再会?
お互い抱き癖のある者同士の朝。
薄らぼんやりと映る視界の中には彼女の姿がなく、僕の胸に収まるように抱きついている。
布団の中に潜っているようで、いつもよりは彼女の体温も高く感じた。
僕の手は彼女の背中を無意識に撫でていて、もこもこしたパーカーの肌触りを楽しんでいた。
「起きました?」
僕が起きたことに気付いてか、彼女は布団の中からひょっこりと顔を出す。
どうやら先に目を覚ましていたらしい。
ということは背に伸びて手や脚の隙間に挟まっている彼女の脚もわざとということか。
「今日は夏菜のほうが早いね」
「はい、すっと起きれました。今度からずっと同じ布団に寝ませんか」
「夏菜の家に泊まったときはそっちのほうが遅かった記憶があるんだけれど?」
「……気の所為じゃないですか? 先輩と寝れば私のためになりますよ」
「例えば?」
「先輩の寝顔が見れます」
「もう飽きただろう」
付き合う以前から彼女の前で寝ていることは多々ある。
何かに集中してしまって睡眠時間を削ってしまっていたから。
今でも試験前や夜に楽器を演奏し始めると寝不足になる。けれど昔に比べたらそれも減った。
「先輩は私に飽きました?」
「んなわけないだろ。どんな質問だよ」
一緒に居ると居るだけ新たな可愛さに気付くし優しさにも触れる。
中学からずっと一緒で成長した彼女は可愛さだけではなく大人の美貌も兼ね備えてきている。
ネイルにメイクと美容にも気を使い始め魅力が増している。
いつか慣れてしまってもそこにあるのは穏やかな安らぎなのだろうと思う。
「先輩の良いところも悪いところも含めて、す……好きですから」
「言葉にするのは慣れないんだね」
何度交わしたかわからない言葉。
それでも夏菜は恥ずかしそう顔を横にしてこちらを見ずに吃る。
「意地悪な先輩は嫌いです。悪いところですよ」
布団に隠れて見えないが、その上でももぞもぞ動いているのが確認出来る。何をするのかぼんやりと眺めると布団から手が生えてくると首に伸びてきた。
首の付け根に少しひんやりした手が触れると引っ張られて、夏菜の顔との距離は吐息が掛かるぐらいまで接近する。
「意地悪するときはその時にお願いしますね」
「う、うん」
「そう言っても治らないんでしょうけれど」
そういうと夏菜は僕に息を吹きかけて前髪をかき分ける。
開いた隙間にちゅっと小さな音を鳴らしてすぐに温もりは遠ざかった。
ベッドからゆっくり降りると衣装棚に向かっていった。
パーカーを脱ぎ肌着も脱ぐ。
漏れるような欠伸の後、大きく伸びをする。
彼女ほど豊かな胸を持つと真後ろからでも横乳が脇からはみ出て見れるんだとこの時に知った。
着替えはこれ以上見るとまずいかなと思い寝返りをうち目を瞑る。
布の擦れる音とエアコンの音だけが静かに停留する。
午前9時でも外は静かなもので、たまに車と風が通る音が聞こえるだけ。
「もう少し寝てていいですよ」
「うん。そうする」
「朝食が出来たら呼びに戻りますので」
「ありがとう」
「はい」
くすりと笑うと夏菜は部屋を出て行った。
そして二度寝を堪能。
意識は程なくして落ちる。
控えめなノックの音に意識が戻りつつある。
薄目で音のなるほうへ視線を移すと私服の夏菜に身体を揺すられて起こされる。
服のサイズが合ってないのか胸元が大きく開いてしまっている黒いニット。
僕を起こすために屈んでいるために谷間が長く縦線がそこにはあった。
寝ぼけた思考で何を考えたのか。
思わず手を伸ばして突っ込んでしまった。
暖かく柔らかい。
ずっと入れておきたくなる。
「私は構いませんが家にもう一人いるのお忘れですか?」
「んー?」
何かを言おうとして言葉にならない音声。
「単純に寝ぼけているだけですか」
僕の頬をなんだか慈しむように突く。
「やわっこい」
「よかったですね」
「まるい」
「語彙力なくなってますね……って、そこはちょっと」
「かたい」
「……ん、くっ。そん、なに弄られ、たら固くもなりますって」
「……」
「人のこと弄んで三度寝しないでくださいっ」
額を小突かれて覚醒を促される。
少し離れた所に若干涙目になりつつも真っ赤に顔を染めた夏菜がこちらを睨んでいた。
「どうした?」
「こっちの台詞ですって。いいから早く着替えて顔洗ってきてください」
「はぁ~い」
言われた通りに着替えてから顔を洗いリビングまでやってきた。
朝食にしては豪華な食事がテーブルに並ぶ。
夏菜が起こしに戻ってきたのは11時を上回る少し前で昼食も兼ねているのだとわかる。
でも。
「これ半分は夏菜が作った物じゃないよね」
「流石にわかりましたか」
味がいつもと違う。
真似はしているように感じられるのだけれど洗練されていないというか雑味が感じられてしまう。
卵焼き一つにしても塩と砂糖のバランスも違ってやや塩が多め。それに焦げ目もついていて見た時から気付いていた。
味噌汁は出しは顆粒タイプの物を使っているので正直僕の舌ではどちらが作ったのかは判断出来ないが具材の切り方の癖でなんとなくわかってしまった。
「これは村川さんが?」
「えぇ、そう。母親らしいことしてみたけれど、最初に作った時はあまり美味しそうな顔してくれないから市ノ瀬ちゃんに教えてもらいながら」
「なるほど」
彼女は彼女で頑張っているつもりらしい。
これをどう受け取るか。
迷っている。
してきたことを許せない気持ちに変わりはない。
でも努力している人を否定するつもりもない。
「先輩、考えるのは後にして食べましょう」
「そうだね」
彼女の言葉に先導されて食事を再開した。
食事中の会話はなく黙々と食べ続ける。
楽しいとは言えないが、こんなものだろう。
どう転ぶともわからず関係値はリセットされることなくマイナススタート。
父さんが良しとして本当に受け入れられるだろうか。
完全に嫌いになれないのは産みの親だからだろうか。
食事の終わり。
村川さんがテーブルにある食器を片付けながらこちらを見つめる。
「なに?」
「えっとどうだった?」
もちろん料理の事。
正直に答えることにする。
そもそも僕は嘘をつけない。
「僕が作るよりは美味しかったよ」
「そっか。……そっか。もっと頑張るわ」
「う、うん」
なんだろう。
今年父さんとまともに会話をし始めた時のような感覚。
「じゃあ僕は父さんを迎えに行ってくるから」
「わかった」
いつか夏菜に選んでもらったコートを羽織り、クリスマスプレゼントにもらったカシミアのマフラーーを巻いて彼女ともに家を出た。
待ち合わせは最寄りの駅ではなく空港。
今が昼の12時半なら着く頃は2時ぐらいになっていると思う。
本当は迎えに行く必要はないのだけれど父さんとも直接話しておきたかった。
駅から都市部に向かい、そこから地下鉄に乗り込む。
午後の都市部は人で溢れかえり必然的に夏菜と腕を組むことになる。とはいえ人混みじゃなくても組んでいただろう。
冬の寒さにより顔が赤くなった夏菜に手を当てて温めたりして移動を続ける。
地下鉄から降りる頃には人混みが増えて、流石は年末年始といったところか。帰省や海外への旅行のために大きなトランクやスーツケースを持った人たちの姿が多く見える。
押しつぶされそうになっているにも関わらず何も言わない夏菜を庇い、背中で肘うちを受けつつ痛みを感じながらも目的地である空港に着いた。
予想よりも少し早くついたのでチェーン店であるコーヒーショップで時間を潰すことにした。
甘いコーヒーというよりはもう別のスイーツのような味。
何気に疲れていた頭に浸透する。
夏菜はオーソドックスなモカを注文してこちらを呆れたように見ていた。
いいじゃないか好きなんだから。
「今更だけどなんで着いてきたの?」
「本当に今更ですね」
「夏菜と一緒にいることが当たり前になってたから違和感もなかったんだけど、よく考えたら人混みに揉まれる苦行を負うことなかったのにな」
「どうしてでしょう? 私も自然と先輩の後ろを歩いてました。今回は私にやれることなんてないのに」
小首を傾げながら答える。
水色のネイルで飾られた指先が色付きのリップで艷やかになった唇に触れて形を変える。光りの反射でとても柔らかく瑞々しく映る。
「まぁいいか、こうやって夏菜とカフェでまったりしていられるんだし」
「そうですね」
「夏菜は正月どうするの?」
「去年同様に父さんの実家に一日だけ行く予定です。先輩は?」
天井に吊り下がっている落ち着いた色合いの暖色ランプを眺めながら答える。
「こんな状況だし帰省することはないと思うけど」
「それでは来年は一緒に初詣行けそうですね」
「うん」
「楽しみにしておきます」
ちょっとした会話が終わったところで時間になり出口まで迎えに行く。
列になって出てくる乗客員を見つめながら見慣れているようで見慣れていない父の姿を発見した。
「おかえり」
「ただいま」
「荷物持とうか?」
「じゃあこの鞄だけお願いしようかな」
ずっしりとした重たい革の鞄。
使い込んだ証も刻まれており、所々修理された箇所もある。
「それでゆなは?」
「僕が知ってる限りではずっと家にいるよ」
一瞬誰のことかと考えてしまったが、流れを考えて1人しか思い当たる人物はいない。
「そうか」
もう一人の被害者である父さん。
どう考えているのだろうか。
帰りはタクシーを選んだ。
運が良かったのかすぐに捕まえることが出来た。
行くのは遅く帰りは早い。
片道1時間は掛かった道のりが30分過ぎたぐらいで自宅まで着いた。
「おかえりなさい仁さん」
「あ、あぁ」
久しぶりの邂逅。
どっちに転ぶやら。




