『閑話』少年は気づかない彼女との思考の違い
「智樹、さっさとこっちに来て手伝いなさいよ」
「へいへい」
口の悪い妹。
妹だけど産まれたのは同じ日の別の時間。
姉ちゃんの頼まれて兄妹に買い出しに来たものの荷物持ちを期待されているだけ。こんなことなら家で受験勉強していたほうがマシだ。
姉ちゃんは梅ヶ丘に通っているし、妹も受験予定。
俺もまた同じなんだが妹ほど成績は良くはない。
受かるかどうかギリギリだと担任に言われたが、後三ヶ月もあるのだから真面目に取り組めば合格するだろう。
元々のポテンシャルは高い。
姉も妹も容姿に優れ勉強も出来る。
それなら俺も同じ。
なんなら俺のほうが秀でているんじゃないかと自信あり。
自分は特別な存在みたいに感じる時がある。
やればなんでも出来る。
やらないだけ。
「ん?」
姉ちゃん達が新しい洋服を買うというのでモールの二階に来たのはいいが、手持ち無沙汰で散策していると、やけに目立つ人が荷物に囲まれてベンチに座って休んでいるのが見える。
地味なベージュのコートに古いスポーツリュック。
服装とは違い目立つ容姿。
やたらファンシーなショッパーを大事そうに胸抱えている。
男たちが一度は彼女を眺めては後ろ髪を惹かれるように通り過ぎていく。
胸が高鳴る。
「あ、あの……」
ちょっと吃る。
やべぇ、かっこわる。
変な汗が出てきた。
家に遊びに来ることもある姉ちゃんの友達。
うちの中学を卒業するまで何かと話題になる人。
俺も昔はどうせ噂だけだろって思っていたけれど、姉ちゃんが家に連れてきて出会った時には惚れてしまった。
初恋が一目惚れ。
呼びかけても夏菜さんは反応せずどこか一点をぼーっと眺めているようだった。
姉ちゃんと仲が良いが、真逆の存在。
ギャルである姉とは違い物静かで何を考えているかわからないミステリアスさえある。
そこまた魅力的。
「夏菜さん」
名前を呼ぶとゆっくりと顔がこちらに。
顔を数秒眺めたあと「智樹くん。誰かと思った」と元気のない声が返ってきた。
「俺って覚えられないほど地味っすかね?」
「麗奈に似てるからそうでもないんじゃない」
少し引っかかるが容姿を褒められたようで嬉しい。
俺を認識すると夏菜さんの視線は先程見つめていた場所に戻る。
誰かと一緒に来たのだろうか。
姉ちゃんの情報によると夏菜さんは友達が多くはないらしい。
1人でいるのが好きであると同時に自分の世界観が完成しており、誰も寄せ付けないどころか興味ない人間には冷たい。
話せば答えが返ってくるが、それは女子だけで男子には無視を貫くこともあると言っていた。
必要最低限しか話さない。
「夏菜さんも買い物ですか」
「そう」
つまりこんな風に会話が出来るというこは俺にはチャンスがあるということ。
「1人ですか」
「先輩と」
「学校の先輩。女性ですか?」
「? 先輩は先輩だけど」
会話が成り立っていないわけじゃないと思うが、俺の言っていることが理解不能というように夏菜さんが首を傾げた。
「誰っすか?」
「先輩」
「……俺の知らない人?」
「クリスマス一緒だったけど」
そう言われて思いつく人物は1人だけ。
もう一人チャンスがある男子。
柊渉。
この人も中学の頃に話題にあがったことがあるがあまり覚えてない。
学年が離れているからだろう。
中性的な顔立ちで、柔らかい雰囲気を持っているが少しだけ影のある変わった人。
夏菜さんとは中学からバスケ部同士で高校からは同じバイト先。
何歩も先を行かれている気がしないでもないが、でも俺のほうがリードしていると言える。
先輩としか呼ばれない彼と名前で呼ばれる俺。
「荷物持ちなら俺でも出来るので気軽に誘ってくださいよ」
「いい」
「あ、連絡先教えてなかったっすね」
「いらない」
ちょっとショック。
いやわかっていたことだ。
彼女のガードが固いことぐらい。
夏菜さんは荷物を大事そうに抱えたままスマホを取り出して脚を組む。
男の本能として夏菜さんの脚を見てしまう。
スニーカーを履いていることでカジュアルさがあるが、むっちりとした太ももとストッキングの光沢で情欲を掻き立てる。
一つとして上とは思えない艶めかしさ。
付き合えたらどうしようと妄想が膨らむ。
ショッピングを楽しんだり、遊園地に出掛けたり。夜景を二人眺めたりなんか。
「何見ているんっすか?」
「年越し蕎麦のレシピ」
「夏菜さんの料理美味しいですからね」
クリスマスに出された料理の数々は絶品だった。
もう一度食べたいと心底思う。
「ありがとう」
夏菜さんの趣味は料理だと聞いた。
だからか、変わらない表情のまま素直にお礼を述べられる。
平坦な口調で喜んでいるのか、ただ義務的に答えているのかは謎のまま。
「それじゃ年越しはこっちで?」
「いや、父さんの実家に行くけど」
「みんなの分作るんですね」
うちも姉ちゃんが作るだろうし。
「ううん、これは――。あ、先輩。おかえりなさい」
せっかく夏菜さんとの会話を楽しんでいたのに邪魔が入った。
「智樹君も買い物?」
「そうっすけど」
渉先輩は俺に質問を投げかけながら夏菜さんの隣に座る。
たったそれだけなのに、もやもやとした不快感。
「何? 食べ物の話ししてたの?」
「はい。先輩は年越し蕎麦って食べます?」
「うん、一応ね。いつも通りならカップ麺かな」
「だと思いました」
俺を置いてきぼりにして二人は会話を始める。
夏菜さんの表情や口調は変わらない。
でも一つだけ訂正する。
俺のほうがリードしているといったが、いつも学校で一緒にいられる二人。うかうかしていると、渉先輩に夏菜さんを取られてしまう。
高校に落ちるはずはないと思うが、絶対に受かるように勉強に腰を据えよう。
そう決めた。
学校の終わりに夏菜のさんのバイト先であるカフェに勉強をしに行って仲を深めたりと、俺の中で予定を組み立てていく。
※
先輩のスマホにお義父さんからの連絡が入った。
少しだけ真剣な表情に変わった彼は私に一言告げると離れていく。
私に聞かせられない話しというわけではなく、人の多いこの場所で騒音を気にしたのだろう。
ほとんどの荷物は先輩が持っていてくれたし、抱えたまま電話も出来ないし仕方なく私も直ぐ側のベンチに腰を降ろした。
先輩が向かった先を眺めながら、モールに着いてからすぐに購入した洋服の入った袋を抱える。
彼の姿が見えなくなるとその袋を少し開いて中を覗く。
今すぐ着替えたいという欲を眺めるだけで満足させる。
彼が選んだ服で彼とデートをするという妄想を繰り広げる。
喜んでくれるだろうかと。
どんな顔をするのか今から楽しみ。
麗奈にこんなところを見られれば乙女だと馬鹿にされるのはわかっているが、私はやはり母さんに似ている。
あの人以上に乙女な人は見たことがない。
どうせ家に帰る頃には仲直りして今まで以上に仲良くなっているに決まっている。
だから夫婦喧嘩の心配はないし、私も悪ノリして先輩をお説教した。
説教中の困った彼の姿を思い出して顔がにやける。
喧嘩も仲を深めるものだと私は思う。
お互いに我慢していることや考えていることを真っ直ぐ言える場だと。
それに先輩の性的趣向も知れたし満足。
でもちょっとやりすぎたかなって今になって恥ずかしくなったりも。
「あ、あの……」
1人で盛り上がっていた気持ちが萎えていくのを感じる。
妄想で雑音はかき消されていたのに視界に映らない誰かが私に向かって声を掛けてきたのだと、普段の感覚から理解して現実に連れ戻される。
適当な返答すると先輩に怒られるし……。
心配混じりに怒られるから、ちょっと怒られたいと思っている私がいるのだけれど、彼は自分に、自分の家族に向き合っている最中。
邪な考えを振り払う。
「夏菜さん」
名前を呼ばれたことで交友関係がある人物。
思い出せないが聞いたことのある声。
面倒くさいと感じながらも声の主に顔を向けた。
幼さが残る顔つきの男子。
目元が誰かに似ている。
「智樹くん。誰かと思った」
苦手なんだよね。
先輩とのあの一件から余計に。
他の男子だったら適当にあしらうことも出来るけれど、親友の弟。
悪い子じゃないのはわかるんだけれど、私の周りにいる男子とそう違いはない。
「俺って覚えられないほど地味っすかね?」
「麗奈に似てるからそうでもないんじゃない」
というより興味がない。
似ているのは本当だから嘘もない。
「夏菜さんも買い物ですか」
「そう」
普段そうしているように言葉を投げ掛けられれば返すだけの作業を繰り返す。
浅い会話が続いていく。
「1人ですか」
1人だったらなんなのだろう。
私は1人でいるのも好きだけれど、外に1人で出掛けるのは億劫だと考える人間。
理由がなければ家にいる。
父さんに料理を教えてもらったり、母さんに男性に喜ばれる方法を教えてもらっているほうが、自分の利になる。
例外があるとするならば麗奈ぐらい。
この子の姉である麗奈とは気を置けない間柄。
私をからかってくるのは解せない。
麗奈も真剣に恋をしようと努力している姿は知っているし、私も応援している。
でも麗奈見た目が軽そうだからか、声を掛けてくる男も軽い。
それを本人も最近気にしているようだが、ギャル系のファションを辞めるつもりはないとの事。これが自分だから、と。
あの娘、性格も良いんだからそのうちいい人出来るよね。
そしたら先輩と麗奈の彼とでダブルデートなんか出来るかもしれない。
「ううん。先輩と」
適当に返事をしながら別のことを考えるのも癖づいている。
思考と言動の乖離。
自分が何をやっているのか理解もしているので我ながら器用だ。
先輩なら一つのことに真剣に集中する質だから、多分一生掛かっても出来ないことだと思う。
そんな先輩の不器用さが愛おしくも感じるんだけど。
最近は一緒に居られてないからか、興味を示すものがないのか、あまり見なくなったけれど何かに集中すると私すら映らなくなる彼の瞳。
感情が消え失せて希薄になっていくあの横顔。
寂しいと思うのと同時に惹かれてしまう。
弓道なんか似合いそう。
学園の部活に弓道部があるし、袴を着た先輩を想像する。
結構いいかも。
「学校の先輩。女性ですか?」
「? 先輩は先輩だけど」
何を言っているんだと意識が肉体に吸収される。
この子の考えがわからず首を捻る。
「誰?」
誰と言われても私イコール先輩。
二人で一人とまではいかないけど、先輩の傍にくっついているのが私。
「先輩」
もう一度答える。
「俺の知らない人?」
あぁ。
これは私の悪い癖だ。
先輩と麗奈に笑われたことを思い出した。
意地っ張りで負けず嫌い。
これは意地の部分。
先輩をずっと先輩と呼んでいる理由。
負けず嫌いになったのも先輩のせいなんだけれど。
「クリスマス一緒だったけど」
私は先輩と呼ぶのは1人だけ。
それ以外に記憶に残る人物は名前で呼ぶ。
本当は付き合ったらやめる予定だった先輩呼び。
でも恥ずかしくて渉さんとは呼べなかった。
喉にひっかかるように声が上擦る。
『今度二人きりになったらね』
と、買い物途中で言った彼の台詞がリフレインする。
頬が熱くなる。
その時には名前で呼ぼうか。
無理……。
「荷物持ちなら俺でも出来るので気軽に誘ってくださいよ」
「いい」
下心は透けて見える。
先輩が言っていたこと本当なんだな。
深く注意してみれば、好意が伝わってくる。
「あ、連絡先教えてなかったっすね」
「いらない」
下心を隠そうとして私の脚を見ていた目が別のものを映した。
見られること慣れすぎて、そういう動作に気づかなくなっていた。
先輩は逆に付き合う以前から隠そうとしなかった。
何も考えてないような顔で事実を突きつけてくる変人。
本当に私に興味あるのかこの人って考えることもあったけれど、最近はちゃんと答えてくれている。
調子に乗って煽ったら前戯紛いの事をされたけれど……。
やめよう。
顔から火が出そうになる。
脚がむずむずしてくるし。
感じやすいのも母さんの遺伝だとするとちょっと恨めしい。
別のことを考えようと思考を切り替える。
もうすぐ年越し。
一緒にいられないのが残念だけれど、何か出来ることはないだろうか。
家の事情に私が力を貸すことは出来ない。
彼の問題は私の問題と受け入れるつもりだけれど、彼がそれを望んでいないのがわかる。
自分だけでなんとかしたいと考える想い人を時には歯痒いながら見守ることもしなければならないと、両親に言われた。
『成長の機会を失わせてはいけないよ』
とは父さんの言葉だ。
『信じているなら、そっとしておくのもいい女の条件』
これは母さんの言葉。
鵜呑みするわけじゃないけれど、その通りだと思って私は近くで静観することにした。
『でも頼ってきたら精一杯応えなさい』
とも言っていた。
スマホを取り出して年末にやることをなんとなく検索する。
私に出来ること。
彼に美味しいものを作ってあげることだろうか。
今一番先輩に優位に立っているものは料理。
それ以外は勝ったり負けたり。
絶対に言わないけど。
音楽に関しては先輩のほうが知識豊富だし、運動は……ぎり負けるか小手先の技術で勝てるかなってところ。
純粋な力だけなら女である私には勝てる見込みはもうない。
でも、恋愛。
こと恋愛においては負けるつもりはない。
付き合って恋人になったけれど、日々戦いなのだ。
もっと好きになってもらう。
私以外に目を向けさせないという気概。
身も心も成長している先輩は魅力的。
自分では気付いてないけど、彼は優しく純粋な心の持ち主。
ちょっと捻くれてずぼらな所はあるけど愛嬌。
何事にも真面目に取り組む姿勢、それは私にないもので憧れる。
私と付き合いだしてから見た目にも気を使い始め、段々と格好良くなっていくし……。
自分も負けないように麗奈に教わりながらも努力はしている。
もう少し身長が伸びて、胸も小さくなったなら選択肢が増えるのに。
彼とは歳の差がある。
たった一年。
だけど彼は先を行く。
私にだって不安はある。
「何見ているっすか?」
「年越し蕎麦のレシピ」
ちょうど面白い文言があった。
日本人って本当に言葉遊びが好きだなって思うのと同時に素敵だなって。
「夏菜さんの料理美味しいですからね」
「ありがとう」
接客で言うように自然と礼を述べる。
「それじゃ年越しはこっちで?」
「いや、父さんの実家に行くけど」
「みんなの分作るんですね」
先輩とお義父さん、それとあの人。
三人分作るべきだろうか。
どうなるんだろうな……。
正直どう接するべきか判断に迷う。
「ううん、これは――」
レシピに集中していたけれど、ふわりと石鹸のやさしい香りがして彼が戻ってきたのだとわかった。
「あ、先輩。おかえりなさい」
小さく頷きながら先輩は私の隣に。
たったそれだけなのに私には安心感が宿るが彼の表情に陰がある。良くない話しだったのだろうか。無理して作ったような笑顔がちくちくと刺さり心配になる。
誤魔化している。
というよりはそれが彼にとっての普通なんだと思うと寂しくなる。
ぶつけてくれるようになるだろうか。
深いところで認められてない。そう感じる。
こんなことで元気になるとは思えないがちょっとずつお尻をずらしながら彼の元へ寄る。
一瞬こちらを見たので気付かれたが、何も言わないところからお許しが出たと思うことにした。彼のためだと言いながらも半分は自分のため。
私を見る表情が学校で見る白猫のにゃーさんを見つめる時のような微笑ましい物なのが少し気になるが、彼の優しい顔を見たらそんなものどうでも良かった。
少しでも不安を解消できたのなら御の字。
……私のことを昔に猫科って言ってたしなこの人。
自分では犬だと思う。
尻尾が生えていたら振り回している。
自分が猫より犬派だからかもしれない。
「智樹君も買い物?」
せっかく戻ってきたのに弟くんに話しかける先輩。
智樹くんに嫉妬する。
早く帰ってくれないかな。
「そうっすけど」
とりあえず傍に居たから話し掛けたようで、先輩はすぐに私のほうに身体を向ける。
「何? 食べ物の話ししてたの?」
「はい。先輩は年越し蕎麦って食べます?」
学食でうどん、蕎麦を一番食べているようだったから嫌いではないと思う。
安いからってのが一番大きいだろうけれど。
「うん、一応ね。いつも通りならカップ麺かな」
「だと思いました」
真面目で丁寧なのにものぐさ。
彼の腕なら蕎麦ぐらい作れるのだろうけど、面倒くさいの一言でカップ麺にしている。
麺を茹でるだけにして、スープを作り置きにして具は切って置くだけのものしよう。
末永くお側に。
語呂合わせだけど素敵だと思った。
いつかこの人に心の底から愛してるって言わせよう。




