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少し寒い夜に

 少し気まずいながらも3人で夕食を囲って食べた。

 あの人は夏菜の手料理に驚愕したようで、おかわりまでして僕ら二人よりも食べていた。さらに食後にはかなり褒められていたようだが、今更なのか夏菜は特に喜ぶ様子もなく自然体で「どうも」と一言だけで片付けていた。

 相手がどうあれ、どちらかと言うと夏菜が褒められることで僕のほうが誇らしく感じて嬉しくなった。



「お風呂頂きました」



 頭にタオルを巻いたまま薄手になった夏菜が部屋に入ってくると、すぐさま暖かそうなもこもこした淡い色合いのパーカーに身を包まれる。



「泊まっていくよね」

「追い返すことはしないですよね?」

「するわけないじゃん。もう夜も遅いし」



 そしていつものようにスキンケアを始める。

 女の子って大変だなと思いながら、ベッドからの少し高い位置でそんな彼女の後ろ姿を見るのがなんとなく好きだった。



「先輩は嫌がるかもしれませんけれど、あの人……村川さんでしたっけ? 顔似てますよね」

「そう?」



 今更自分の顔がどうのっていうのはなく、ただ事実として受け入れていた。



「よく見ると美人というか。顔立ちは整っているけれど地味というか、でもあの人は自分の可愛さを理解してそういうメイクしているのでわかりやすい方だと思いますが」

「自分の記憶の中の人とは少し違ってビックリはしたけどね」



 苦い記憶に残るあの人はもう少し地味だった。

 クラスにもいる地味だけど美人で二番目三番目に人気のある子みたいな。



「なんというか私も少し驚きました。話しに聞いていたような悪人とは思えませんでしたから」

「そうだね」



 まともな会話にはなったと思う。

 しっかり投げれば返してくれる。



「成長したってことなのかな」

「その代償があまりにも大きいですけれどね」



 スキンケアを終えた夏菜は僕の膝に座る。

 後ろから抱きしめるとお風呂に入ったばかりで暖かい。その腕を彼女はにぎにぎと時には撫でるような仕草で、顔は見えないけれど嬉しそうな気配を感じる。

 腕から手首に、そして指。

 彼女の手が這うようにして移動していく。

 お揃いの指に触れると口を開いた。



「先輩」

「なに?」

「以外と良い顔してますね」

「いつもと同じだけれど」



 それにこちらを向いているわけでもなく、ゆったりと身体を預けて頭も首のあたりで固定している。

 いや鏡に映っていて目が合う。



「もっと悲しい顔をしているもんだと思っていたのですが、結構明るい表情してますね」

「酷い喧嘩にはならなくてよかったよ」

「結構あっさりしてましたよね」

「うん」



 もっと積み上がった物が吐き出されるように責め立てることになるのかと思っていたが、冷静に正面で話し合うことが出来たと思う。

 戯言として切り捨てることも可能だったはずなのに、相手の考えていることを聞けたのは間違いない。

 それが嘘か真かは定かではないけれど。


 でも話して何も解決した訳じゃないけれど、心のどこかが軽くなった気がした。

 もしかしたら、と思う。



「これからどうなるんでしょうね」

「う~ん、父さん次第かな」



 結局のところ最終判断は父さんがする。

 庇護下にいる僕には選択権がない。

 父さんが許すというのであれば、それに従うしかない。

 一緒に暮らすことになっても。

 気乗りはしないけどね。



「いいんですか先輩は?」

「元々ずっとこの家にいるつもりもなかったしね。大学からは本当の一人暮らしを始めようと思っていたし」

「進学先決めたんですか?」

「いや、まだだけど」

「んー」



 唐突に唸るような声。



「どうした?」

「嫌だなって」

「ん?」

「どこの大学に行っても、今しているようにすることが出来ないんだって考えると」

「そっか」

「先輩はどうなんですか? 私がいなくて寂しいとか思いませんか」



 想像してみる。

 夏菜のいない生活。

 一緒に登校したり、お昼を食べたり。帰り道の途中で馴染みのスーパーマーケットに寄って夕飯の買い出し、制服の上からエプロンをつけた後ろ姿。

 無表情ながらも感情的で、ダウナー口調で抑揚のない喋り方ながらも雄弁に想いを語る。


 冬になり少しだけ荒れた指先。

 小柄で豊かな胸。

 太ももはすべすべでまっ白であり柔らかく、それでいて程々に筋肉もある。

 順番に触れていく。



「先輩くすぐったいです」



 鮮やかな赤茶色の髪から香る甘い匂い。

 跡が残らないように首に口を当てて優しく吸うような口付け。

 こんなことも出来なくなる。



「……んっ。人の話し聞いてます?」

「聞いてるよ」

「わざと無視したんですね」

「ちょっと感傷的になっただけ」

「つまりは?」



 悪戯な顔。

 少し勝ち誇っているような。



「うっ」



 デコピンをお見舞いする。



「そりゃ僕だって寂しいけれど、独り立ちするって決めてるから」



 自分を成長させるため。

 夏菜に甘えるだけの自分にはなりたくない。



「留年しませんか」

「馬鹿言うなよ」

「半分本気ですよ」

「普通、冗談って言うもんだろう」



 意味は一緒だとしても、どちらを口にするかで捉え方が違う。

 夏菜はくすっと笑うと僕の膝から降りた。



「そろそろ寝ましょうか」

「うん。明日には父さん帰ってくるみたいだし」



 既に歯も磨いていて後は寝るだけなのだけれど。



「自分の布団敷いて無くないか」



 お風呂から上がって夏菜と入れ替わる瞬間に感じた微妙な違和感。

 いつもなら僕が入っている時に敷かれている。

 今日は隅に綺麗に畳まれている。



「冬ですし同じ布団でいいんじゃないですか」

「僕のベッドに二人だと狭いと思うんだけど」

「それがいいんじゃないですか」



 何事もないようにけろりと言ってのける。



「僕ら二人寝相悪いよね」

「私悪いですか?」



 寝てる時は記憶がないからわからないけれど、先に僕が起きた朝は大抵くっついている。

 逆も然り。



「いいじゃないですかそれぐらい。可愛いものですよね」

「そうなんだけどね」



 普段の頼りになって静かな言動の彼女と違い、子供っぽさというかぐでぐでになって溶けている姿はギャップがあって可愛らしい。

 顔は可愛いと言えるタイプなのだけれど、持っている雰囲気せいかタレ目と泣きぼくろを合わせて色気のある美人にも感じられる。



「先輩ってちゃんと私のこと可愛いって思ってくれていたんですね?」

「言ったことなかったっけ?」

「生意気で可愛いとは言われたことありますけれど、ニュアンス的には違いますよね当時とは」

「そうだね。たった一人の可愛い女の子として見てるよ」

「水着だったり浴衣だったり、コスプレして褒められることもありますけれど。素の私を褒めてくれたのは珍しいです」

「そっかな。思ってるだけで言わなかったかも知れないね」

「もっと言ってください」

「うん。とっても可愛いよ」



 僕の言葉に気を良くしたのか、夏菜は僕を飛びつくようにそのままベッドに押し倒す。



「今日は一段と激しいね」

「先輩が悪いんですよ」

「今回ばかりは僕は何も悪くない」



 素直に夏菜が可愛いと認めただけだ。

 他の誰かに対して言った訳でもない。



「なんでしょうね。色んな人に容姿のことで褒められることはたくさんありましたけれど、先輩に言われると本当に嬉しいです」

「容姿だけで好きになった訳じゃないんだけどね」

「知ってます」



 彼女からの長い口付け。

 口内を犯してくる。

 舌を絡ませ唾液の交換。

 今度はお返しとばかりに僕から彼女の口を犯す。



「ふぁ……」



 吐息混じりに唇を離し、彼女はそのまま僕の上に覆いかぶさるように身体を預けた。

 更に耳を甘噛する。



「大好きですよ先輩」

「僕もだよ」



 二人で同じ布団に潜り抱き合ったまま眠る。



「ちなみに先輩」

「ん?」

「いい結果でも悪い結果でも私が慰めるように抱きしめる予定でしたので、ある意味において私の勝利なんですよね」

「……それで夕食作りを買って出たのか」

「はい」

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