夫婦喧嘩は彼女が食べる
「すごい下着持ってたんだな」
一緒に住んだこともあるから彼女の下着は何度もみたことがある。
綿からレース、サテンだとかバリエーションは多い。ただ共通して黒だったり白統一されていた。たまに青色があったりする。
そう考えると統一しているわけではなさそう。
基本的に機能性重視でシンプルだったり女性用はボクサーショーツって言うんだっけか。そんな物からデザイン重視で可愛い物。
しかし今僕の手元にあるのが、同じ黒色の下着ではあるのだけれど大事なところに切れ目があり下着として活用する意味があるのか疑わしいものだった。
それに下着というよりは完全な紐。
一応紐の中心点に三角形になっている部分があるが、これも隠せなさそう。
眼帯が2つくっついたような謎の下着まであるのだけれど。
「麗奈が誕生日にくれたんですよ」
「夏菜の趣味かと思ってびっくりした」
「さすがに無理です」
どうしますか? というように小首を傾げる。
「捨てるのも勿体なし、絶対に出番がないとは言えないから取っておく?」
「はい」
くすりと笑いを溢し次の言葉に繋げた。
「先輩も男の子ですね」
僕からえっちな下着を受け取ると自分の胸に当てて鏡を見る。
けれどすぐにチェストに隠すように仕舞った。
ほのかに耳が赤いところから着ている自分を想像して恥ずかしくなったようだ。
つられて僕も想像してしまって恥ずかしくなった。
「エロいことに興味がない訳じゃないからな」
「クラスの男子と違いますよね、先輩の受け答え」
「そう? でも恋人なんだからこういうことも話すでしょ」
「どうなんでしょうか。たまにクラスで付き合っている同士の会話が聞こえてくることもありますが、その男子は動揺してましたよ」
「それは教室だったからじゃないの」
僕でも動揺するよ。
「今度先輩の教室に猥談しに行きましょうか?」
からかうようにそんなことを言ってのける。
目を細めて緩んでいるので楽しんでいる証拠だ。
「教室に来るのは問題ないけれど猥談は二人の時だけにしようね」
「教室行ってい良いんですか? 言質とりましたよ」
「言質も何も僕と夏菜は恋人でしょ。彼氏のところに行くのに問題あるはずないでしょ」
「そ、そうですね」
会話をしながらも作業は続けており夏菜の部屋は元々綺麗だったこともあり1時間も掛からなかった。
必要のない物や着れなくなった衣服を纏めただけ。
捨てることはせずに寄付という形になっているので、後で春人さんたちの分も纏めてダンボールに詰めることになっている。
サイズの合わなくなった下着は捨てるらしい。
次は客間を片付けるために夏菜の部屋を出たところで冬乃さんの声が向かいの部屋から聞こえてきた。夫婦の寝室。
結構厚い壁で何度も泊まっているのに漏れ聞こえる事はなかったのだけれど、その時は珍しく大声で春人さんに対して怒っている怒声が聞こえてきた。
「何事?」
「さぁ……」
二人の子供である夏菜も首を傾げていた。
バタンと大きな音を鳴らして大きく扉を開け放った冬乃さんが出てきた。
扉の奥からは春人さんが困惑した顔でこちらを見ている。
「ちょっと聞いてよ、二人とも」
「どうしたんですか」
冬乃さんに肩を掴まれ前後に振られ首が揺れる。
「春人くんったら酷いの。スマホにえっちな動画隠してたんだから」
「「……」」
掃除中に何してるんだこの人たち。
「そんなことで喧嘩したんですか」
「怒って当たり前。母さんもっと言っていい」
「「……」」
お互いに見合わせる。
そして僕は春人さんを見た。
仲間を見つけたように笑っている。
「……僕、そろそろ帰ろうかな」
「帰れない状況だからここにいるんですよね。先輩」
目が笑っていない。
夏菜だけではなく冬乃さんも。
本気で怒っている時は無表情で無言。
冷や汗が背中を伝う。
美人が無言で表情が消えている姿はものすごく怖い。
元々無表情である夏菜は謎の迫力。
「先輩」
「春人くん」
それぞれの相方に呼ばれる。
「「話しがあるから客間に行きましょうか」」
「「うっす」」
首根っこを掴まれて客間に移動。
どっからこんな力があるんだろう。
どの道、掃除するために来る予定だったからいいのだけれど。
部屋に入ると二人から「「正座」」と静かで低い声に命令されたので素直に従う。
仁王立ちになっている美女二人の前に小さくなる男性陣。
「春人さんどんな動画みてたんですか」
「いや普通のアダルト動画」
「僕には普通ってのがわからないんですが」
「そういや、お前見れないんだったな」
見れなくはない。
最近は平穏無事にメンタルも回復している。
むしろ強固になったんじゃないかという錯覚さえある。
「ただ女優と男優が絡んでいるだけで、まにあ」
春人さんが説明してくれようとしたが、「私語厳禁」と注意されて更に小さくなる男性陣。
「で、春人くんはどうしてこんな動画をスマホにいれてるのかな?」
「いや冬乃が忙しくて疲れてる時もあるだろ」
「だから一人でしてたってこと?」
「そうなる」
「なんで浮気するの」
「浮気じゃないって、ただの動画だよ」
ちなみに僕が正座をさせられている意味がわからない。
夏菜に目配せをする。
「質問ですか? どうぞ」
「疑わしきは?」
「罰します」
「……そうっすか。僕は動画もってないよ。夏菜の部屋にスマホ置いたままだけど見る?」
「持ってきますので待っててください」
夏菜が外れて自然と夫婦の会話というよりは揉めごとに耳を傾ける。
「いつからこういう事してたの?」
「大学くらい」
「つまり何年も浮気してたってこと?」
「浮気じゃないって、動画見てただけだって」
「ふーん」
「俺が愛してるのは冬乃だけだよ」
「浮気男の常套句じゃない」
「本当だからそれ以外言いようがないんだって」
確かに春人さんの言う通りで、それしか言いようがないよね。
それが尚更真実なのだから。
段々とヒートアップしていく。
男性と女性の違いなのか、個人の主観なのか。
「昔、お互いに話しただろ? どこからが浮気で何されると嫌なのか」
「うん、言ったよ。私は別の女性と二人で会うところから浮気だって、仕方ない時もあるのは理解しているから一言ほしいなって」
「な? 俺はちゃんと守ってるよ」
二人は昔から話していたようで、それが今にも繋がっている。
長年熱々のカップルのような関係はこれも大事なことなのかもしれない。
絶賛喧嘩中だけど。
これは後で夏菜とも話すべきことだろう。
ただ考えると、どこから浮気かという判断は難しい。
明確なのは行為。
キスもそれに該当すると僕は思う。
じゃあ手を繋ぐ。
ちょっと怪しい。
何かの拍子に手を差し伸べることはある。僕も見知らぬ女の子が調子悪そうにしていた時に肩を貸したり手を引っ張ったりしたことはある。
抱き合うのもそれに近いものがある。
倒れそうな人を抱きとめたりする。
行為ではなく、意識によって浮気が確定する?
いや、気持ちがなくとも自ら性行為をする人達もいる。恋人がいたとしても。それを浮気だと僕は思うのだけれど、本人たちは浮気じゃないと語ったりする。
身体と心は別だと。
例えば村川さん。
あれは気持ちも行為も相手に向っているから浮気だと断定出来るわかりやすい例。
じゃ気持ちだけで行為も接触もなけばなんになる?
「……わかんね」
頭がこんがらがってきた。
「真面目に考え込んでいるみたいですがどうしました」
「おかえり」
「はい。それで?」
「どこから浮気なのかなって」
「見るだけでもですよ」
真顔での即答。
息を呑み彼女の顔を注視する。
「あぁ、動画か」
「違うんですか?」
冬乃さんも動画だけで騒いでいるのだからこの子も似たような性質だとは思うけれど。
ラブホでばっさりと動画切られたから濃厚。
以後、気をつけます。
「歩いている時とか学校で別の女性を見ただけで浮気になるのかと一瞬びっくりしただけ」
「確かに嫌ですが、それは流石に不可能なので浮気とは思いませんよ」
正直それを浮気だと言われたら僕は一歩も家から出れないわけだけど。
ちょっと本気で言い兼ねない。
「ちなみに夏菜はどこから浮気だと思っている?」
「んー」
いつも癖を披露する。
時間は掛からず答えは出た。
「二人で外泊したり手を繋いだら、ですかね」
その答えに先程頭の中で例題として出した物を引っ張りだして、質問で返した。
「それは手を繋ぐというよりは握るって感覚ですね。私にとっては」
「なるほど?」
「具体的には私の感情なので言葉にするのは難しいですが、好ましい相手でなければ触れたいと思って繋ぐことはしないと思います。助けや支えることは親しい間柄でもありますが、それは思い遣りから来ているもので」
そこまで言うと一度口を閉じて更に熟考する。
「そうですね。繋がりたいという思いありきか、しなきゃという意識の違いでしょうか」
「つまり感情を乗せた行動の結果次第で浮気ってことかな」
「そう、そういうことだと思います。感情的行動か善意的行動」
先程考えていたことに近づいていく。
「つまり感情があればそれは浮気になるってこと?」
「はい」
「相手の事が好きでもないのに行為をするのは?」
「浮気です」
「でもそこには感情がないんだよ。風俗だったりセフレだったり」
「浮気ですね。本人に自覚がなくとも本来は恋人とするものです。その人を裏切る行為であるならば浮気になると私は考えますよ」
彼女の言葉に一つ答えが浮かび上がる。
単体で考えていた。
相手がいるからこそ裏切り、浮気というものに変化する。
恋人がいない人間が風俗に通ったところで浮気にはならない。
恋人がいない同士で行為があったとしても、それはただの処理に落ちる。
「極端な例だけれどセフレを認めるような恋人がいたとして、その人と行為をした場合は」
「恋人同士の問題なので、その認めた人の気持ち次第ではないですか」
「なんか納得した」
「先輩って真剣に考え込みますよね」
「そういう性分なんだ。悪いね」
「いえ、私はそういうところ好ましく思ってますよ」
自分の価値観や性格を認められるようで嬉しくなった。
それに自分の考えが夏菜とも近いことに。
「それで先輩はどこから浮気だと思っていますか?」
「そうだね」
夏菜と話したことではっきりと理解したこともある。
「僕も手を繋いだりかな」
夏菜と同様かそれぐらいには僕も嫉妬深いのかもしれない。
「同じですね」
「ありがとう。スッキリした」
「スッキリしたついでにもうひとつ質問よろしいですか」
「うん」
「先輩って自慰ってします?」
「……するけど」
僕の言葉に夏菜の目が冬乃さんと同じような目つきに変わる。
そもそも春人さんが1人でしたことで始まったお説教。
話しがもとに戻っただけ。
向こうではまだ続いている。
情の深い市ノ瀬家女性
甘く見ていた。
「ではスマホ見せていただきますね」
「どうぞ」
「相変わらずパスワードもない……」
「不便じゃん」
「まぁ気持ちはわかりますよ。麗奈にスマホ覗かれるので私も一昨日ぐらいに仕方なくパス入れましたから」
「へぇ」
「ちなみにパスワードは先輩の誕生日です」
「教えたら意味なくない?」
「先輩に私のスマホ渡すこともそれなりにあるので教えておいたほうが良いかと」
僕のスマホを操作しながら会話は続く。
手元にスマホを置いてなくてちょっとした調べ物だったりをする時に借りたりする。それでも一言いれてから借りている。
ただ一度こちらに視線を送ってくる。
「心配性な先輩は好きな時に私のスマホ覗いていいですよ」
「……まぁ、そうだね」
先日勘違いした件だ。
大きなことにはならなかったのだけれど、今思い返すと恥ずかしい。
ちなみに夏菜の言っている事。
逆に言えばパスが通らなくなっていたら怪しいってことだ。
「ついでに教えておくと」
「ん?」
「ブロックリストを使えば彼氏にバレずに浮気相手と連絡取れるらしいですよ。フレンド欄に名前が出ないだけで送受信はできるそうです」
浮気するほうとされるほうの努力を垣間見た。
嫌な世の中だ。
ネットのある今のご時世。
出会いを求めるのであれば簡単で手軽に繋がれる。
調査よると今や3人に1人は浮気する時代らしいし。
女性の社会進出とネットの普及で未だに男性のほうが浮気率は高いものの、女性もそれと変わらないぐらい急激に伸びているとはっきりしている。
げんなりする。
何故知っているのか。
気になって一度調べた時にわかりやすい動画があって関連情報をなんとなしに見て知ってしまった。動画を見て余計に人を信用出来なさそうって思ったのは内緒。
自爆した。
でも、だからこそ夏菜や冬乃さんのような人を大事にしないといけない。
それを逃せば茨の道。
ある意味この人たちは男性にとっての希望。
そして僕らは女性にとっての希望になるような人を目指さなければならない。
「……それをどうして僕に」
「初めから言っておけば先輩の信用をさらに勝ち取れるかと思って」
「そっか」
「はい」
彼女の視線がスマホに戻る。
「でも良く知ってたね」
「これも麗奈の入れ知恵ですね。彼女は浮気されたことが何度かあるみたいで、私には必要ないって言ったんですが先輩におかしな行動が見えたら使ってみたらいいって」
「そっか」
彼女の友達から信用されていないらしい。
というよりは夏菜の心配かな。
「動画も画像もありませんでしたが、連絡先に女性増えましたね?」
「文化祭の時の準備でないと不便だったからね」
「……消しといていいですか?」
「消えても困らないだろうけれど、流石にクラスメイト」
今でもたまに連絡が飛んでくる。
謎に相談だったりとか遊びの誘いだったり。
相談は受けているがもちろん遊びには行かなかった。
男友達の誘いにはたまに受けることがある。
考えてみれば今年一年で本当に変わったなと、考え深いものがある。
僕だけではなく親友たちも。
「先輩自慰するときってどうしてるんですか?」
「ん? パソコンで検索して画像とか、司に貰ったファイルも入ってたりするし」
「素直すぎ……」
僕を半眼で睨みながらスマホを返すと未だに言い合っている冬乃さんを呼んだ。
「母さん、父さんのパソコンを調べたほうがいいよ」
引きつった春人さんの顔。
「夏菜ぁ~……」
情けない声まで聞こえてきた。
巻き込まれたのだからこれぐらいはね。
「先輩も笑っている場合じゃないですよ」
掃除はまだまだ終わりそうになかった。




