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【連載版】すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと  作者: 「」
一章 それでも続く穏やかな日常
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バイトの時間

 翌日。

 夏菜は友人と昼食を食べるとのことで、今日は司と二人。

 昨日のような真面目な話はせずに、漫画だったり、近くのゲーセンが潰れてしまって遊ぶ場所が減っただの、どうでもいいようないつも通りの会話を繰り広げた。


 授業が終わり下校時間。

 靴を履き替え、外に出る。

 学校に咲く桜の花は散り、青々とした葉だけ。

 見た目はただの木。

 言われなければ桜だとはもうわからない。


 真っ直ぐバイト先に向かう。

 店長である春人さんに挨拶を交わし、着替えてフロアに出る。

 金曜日の夕方ということもあり満席。

 先にシフトに入っているアルバイトと協力して店内をまわすが、2時間ほど働くとアルバイトの一人がシフトのため抜ける。

 何かを考える余裕などなく忙殺され、8時を過ぎた頃には客足は途絶えて、ようやく暇になった。

 食器を片付け、テーブルを丁寧に拭き上げる。

 無くなっている紙ナプキンを補充してしまえば、もうやることがない。

 仕事を探すほうが難しい。

 春人さんまでフロアに出てきて、自分用にコーヒーを淹れるとカウンター席に座って、一服し始める始末だ。



「9時になっても客が来ないようだったら、今日は閉めるか」



 閉店時間が1時間だけ違うが、その1時間は大きい。

 勤勉なスタッフという訳でもないので、そうなるように祈ろう。



「了解です」

「立ってても疲れるだろ、座って良いぞ」

「はいっす」



 言葉に甘えて、春人さんとの間にスペース一つ開けて座る。

 一度座ってしまうと、椅子と完全に繋がったような気がして立つ気力が失われる。



「おつかれ、渉」

「名前呼び継続してるんっすね」

「ま、今まで他人行儀すぎたってのもあるからね」



 かれこれ3年以上の付き合いになる。

 元々よく通っていたカフェだったこともあるが、高校からバイトはじめてから、一番身近な大人であるのは春人さんで間違いない。

 正直、自分の父親より会っている。



「しばらくは夏菜のシフト週1か2程度になるから、午後は本当に頼むね」

「僕の時もそうでしたからね」



 学生生活に慣れるまではシフトを減らす。

 彼女の場合、簡単に両立しそうだけど。

 僕の場合は結構苦労した、バイトの翌日は居眠りしそうになったり。


 僕と春人さんの共通の話題になりえるのは夏菜だ。

 学校での様子を聞かれたりしたが、まだ3日目だから分からないと伝える。

 学年も違う。

 登校時や昼食時なんかは、これからも会うだろうけど。

 もちろん放課後も。



「来月の頭あたりに一年は林間学校だった筈ですけど」

「あったなぁ。うちが通ってた高校も」

「通例なら二泊三日になるんで、春人さん寂しいんじゃないっすか?」



 溺愛しすぎて、たまにうざがられている。



「娘と旅行行きたいな」



 寂しすぎて別次元に旅立った。

 黄昏れて遠い目をしている。



「行ったらいいんじゃないっすか」

「それを渉が言うか」

「家族旅行に僕関係あります?」

「夏菜が最近旅行行きたがらないのは、渉に会うためだよ」



 と、教えてくれたが。

 まずいと思ったのか。



「今の内緒で頼む」

「じゃあ、聞かなかったことにします」

「それは駄目」

「えぇ……」



春人さんの意図を組んだのに。



「自分の気持ちがバレててあたふたする娘が見たい」



 偏愛してないか。

 いい性格している。



「またシバかれますよ。冬乃さんにも」

「まぁまぁ、冬乃も夏菜の成長を楽しでいる節があるし、大丈夫じゃないかな」

「似たもの夫婦ですか」



 よく夏菜みたいな子が生まれてきたもんだ。

 冬乃さんはおっとりしている印象。

 童顔で綺麗な黒髪を真っ直ぐのばして、誰もが安心させるような雰囲気を纏っている。

 あ、でも雰囲気は少し夏菜もそんな感じかもしれない。

 彼女といると落ち着く。



「でも林間学校かぁ……」

「久しぶりに冬乃さんと二人でゆっくりしたらどうです?」

「そうだなー」

「夏菜も似たようなこと言うと思いますが」

「ははっ、確かに」



 雑談に興じていると時計の回るのが早い。

 後10分で店仕舞いの準備をしないといけなくなる。



「明日、土曜日だろ。泊まっていくか?」



 当たり前だか、帰宅道は僕の家より市ノ瀬家のほうが近い。

 明日も昼からバイトということを考慮すると、電車代と寝れる時間。

 泊まった方が便利。

 けれど一人でゆっくりしたい気持ちもある。

 

 僕がそんな事を考えていると、不意に鳴り響く軽いベルの音。

 お客さんが入ってくる知らせ。

 重い腰を上げ招き入れる準備をする。



「いらっしゃいませー?」

「何で疑問形なんですか、先輩」



 うん。

 噂をすれば影がさすということは、どうやら事実らしい。

 2日連続で同じ場面。



「客?」

「どちらかと言えば、そうなります」

「カウンターでいい?」

「はい」



 彼女にとってはこのカフェも我が家みたいなモノ。

 カウンター席の左から3番目。

 迷わずいつものポジションを取る。



「ご注文は?」

「ダージリンで」

「旬だしね。かしこまりました」



 ドリンクや軽食は、春人さんに認められたスタッフなら出せることになっている。

 僕もその中の一人。

 厳しい試験という名の、夏菜の舌を物差しにして、客に出せるかどうか試す。

 1年近くもやっていれば手慣れてしまう。

 蒸らす工程があるので、注いで終わりというわけにもいかない。



「この時間からどうして来たんだ?」

「理由いりますか?」



 少しだけむくれる夏菜の顔。

 僕にそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。



「理由はいらないけど、危ないだろ」

「……そうですね。すみません」



 僕の言っていることを理解し、しゅんとする。

 夏菜に犬の耳と尻尾があれば垂れ下がっていそう。

 出来上がった紅茶を差し出せば機嫌も元通り。



「それで、どうしたの?」

「先輩を迎えに」

「僕?」

「はい。今日泊まるんじゃないかと」



 ちょうど考えていたところだ。

 正直、今日は自宅に帰る気持ちに片寄っていたけれど。

 彼女が訪れたことで送ることが確定してしまった。

 送ってから引き返すと22時を過ぎてしまう。

 これならば泊まったほうがいい。



「夏菜が最後のお客さんだから、送っていくよ」



 言いながら春人さんに目を配らせると、頷いてくれた。

 扉の看板をCLOSEDに変えて鍵を掛け、カーテンを閉める。

 彼女が座っているカウンターの椅子以外をテーブルにあげて、モップで丁寧に床を磨いていく。

 残るは、



「夏菜、脚あげて」

「はい」



 両脚を抱えるように上げる。

 私服に着替えているけど、短いスカート。



「上げすぎるなって下着見えそう」

「すみません」



 少しだけ脚の位置を調整してくれる。

 私服に着替えていても、スットキングは健在。

 ただ生地は薄く、透けて見えてしまうことは予想された。



「って、私謝る必要ありました?」

「勝手に謝罪したの夏菜じゃん」

「そうですけど、なんか腑に落ちません」

「でも見えても大丈夫なんだろ?」



 以前、部活の時に体操服の生地が薄く、汗でスポブラが透けて見えていた。

 彼女が見えてもいいと思っていても、見てるほうとしては罪悪感を覚える。

 始業式の日だってそうだった。

 


「大丈夫じゃないですよ」

「なんで?」

「見たいんですか?」

「いや、別に」



 興味がないと言えば嘘になるが、これでも一応仕事中。

 僕の返答に不満を覚えつつも、理由を教えてくれた。



「今は体育の授業がない限り、もう普通の下着です」

「もう脚下ろしていいぞ」

「少しは興味もってくださいよ」

「僕だって男だからな、あんまりそういう風に押されると意識しないわけじゃない」



 以外そうに僕を見る夏菜の顔。

 眠そうな目が見開いている。

 正直な気持ちとしては、妹のようにも思っている彼女をそういう捌け口の対象として見たくない。

 これでも大事に思っているのだ。



「へぇ……、効果があることだけでも知れてよかったです」

「あんまり誂うなよ」

「いえ、本気でそう思っているので」



 あげていた椅子を順番に下ろしていく、テーブルをもう一度拭いてまわり終了。

 掃除器具をロッカーに直す。

 夏菜も紅茶を飲み終えて、自分で食器を片付ける。

 僕がスタッフルームに戻ると彼女もついてきた。



「さっきの話の続きなんですけど」

「まだするの? 僕、これでも結構恥ずかしいんだけど」

「顔がほんのり赤いですね」

「誰のせいだ誰の」



 夏菜とこんな話をするのは初めてだし、なんなら司だったり男友達とすらしてない。

 ただ、そんなことを言う彼女の口だって辿々しい。

 ロッカーをゆっくり閉めて、彼女の様子を伺う。

 なんとも言えない表情をしていた。

 嬉しいような、恥ずかしいよな、困ったような。



「……なんですか?」



 視線が合うと睨まれた。

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