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空白

 夏菜と麗奈ちゃんがキッチンで料理をしている間、僕らはテーブルの上で絵梨花ちゃんが買ってきたスカルというボードゲームで対戦していた。

 シンプルでブラフと読み合いのゲームということでなかなかに面白い。のだけれど僕の連勝中。



「渉さん強くないですか?」

「だよな、全然勝てない」



 兄妹揃って顔に出るのだ。

 ころころと表情を変えて嘘と真が表に出てくる。

 つまりどちらも真実。


 連敗でやる気をなくしたのか智樹君はディスクを投げ捨て、キッチンのテーブルにまで行くと飲み物を注ぎ足しながら夏菜を追うように見ていた。

 本当にわかりやすいなあの子。


 3人でも人数的には味気ないもので流石に2人でやれるようなゲームでもなく僕もドクロと花の描かれたディスクをテーブルにそっと置く。

 絵梨花ちゃんも同様でその場にフリスピーの要領で、智樹君が投げ捨てたディスクに重ねるように投げた。

 これからどうしようかと考えていると絵梨花ちゃんのほうから会話を振ってくれる。



「渉さんも梅ヶ丘なんですよね」

「君のお姉さんの先輩だからそうなるね」

「私も智樹も来年受験予定なんですよ」



 来年というにはもう残り日数が少ない。

 それなのに落ち着いた様子からして自信はあるようだ。



「ん?」



 ということは僕の2こ下で、夏菜の1つ下。

 中学時代にもすれ違っていた可能性はある。

 僕はともかく夏菜は中学から有名だ。



「智樹君って昔から夏菜のこと?」

「いえ、アイツ逆張りする性格で噂の上級生のことは知っていましたが、『俺が見た目だけの奴に惚れるわけがない』って豪語してましたよ」

「そうなんだ」



 少しだけ気持ちがわかる。

 僕も人気の物っていうだけで避ける質。



「まぁ、あたしも見た目だけの人かと思ってたんですけど、料理は出来るし勉強も出来ることが証明されてるような高校にいるし、運動も女子バスケの快挙もあって」

「あぁ……」

「同じ女としてあたしはちょっとだけムカつくんですよね。なんでこんな人間がいるんだって」

「人間性能おかしいよね」

「渉さんも大概ですよ。噂は聞いてますから」

「そうなんだ……」



 最近は噂だったり話題になったりと表舞台に立たされることがあるとはいえ慣れない。



「まぁ、智樹が市ノ瀬先輩に憧れるのもわかるんですけど」



 僕の目を見つめながら天真爛漫に笑う。



「智樹のことは応援しているけど」

「でも夏菜は……」

「知ってます。渉さんと付き合ってますよね? 二人を見ていたらわかります」

「初対面だよね?」

「直接会って話すのは始めてですが、文化祭」

「あぁ、そっか」



 身内だからね。

 受験生だとしてもずっと勉強をしていては息が詰まる。



「智樹は来なかったので知らないと思いますが……。それで渉さんにお願いがあって」

「なに?」



 改まって姿勢を正し向かい合ってくる彼女。



「受験が終わるまで智樹に言わないでくれますか? 市ノ瀬先輩と付き合っているということ」



 言わなきゃいけないと思っていた。

 傷つけるのはわかっていても、知らないほうが余計に傷つけるのではないかとも思う。

 伝えたからといって諦めるかどうかは本人次第ではあるが、僕としては素直に諦めて新しい恋を探して欲しいと願う。



「あたしは兎も角、智樹は受かるかどうかぎりぎりなんですよ。だから今落ち込まれると怪しいレベルで」



 彼女の真剣な表情が物語っている。

 楽観視しているのか元の性格がそうさせている智樹君のほうは表情的には明るい。



「……とりあえず、わかった」

「ありがとうございます」

「でも」



 彼女が口にする事だってある。

 今回は智樹君の言葉によって遮られたが、彼女は言おうとしていた。



「まぁ、それは一応あたしからもお願いしようかと」

「夏菜が拒否してもそれは怒らないでくれるなら、僕はそれで構わないけど」

「市ノ瀬先輩ってどんな性格してる感じですか?」

「どんなって……、自分を持っていて優しくて、才能に過信せず努力する人だね。それでいて可愛げも――」

「もういいです。わかりましたから」

「そう?」

「えぇ」



 少し疲れた顔で絵梨花ちゃんはうつむく。

 


「ほら渉さん、お姉ちゃんたちの準備が出来たみたいだから行きましょ」

「うん」



 腕をぐっと掴まれて立ち上がらさせられると4人の待つキッチン側のテーブルに向かった。



 ※



 2人お手製の料理。

 定番のローストチキンからクリームシチューやキッシュ。

 変わり種としてはポテトサラダとブロッコリーで作られたツリー。星型やハート型にくり抜かれた人参などで彩り鮮やかになっている。

 それだけでは足りないだろうからと、からあげやポテトなどパーティメニューも準備されており、ドリンク類もいくつか並んでいる。

 

 智樹君だけが座っていて未だにどこに座るか迷っている最中。

 6人用のテーブルで残される座席はあと5つ。

 そのうちの1つは子供用で隣には麗奈ちゃんが座るだろうから実質3つ。



「夏菜さんこちらに」



 と、自分の隣を勧めてくる智樹君をチラ見して夏菜は特に答える様子はなく、つけていたエプロンを片付けている。

 無言の彼女に気を悪くすることなく智樹君はそれ以上何かを言うことはなかった。

 夏菜としては特に何か考えて無視しているわけではなく、智樹君の隣に座るという選択肢は最初からないといったところだろうか、その証明に智樹君から1つ空けた席に座ると隣に僕を招き寄せた。

 一瞬考えたのち夏菜と智樹君の間に座ることになった。



「渉さん、何飲みますか?」

「烏龍茶で。夏菜は?」

「私も先輩と同じ物で」



 ドリンク類は絵梨花ちゃんの近くにあったこともあり、彼女がまとめて入れてくれる。



「どうぞ渉さん」

「ありがとう」



 僕が受け取ろうとするより先に夏菜が手に取り、二度手間だろうにそこから僕に渡る。



「あとで話しすることが増えましたね」

「なにを……?」

「わかりませんか?」

「ちょっと待って考える」



 夏菜の様子から彼女の機嫌を損ねることをしたということ。

 片目を閉じて、開いているほうは半眼。

 こう見えて彼女が怒ることは稀。

 自分に関することでは特に怒ることはしない。となれば、僕か麗奈ちゃんの二択であり僕に向っているのだから、その選択肢すら最初からない。



「ごめん、わかんないや。ヒント欲しい」

「んー、そうですね。妹さんとどうやらとっても仲良くなれたみたいですね?」

「それもう答えだよ」

「先輩はこういう事はダメダメですからね、これぐらいじゃないと理解しないかと」

「そうなんだけどね」



 この会話の流れで智樹君もわかりそうなもんだけど。

 彼を盗み見たあと絵梨花ちゃんにも目を配る。

 にこりと微笑み返された。

 彼女とは親しい間柄でもないため、その笑顔の意味はわからない。

 彼に対して真実を伝えないという約束はしたけれど僕らコミュニケーションで洩れ出てしまう分は致しかない。僕の中での優先順位は夏菜が上で絵梨花ちゃんとの約束は下。そこに変わりはない。

 彼女が望めばこの約束は破ることになる。

 だが、それでいい。

 それでいいのだ。



「ちょっとしたお願いされただけだよ。夏菜にもするって話だからすぐわかるよ」

「お願いですか? 私が聞き入れるかどうかは聞いてみないとわかりませんが」

「うん。それでいいと思う」

「でも話をすることは決定事項ですから。私は度量が狭いので」



 そうだよね。

 こうやって彼女のように口でも示せば良いのだ。

 当たり前のこと。

 それが出来ていなかった。



「それはもちろん」

「約束ですからね。今度は守ってくださいよ」



 テーブルの下で彼女の指先が僕の脇腹をなぞる。

 変な声が出そうになるがぐっと堪え夏菜をじっと睨む。



「なんですか、口答えするつもりですか? いいんですよ。ここで先輩の口を塞いでも」



 僕に触れた指先が彼女の唇に。

 ちろりと舌を見せる。

 傍から見れば表情は変わらないが、僕にはわかる。



「わざと色気出してるけど、恥ずかしいんだよね」

「……私にとっての難敵ですね。ムカつきます」



 夏菜に顔を背けられたところで、つまらなそうに頬杖をついてこちらを見ていた智樹君の視線に気付いた。



「悪いね、僕らばっかり話してて」

「いえ。渉さんと夏菜さんって仲いいっすね」

「付き合い長いからね」



 明らかに不機嫌。

 妬み。

 嫉み。

 誰もが持つ感情。

 先日の僕がまさにそれで、智樹君だけではなく夏菜も絵梨花ちゃんに対して少し引き摺っている。

 醜いとは思わない。

 本気だからこそ芽生えるものだってある。

 人間である以上は綺麗なだけではいられない。


 だけど僕と智樹君はまだ子供でこの気持ちを制御出来ていないだけ。

 夏菜は飲み込んで、僕に対する行動の一部に昇華させている。

 ただそれだけの違いなのに、隔たりがある。

 経験か。

 もとからなのか。

 どちらにせよ、いい教科書が目の前にある。



「夏菜、そろそろ切り分けてよ。お腹ぺこぺこなんだけどぉー」



 自分の弟の感情に気付き、このままではいけないと思ったのか麗奈ちゃんが明るい声で主張する。

 妹のほうは特に何かをするわけでもなく見守っている。



「はいはい。じゃあお皿渡してくれる?」



 夏菜が立ち上がりキッシュを切り分け分配していく。

 みんなが眼前にある食事に集中しはじめた時には妙な空気は霧散していた。

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