好きな理由
「話があるんですよねっ?」
コンビニへ向かう途中の道。
冷たい風に首筋を撫でられて、背筋がゾクゾクと震える。
夏菜に貰ったマフラーを巻いてきたほうが良かったと後悔してはじめた時に、家を出てから静かに着いてきていた麗奈ちゃんが口を開く。
「よくわかったね」
夏菜の友達とはいえ付き合いが長いわけではない。
「渉先輩のことはあんまりだけど、夏菜のことは知ってるからね」
ふふんと鼻を鳴らしながら自慢げ。
そういうこともあるかと僕は納得。
聞いてみてればその通りで、夏菜から僕がどういう人間か聞かされているし彼女の行動から簡単に予測出来る。夏菜の行動理念はシンプルだ。
彼女の両親ほどじゃないにしても夏菜の表情を読み取れる数少ない一人。出かける前のあの嫌そうな顔を見ながらも納得したところを見ればたどり着く答え。
「わたしは問題があると先に片付けたい性分なんで」
「僕と真逆だね。僕はどうしても考えすぎて先送りにしちゃうや」
「渉先輩は真面目ですねー。それで、わたしを連れ出してなんの話を?」
「大体予想付いてるんじゃないの?」
「まぁ」
麗奈ちゃんに合わせてゆっくり歩いていたスピードが更に落ちる。
「智樹と絵梨花のことでしょ」
「流石、お姉ちゃんだね」
「えへへー、そうでしょう」
誇るようにして微笑する。
高めのヒールがついたコンバットシューズを履いているからか、視線の高さがほぼ僕と同じ。神楽先輩以来だな、女性が同じ視線にいるの。
フルーティーな、家の中では気付かなかったが麗奈ちゃんから僅かに香水の香りが漂う。
「香水変えた?」
以前ギターを教えた時はシトラス系だったような。
「結構目聡いっすねぇ。でもそんな話がしたいわけじゃないですよねー」
「そうだった」
「心配してます? 夏菜が智樹に奪われるとか」
「いや、それは全然」
きっぱりと言いのける。
「へぇ……。うちの弟、まだまだ子供だけど高性能だよ」
「ふん?」
「疑ってますね」
「受験勉強ギリギリだからね。それに僕智樹くんのこと知らないし」
「実際要領良いんだよあの子。コツさえ掴めばさっさとこなして行くよ。ただやる気出すのに時間が掛かるってだけで」
値踏みするような目に不安を煽るような声色。
「麗奈ちゃんに一つ言っておくけど、それはどうでもいい。いくら智樹君の潜在能力が高くても自分の能力に驕るような奴に僕は負けるつもりはないよ」
もし今は負けていたとしても今後はどうなるかは本人の努力次第。
それは彼も僕も。
だから努力は怠らない。
「僕にとっての驚異は智樹君じゃないよ」
自分の両親でもなく。
「夏菜が一番の驚異だから」
彼女の期待に応え続けなければならない。
情けない姿を見せても僕を見捨てず慰めてくれる。
だからと言って必ずしもずっととは言い切れない。
いつかは愛想つかされる可能性もある。
本人に言えば怒られそうだけどね。
僕は世界一の美少女と付き合っている。
過言かもしれないけど、僕にとっては事実。
常に付きまとう不安もある。
それさえも飲み干していくしかない。
「試すようなこと言ってごめん」
「夏菜のためを思ってことのでしょ」
なんとなく本気じゃないことを察していた。
「それすらもバレてましたか」
「まぁーね。嫌な言い方かもだけれど、夏菜を扱うよりも容易い」
「あの子、表情に出辛いし何考えているかわからない時ありますよね」
「そんなことないよ。表情豊かで素直な子だよ」
けれど自分が決めたことを曲げない頑固者。
他人の意見に筋が通っているなら認める器の広さもある。
その上で我を通す。
「マウント取らないくださいよ」
笑いながら僕を軽く叩く。
「そりゃ彼氏の渉先輩には負けますけど、わたしだって夏菜こと理解しているつもりですよ。最初からうちの愚弟には勝ち目がないことぐらい」
「知ってて放置しているのは?」
手を後ろで組み、脚を弾みよく前に繰り出す麗奈ちゃん。
見た目が夏菜より大人っぽいから、そんな少女みたいな仕草にギャップがあり思わず和んでしまう。
「わたしが言ったところで智樹は言うこと信じないしー、それに夏菜ももう少し男の子との付き合い方……んー、これだと語弊がありますね」
「言いたいことわかるよ」
「あの子メンタル鋼だからね。でも気をつけないと反感買うでしょ、うちの学校ってプライド高い人多いし」
まぁ進学校だし偏差値も高いからね。
「うちの弟のように自尊心高いと振られた時にどうなるかわからないし。今までも結構問題起きてたんですよぉ」
「僕何も聞いてないんだけど」
「本人が気づいてないですからね」
夏菜らしいや。
「つまり麗奈ちゃん的に夏菜の成長を促そうとしてのこと?」
「そうなりますねー。要らぬ心配かもしれないですけど」
「どうだろうね」
僕としても危ういと感じる時があるのは事実。
けど人の彼女に言い寄る輩を見ているのも気分が良いものじゃない。
ぶっちゃけムカつく。
「ちなみにどんな問題が起きたのか」
「大人ありでパパ活してるって噂が流れそうになったり、二股しているとか言われてたりですかねー。渉先輩の良からぬ噂が流れてた時期もありましたっけ」
「へぇ」
「夏菜の弱みを握って脅して交際に持っていったとか」
最後のは強ち間違っていないんだけどね。
惚れた弱み……。
自分で考えると恥ずかしいな。
「その顔……怒ってます?」
「まぁーね。そりゃ夏菜のこと悪く言われたら怒りもするって」
「でも大丈夫ですよ。パパ活の噂って……夏菜の身につけるアクセがブランド物だったりするのが起因で、恐れ知らずの男子が聞きに行ってすぐに『彼氏とのペアアクセだけど、文句でもありますか?』ってさ」
「喧嘩腰じゃん」
「周りからそんな感じで見えそうなだけで、実際はデレデレでしたよー。すっごく機嫌良さそうでしたから」
その光景が少し目に浮かぶ。
「二股疑惑は?」
「それはただの嫌がらせだったんでしょうけど、普段からわたしと話す時も先輩がーbotみたいになっているので、噂にもなりませんでした。恋する乙女って可愛いですよね、からかって遊べるし」
ほんと、いい性格しているな。
「偶然なんだろうけど、すごいな」
「そうなんですよね。無自覚で潰してますから」
コンビニが近づいてくる。
もう目に見える距離。
「そんなところが好きなんですけど、憧れたりもしますねぇー。わたしもあぁ成れたらって」
「わからなくもないや」
僕も彼女の事好きだ。
でも憧れる部分もあるし、尊敬もしている。
「二人の関係性にも憧れますけど」
「僕ら?」
「お互い信頼しあって尊敬しあってるのが見ていてわかりますから」
「それなのに智樹君は気付かないわけね」
「自信過剰で馬鹿なんですよね、そのへん。実際モテるのも問題でつけあがらせる結果になってる」
自分の弟のことなのに笑って済ませる。
「麗奈ちゃんの弟ってことで綺麗な顔してるもんな」
「……それ、夏菜の前で絶対に言っちゃ駄目ですよ。怒られるのわたしなんですよ、ほっっんとーに面倒なんですからっあの娘」
目が虚ろ。
質問しようと思ったのだけれど、その姿をみて口が閉ざす。
「ま、渉先輩が心配するような事は起きないと思いますけど、わたしも智樹が変な気を起こすようなことしそうになったらちゃんと止めますから」
「ならいいけど」
「これでもわたしは夏菜の親友ですからねー。あ、絵梨花のことなら気にしないでいいですよ、あの娘は本当に賢いから自分でちゃんと整理出来ると思います」
最初から僕が心配することはなにもなかった。それを知れただけでも収穫があったと思う。
コンビニで買い物を素早く済ませて麗奈ちゃんの家に戻る。行きと帰りで倍ぐらいの時間の変わりよう。
麗奈ちゃんの先導で勉強をしていたキッチンにあるダイニングテーブルに、智樹君が一人なにやら嬉しそうに勉強をしている姿が目に飛び込む。
少し離れたリビングには疲れている女性陣。
特にぐったりしているのは夏菜で、絵梨花ちゃんは苦笑い気味にソファに座っている。
「どうかしたの?」
「テンション高くてしんどいです、彼」
「お疲れ様」
「はい、暫く肩借りますね」
ぐったりするように身体を僕に預け、肩にちょこんと頭が乗る。
コンビニで買ってきた甘いチョコの包装を開け、彼女の口に押し込むように入れる。
「……甘い」
「ビターでも良かったんだけれど、夏菜苦いの苦手でしょ」
「いえ、先輩が私に対して甘いなって思っただけです」
「なにそれ」
「なんでしょうね」
チョコを砕く小気味いい音が彼女の口から響く。
僕も一つ口に放り込む。
「急に真面目に勉強してるけど、どうしたのあれ」
「ずっと話しかけてくるので妹さんがちゃんとやらせるために二人で賭けを行いまして」
「ふーん」
「何故か私が使っている文房具が賞品として出されました。それで静かになるのであれば安いものですが」
それで真面目に取り組んでいるのか。
「あ、でも夏菜は困らないの? 普段から使っている奴でしょ」
「困らないと言えば嘘になりますが、思入れもないですからね」
女子のペンケースというと勝手な想像ながら、色々なペンが入っているイメージ。
そのへん、僕と彼女は似ているのかシャープペンシル2本に替えの芯、消しゴムだけ。違うのは彼女のほうには赤と青のペンあるぐらいだ。
「僕が予備で買った奴あげるよ」
引っ越ししてくる時にも持ってきていた未開封新品。
僕が使っているのが頑丈で壊れず、捨てることも出来ず困っていた。
「……ちょっと智樹くんに勉強教えてきます」
すぐさま立ち上がりテーブルに向かって行ってしまった。
欲しいのであれば彼らの賭けの結果は関係なくあげるんだけど。
勉強する男子の後ろ姿とやる気になって……どんどんテンションが下がっていく横顔。
10分が限度かなって予想を立てていたが、5分も経たず戻ってきた。
「無理でした」
「おかえり」
「対価に見合ってない気がしてきました」
「そんなに手強いんだ」
「先輩たちがいた時よりはマシになってますけど、私が近づくだけで勉強そっちのけになるので無駄だと気付きました」
「夏菜も僕といる時は口数が多いしね」
「一緒にしないでくださいよ。私は構って欲しく話掛けているだけですから」
「それは向こうも同じでしょうに」
「あちらは下に心がありますが、私はど真ん中に心があります。全然、まったく違いますよ」
僕の手にあるチョコを奪い取り、自分の口に放り込む夏菜。
してやったりという顔。
よく言われる言葉を代弁したにも関わらず。
「家族愛、友愛って言葉があるけど、恋は男女間に限定されていないか?」
「だから先輩は浅いんです。まだまだですね」
指の熱で溶けたチョコ。
その指先を僕に咥えさせ舐め取らせる。
「恋は落ちるもので、愛は育むものです。恋に落ち、愛を育むことはつまり愛の中に恋も内包していて進化したものだと私は思いますね」
「愛し合うって言葉で比喩するぐらいだし、そうなのかもね」
「なんですか? したいんですか? いいですよ。帰りますか?」
折角言葉遊びに付き合って盛り上がってきたところなのにはしごを外された。
「帰りたいんだね」
「まぁ……そうですね。麗奈との話は終わりましたし、雑務は正直面倒です」
「賭け事の最中なのに帰るのはどうかと」
「わかってますよ。私の代わりに勉強見てあげたらどうですか?」
「僕も彼の相手をするのは疲れるんだけどね……」
悪い子ではないのは知っているが、彼女たちが相手をしていて疲れる気持ちもわかる。
自分主導で話をしたい。そんな気持ちが透けて見える。
プライドが高いんだろうなって。
まるで自分が物語の主人公だと思っている節がある。
子供特有の感覚。
僕にも似たような時期があったかというとなかった。けれど回りにいるクラスメイトたちが似たような雰囲気を醸し出していた。
例えば足が早い子。勉強が得意な子。容姿に優れている子など。
得意な分野が明確な人ほどあったような気がする。
「まぁもともと勉強を見る名目で来たんだし良いけどね」
夏菜の頭をぽんぽんと軽く二度撫でるようにして立ち上がる。
絵梨花ちゃんと入れ替わるように彼の向かいの座る。
今は数学をやっているらしい。
「交代だってさ」
「ういっす」
流石に基礎は出来ている。
勘違いしている部分はその都度丁寧に教えつつ、過去問を参考に問題を解かしてみる。
暇になった僕は頬杖をつきながら女子3人組を眺めている。
姉が間に入ると特に剣呑な雰囲気にはならず少し姦しい。
かと言ってこちらまで話し声が届くことがない。
麗奈ちゃんだけの声量は普通なのに、他二人が物静かというだけ。
「渉さんって好きな人いるんっすか?」
僕らがコンビニから帰ってくる前からずっと勉強していたようで、集中力の切れた智樹君が雑談にとでも思ったのか話を振ってくれる。
「いるけど急にどうした」
「もしかして姉ちゃんっすか?」
「……なんで?」
そんな素振りあっただろうか。
いや、あるな。
知り合い程度の関係性なら勘違いしてもおかしくない。
買い物に麗奈ちゃんを連れ出したりとか。
「違うよ。僕が好きなのは夏菜だよ」
あ、まずったかな。
考えるよりも先に名前が出た。
リビングにも聞こえたのか、夏菜だけがこちらを視線を送りながら首を傾げている。なんでもないよって意味を込めて笑って見せると、通じたのかこくりと頷き姉妹との会話に戻った。
「君もでしょ?」
僕と夏菜の仲の良さを知っていれば次に繋がる言葉は『付き合っているんですか?』だろう。
会話の主導権を握るためにこちらから質問を返す。
「わかります?」
秘事ということでなく、それとも自信からか臆さず答える。
中学生だとこういう恋愛の話になると照れて思ってもないことや、誤魔化したりなんかするもんだと思っていたが、こうはっきりと言われると清々しくていいな。
「夏菜のどこが好きなの?」
「言ってしまえばやはり容姿からですかね」
「まぁそうだよなぁ普通」
最初に夏菜に対してどう思っただろうか。
やはり美しいだろうか。
流れるようなボール運びに綺麗なフォームから放たれるシュート。
声を掛けたのは、その技に、その強さに見惚れてしまったから。
追いついて勝ちたいという思いから。
目を閉じれば、彼女の姿が思い出される。
久しぶりにバスケやりたいな。
「その言い方だと渉さんは違うんっすか」
好きになった理由ならまた話は変わり、どこからだろう。
顔、性格、時間。
「なんだろ。僕って夏菜のどこが好きになったんだろう」
歯車が噛み合うようにかっちりとハマった感覚。
タイミングが良かったというよりは、タイミングを逃さなかったというほうが正しい。
主に彼女の。
「気付いたら好きになったとしか言えないかも。部活でずっと一緒だったからなぁー……」
なんなら今のほうがずっと一緒にいる。
文字通り寝ても覚めても。
今では隣に彼女が居ないという現実は存在しない。
「バスケ部でしたっけ?」
「そうそう」
今も凄いが中学時代の彼女のバスケはそれはもう語り尽くせないほど凄まじかった。
懐かしむように彼に夏菜の事を語る。
羨ましそうにしているが、嫉妬からだろうか彼の目が鋭い。
自分の知らない彼女。
それを知っている僕。
逆側の立場を考えたら分かる。
腹立つよなぁ。
指でちょちょいっと夏菜に向けて呼び寄せる。
まるで犬みたいな扱いなんだけれど、文句を言うわけでもなく素直にこちらに歩いてくる彼女も彼女だ。
「夏菜、今週の土日休みでしょ」
「はい」
「バスケも出来る総合施設が市内にあるじゃん、土曜日に行かない?」
「いいですけれど、日曜はちゃんと私にくださいね」
考えもなく言ってしまったせいで、彼女に恋する少年は乗っかるに決まっていた。ただ意外だったことに絵梨花ちゃんも話に混じって、結果的に今日の5人で遊ぶことになった。




