ボードゲーム
食事を終えた頃にはみんなの機嫌も落ち着いていて、夏菜の手料理に心良くしたのか智樹君は満足そうな顔をしてリビングで休んでいる。
元からそういう役割を決めていたので片付けは僕と絵梨花ちゃんで行い、夏菜と麗奈ちゃんはボードゲームを吟味していた。
夏菜は時折こちらを伺っているようだったけれど。
コップ類はまだ使うので洗う必要はないのだが人数が人数なので皿の数がやたら多い。
「渉さんと市ノ瀬先輩はいつもあんな会話をしているんですか?」
「大体そうだね」
彼女は隠すように小さくため息をつく。
「少し2人の関係を舐めてました」
「気付かれたかな?」
「あいつ鈍いんで大丈夫ですよ。気付くようであれば最初からわかるような雰囲気ですよお二人とも」
「それならいいんだけど」
最後の皿についた泡を綺麗に流し終えて手渡しながら聞いてみる。
「麗奈ちゃんはどう思っているの?」
「お姉ちゃんですか。智樹も態度はあからさまなんで気付いていると思いますが、特に何か考えているようには思えませんね」
「そっか」
友達と身内。
どちらかを贔屓するというわけではないということだろうか。
「お待たせしました、戻りましょう」
彼女の先導でリビングに戻った。
夏菜の後ろに立ち声を掛ける。
「何するか決めた?」
「簡単で人数が多いので人生ゲームにしようって麗奈が」
「やったことある?」
「以前にテレビゲームを家族でやりましたね。夫婦喧嘩に発展したのでそれ以来やることはなかったですが」
「あの2人喧嘩するんだ」
少し意外。
ずっと寄り添っているものだと勝手に思い込んでいた。
「ゲーム内で父さんが結婚のマスに乗って母さんが『浮気だー』って拗ねました」
「思ったより可愛らしいものでよかったよ」
「無言で殴られ続ける父さんの姿は哀れでしたけどね」
「……」
夏菜をじっと見つめる。
親子。
性格も似たり。
「なんですか?」
「いや、同じことになりそうだなって」
「ゲームですよ。流石の私でも見えない文字だけに嫉妬するようなことはないです」
聞いて安心していた時期が僕にもありました。
ゲームボードを眺めていると結婚ルートも存在している。けれど経路が違うのは参加しているプレイヤーと結婚することになる。
結婚したプレイヤーは別のマップが用意されていて、1~3しか出ないルーレットを2人で1回ずつ回して進んでいくようだ。
ルール自体は簡単で一番お金を多く持ったプレイヤーの勝ちとなる。
ただ結婚したプレイヤーは金額も合算されてることになるのだけれど、それは有利すぎではないだろうか。
あとでわかることだし気にする必要もない。
バランスが悪すぎたら売られるようなこともないだろうし。
青の車型のコマは僕。
赤は夏菜、緑は麗奈ちゃん、黄色は智樹君に白は絵梨花ちゃんとなった。
設定は全員が幼馴染。
男女の区別は特にないようで小学生から社会人まで描かれるものだった。
何ターンか回して見るもの意外に最初は普通の人生ゲーム。
お金が増えたり減ったり、はたまた他のプレイヤーに支払ったり。マイナス目でターンを飛ばされることもあった。
稀に相手を邪魔する事もできるマス目もあり、運が絡むとはいえ一位を足止めしたり、最下位をさらにどん底に落とすことも出来る。
そして高校生編を過ぎて中盤に差し掛かった。
ここから進学か就職へと分岐点。
現実と違いルーレットで先が決まる。
「あ」
小さな声を漏らしたのは智樹君。
マス目を見てみると結婚マス。
就職への道を進んだ彼には更に大きな分岐点。
ちなみに対象は自分で選ぶことが出来るが、指名された人間はルーレットを回して偶数ならそのまま婚姻、奇数なら不成立。
「えーっと、それじゃあ夏菜さんで」
「ん」
淡々と頷き指示通りルーレットを回す。
勢いよく回っていたルーレットがカチカチという音を立てながらゆっくりとなっていき、出た数字は3。よって不整理。
「ちぇー」
「智樹、不成立の場合は罰金」
絵梨花ちゃんが記載されている文字をそのまま読む。
「失恋のショックで飲み明かし10万円を支払うって」
「まじかよ。俺もう手持ち少ないんだけど」
「知らないわよ」
現在の順位として麗奈ちゃんが1位でその次に僕、絵梨花ちゃん夏菜と並び、智樹君は赤字間近である。
まだ巻き返しがあるであろう長さがあるが、麗奈ちゃんと智樹君の差は絶望的。
「はいはい」
智樹君は10万円をシステムに払い項垂れる。
案外みんな本気で楽しんでいるようでお金が増えれば喜ぶし、減れば悔しがる。
プレイヤーに払うことになれば嫌がっていた。
まぁ、僕も楽しい。
大人数でボードゲームをするのは始めてだ。
「次、絵梨花な」
「知ってるってば」
僕の対面に座る絵梨花ちゃんがルーレットに手を掛ける。
彼同様に就職ルートに入り順調にお金を増やしていっている。
逆に学生ルートはあまり増減は少ない変わり社会に出ると一気に稼げるようになっていた。
僕は学生ルートながらもお金が増えていっているのは単純に運がよく、マイナス目を今のところ踏んでいないから。
「うわぁ。まぁ10万なら安いもんだよね」
2連続結婚マス。
絵梨花ちゃんも智樹君と同じマスを踏んだ。
「いいから相手選べよ」
「智樹うるさい。えっと、渉さんで」
「は?」
夏菜の低い声が響く。
自分でも驚いたようで「すみません」といつものトーンで謝罪する。
「ゲームとはいえ身内で結婚なんてしたくないですからね」
「そう」
「それじゃあ渉さんどうぞ」
目を細めじっとこちらを睨む夏菜。
プレッシャーが掛かる。
緊張しながらルーレットのつまみに力を込めて捻るように回すと一斉に10の色が回り始める。勢いよく音を立てながら回っていたもののすぐに力を失い速度が落ちて数字が見えるようになった。
ゆっくりと流れる数字。
「……おう」
「婚姻ですね」
「……」
隣を見るのが怖くて無言で頷いた。
「市ノ瀬先輩、場所変わってくれますか」
「そっからでも出来るんじゃない」
「これからあたし達は二人用のマップに移るので」
「でもそこからでも出来る」
「だからやり辛いんですって。市ノ瀬先輩ってこんなに聞き分けのない人でしたっけ」
些細な事ではあれば快諾するのに断固として譲るつもりはないらしい。
それよりも二人の会話からして。
「もとから知り合いだった?」
友達の妹だとしても夏菜の話し方して短い付き合いでもないような気がした。
男女の違いがあるとしても智樹君ともえらい違う。
「先輩は引退で半年もいなかったからですから覚えてないのも無理はないかもしれませんが部活の後輩ですよ」
「そうなの?」
「話すのは初めてですが初対面じゃないです」
「そうだったんだ、なんかごめんね」
「大丈夫、あたしから話しかけたこともないですから」
中学時代。
女バスとあまり関係性はなく僕が話したのは夏菜だけだった。
部長同士なら交流もあっただろうが。
僕が過去のことを考えているとゲームの進行が止まらせていたことを智樹君が注意した。
「いいからさっさとやろうぜ。ほら夏菜さん俺の隣に」
流石に二人に言われたためか渋々引き下がり、絵梨花ちゃんと席を変わる。
「これ既婚者を選択したらどうなるんですかね?」
と夏菜の疑問。
それを受け取り僕はルールブックを開き項目から探し出す。
「選ぶことは出来るみたいだよ。奇数なら失敗で相手に慰謝料を払う。偶数なら成功で慰謝料を払う……。どっちもマイナスになるみたいだけど」
「そうですか」
「あ、でも。成功した場合はプレイヤーによって結婚祝いと相殺できるっぽいから単純に相手から奪えて結婚のメリットを取れるみたいだね」
離婚した相手からも貰えるというのはゲームならでは。
現実だったら恨みしか投げない。
再婚の場合は相手が進んだマスからリスタートになるのでもし夏菜が僕を選択した場合、今僕がいるマスからスタートすることになる。
ちなみに結婚のメリット。
このルート自体が基本的にマイナス目が少なく、二人分ということもあってプラス目の収入も多い。
そして昇給のチャンスもいくつか用意されており更に収入も増える。
子供も増えることがあれば出産祝いなども貰えることになる。
現実と違って出費になるようなことがないのが不思議。
ただマイナス目の文章がややエグい。
「なんですか、市ノ瀬先輩。あたしから旦那を奪うつもりですか?」
「誰が誰の旦那だって」
「渉さんがあたしの夫」
美少女が二人睨み合っているのは結構怖い。
「今日だけは私にも負けられない相手が一人増えましたね」
と、夏菜が小さく呟く。
「ふん。あたしだってバスケでは市ノ瀬先輩に太刀打ち出来ませんでしたけど、ゲームなら勝てる可能性がありますから」
絵梨花ちゃんも見た目に似合わず闘志を燃やしていた。
僕と絵梨花ちゃんの結婚が成立した後、早速次のターンで第一子を向かえることになった。
リビングのローテ―ブルの下、誰も見えないところから一気に脚が伸びてきて僕の膝を蹴り上げる。
「……いっつ」
「すみません、先輩。脚が疲れてきたので伸ばしたら当たってしまいました」
「絶対わざとだよね」
それぐらい僕でもわかるよ。
なんなら伸ばした脚を避けることなく膝に乗せてきた。
さらにオマケでかかとをぐりぐりと人の脚を押しつぶすようなことまで。
仕返しに指の先で足の裏をくすぐっておく。
彼女は小さく喘ぐものの脚を退けることなく耐える。
さらさらなようでいて、少しざらつくストッキングがやや湿り気を帯びて、夏菜の顔が赤く身体は小刻みに揺れているものの退けようとしない意地に負けて、くすぐることをやめた。
「なにやってんの二人とも」
呆れたように麗奈ちゃんが僕ら二人を見比べる。
「夏菜が」
「先輩が」
口を揃えて互いに相手に責任があると主張する。
「駄目っすよ渉さん、女の子には優しくしないと」
智樹君が夏菜の隣でもっともらしいことを言っている。
「え……。僕が悪いの?」
テーブル下の攻防、見えるのは僕と絵梨花ちゃんぐらいなもの。
先に手……足を出してきたのは夏菜のほうだ。
男の子にも優しくしてほしい。
「ですって。先輩が悪いです」
「後で覚えておいてね夏菜」
「はい」
頬を僅かに緩ませて頷く。
駄目だ、相手を喜ばせるだけだった。
「それより市ノ瀬先輩、出産祝いくださいね」
「……」
無言で通貨をこちらに。
麗奈ちゃんも同様にくれたが、智樹くんはついに赤字になった。
現在の順位として結婚している僕と絵梨花ちゃんのチームが1位。その次に麗奈ちゃんで夏菜が続く。
社会人ルートに合流してきた夏菜は着実に資金を増やしている。
智樹君はもう手遅れ。
事実上、上位に行くことはもう無理だがそれでもゲームを楽しんでなんとかしようとしている気概があった。
僕の買ってきたお菓子を食べながら終盤戦に入る。
「お」
智樹君が2度目の結婚マスに到着。
彼を除く全員が苦い顔をする。
何を意味するかというと、問答無用で負債を抱える。
そして智樹君には救いになるというわけだ。
このゲーム、相手に取られるということはあっても離婚のマスはなく、それでも別れることになっても財産を半分ずつ分割される。
完全にゲームを盛り上げるお邪魔キャラ化していた。
同じマスを通り抜けて相手になすりつけることも出来ないので完全な負の遺産である。
「えっと夏菜さん」
「ほんとやめて」
言いながらもルール上仕方なくルーレットを回す。
そして奇数。
夏菜はほっと胸を撫で下ろす。
「終わった……」
そして対比的に智樹君は机に突っ伏した。
さらにペナルティとしてシステムに吸収される。
今回は夜のお店に通い詰めるようになり20万円の支払いと1ターンの休み。
結構えぐい。
勝ちを狙うんだったら麗奈ちゃんと婚姻を結ぶべきなんだろうけれど、感情を優先してそれにも敗北。
ゲームだから特に嫉妬するようなことはないが、こればかりは敵ながら良かったと思う。
マイナスを理不尽に抱えさせられるのは嫌過ぎる。
そして夏菜のターン。
3と8を引けば結婚。
「夏菜さんは挙式は和と洋どちらがいいですか?」
「急になに?」
「単純な興味です」
質問したのは智樹君なのに答える先は僕。
「やっぱりウェディングドレスは着たいので洋式ですね」
女性陣は全員は同調するように頷いていた。
「渉さんはどうなんですか?」
「僕?」
絵梨花ちゃんの質問に少し悩む。
日本の結婚式も今や洋式のイメージしかない。
真っ白なチャペルに赤い絨毯を進む新郎新婦。
鮮やかな色とりどりの花が彼らを包む。
「僕はどちらでもっていうか、相手のお願いを叶えてあげたいなって思うかな」
「俺も洋式がいいなぉー。やっぱりドレス着た女性って綺麗に見えるし」
ドレスを着た夏菜を想像しようと彼女に視線を向けると、彼女もまたこちらを見ていたようで視線が交差する。
眠たげな眼をさらに垂れさせ微笑む。
「そのサンタ服も可愛いけどね。二人とも似合ってるよ」
「最初に見せた時に聞きましたよ先輩」
「あははー。私まで褒めてくれるんだ」
麗奈ちゃんも夏菜や神楽先輩とは違う種類の美人だ。
ギャルに理解があるわけじゃないけれど、もとが美人だからこそ派手目のメイクや髪の色だって似合う。
「ケープの下ってどうなってるの?」
「私が作ったから知ってるけど、夏菜の無駄にデカい胸を強調してるよ」
麗奈ちゃんが握りこぶしに親指を立ててみせる。
「これ作ったんだ。すごいね」
「うちの弟と違って気になるのそっちなんだ」
「え? 普通そうじゃない?」
その弟やらを確認すると夏菜から視線が外れず、集中的に胸をがっつりと見ていた。
横からみるとその高低差に圧倒されるだろう。
「なるほどね」
短いケープの特性上胸より下の丈しかなく、赤いカーテンのようになっている。
「渉先輩は夏菜と一緒に居すぎて興味失った?」
「んなわけないでしょ。改めて見ると大きいなって思うけれど、胸で判断したりしないって。夏菜は見た目も可愛いけど中身もかなり可愛いし」
膝に載っている足が犬が喜ぶように左右に揺れる。
嬉しそうにルーレットを回すと見事に8が選ばれる。
「はい、先輩です。先輩を選びます」
平坦な口調ながらも精一杯嬉しさをアピールする。
ただ偶数を出せとばかりに足で突くのはやめて欲しい。
「早く回してください」
「わかってるって」
つまみを捻る。
カラカラと音を立ててルーレットが回る。
夏菜と絵梨花ちゃんが真剣に見守る。
夏菜はわかるけど、絵梨花ちゃんは謎。
「はい。妹さん、先輩から離れてください。席変わってくださいね」
「渉さん、なんで偶数出すんですか」
「そんなこと言われても運だし」
僕と夏菜が結婚したことで夏菜が1位になり、3位に絵梨花ちゃんが落ちた。
「はぁ……、むかつく」
と絵梨花ちゃんが立ち上がる瞬間、小さくごちるように漏らした。
もしかして仲が悪いんだろうか。
夏菜が隣に座り、僕の手をこっそりと握ってきたので耳打ちするようにして聞いてみた。
「最初は普通だったと思いますが、ある時を境に突っかかってくるようになりました」
「いつだったかわかる?」
「どうでしょう。あんまり興味なかったので覚えてないですが……」
唇を指でなぞり考えている。
夏菜が思考中の間、絵梨花ちゃんと財産を分けてからみんなから結婚祝いを回収する。
智樹君の赤字は膨らみ、ある意味キングになりつつある。
「中三の夏までは普通に慕ってくれていたような気がします」
「夏っていうと大会かな」
「かもしれないですね。全国に行けなかったですから」
学年は違うし何かあったとすれば部活が濃厚だろう。
麗奈ちゃんの妹ということで他の別の要因があったかもしれないけれど。
「そんなこといいじゃないですか、私たち夫婦になりましたよ」
「そうだね」
「嬉しくないんですか?」
「取ったり取られたり、なんか本格的に物になった気分だよ」
「何言ってるんですか? 先輩は最初から私のモノなので取り返しただけです」
僕と絵梨花ちゃんの離婚が成立したわけだけれど。
子供親権は彼女のほうになる。
小さな車の模型に大人を示す大きな棒が1つに隣は空席。後ろのぽつんと小さな棒が刺さっている。
少しだけ嫌な気分になる。
あの小さな棒が僕に見えた。
楽しくて忘れていたけれど、家に帰ればいるんだよなぁ……。




