迷惑掛けられるんなら全然いいけどね」
長い付き合いだけれどこっちが迷惑をかけっぱなしで忍びないまである。
「またそんなことを言いますか」
「大したこと言ってないけど」
「……無自覚。本当に馬鹿ですよね」
自動扉をくぐり受付を呼び出す小さなボタンを押して暫く暖房の効いたロビーで待機。
「料金は僕が払おうか?」
「駄目。バレンタインですから全部私に」
「そっか」
「私が奉仕しますから、先輩は身を任せてください」
「わざとそんな言い方しただろ」
「当たり前じゃないですか、そういう場所ですよ。先輩も見習ってください」
「どこをだよ」
「先輩に対して愛情表現が素直なところ」
「あんまり好きって言ってくれないのに?」
「……う。……恥ずかしいんですよ」
この彼女の感性だけは未だに謎。
言ってくれたとしても目を合わせない。
もっと恥ずかしいことをしているのに、そちらは顔を真っ赤にしながらも応えてくれる。
「なんですか、その顔」
「いや可愛いなって思ってさ」
「……そういうからかってくるところは嫌いです」
「嫌いなの? 僕のこと」
子犬が警戒するような小さな唸り声を上げた。
床に向いていた顔がこちらを捉える。
「卑怯。言います、言いますから。……好きです。大好きです。これで満足ですか?」
「うん」
「いい笑顔して……」
「僕も好きだよ」
耳を染め、頬を染める。
僕に向いていた煌めく瞳は潤み、前髪で隠された。
綺麗に磨かれた床は反射し彼女の顔が覗き見えて、僅かに表情が緩んでいた。
「本当に不意打ちとか最低」
料金を前払いし、バスグッズを選ぶ流れは同じ。
今回は僕の出番はなく後ろで彼女の行動を見守るだけ。
カードキーを受け取り僕のもとに小走りで戻ってくると、腕を組み直しエレベーターへと向かった。五階まで上昇し扉が開く。
至って普通の廊下。
ドアノブの上にあるスロットにキーを差し込み、カチリとロックの解除音を確認して中へと入り込む。
まるで別世界のような部屋がそこにはあった。
「へぇ……。すげぇ……」
「驚きましたか?」
以前はシックな大人の雰囲気をした部屋だったが、今回は白い壁に赤い絨毯、クリスタルで出来たようなシャンデリア。アンティーク調の家具にキングサイズのベッドの枕側には同じ横幅ぐらいある鏡が鎮座。
一室だというのに小さな螺旋階段まで存在している。
まるでお姫様のお部屋のようだった。
「二階行っていい?」
「んふっ、どうぞ」
はしゃぐ僕に夏菜はくすりと笑う。
持っていた鞄をテーブルの脇に置いて二階へと駆け上がる。
「ベッド?」
下の階というには高低差はあまりないが、何故かもう一つ豪奢なベッドがあった。
それにテレビに冷蔵庫。
「んー。下でえっちなことして上で休むとか?」
「……女子会用です」
「へぇ、そんなことも出来るんだ。女子会ってなにやるの?」
「それを私に聞きますか」
「……ごめん」
「いえ」
僕も彼女も友達が少ない。
良いことか悪いことか、多分どちらでもなく。本当に心の底から信用出来る一人が友人にいれば満足するというタイプ。その信用できる人間多いことは良いことも勿論理解している。
一通り部屋を見て回った。
お風呂場も広くて二人で入ってもゆったりと出来そうだとか、お風呂場がベッドと隣接しているから窓が着いており覗き見ることが出来るだとか。
テレビの電源を入れるとメニュー画面が表示されて、映画が見放題だったりカラオケ機能なんかもついており、それだけをする空間ではなく好きな人と楽しく過ごすための空間だった。
以前に訪れた時は話すことをメインに据えていためにホテルのサービスはあまり気付かなかった。
自分が思った以上に興奮する。
未知の世界。
「楽しそうですね」
「うん。何か非日常的だからかな」
よかったですと笑いながら手をこちらに向ける。
コートを脱ぎ彼女に渡すとハンガーに丁寧かけながら、自分のコートも脱ぎ同じ用に掛けた。
上着に隠されていた彼女の服装は、正月を越す時に来ていた僕の選んだ服。
ただ珍しくガーターストッキングを着用しており、可愛いながらセクシーさも孕んでいた。
「目がいやらしいですよ」
「いやぁー……。ごめん、ちょっと興奮した。この場所がそうさせるのかもしれない」
なんて言い訳をしてみる。
「本当に脚フェチ」
程よく肉付きのする身体だからだと思う。
ストッキングの締め付けにより、縁に太ももの肉が乗っかているのが更に興奮を誘う。
下がっていた夏菜の手を握り、引き寄せて抱きつく。
「んふ」
「なに?」
「なんでもないです」
「なんだよ」
「気にしないでください。……それより、どうしますか?」
そんなの決まっている。
応えずに彼女を抱き上げる。
お姫様だっこをして、ベッドへ連れて行った。
※
「大丈夫だって」
事が済み、涙を流す彼女の顔を拭う。
「……」
「凄かったね」
「うぅう゛」
「泣かない泣かない」
「今まさにとどめを刺された」
素直な感想は時として人を殺める。
「驚いたけど、楽しかったし」
「こっちは何が起きたのかわからず、辺り見たら大惨事。なんかムカついてきました」
「痛い痛い痛いっ、噛むなって」
くっきりと歯並びが良いの分かる痕が腕についてしまった。
僕の胸の中でこちらを見上げる彼女の顔は瞳を潤ませながら威嚇したまま。
「お風呂行こ?」
「ん」
それでも手を引けば素直についてくる。
服はベッドの下落ちており、夏菜がストッキングを脱衣所で脱ぐのを眺めて待つ。胸も大きければお尻も安産型でむっちりとしている。揉んで良し叩いてよしの完璧な尻。
小柄なことを除けば男の理想の体型。
人によっては胸にしっくりと収まるサイズ感も理想的だ。
「夏菜ってさ」
「なんですか」
「本当に綺麗な身体してるよね」
「先輩に汚されてますけど」
言葉の綾なんだろうが人聞きの悪い。
冗談だと分かっていても肝が冷える。
汚されたのは僕のほうと言えば歯型が増えるだろうな。
「馬鹿言ってないで流すぞ」
「はい。ってちょっと冷たいです。頭でも冷やせっていう嫌がらせですか」
「それもあるけど、火照った身体にはちょうどいいだろ」
「慣れたら少し心地良いぐらいですが」
次第にシャワーもすぐに暖かくなる。
互いに綺麗に洗いあう。
シャワーを浴びながらも二人で巫山戯あっていると同時に湯船も張り続けバスタブの半分までようやく満たされる。
彼女の影響か僕もお風呂に入らないと落ち着かない性分になっている。少なからずお互いが影響しあって似てきた部分があるなんて妄想をしていると、夏菜の頭がちょこんと肩に。
「この後どうする?」
「ここのホテル、ルームサービスも評判いいみたいですから夕飯はそれでいいかなって」
「味のチェックと勉強?」
「はい。良いところがあれば吸収出来ますから」
メニューはお風呂から上がって確認するとして、せっかくカラオケもあるのだから歌ってみないかと提案する。
夏菜の透き通った天使のような歌声。
彼女の歌。
どんなに上手いアーティストよりも好きだ。
「夏菜って最近失恋ソングばっかり聴いているよね。なんかあるの?」
偏見だけれど失恋した時にこそ聞く曲だとばかり思っている。
共感して泣くための曲。
知らないけど。
そんな日がこないように努力する。
「深い意味はないですが、失恋する歌詞を聴いているともっと彼氏のこと大事にしようって気持ちになりませんか?」
「へぇ」
そういう聴き方も出来るのか。
彼女の感性に驚く。
どうしても曲調や歌詞に引っ張られてネガティブになりがちになるが、彼女の場合はポジティブに物事を捉える。
こういうところは見習うべき。
「絶対にこうはなりたくないって考えてしまうのもありますけどね」
「させないよ」
「はい。もちろんです」
にしても失恋ソングね。
2月の中旬、あと2ヶ月もすれば進級。
ギリギリ部活として活動している我らの民族音楽研究部。去年は部活でもなかったので自主的に参加しただけ。だけれど、今年は強制参加。
「4月のさ、新入生歓迎会なんだけど」
「言わなくても大丈夫です。ちゃんとサポートしますよ」
「歌ってはくれないんだ。うちの部の看板娘なのに」
「その評価は嬉しくありますが、部活の主役は先輩ですから」
物は言いようだな。
無理に参加させるつもりもないから別にいいのだが。
与えられる時間は30分。
準備や撤収作業も考えれば20分ぐらい。
去年のように丸々一曲でお茶を濁すことも考えたけれど、そんな曲は中々ない。あるにしても、アレンジするのは神楽先輩がいたからこそである。
一人で演奏して歌うのであればエレキだと音の厚みがない。
アコギで演奏するとして……、買いに行かないとな。ずっと借り物で演奏してた。
それこそ失恋ソングのようにしっとりとした曲調が合う。
すぐにお風呂から上がりテレビを操作する。
えーっと……。
かなり古い曲だし、多分あるだろう。
タイトルを入力すると表示されるタイトルと歌詞。
あったあった、これだ。『I'm Not The Only One』
PVだと男の浮気。
ただ男性ボーカルだからか、聴くだけなら女性の浮気にも聞こえる。
歌ってみると結構心に突き刺さる。
特に僕だからか。
痛みを克服したわけじゃない。
たまにちくりと刺されるような痛みを覚えることだってある。
道を歩く夫婦、なんでこの人たち幸せそうに歩いているんだろうと、裏の顔を妄想してしまったりする。
彼女とえっちなことをしている最中であっても心拍数があがることも勿論ある。
完全に拭い切れたわけじゃなかった。
でも、僕が彼女とこうしていられるのは、その痛みも飲み干して彼女との一時を大切にしているからである。
歌い終わりマイクを下ろす。
感傷的になった心のまま深呼吸。
静かな部屋には暖かい風を送る音と鼻を啜る音。
「なんで泣いてるのさ」
「……卑怯です。やっぱり私が歌います」
「え? あ、うん」
どういう心境の変化なんだろう。
「あと、先輩」
「な、なに?」
「先輩のせいで心がざわざわするので」
肩を押され、ベッドに倒れる。
僕が逃げられないように股の間に膝を入れられ、胸のあたりを手のひらで抑えつけられる。
「しなくてもいいので、このままで」
「うっす」
何かを言えるような雰囲気じゃなかった。
彼女の目が本気そのもの。
ただ何もせずに抱き合うのも心が満たされる。
そんな一時。




