リスタート
しょうもない。
たったひとつの感想を抱いた。
最終的な決定を聞きに自宅に戻った。
散々泣いた後に同居しませんとかなれば、夏菜の顔を見れなくなる。
テーブルに着き、父の話を聞く。
結果として離婚してからも父は村川ゆなのことを忘れられずにいた。
自分が仕事で忙しく家にほぼ帰ってこれなかったことに罪悪感を覚えていたことも、村川ゆなのことを中心に考えていたからだ。
それを理解出来るのは僕の世界に夏菜という存在が衛星のように存在しているから。
勿論、やり直すと決めたことは簡単に出した答えじゃないと思う。
疑問に思ったこと。
相変わらず父は仕事で全国を時には海外を飛び回っている。
大手百貨店のバイヤーというちょっと高校生では深く理解しえない職業柄、今でも自宅にいることは少ない。
だから再婚したところで上手くいくとは思えず、同じことを繰り返すように思えた。
その問に彼は居心地が悪そうに答えた。
当時、村川ゆなの不貞の最中は仕事を始めたばかりで覚えることも沢山あり自宅に帰れない日々が続いたのは本当で、ようやく軌道に乗り始め部下も出来た頃に発覚。
今更知っていることを話しているが話には続きがあったようで、実は自宅に戻れる期間はそれなりあるようで、どうやら僕と顔を合わせるのが気まずくて事務所に泊まったりホテル暮らしをしていたそうだ。自宅に戻ると村川ゆなのことを思い出すこともあって、帰ってくることを控えていた。
とのことらしい。
つまり彼の中での優先順位は息子の僕よりも不貞を働いた彼女のほうが上ということである。
聞いていて少しショックはあったが、電話を受けた時点でわかっていたことだし、僕も家に一人いるほうが気楽だったからすぐに気を取り直した。
そしてオマケとして村川ゆなが僕を産んだ年齢は16。
つまり今の夏菜と同じ歳。
今は疲れが見えて少し更けて見えるがどうりで若いわけだと納得した。
父は遊びたい盛りに僕を任せて彼女を一人にさせたことに罪悪感を覚えていたようだ。
当時の父は22歳の大学卒業したて。
どちらも子供。
「渉はしっかりしている、夏菜さんもいるから大丈夫だと思っていた」
と、結果論だけ振りかざす。
それは現在の話で昔の僕の状況を忘れている。
自分のことで精一杯のころに僕が産まれた。
なるほどね。
色々と納得する部分はある。
父は少しだけ常識を持ち合わせていただけで、村川ゆなはまだまだ子供で社会や大人の世界を知らなかった。しかし、やってることは大概。
起こるべくして起きた。
最初から被害者は僕だけだったわけだ。
「で、この家に一緒に暮らすわけ?」
「そうだ」
「再婚すんの?」
「それはまだ。私も完全にゆなを許したわけじゃない、だからお互いにそうなってもいいと思えるなら考える」
そこは冷静なのか。
「やり直す機会が一度ぐらいはあってもいいんじゃないか」
モノによるとしか言えない。
小さな間違いか大きな間違いで対応が変わる。
僕にとっては大きなもので、彼にとっては小さなものだと認識の違い。
ずっと黙っていた村川さんが口を開く。
父にチャンスを貰って安心した顔で。
「だからね、渉。三人でやり直せないかな」
頭痛がする。
「僕は無理だよ。ずっとストレスに感じてたんだ、貴女にとって……。貴方達にとってはやり直せる失敗だったかもしれないけど、僕にとっては違う」
本人にしかわからない痛み。
二人が黙る。
信じられないというような目で。
気に障る。
信じられないのはこっちだよ。
「そういうことなら僕はこの家を出ていくよ。市ノ瀬の家には許可貰ってるから」
冗談で言った市ノ瀬の家で暮らす。
夏菜は本気で、泣いた日の翌日に春人さんにお願いしていた。
僕の生活費はダリアのバイトで賄えるし、大学4年分。国公立だったならば貯金がある。
身内の助けがなくてもこれからは暮らしているところまできた。
「これまで援助してくれたことには本当に感謝してるけれど、それとこれは別だから」
壊れたモノは戻らない。
修復しても継ぎ接ぎだらけ。
歪なモノ。
形のないものだから修復出来るかもしれないけれど今じゃない。
僕は立ち上がる。
彼らはこちらを見るだけで引き留めようとはしない。
その程度ってことだろう。
「荷物は今度まとめて取りに来るから」
自室から数日分の衣服と楽器を手に柊の家を出た。
マンションのエントランスを抜ける。
薄い色彩の街並みに華やかな存在。
「よかったのかな」
「後悔してますか?」
「いや、ちょっとすっきりした」
「そのようですね」
冤罪で刑務所に送られ、脱獄に成功して大雨打たれた時ぐらい晴れやか。
「本当に古い物好きですね……」
「名曲、名画は色褪せないからね」
「一番好きな小説は?」
「ライ麦畑でつかまえて」
「変わってますね。現役高校生とは思えないです」
洋楽に関係ある映画なら、スタンドバイミーなんかも好きだ。
死体探しに線路を歩く少年たちの物語。
改めて読んだり鑑賞すると昔と考え方が違って何度も楽しめる。
彼女はレスポールの入ったハードケースを僕から奪うように手に。
「なんでそっち。重たいだろう」
「わかりますよね」
「僕の親友の奥さんからの贈り物だよ」
「……だめですか」
「ずるいなぁ」
彼女と二人並んで歩く。
荷物があるから手は繋がず、少し開いた距離。
「傍にいて、ぼくの傍にいてくれないか」
そんな歌詞だったかな。
映画の印象が強すぎてあんまり覚えていない。
英語ならそらで歌えるんだけれど。
音として覚えているから、歌詞はあやふや。
「いますよ」
「……あ」
「もしかして」
「独り言だね」
「騙されてあげただけです」
怒っている風を装っているけれど機嫌が良い。
僕の独り言で何を考えていたのか理解したのか、スタンドバイミーを彼女も口ずさむ。
「どうした?」
「今日からよろしくお願いします」
「今日からも、かな」
「そうですね。その通りです」
彼らは彼らのやり直し。
僕はここから人生をやり直す。
旅立ちにはちょうど良い曲だな。
※
「今日からお世話になります」
「堅いわ」
わざわざ玄関で待ちかねていた春人さんに背中をばしばし叩かれる。
「今更改まる関係じゃないだろ、お前はもう息子みたいなもんなんだから。いずれ本当に俺のことお義父さんって呼ぶんだからな」
「礼儀は礼儀ですから」
「そうな、お前の良いところだ。でも、もうここはお前の家なんだから気を抜けって」
「ありがとうございます」
「あと後半部分無視するなよ」
フローリングに脚を掛ける。
一年間かそれ以上の期間、ここから出ていってここに帰ってくる場所。
今まで何度も通り抜ける玄関。
改めてそう考えると緊張する。
「渉くん」
「はい。今度演奏聴かせてね」
「うるさくしないようにしますから」
「そんなの気にしなくてもいいのよ」
そうは言うが気にする。
今後は部室で練習することが増えそうだな。
部員集めないと部からもまた格下げなんだけど。
「夏菜までなんで緊張してるのかしらね」
冬乃さんの目が夏菜に映る。
つられて僕も彼女を見るが、シルバーのリングを回転させながら僕を見たり地面を見たりして、自分の家なのに挙動不審。
「あなた夏休み渉くんとずっと二人で居たでしょ」
「あの時は期間が決まってたし、付き合ってなかったから」
「なんで今になって、今のほうが深い関係でしょ」
「だから緊張するの……。わかんないかな」
「だったらさっさと襲いなさいよ。胃袋は掴んでるんだから」
「出来たらやってる」
「へたれ」
それは僕に刺さる。
「行きましょう、先輩」
「うん。それじゃお二人ともよろしくお願いします」
まだ何か言い足りない冬乃さんと苦笑いを浮かべる春人さんに見送られながら階段を登る。
運動用に置かれていたマットなどが片付けられ、その場所に腰ぐらいの高さのチェストが増えていた。
僕の部屋に置かれていた物と同一。
昨日の今日なのに準備が良い。
「僕用?」
「はい。先輩が泊まる時に使っていたモノも移してありますから」
「ありがとう」
「買ったのは私ですが、組み立てたのは父さんなので」
「そっか、後で春人さんにも礼いわないとね」
僕も組み立てたからわかるが木版がしっかりとしていて結構重たいのだ。
「いくらだった?」
「お金はいりませんよ。私が勝手に用意したものですから」
「そういう訳にも」
「先輩もなかなかに頑固ですね」
「恋人とはいえお金は大事でしょ」
お金が全てとは言わないが必要な物。
「買うべきものは買うべきですよね」
「だから僕が買うんだよ」
「……じゃんけん」
僕がチョキで夏菜がグー。
夏菜の考えも理解出来るし、彼女は僕の考えに納得した。
こういう場合はジャンケンかコイントスで決めるのが僕らのルール。
運ゲーなのに勝った試しがないんだけど。
「私の勝ちなので私の言うこと聞いてください」
「前回のコイントス、イカサマコインだったけど今回は?」
「純粋な運ゲーですよ。仕込みようがないじゃないですか」
「本当は?」
「急に言い出すと先輩はチョキ出す癖」
運ゲーだけど、完全敗北した気分。
心理戦。
次回に活かします。
「これぐらいで足りると思うですが」
5段の衣装チェスト。
「タンスの一番下なんか使ってなかったし。物置部屋でも十分暮らせそうなんだよな」
「それは駄目ですよ。これからはこの部屋で寝泊まりするんですから」
チェストの横に楽器を重ねておく。
レスポールはハードケースなので下に、ムスタングが入っている布製の軽いケースは上に。
次回アンプも持ってくるとしたら、流石に一人では全ての荷物を一回で持ち運ぶのは無理そう。
スコアなんかも嵩張れば重たいし。
教科書もあるのだから、少ないと言っても荷物の重量自体はある。
「父さんが車出すので大丈夫ですよ」
「すごいな夏菜は、僕が思ってること言い当てる」
当然だと言わんばかりに胸を張る。
そして頭をこちらに差し出してくるので引き寄せられるように撫でまわす。
「撫でられるの好きだよね」
「気持ちよくて安心しませんか」
「わかるかも」
優しい手に触れられて人の体温を感じられる。
でも僕は撫でるほうが好きかもしれない。
学園に訪れる飼い猫のシロもそうだけれど、動物を撫でている時のほうが気持ちが良い。
彼女を撫でているときも似たような気分になる。
「それはちょっと癪なんですが」
「なんで」
「にゃーさんと同等ですよ」
「そういう訳じゃないんだけど」
「本当ですか」
疑いの目。
表情は変わらずとも瞳は感情を映す。
「猫とは出来ないことも夏菜とはやってるだろ」
「でも先輩はたまに中庭でにゃーさんのお腹吸ってますよね。それは私はされてないんですが?」
「そこまで見てるの」
なんというか陽だまりの匂いって感じで癖になるよね。
あとほんのり獣臭。
夏菜のお腹ねぇ……。すべすべした肌で触れたら気持ちいいんだろうけれど、夏菜と猫では比べるものでもない。
「にゃーさんに負けた……」
「何を言ってるのやら」
本気で落ち込むような素振りを見せる。
猫と張り合う彼女。
「猫と張り合ってどうするのさ」
「愛玩動物ってずるいですね。何も苦労せずに可愛がられて」
「ったく」
拗ね始めた彼女を見て小さく笑い。
腰に手を回して抱き寄せる。
彼女が唇を突き出し、短くただ触れ合うような口づけを数度繰り返す。
「久しぶりにした気がします」
「一週間も経ってないと思うけど」
「両親みたいに毎日したいぐらいですよ」
本当に仲がいいなあの二人。
自分の育った環境を考えると尊敬する。
「先輩もこれから見続けることになると思いますよ」
「そうだね……」
夏菜のキスのバリエーションが多いのはこういう所から学んでいるのか。
さっきのバードキスからオーソドックスなライトキス、ディープキス。
唇だけでなく手の場所も毎回のように違う。
肩に腰に首に。
時には手を繋いだまま。
自分ならいいけど、身近な人のを見るのは。
「慣れますよ」
「嫌な慣れだな」
「そう思うかもしれませんけれど、私は両親の仲の良さを感じられるので」
「夏菜が色々と積極的なのってやっぱり春人さんたちに起因する?」
「まぁ……はい。二人とも幸せそうなので、私もって思っちゃいますね。それが現実になって実際に幸せを感じられます」
両手で頬を包まれる。
「どうですか?」
「ひんやりして気持ちいい」
キスだけで火照った頬。
彼女の手の冷たさが心地良い。
「好きでもない人に頬を触られるって嫌じゃないですか。自然と受け入れらてるってことは私に対して気を許してくれているって思えますから」
「そうだね」
僕も彼女のマネをする。
「特に先輩はパーソナルスペースが狭いようで広いですから」
「夏菜もだろ」
「はい」
僕にもわかる良い雰囲気。
恋人同士の一時。
「……くしゅっ」
夏菜のクシャミで吹き飛ばされた。
やや頬が赤く熱いのは恥ずかしいわけではなく。
「寒い?」
「外で先輩を待っていたので少し身体が冷えてたのかも知れませんね」
「ごめんな」
「いえ私がそうしたいからそうしただけで」
「本格的に風邪引かないように早く帰ろうか」




