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新学期

 学校に行くのもなんだか本当に久しぶりのような気がする。

 短い期間の中、人生で一番濃い体験が続いた。つまらない現実と事実。確かな優しさと本物。

 それを受け入れるのに時間が掛かっただけ。


 住む家が変わり起きる時間も早くなった。

 朝なのにまだ空は暗い。これから日が登ってくるというところ。

 一足先にベッドから降りて顔を洗い歯を磨く。

 歯ブラシやメラミンカップを夏菜が用意してくれていたのだけれど彼女と色違い。

 マフラーに然り何かとお揃いにしたがる。

 悪い気は勿論しない。


 興味本位でお揃いにする意図を更に聞いてみることにしたが、お互いにマーキングする意味が強いとのことで僕は彼女のもの、彼女は僕のものだという。

 他にも思い出に残るからという理由で納得してしまった。


 制服に着替えてからリビングに降りてみるとすでに明かりが着いており、ホッとするいい匂いが漂ってくる。

 春人さんはもうすでに起きて朝食の準備を進めていた。



「おはようございます」

「おう、もうすぐ出来るから。起こしてきてくれ」



 ぐっすり眠っているであろう彼女の元に戻る。

 僕が階段を登りきったタイミングでアラーム音が部屋から鳴り出す。扉に手を掛けた瞬間にアラームの音が消えた。

 どうやら起きたみたい。


 扉を開けると女の子座りで頭をかくかくさせながらぼーっとしている姿が視界に飛び込む。

 目を擦るぐらいには覚醒しているらしく辺りをきょろきょろと見回し、僕が脱いだばかりのパジャマを手にすると抱きかかえたまま寝転んだ。

 ここ数日ずっと一緒に寝ていることでわかったが、僕だけではなく彼女にも抱き癖がある。といっても、彼女の場合は暖かさを求めて。

 夏は今よりも目覚めはよかったし、単純に朝が弱い。



「起きた?」

「ん、少しだけ待って……」



 そう言われれば待つしかないので隣に座る。



「……ん、あったかい」



 重い身体をゆっくりと起き上がりながら張り付いてくる。

 暖まるのが一番だと言っていた。

 僕は逆に眠くなるが。



「抱きしめたほうが早くなる?」

「ん? うん」



 僕のほうが早く目が覚める時、いつもこんな感じになっている気がするな。

 夏菜を手で支えながら背後に回りそのまま抱きしめる。

 彼女匂いを強く感じて、いつかのことを思い出す。


 あれから特に関係性は変わらない。

 ただ前よりも彼女のことを身近に感じ取れるようになったぐらい。

 思い出してちょっとどきどきしてしまうこともある。 



「普段からこの言葉遣いでもいいのに」

「……無理」



 まだ緊張するのか。

 というより癖になっているのかな。

 5分ぐらい経つと夏菜の体温が上がってくる。

 


「もう大丈夫です」

「じゃあ着替えてから下に行こっか」

「はい」

「僕は先に行ってるね」



 夏菜から離れてドアノブに手を。



「そうだ、夏菜」

「はい?」

「おはよう」

「ふふっ、おはようございます」



 朝から夏菜の笑顔が見れたし良いことありそう。

 先に降りて夏菜を待つ。冬乃さんはすでに春人さんが起こしていたようでふわふわした状態ながらも自分の席について、旦那さんの後ろ姿を眺めていた。

 そんな後ろ姿を見ている僕という構図。

 後ろを向いたら制服に着替えた夏菜が首をかしげてこちらを見ている。

 無言で見つめ合って仕方ない。



「なんか夫婦っていいよな」

「プロポーズですか?」

「それならもっと気の利いた事言いたいよ」

「へぇ」



 目を細めて上目遣い。

 よからぬ前触れ。

 隙きを見つけたらしい。



「自然と結婚意識しているってことですよね」

「そうだけど? え、もしかしてここまで来て結婚しない感じ?」

「え、あ、いや。違くて。身も心もって……、わざとですか?」

「いや」



 首を振って否定してみせると、ため息を吐きながら「またですか」と呟く。



「先輩の慌てた姿が見たかっただけなんですが、結果として私が慌てることになりましたね」

「日頃の行いってやつだね」

「自分のしたことが返ってきただけなので否定出来ませんね」



 僕の背を押しながらリビングへと進む。



「僕の勝ちか」



 そんな軽口を叩いてみるものの、後ろから呆れた声が聞こえてくる。

 前からは微笑ましい物を見るような視線が。

 羞恥心を覚えないあたり、この一家に毒されてきたかもしれない。



「そんなわけないですよね? ただの天然の癖に。それで勝ちでもいいんですけれど、結果として結婚を意識していてくれているという気持ちを確認出来た時点で、私の勝利は揺るがないですけど」



 取り止めない会話を振ったわりにはちょっとおもしろい結果になった。

 朝食の間に考える良い暇つぶしになった。

 冬乃さんが一番最初に出勤し、次に春人さんが。

 残った僕らは食器を片付けてから鞄を手に登校。



「そういえば先輩にうちの鍵渡してなかったですよね」

「いつも一緒にいるし、僕がバイトの時は夏菜が家にいるからあんまり必要性を感じてなかったけど」

「でも、学校が始まったらそうは行かないんじゃないですか」

「んー、どっかで時間潰してもいいんだけどれど……」



 夏休みぐらいまでシフトを増やしている。



「駄目ですよ。放課後、買い物ついでに作りましょう。家の鍵って目に見える形で家族の証みたいな物だと思っていますから」

「へぇ……」



 夏菜の家からの最寄りの駅。

 彼女の家に泊まってから登校することもあり、同じ時間帯で同じ角度で何度も見た建物だけれど、なんだか新鮮に映る。

 ゆっくり歩く。

 澄んだ空気、朝が早く人混みもなくまばら。

 水色の空には真っ直ぐ伸びた白い雲が浮かんでいるだけ。

 隣を歩く彼女の赤茶色の髪も太陽に照らされていつもより赤みが増している。彼女の視線の先は、僕と同じように空を見ていた。



「なんか変な感じですね」



 腕をぎゅっと握りながら呟く彼女の瞳は穏やか。

 お揃いのマフラーで口元を隠しながら、小さな声で笑う。



「いつもの同じ景色が違って見えるとか?」

「よくわかりましたね」

「僕と同じこと考えてたんだよ」

「心まで繋がってるってことじゃないですか」

「何言っているの? 恥ずかしい奴」

「先輩にだけは言われたくないです」



 怒った風を装いながらも言葉は平坦。

 知らない人が聞いていれば本当に怒っているような声色だけれど楽しそうにしている。

 改札を抜けるために一度腕を解く。

 すぐに腕を組み直しながら、電車の扉が来るであろうポイントの前のベンチに腰掛けた。

 夏菜の黒い脚が上下に動きそれを目で追う。



「えっちな目してますよ」

「そんなつもりで見ていたわけじゃないんだけど」



 タイツの光沢で動く脚が単純に気になっただけ。

 それに部活をやっていた頃とくらべて筋肉が落ちて、女の子らしい脚になっているからか余計に目で追ってしまう。



「昨日もしたのに満足出来ませんでしたか?」

「……」



 生唾を呑み込み辺りを見回し安堵した。



「先輩の方から誘ってきたわけですし」

「それは夏菜が悪戯するからだろう」

「私が何をしたって言うんですかねー?」

「人の顔面に胸押し付けてきたろ」

「それだけでなんでしたくなったんですか?」

「このっ、夏菜だって始まったら凄いことになってた癖に。未だに肩の爪痕くっきり残ってるんだからな」



 事が終わってから肩から血が流れていたことには正直びっくりした。

 行為中も痛みと原因は理解していたが、彼女の握力を甘く見ていた。



「それは先輩が悪いです」

「なんでだよ」



 僕らが言い合っている間に電車が到着し、梅ヶ丘駅に辿り着く頃にはまた他愛のない会話に戻っていた。坂道を二人で登りながら始業式で学食も売店も開いていないため、放課後にどこかで食べて帰る相談をしていつも踊り場で別れる。

 教室の扉を前にして今日から司も登校してくるようだからちょっと嬉しかったり。会うのは本当に久しぶり。


 クラスメイトたちに挨拶を交わし自分の机へ。

 暫くすると一層教室が騒がしくなり同じ方向を見ていた、すると見覚えのある顔が前の扉から入ってくる。

 整った顔立ちで黒髪の男子。



「染めたの?」

「まぁーな。今年には父親だからな、しっかりしなきゃいけないし」

「それで見た目から?」

「見た目が一番わかりやすいだろ」



 見事な茶髪は真っ黒に。

 チャラそうなイケメンは誠実な青年に。

 一部位が変わるだけで印象が大きく変わる。

 クラスの女子だけではなく男子達も騒ぎ立てており、司を褒める言葉が聞こえてきていた。



「へぇ」

「なんだよ」

「似合ってるよ」

「含んだ笑いをされながら褒められても嬉しくないわ」

「本当だって、落ち着いた感じがして僕は好きだよ司のこと」

「好きとか言うな気色悪い、市ノ瀬ちゃんにだけ言ってろ」

「それは、そう」



 僕の正面の机は誰が座っていたか覚えてないけれど、まぁ気にすることもなく司が座り雑談に興じることに。



「神楽先輩は順調?」

「そうな、今日は学校に来てるよ。あとで会ってくか?」

「やめとくよ、後で夏菜に怒られそうだし」

「俺の嫁なのに?」

「うん」

「尻に敷かれてんな」

「別に……、どうなんだろ」



 基本的にやりたいことをやらせてもらっているが、でも手の平で踊らされているような?

 僕も翻弄している時があったりなかったり。

 夏菜が自爆しているような気がしないでもない。



「そうかもしんない、そうじゃないかもしれない」

「どっちだよ」

「敷かれても嫌じゃないから迷いどころ」

「お前より市ノ瀬ちゃんのほうがしっかりしてるしな」

「そうなんだよね」



 僕もしっかりしなきゃとは思っている。

 思っているだけじゃ駄目なことも理解している。

 今の環境に身を置いて学べることも多い。

 なので乞うご期待。



「そっちも順調か?」

「夏菜は妊娠してないけど」

「してたらびっくりするわ」

「今更だけど何ヶ月目なの?」

「えーっと、12週目だから3ヶ月ぐらい」

「僕らが付き合い始めた頃か」

「……お前らずっと一緒にいるからそれ以上の感覚なんだけど」

「そう言われても事実だから」



 呆れられても仕方ない。

 でも、今はちゃんと向き合っているから許して欲しい。



「僕、妊婦のことよくわからないけどお腹とか大きくなってきてるの?」



 街中で見掛ける妊婦さんとかは大変そうにしているし、お腹が大きくなっていて何よりも目立つ。一目でわかる。



「本人にしかわらかない程度だよ」

「そうなんだ。お腹撫でたりしてる?」

「興味沸きすぎだろ」

「親友の子供なんだから気になるだろ」

「それもそうか、市ノ瀬ちゃんが妊娠したら流石に俺も気になるわ」

「不思議だよね」

「なにが?」



 きょとんとする親友を見る。



「司と神楽先輩の子か」

「俺は実感わかないんだけど」

「中学生時代には考えられなかったよね」

「ほんとな。中身はガキのままなのに親になるんだよなぁ」



 子供のまま親に、か。

 一瞬、頭に過る人物。

 でも彼らはうちの親の様にはならないだろう。

 なんとなく、なんとなくだけれどそんな気がするのだ。

 そういう思考に至る要因はあったかもしれない。

 これが信頼なのかもしれない。



「二人なら心配いらないよね」

「不安はあるよ、実感がないだけで。でも俺が父親になるんだから雅と子供を守らなきゃって思いはある」

「かっこよ」

「格好つけなきゃな」

「好きな女の子の前では格好いいところ見せたいよね」

「渉もわかるようになったな」



 廊下が静かになり、教室に人が増える。

 もうすぐ予鈴が鳴る。

 学校でするような話ではないから小声だった。



「そうだ司」

「ん?」

「あけましておめでとう」

「おう、今年もよろしくな」

「うん、よろしく」



 ※



「司のほうが先に来たみたいだね」

「みたいだな。じゃ、また明日」



 放課後、僕らはすぐに下駄箱へ向かい各々の相手を待つ。廊下の先から夜の闇を吸い取ったかのような黒髪を持つ女性が先に現れ、司は僕に手を振ってから笑顔のまま駆け寄っていく。

 神楽先輩と目が合う。

 少し気まずくなり会釈だけで挨拶を済ませると二人は揃って下校していく。

 なんとなく後ろ姿でも司が彼女に気を使っている様子が見て取れてほっこりした。


 30分経っても夏菜が現れず、休み明けということもあって何が行われているのかが予想される。

 何度も似たような事があるとピンっとくるものがあった。

 スマホを確認すると丁度15分前に連絡が入っていて『30分程で待ち合わせの場所に行けると思います。先に帰らないでください』と。

 少し前なら先に帰っても大丈夫です、という一文が変わっていた。

 ここにも小さな変化。


 様子を見に行きたい気持ちはあるけれど、どこで告白されているのなんか僕が知るよしもない。

 メッセージを送っても真剣に告白してくるような相手なら、目の前でスマホを開いたりなんかしないだろうし。


 暖かい日だったら外の自販機前のベンチで休みたかったが、比較的暖かい中庭を通っても今日はシロはいない。

 夏菜の教室に向かってみようか。

 彼女の席は覚えているので荷物があればそこで待たせてもらうのもいいかもしれない。教室に残っている生徒には迷惑だろうけれど。

 そうと決まれば進む脚は迷いがなく階段を2段飛ばしで駆け上がり、廊下の突き当りに彼女のクラスに向かった。



「えーっと」



 机の上に見慣れたリュックが一つ。

 幸い残っている生徒が居たので声を掛けた。



「ごめん、ちょっといいかな。夏菜……市ノ瀬どこ行ったかわかる?」



 彼女の名字を言葉にして言うのはとても久しぶり。

 今ではこっちのほうが違和感がある。



「市ノ瀬さんですか」



 男子生徒だったのだが、困ったような顔をしている。



「どうかした」

「あの、噂の市ノ瀬さんの彼氏さんですよね?」

「噂? まぁ僕が彼氏で間違いないよ」

「あー、どうせ無理だからって俺らも止めたんですけど」

「告白でしょ。多分だけど」

「まぁ彼氏さんなら知ってましたよね。屋上に呼び出してた筈です」



 胸を撫で下ろすようにほっとしながら天井を指差す。

 思わず見上げてしまったがそこにあるのは蛍光灯だけ。



「今日は一段と寒いのにそんな場所で」

「屋上にある小さな温室の中で告白すると成功率が高いって噂ですよ」

「へぇ、一年のジンクスかな」

「どうなんっすかね」



 僕も屋上にはあまり立ち寄っていない。

 この時期でも園芸部は頑張っているようで、寒さに強いパンジーやビオラ、マーガレットなどを咲かせていた。



「向かわないんっすか」

「んー、告白の邪魔をするのもなーって」



 彼女なら心配はない。

 本気の告白ならば僕も邪魔をするのは出来るだけ避けたい。

 気にならないわけじゃないし、見てみたい気持ちは確かにある。

 でも真剣な人間の邪魔をするのは僕のポリシーに反する。

 たとえ対象が僕の恋人であっても。

 最大限の譲歩でもある。

 夏菜が聞くと拗ねるかな……。


 恋をして初めて相手の告白を聞くようになったと彼女を言っていた。

 今ならその気持ちなんとなくわかる。

 相手に想いを伝えるのは大事なことで、緊張もするし不安にもなる。期待だってする。

 様々な感情が渦巻きぐちゃぐちゃになりながらも、自分の心と向き合う作業でもあるんじゃないかなって、たとえ断れてショックだったとしても成長の切っ掛けになると。



「器広いんっすね」

「どうだろう。ざわつきはするけど、夏菜だからかな」



 完全に不安は拭い去ることは出来ない。

 それは当然のことで、でも彼女から貰ったものや積み重ねが僕らにはある。

 春人さんが言っていた事が、今ようやく胸にストンと落ちた。



「ずっと一緒にいるしね」



 夏菜なら間違うようなことをしない。

 行動に移す前に考え、家族や僕のことを優先的してしまうような子。

 僕らが悲しむようことをするのであれば、彼女が自分自身を許さない。


 正面にいる彼には悪いが雑談に付き合ってもらい彼女を待つ。

 暫くして、メッセージの内容よりも早い時間で扉が開くと彼女だけが無表情で教室に入ってくると僕に視線が。



「え?」



 間抜けな声。

 片方の眉が僅かに上がっている。

 驚いているらしい。



「私、怒られますか」

「なんで?」

「いえ先輩が教室に来るの初めてだったもので」



 片手で数えられる程度には来たことあるけど。

 本当に怒られると思っているのか。



「告られている時にってこと?」

「そうです」

「なんで怒るのさ」

「先輩を待たせて他の男子のところにいるからですかね」

「確かに」



 言われてみればその通りで、怒っても良いシチュエーション。



「やめてって言ったらやめるの?」

「はい」

「なんかポリシー的なものがあって毎回ちゃんと聞いているのかと思ってたんだけど」

「ただの自己満足ですよ。相手の想いを切り捨てるのでその分しっかり聞こうと。でも先輩が嫌だと思うのであればそれは不必要なことです。優先すべきは大事な人だけなので」



 こんな子、誰が怒れるんだろうね。

 怒る変わりに頭を撫でようとしてデコピンを御見舞しておく。



「それでどうして教室に?」

「暇だったから」

「それだけですか」

「うん」

「はぁー……。よかった」



 深いため息。

 デコピンを食らって少し距離を取りながらこちらを伺うような視線だったのものがなくなり、僕に身を寄せる。



「本当にびっくりしました。不安がらせたのか、心配させたのか、悲しい思いをさせたのか色々考えちゃったじゃないですか」

「ごめん?」

「いえ、先輩が悪いわけではないので、強いて言えば告白してきた男子がいらないだけで」



 その男子の友達がそこにいるんだけれどね。

 僕にとっては嬉しい言葉だけれど、相手によってはノンデリ。



「相手は?」

「さぁ。私が去るまで屋上に残ってましたけど、それ以上は知らないです。興味もありませんから」



 人の想いは大事にするのに、存在そのものは興味がない。

 極端な彼女の変わらなさに笑ってしまう。

 夏菜は夏菜だなと。



「君らしいや」

「なんですかその笑い。私は本当に怒られると思ったんですからね」

「ちょっと怒ってほしかったり?」

「……嫉妬とかで八つ当たりされるなら嬉しいかも。そういうところ私に見せてくれるんだって。でもやっぱり本意気で怒られると色々考えてしまうのでなしでお願いします。ちょっと嫉妬してくれるぐらいがいいです」



 顔を背けられるが瞳はこちらを、リングを弄りながらしおらしい態度。



「素直すぎ」

「いいじゃないですか、嫉妬って愛されてるって実感しませんか?」

「するけど」

「そういうことです」

「残念ながら夏菜が告白されるのは今に始まったことじゃないからな」

「んー、ケチですね」



 教室でいつものやりとりをしていると、雑談相手をしてくれていた男子が固まっていることに気づく。

 視線の先が夏菜を見ているから、彼女に対して驚いている。

 僕が首を傾げていると男子生徒が答える。



「あぁ、すみません。普段の市ノ瀬さんと印象が違いすぎて」

「そう、だろうね」



 一緒にいることで忘れがちになるけれど他者に対して冷たい。

 冷たいんじゃないな、興味がなさ過ぎて冷たく見える。

 良くも悪くも彼女はそういう性格。

 自分の世界を持っている。けれど、その世界が狭いとも言えるかもしれない。



「そろそろ帰ろっか」

「はい」

「君も雑談に付き合ってくれてありがとうね」



 真面目そうな男子生徒に別れを告げて教室を出る。

 途中から居心地が悪そうにしていたから、申し訳なかったかな。


 階段を降りて廊下を渡り下駄箱で靴を履き替える。

 ショートブーツに履き替える彼女を待ちながらマフラーを巻き直す。

 ほんのりとバニラの香り。

 彼女の部屋に置いているから匂いが移ったのだろうか。

 この匂いは安心して好きだ。



「お待たせしました」

「うん、行こっか」



 腕を差し出すと自然と彼女もそっと腕を掴み学校を後にした。

 今日は久しぶりに同じシフト。

 朝相談した通り、昼食を学校付近にある定食屋。夕食の買い物をいつものスーパーマーケットで済ませてから向かう。


 裏口からダリアに入り、賄を食べている春人さんたちに挨拶をしてから従業員スペースで着替える。

 夏菜が冷蔵庫に買ってきたばかりの食材を仕舞い、着替え終わった僕と合流。

 彼女も着替えるので出ていこうとするが、回り込まれる。



「今更ですよ。ゆっくりしててください」

「いやぁー」



 袖を掴まれたので逃げることも叶わず。



「……なんで先輩が悲鳴あげるんですか」

「ほら仕事中だし」

「まだタイムカードも切ってないんですが」

「職場だから?」

「お店もまだ昼休憩中です」



 昼休憩というには遅い時間だけれど飲食店ならでは。



「最近、部屋で着替える時は一緒にいるじゃないですか。というよりそれよりも凄いことしたのに」

「なんか、ね。職場だと緊張する」

「へぇ……」



 嬉しそうに目を細め、怪しい光りが宿る。



「悪戯禁止な」

「なんでバレるんですかね」

「わかりやす過ぎだって、僕のこと甘く見すぎ」

「それは?」

「夏菜のことずっと見てるから、君が何を考えているのかわかるよ」

「んふふ。それでは今回は許してあげます」



 次回もあるということですか。

 対処方法考えないとな。



「私より先輩のほうが恥ずかしがり屋ですよね」

「夏菜が恥ずかしいって思う時、大抵二人きりの時だからね。僕は人に見られることに慣れているわけじゃないから」

「ふーん」



 着替えることなく僕の膝に座る。

 手にはバイト先の制服。



「何?」

「私のこと理解しているんじゃないんですか?」

「今回は許すって」

「先程許しましたよ」

「……きたねぇ」

「それで?」

「……着替えさせろってことだよね」



 思わず固唾をのむ。



「すごい。正解です」

「前にも似たようなこと言ってたからな」

「先輩って」



 誂うような態度は鳴りを潜め、柔らかいものに変わり頭を僕の胸にこつんと押し当てる。



「私が思っているより、私のこと……好きなんですね」

「今更気づいた?」

「でも私のほうが気持ちが強いの私の勝ちです」

「いつから勝負になったんだよ」

「付き合い始めた時からすでに」

「聞いてないんだけど」

「そういうわけなので、私の一人勝ち」

「この」

「んふ」



 器用に膝の上で方向転換し、僕を椅子代わりにする。

 バイトまでもう暫くある。

 彼女を膝に乗せたまま連絡事項の書かれているノートを開くと。



「お前らカウンターまで声聞こえてるぞ」



 と、春人さんがそう言いながら控室に入ってきた。



「すんません」

「すみません」

「あははっ、もうお前ら俺らのこと言えないからな。場所だけは考えろよー」



 とフロアに戻っていく春人さんは手をひらひらを振りながら去っていった。



「そうっすね……」



 同類か。

 まぁ悪くはない……かな?

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