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夫婦喧嘩は吐き出される

 僕の太ももに夏菜の足が乗っかる。

 ぐりぐりと押し付けれられて正座している僕の脚にはじわじわと痛みを覚える。

 彼女は煽るようにこちらを見ていてうっすらと加虐心が透けて見えていた。

 手の甲をこちらに向けて自分の口に当ているが、口の端が釣り上がっているのは隠れていない。

 楽しんでいるようで何よりです。



「先輩は脚フェチなんですよね」

「……誰から聞いたのさ」

「山辺さんですね」



 余計なことを。

 元から嘘をつけない性格故か全て正直に話した。

 15時を過ぎても僕と春人さんは正座のまま説教を受けている。

 なんで冬乃さんのほうが泣きそうな顔なのが気になるが。



「人の話、聞いてます?」



 ちょっぴり怒気を孕む声。



「私の所為っていうところは嬉しいですが、他の女で致すは許しませんよ」



 何も言い返す言葉もなく粛々と受け入れる。

 前半は優しい言い方だけれど後半は刺々しい。

 一文で豹変する彼女の言葉に息を呑む。



「そうですね。私に非があるとすれば先輩はそういう行為が完全に苦手だと思って見過ごしたことでしょうか」

「夏菜に非はないよ」



 というか僕にも非はないと思う。

 苦手だったし、生物としてどうしようもない時があるってだけ。

 今はそんなこともないが。


 非があるのであれば市ノ瀬の女性の認識の甘さ。

 罪があるならそれであり、春人さんも今になって咎められている。

 本人たちも情が深く嫉妬深いと言っていた。

 そのことを改めて認識した。



「でも私は母さんのように責めたりしませんよ。完全に浮気だとは思いませんし」

「じゃあこの脚は?」



 彼女は行儀は悪いながらも客間のちゃぶ台に座り厚手のタイツで覆われた片足をこちらに向けている。

 僕の太ももを踏むだけでは飽き足らず、足先で僕のお腹や胸をなぞる。

 そして器用にも僕の顎を突く。



「好きなんですよね?」

「……はい」



 確かに脚フェチだと自覚はしているけれど。

 こうされて嬉しいわけじゃない。

 だから罰にはなる。



「私も先輩もお互いの事を知れたということで利益のほうが大きかったですし、先輩もやっぱり男の人なんだと知れたことも良しとしています」

「それじゃ……」

「はい。許してあげます」

「良かった」



 いつもの表情に戻り、ようやく脚を退けてくれた。

 正座からも開放されたので、しびれてきた脚を庇いつつ伸ばしていく。



「でもしたくなったらちゃんと言ってください。手でも口でも使って満足させますから」

「んー」

「なんですか? 口答えですか」

「そうじゃないんだけれど、夏菜のその気持ちも嬉しいんだけれどさ」



 両手を広げて彼女に見せる。

 夏菜に選択肢を与えたつもりだが、迷わず彼女はハグに応じて抱きついてくる。



「でしたら何が不満なんですか」

「僕と夏菜は恋人だけれど、一緒に住んでいるわけじゃないから」



 したくなった時に彼女が傍にいるとは限らない。



「……そうでした。写真撮りためて送りましょうか?」

「恥ずかしくないの?」

「馬鹿なんですか。恥ずかしいに決まっているじゃないですか」

「じゃあどうして」

「他の女性でされるよりは数載倍マシってだけです。それぐらい理解してください。だから先輩は馬鹿なんですよ」

「辛辣……」



 極端すぎる倍率が出てきた。

 それはもう計り知れないって言ったほうがわかりやすい。

 途方もない数字は人の思考を鈍らせる。



「でも無理はしないでくださいね」

「ん? う、うん」



 会話の流れ的にはそういう我慢なんだけれど、伝わってくる言葉、感情とはしては別のものに感じる。

 心配か不安か。

 根底にあるのは優しさなのは変わらない。


 僕らの問題は片付いたものの、あそこで一方的に言われている男性は虚無顔に変わっている。

 掃除も出来ないので傍観することにした。

 夏菜もぐるりと膝の上で方向転換して同様に見守っている。



「いつもこんな感じ?」

「いえ珍しいです。まぁ私と母さんの感性は似ているのでわかりますけど。女優の方が母さんと真逆の人みたいですね」



 下手に口を滑らすと怒らせかねない。

 それだけでと思うが、彼女たちにしかわからない琴線があるのを身に沁みている。



「先輩が何を考えているかわかるのでいいですよ」

「え」

「私には先輩の彼女としてのプライドがありますから。母さんは父さんの妻としての」



 後頭部で胸に何度も頭突きをしてくる。

 許すと言っても完全に怒りが消えているわけではないらしい。



「なので違うタイプだと悔しいんです」

「そっか」

「先輩に恋する以前の私だったらそれも理解出来ず、先輩と同じ反応していたでしょうけどね」



 と、小さくはにかむように笑うのだった。

 それから終わらない夫婦喧嘩を無視して、掃除も出来ないことを考えると。



「私たちで買い物済ませしょうか」

「そうだね」



 同じことを考えていたようだ。

 一度二人で夏菜の部屋に戻り外に出掛ける準備を済ませる。

 コートの上からいつものリュックを背負い、お揃いのマフラーまで首元に二重に巻きつけてきっちりと防寒対策を整える。

 玄関の扉を開くと一気に冷気が駆け抜けていく。

 二人ともぶるりと身体を震わせると顔を見合わせ、自然と身を寄せ合う。



 ※



「人多いですね」

「流石年末ってところ」



 食品だけならスーパーマーケットに行くのだけれど、それ以外にも買う物があるということなので、最近こちらもお馴染みになってきたショッピングモールに訪れていた。

 飾り付けはクリスマスが終わればすぐに正月へと変貌する。

 少し前まで大きなツリーが置かれていた場所には門松に変わり、リースはしめ縄へと様変わり。

 それが終わればバレンタインかな。



「どこから行こうか」

「まずは時間の掛かる衣類ですかね」

「え?」

「これってうちだけなんですかね。年越しは新しい衣類に身を包んで越えるんです」

「へぇ」



 海外では普段から世話になっている物を捨てるという行事もある、日本でもそういう習慣があるのかもしれない。

 あまり家族で年を越すというのが稀なので僕には判断出来ない。

 幼い頃の記憶を遡り、父さんの実家へ行った時なんかはどうだったろうか。

 誰もが想像するような田んぼに山に木々ばかりの田舎。

 なにもなかったような気がする。

 正直に家ば心を閉ざしていた少年時代。

 興味を示さなかった。


 頭を振るい気を取りおなして東口から入ってすぐのエスカレーターに乗り込み二階へ。

 二階はファッション関係のお店が並んでいるために一階に比べると人通りは少ない。

 家族連れよりも僕らのようなカップルだらけ。

 同じぐらいの歳の女子高生が連なっている姿も見れる。


 ショーケースに映る彼女の姿。

 髪を弄り自分の全体を確かめるように見回す。



「先輩が私のコーディネートしてみませんか」

「怒らない?」

「……常識の範囲でお願いしますね」



 それならば普段、夏菜がしないファッションをと考えてみる。

 この子は何を来ても似合うから僕が変なことをしなければ、それなりの完成度は出せそう。

 だからこそ悩むんだけれど。


 ファッションロードと呼ばれるモールの通路を歩いていると一つ気になるお店が目に入った。

 飾られているマネキンはガーリーなファッションで身を固める。

 フリル多めで大きなリボン。

 冬用の衣装が大半を締めるが、もうすでに春の新作なんかが並んでいる。



「予算は?」

「1万5千円ぐらいですね」



 有名なブランドみたいだし、今僕が見ているワンピースですら超えてそう。



「足りない分は僕が出すから、この店入ろう」

「……こういう可愛い系、私に似合いますかね」

「絶対似合う思うよ」



 なんかやたら甘い匂いのする店内。

 もう一体のマネキンが身に着けていた物と同じニットを探してみる。

 肩が出ているデザインで首下に大きなレースのリボン。そのリボンの中心に四角にカットされた宝石のような装飾。

 別々の物だと思っていたニットとブラウス。

 レイヤード風と書かれている通り、肩出しニットの内部からリボンと同じ色のレース生地がオープンショルダーのブラウスに見えるように縫い付けられている。

 結果的に素で出ている肩の表面は少ない。

 三色あるうちのニットはグレー。レース部分はホワイトの物を選ぶ。



「……似合いますかこれ?」



 夏菜の身体に合わせてみる。



「普段と違う印象を受けるけど柔らかい印象で可愛い」



 ボーイッシュな服装かグランジファッションで飾ることの多い彼女。

 こういったガーリーな物を合わせるだけで雰囲気がころっと変わる。

 冷たい印象が柔らかくなり、彼女本来の内面を表しているようにも感じられる。



「そ、そうですか」



 店員さんに訪ねて夏菜のサイズを探してもらう。

 胸の大きさで合わないかもしれないと思ったのだけれどニット自体はゆったりとしているので、問題なく着れるようだった。


 後はボトムスを選ぶのだけれど。

 ハートの装飾がついたものは可愛すぎて正直僕の好みではなくもっと大人しめものを探す。

 これだけは別の店で選んだほうがいいのかもと思い始めた時に。


 チュールバルーンというものを見つけた。

 コルセットのようなデザインに大きなリボンがベルトのように合わせてあり、言葉だけでは可愛く聞こえるかもしれないが、この店の中では落ち着いたデザインである。

 手に取ってみて細部まで見てみるとどうやらスカートではなく、夏菜が寝巻きで履いているようなショートパンツが縫い付けられてた。



「これかな」

「はい。試着してきます」



 もう一度店員さんに声を掛けて、夏菜は試着室へと姿を消した。

 当たり前なんだけれど可愛らしい私服の店員さんと並んで夏菜が着替えるの待つ。

 僕を暇にさせないためか接客のマニュアルにでもあるのか色々と話しを振られる。



「着ました」



 カーテンが捲られ、可憐な姿を披露してくれる。

 自分が似合っているのか心配で裾を握り俯きがちなのがポイント。



「ばっちり。精巧なドールみたいでめちゃくちゃ可愛い」

「先輩って謎にセンスが良い時と悪い時の差なんなんですかね。あと変な感想はやめてください」



 人間離れした可愛さを表現しようとしたが失敗したらしい。

 お店のデザインというかコンセプトが決まっていて何を組み合わせても崩れないというのも大きい。

 可愛い物と可愛い物が組み合わさった結果。可愛いに決まっている。

 落ち着いた色合いの物を選んだこともあって、普段の夏菜のい色彩から遠く離れることもなく、けれど見たことのない雰囲気もあって新鮮。

 店員さんも大絶賛するどころか見惚れている。



「夏菜はどう? 嫌なら考えるけれど」

「いえ先輩が選んでくれたのもありますが、私自身も気に入ったので買います」



 もちろん予算オーバー。

 彼女は渋ったものの宣言通り足りない分は僕が出した。

 夏菜が着替えている間に会計を済ませ、彼女が戻ってくるのを待つばかり。

 試着室から出てくるとレジで夏菜は商品を受取る。



「ありがとうございます。素敵な彼氏さんですね」

「はい。自慢です」



 誇るように告げた彼女の物言いに思わず照れてしまい頬が痒くなった。

 今度は笑いながら僕に目を向ける店員。



「すごい彼女さんですね」

「ですね」



 お店を出たところまで見送られて離れていく。

 機嫌の良さげな夏菜は鼻歌混じりに僕の前を一歩踏み出し、背中越しにこちらを覗き見る。

 ふわりと舞う鮮やかな赤茶色の髪に美しい横顔に見惚れる。

 たった一瞬のそんな仕草。

 年末の買い出しで僕ら以外にも人通りは多い筈なのに彼女にしかピントは合わず。



「31日から着るんですけれど、すぐに着替えたくなっちゃいますね」

「僕ももっとじっくり見たいけどね」

「最初から似合うって思ってあの店に入ったんですか?」

「まぁーね。ほらあのナース服」



 文化祭。

 夏菜のクラスの模擬店。

 内装も凝っていたけれどそれ以上に夏菜のコスプレ衣装は似合っていた。

 どちらかというとメイド服寄りなあの衣装。

 だからこのブランドも似合うと思ったのだ。



「あー。先輩が珍しくえっちな目していたので覚えていますよ」

「してたっけ?」

「どうでしょう」



 ガーターベルトにストッキングという構成に自分が脚フェチなんだと自覚したのだから、そうだったのかもしれない。

 欲情したのも間違いないし。



「でも僕ら絶対バカップルだと思われたよね」

「実際その通りだから良いんじゃないですか」

「そうなの?」

「……無自覚って罪ですよ」



 恋人ってこんなもんじゃないの? 違うの?



「私はいいんですよ。元から周りの目は気にしないので」

「なんだ僕が恥ずかしい奴みたいじゃないか」

「うふ」



 夏菜は笑うだけで答えてはくれないのだった。

 それから訪れたのは下着売り場。

 色とりどり布がひしめきあっている。

 夏。

 水着売り場に夏菜と行ったことはあっても下着売り場に来たことはなかった。

 当たり前だけれど女性の店員に客。

 男1人で場違いに感じる。



「水着もそうだったけれど下着も種類豊富だな」



 とは言え知らないことに興味が唆る。

 男性にはない華やかさ。

 普段から見れないところにも気を配っているのが日常ということだろうか。



「……予想した反応と全然違いますね」

「ん?」

「下着売り場に来た高校生ぐらいの男子は挙動不審になるのかと」



 なるほど。

 一般的な男子はそうなるのかもしれない。

 かといって僕も経験豊富な男子と同じ行動をしているわけではない。

 羞恥心よりも好奇心のほうが大きいだけ。



「こちらも先輩が選びます?」

「んー……。夏菜が選んで来る日の楽しみにするよ」

「選んでるところ傍で見ていたらサプライズにもならないと思いますが」

「今日は何かなーって楽しめるかもしれない」

「先輩にそんな甲斐があるとは思えませんが」



 挑発する声。



「それはどうかな?」



 僕もまた挑発してみる。

 昨夜のコタツでの思考。

 僕にはある程度答えが見えている。

 それに気付いた。

 あとは半歩の勇気を生み出して、試さないとわからないってだけ。

 彼女を信じることとすることは別の問題。



「村川さんと対面したのが良くも悪くも自分を見つめ直す切っ掛けになったってことかな」

「……父さんについて行って年を越すのはどうにか断れないですかね」

「そんなにしたいわけ?」

「先輩とだったらなんだってしたいですよ。したこともまだしてないことも一杯。……その、私が考えていることと先輩が思っていることって同じですか? 以前、勘違いで恥ずかしい思いをさせらたのを思い出したのですが」

「一緒だよ」



 周りに聞かれないように耳打ちする。



「……うぅ、はい。わかりました」



 夏菜は顔まで真っ赤になり、俯きながら頷く。

 僕が言ったのは単純で『今度二人きりになったらね』の一言。



「夏菜はいつも積極的に言ってくるわりに初心な反応するよね」

「私だって経験は皆無ですから緊張もしますって。最近、私先輩に振り回されてばっかりですね」



 そう言いながらも隣に戻ってきては、ぎゅっと腕を握ってきた。



「あんまり調子に乗って体調崩さないでくださいね」

「大丈夫だって。今日は心配性だね」

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