LITTLE MORE THAN BEFORE
「泣きつかれて眠るってマジであるんだな」
目頭が少しひりひりする。
泣いたことなんて今まであっただろうか。
幼少期のアレもただ黙ってみていた。
イジメというよりは存在しないような扱いを受けた時も最初は抗ってみたものの、最後には受け入れた。
時間は流れて中学から僕という存在は不特定多数の一人落ち着いた。
夏菜と出会ってからは楽しくもあり悔しい思いばかり。
完全に日が落ちている。
僕が知らない間に空調も整えてくれている。
アフターサービスも丁寧。
小さな寝息を邪魔しないようにベッドから降りる。
記憶を頼りにスマホを探し出すが、帰宅してすぐにベッドに転がり込んだ。
であればポケットにでも入っていそうだが寝ている間に落ちたのかどこを探ってもなかった。
月明かりだけで辺りを見回すと小さなローテーブルの上に財布と一緒に置かれていた。
真夜中の丑三つ時。
かなり眠っていたようだ。
窓辺に寄り添い空を見る。
どこか神秘的な雰囲気を持つ三日月。
これから満月へと成長途中の月の光り。
月に誘われて散歩を少ししたい気分だったのでこっそりと家を抜け出す。
自動販売機でホットドリンクを購入すると手で擦ったり頬を温めたりしながら、自然と公園まで脚を伸ばしていた。
始まった場所。
桜が舞い散る公園。
今はその面影はなくむき出しの木々。
頼りない街灯の下。
ペンキが剥がれてきてくすんだ青いベンチ。
青いベンチ。
そんな曲があったなとサビの部分を口ずさむ。
これ失恋ソングだな。
今の僕に近い楽曲を頭の中で検索しながら散策する。
ぽつんと一つだけあるバスケットゴール。
錆びた金網。
用途のわからない地面に半分ほど埋まった大きなタイヤ。
見慣れた公園でも深夜に訪れると寂寥としている。
大きな公園ではなくすぐに一周回ってきて先程のベンチへとたどり着く。
地面からバスケットゴールぐらいまでの届きそうで届かない距離までやってくる。
それがヒントになったのか頭の中で曲が流れ出す。
日本のバンドながらもその楽曲の歌詞は全部英語で構成される。
今の僕に思考に寄り添う。
ギターを触りたいな。
神楽先輩に貰ったレスポールが良い。
防音室で暴れるように弾きたい欲求に駆られる。
でもそれは出来ないから。
誰もいない公園で歌いながら歩き続ける。
詳しく調べたことないが、色んな人が翻訳している。
大体似たような翻訳だった筈。
痛み、挫折、悲観を思い出して付きまとう。
全てを受け入れて未来に向けてニヒルに笑う。
葛藤に悩むような歌詞で同調する。
怖いとか怯えるとか暗いフレーズばかりだけれど、最後に笑えれば勝ちなんじゃないかな。みたいな。
少し前向きな曲。
寒さにも限界が訪れて深夜の徘徊を終える。
市ノ瀬の家が見えてくると男性のものとわかる人影がひとつ。
手から白い煙が空へと伸びて闇に消えていく。
「渉も外に出てたのか」
低く落ち着いた声であり陽気さも感じる。
「春人さん、どうしたんですか?」
「俺も昼間ずっと寝てたから目が覚めてなぁー。……っと」
未成年の僕の前で喫煙していたからか、慌てて灰皿を用意する。
「そのままどうぞ」
「すまんな」
光る先端が春人さんの喋りに合わせてなのか点滅してホタルのようだった。
「いえ」
1人で家に戻るのも変な感じがして、春人さんの隣に立ちすくむ。
紙巻きタバコの独特の香ばしいニオイ。
煙たいと思うが決して嫌いなニオイじゃない。
街灯に照らされた煙はうっすらと紫色。
たまに爆ぜるような音がする。
「美味しいですか?」
「一本吸う?」
「未成年なんですが」
「お前子供っぽくないからなぁ」
「どういう意味っすか」
「勿論悪い意味で」
夏菜の父親だなっていう解答。
「あまり我慢せずに自分のやりたいことやればいいのに」
「夏菜にも言われましたよ」
「流石俺の娘」
子供のようにカラカラと笑う。
「どのくらい外にいた?」
「えっと30分ぐらいですかね」
「じゃあそろそろ起きてくるかもな」
「流石、家族ですね」
半信半疑。
身内でも起きてくる時間なんてわからない。
それに今はたまたま重なって起きているだけに過ぎない。
「ほら」
タバコの先で示すリビングに光が灯る。
家庭の光。
暖色で柔らかく暖かく見える。
「本当に起きてきた。結構ぐっすり眠っていたのに」
「思い出すなぁ。夏菜が豆粒ぐらい小さい頃、俺か冬乃が隣にいないと泣き出して起きてきたんだよ」
「センサーでもついてるんですか……」
「どうだろうな。冬乃が言うには寝ている時でも隣にいないのがなんとなくわかるって」
恐るべし。
冬乃さんの遺伝子強い。
「対象が違うだけで夏菜は甘えん坊だからな」
「まぁ……そうっすね」
沈黙。
静かな夜。
透き通った空気。登る煙の先には星々が輝く。
「何かあったか?」
「……まぁちょっと」
春人さんはこちらを見ようともせず、また僕も彼を見ない。
「渉が悩むとすれば、家のことか夏菜のこと」
「進路もありますけど」
「確かにそれもあったか。……あの子は何も言わないけど心配しているようだったから」
家の塀を背もたれに星を見上げたまま。
以前にも似たような心配をされていたことを思い出していた。
成長出来てないな。
そんなにすぐは変わらないってことか。
「そんなことまでわかるんですね」
「親だからな。見ていればわかるよ」
「すごいっすね」
素直にそう思う。
春人さんは深呼吸のように大きく吸い込むと漂うタバコのニオイが強くなる。
「家族ってなんだと思う?」
「どうしたんっすか突然」
「俺と冬乃はもとは他人。血の繋がりだけを言うのであれば違う。でも正真正銘の家族だろ?」
「こんな仲睦まじい夫婦見たことないですけど」
他の家庭を見たことがないけれど、こんなに3人が3人互いのこと信頼しきっている家族というのはないんじゃないか。
「今日こっぴどく叱られたけどな」
冗談を交えて、春人さんは頬をかく。
僕らが買い物に出掛けたあとすぐに仲直りして濃厚な一時を過ごしたそうだ。
夏菜が一人っ子なのが不思議だよな。
「これは俺の持論だけど」
と前置きしながら語る。
タバコを持った手の親指だけで顎を支えるような仕草を見せる。
彼女に似て、彼女が似た考える仕草。
「血の繋がりだけを言うのなら俺は違うと思っている。それは弱いものじゃないが、結果として血が繋がっているだけで、他人同士が信頼を築き上げて出来上がるものだと俺は思う」
「そうかもしれないっすね」
「二人が想い合った結果。その想い合うってのはえっちな意味じゃないぞ」
「わかってますって」
「ならいいが」
火を消してすぐにもう一本いいか? と断りを入れる。
僕が頷くと小さい火が灯る。
オイルライターのツーンとした臭いの後に紫煙もまた揺れる。
「相手を想う心が結びついたもの同士が家族じゃないかなーって」
「子供ともですか」
「当たり前だろ。養子縁組で自分と血の繋がらない子供とさえ家族なれる。大事なのは心だよ」
「くさいっすね」
「茶化すな、俺も言ってて恥ずかしいんだから」
僕の肩をこつんと叩く。
友達のような気軽さ。
「そもそも人を信じ切るって難しいからな」
「ですね」
血の繋がりは弱いものじゃないと彼は言う。
でもこの世の中、血の繋がりという強固なものがあっても裏切られる。
それは僕だけじゃない。
履いて捨てるほどある世界。
産まれた時からの負け組なんじゃないか。
不条理にもほどがある。
「冬乃のこと、ずっと信じきれたわけじゃないしな……」
ぽつりと過去を思い出すように目を細める。
どんな情景が浮かんでいるのだろう。
「母子家庭だって言ったっけ?」
「言ってましたね」
「冬乃の母親は身体が弱くてさ、彼女が大学に進学してすぐに倒れて一時期、彼女は夜の仕事してたんだよ」
「……男関係っすか」
「俺は普通の大学生だし、金なんてあるわけでもない。大人の包容力も甲斐もない。そんな俺を捨てて大人の男に向かうんじゃないかって思ったこともある」
いつも俺じゃない男が傍にいる環境。
仕事だからとはいえ媚びを売る。
穏やかなまま冬乃の傍にはずっといれなかった。
時には彼女を拒絶した。
と。
「信用する信用される。言葉だけじゃ無理、行動でも示せない」
「詰みじゃないっすか」
「だから積み重ねが大事なんだろうな」
「はぁ」
よくわからない。
「渉にも友達がいるだろ? 仲の良い奴からそこまでなやつ」
「いますね」
「そいつらに対する信用と夏菜に対する信用の度合いは違うだろ」
「……どうだろう」
「お前、思った以上にお人好しなのな」
「突然なんっすか」
「質問を変えようか裏切られたらどこまで許せる?」
考えてみる。
司の場合。
わりとどこまで許せる。
夏菜の場合。
浮気とかされたら許せそうにないな。
嘘や誤魔化しなんてされると怒りはしないがショックは受ける。
実際そうだった。
その他大勢。
裏切られてもなんとも思わない。
……。
そうか裏切ることが出来るの信用してる人間だけってこと。
それに関係が深ければ深いほどダメージがある。
あんな親だったけど信用してたってことか。
「純粋だな渉は。真面目に考えすぎだ」
「馬鹿にしてます?」
春人さんは僕の頭に手を乗っける。
優しくはなく強めに撫で回される。
「してないよ。誉めてるんだ。いつか本当に許せる日がくるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。お互いが理解しあって歩み寄ることだってあるかもしれない。言ったろ血の繋がりがあるんだ、簡単に切れるような弱さじゃない」
「どこまで知ってるんですか?」
「全然知らない」
「……なんなんですかね、この人」
「口に出すなよ」
二本目のタバコの長さが半分になったころ。
玄関からパジャマにカーディガンを羽織った夏菜が姿を現した。
寝癖がついていてぼんやりとし……ているのはいつもか。
若干目が据わっているのが気になるけれど。
春人さんにまで嫉妬しているわけじゃないよな。
「二人で密談?」
夏菜が後ろから暖を取るように抱きついてくる。
未成年二人の前では流石にと思ったのかすぐにタバコの火を消した。
「親の前で見せつけるねぇ」
春人さんが穏やかに笑う。
「子供の前で良く見せつけてる人がよく言いう」
僕の背からひょこりと顔を出して自分の父と軽口を叩き合う。
信頼していることが、こんな小さなコミュニケーションにも現れている。
軽口を叩けるのはお互いに存在を認めあっている。
「先輩、身体冷えてますよ」
「散歩してたからね」
「言っていただければ私も同行したのですが」
「ちょっとのつもりだったんだけどね」
自分が着ていたカーディガンを僕に掛ける。
彼女の温もりに包まれたような。
「先輩も父さんも話しは終わりましたか?」
「まぁー、最後に一言だけ」
と春人さんが僕ら二人を捉える。
「渉のことも言われなくても見てればわかるから」
「はぁ……」
「お前、目が赤いぞ」
「……」
泣いた後の痕跡。
そりゃ何かあったってバレるわな。
僕でもわかりそう。
「好きなだけ迷え少年。尻拭いは大人に任せな~」
「はい。ありがとうございます」
春人さんは背を向けて手をひらひらと振り先に家の中へ戻っていく。
彼の言葉が身に沁みた。
僕ら二人も揃って彼の後を追う。
リビングには冬乃さんも居て全員分のホットドリンクを用意してくれていた。
本当に家族のこと知っているんだなって春人さんを横目で眺めると、自信に満ちた顔でウィンクしてくる。
格好いいから様になっているけれど、僕がやったら爆笑ものだな。
彼のようになりたいなってこの時ばかりは思った。
歌の通りに悲しみは嫌いだけど優しさを意味を知らせてくれる。
後悔は厳しい決断の仕方を教えてくれる。
大きく成長する機会を得た。
以前よりも愛を示せるのかもしれない。
貰った分よりも多くの物を返せるように。
新たな僕の目標。
それは夏菜の愛よりも僕の恋が越えて彼女に勝った証にもなりそうだ。
……なんてね。
自分の考えが恥ずかしいけれど、真っ当で優しいものだと誇れる。
「それで父さんと母さん、私の制服何に使ったの?」
「「……」」
「……汚して、ないよね?」
「「……えーっと」」
「もう最低っ」
締まらない家族の団欒。
夫婦揃ってリビングから脱兎のごとく逃げ出した。
なにやってんだか。




