ささくれ
クリスマスイヴの前日。
終業式。
今年最後の登校日。
3年生もこの時ばかりは出席している。
思わず神楽先輩の姿を探すと黒く艶やかな長い髪が見えた。
あれから何も問題なく平和な日々を送っていた。
二人の関係は二人が決めることで僕はもう何も知らない。
校長の話は話半分に聞き流すこと数十分。
呆気なく終業式は終わる。
教室に戻るとすぐにHRが始まり冬休みの注意事項を告げられると解散になる。
部活のある人はすぐに教室を出ていき、もう早い人は予備校に通い始めている。
目標があるのは羨ましい。
最近少し張り合いがなく感じて物足りない。
違う道を選び進み始めた夏菜に置いて行かれている焦燥感はなくなった。
僕も己の何かを高めるための努力の方向性が変わった。
人として男として。
物思いに耽り教室の隅で頬杖をついて空を眺めていると、クラスの女子が話しかけてきた。
辺りを見回すと僕と彼女の姿しか見えない。
「明後日、柊くんはクリスマスイベント来るの?」
新生徒会の団結するために開催されるイベント。
本来は地域の交流を目的にしているが、最近は恋人のいない生徒たちの出会いの場にもなりつつあるという。
年明けまでは仲良かったカップルたちも4月の進級で徐々に減っていくというのもお決まりらしい。
恋人がいても金のない学生たち。
参加するカップルもいると聞くがやっかみを買うとのこと。
去年親友から聞いた話。
「いや僕は別の用事があるから」
「熱々なんだ」
「そうだね」
「否定しないんかいっ」
肩を思いっきり叩かれる。
手加減という概念がないのか結構痛い。
「彼女に悪いしね」
「なんかむかつくー。あたしも彼氏欲しくなってきた」
「すぐ出来るんじゃない?」
「そっかなー」
上目遣いで見てくる。
何かを待っているようなそんな仕草。
既視感があり、なんだろうと考えると夏菜がたまに褒めてほしそうな時にやっていた。
「松岡さんは可愛いし、性格も良さそうだからモテそうなもんだけど」
「えへへ。褒めるの上手いじゃん、じゃああたしと付き合う?」
「それは無理」
「だよねー」
最初からそのつもりもなく、冗談を言っているのがわかる。
教室に残っていた男子からなんだアイツって嫌味が聞こえるが聞こえないようにした。
実際、松岡さんはこのクラスでは上位に入るような見た目。
派手さはないものの元気がよく人懐っこい笑顔を振りまくそんな少女。
同じ音楽好きという共通点があったらしく文化祭中にも少し話をした記憶がある。
その時に吹奏楽に入っているというのもきいた。
僕の畑じゃないのでどんな曲を演奏しているのかは知らないし興味もない。
「今日も彼女さんと遊びに行くの?」
「いや予定あるって言ってたから今日は一人だね」
明後日の麗奈ちゃんの家でのクリスマス。
その買い出しに二人で行くそうで、そのついで遊んでくるらしい。
荷物持ちだけ買って出たのだけれど、そんなに多く買い込むことはせず必要ないと言われた。
「じゃあうちらと一緒に遊びにいく? 二人っきりじゃないなら浮気だと勘違いされることもないっしょ」
彼女は彼女で予定があり、日直でいないクラスメイトの一人待っている間に暇をしてそうな僕に話しを掛けてきた。
「やめとく。なんか色々準備してくれている彼女に悪い気がして」
「真面目だね」
「そんなことはないよ。誘ってくれてありがとう」
「ううん。じゃあ、また機会があったら誘うから」
そう言って松岡さんは教室に戻ってきた他の女子と合流して教室を出ていく。
教室に一人だけになった。
寒空のした運動部の掛け声と吹奏楽の演奏が薄っすらと聞こえる。
どこの学校でも聞こえる哀愁の音。
現役の高校生ながらノスタルジーな気持ちになる。
夏菜も司もいないことに寂しく思う。
学校に居ても特にやれることはないので素直に下校することにした。
吹き上げてくる冷たい風に晒されながら下る坂道。
木々の葉も落ちていて寒々として見えた。
春への準備。
力を蓄えて備えている。
今はそんな風に感じる。
自宅のある駅を通り過ぎて1つ先の駅。
ダリアの最寄り。
閑静な住宅街にひっそりと佇むカフェ。
ダリアの名を表す白い花のシルエットの看板が目印。
今日は学食が開いていないこともあって、昼食を摂りに客としてなので裏口からは入らず木製のドアを開いて正面から入る。
出迎える店員はシックな制服に身を包んだ大人の女性。
朝から出勤している店員とはあまり顔なじみがなく、普通の客として扱われて少し新鮮。
店内の奥の席。
いつも座るこの席からは店を俯瞰して見れてなんだか落ち着く。
昼を過ぎ夕方になりきれていないこの時間もまた客が少なく静かで、店内にはBGMは掛かっておらず小さな物音しかたまに聞こえるだけ。
照明も暖色で暖かく感じて、暖房も効いていて居心地がよくて眠くなってしまうほど安らげる。
夏菜といる時間は大好きだけど、こうやって一人で過ごす時間も自分を見つめ直したり、読書に耽ったり何事にも邪魔されない時間が好きだった。
学校では寂しく感じてしまったけれど、いつも一人だった僕が徐々に交友を深めていつの間にか恋人まで出来てしまったのだ。
仕方がないのかもしれない。
最初から注文するものが決まっていたためメニューを見ることなく店員を呼び、この店で一番のお気に入りを頼む。それにプラスして食後のスイーツ。
提携している洋菓子店から仕入れているケーキ類。
その中でも僕はミルクレープが優しい味で好き。
甘いケーキと味わい深く苦味が強めコーヒーとの相性が良い。
食事を終えても、鞄に入っている愛読書を取り出して、コーヒーをお代わりする。
少しだけ贅沢な一時。
店を出る頃にはもう既に日が落ちてきていて、夏菜の好きな雲ひとつとしてない夕焼けの姿。
アメジストのような紫色とシトリンのようなオレンジ色。
境目は僅かに白く見えて、立ち止まって見上げてしまうほどの美しさ。
なるほど確かに好きになる気持ちもわかる。
スマホで写真に残してみるものの、肉眼で見る光景には遠く及ばない。
夏菜と共有したいと思う。
「あれ?」
遠くに見える人影。
逆光ではっきりとは見えないがミディアムボブの女性のシルエット。
髪の長さだけならどこにでもいるが、身長とそのスタイルは間違いなく彼女。
折角会えたのだから声を掛けに行こうと歩き出すが、息を呑み脚が止まる。
隣に男性の影が現れて二人がこっちに向かってくる。
思わずしゃがんで隠れてしまった。
相手の身長は夏菜より少し大きいぐらいで、なんとなくその男子は楽しそうにしている様子が伺える。
またナンパにでも合ったのかと一瞬考えるが、彼女の方も嫌そうな素振りが態度に出ていない。
何かを言われれば返事を返している。
胸に小さな棘が刺さる。
信じているけれど。
彼女から向けられた好意に嘘はなく本物だと理解しているけれど。
自分の心の弱さが膿を出してくる。
遠目からじゃ本当に彼女なのかわからず、でも僕が彼女を見間違うわけもなく。
確かめるためにメッセージを送る。
『そろそろ買い物終わった頃?』
人影へと視線を戻す。
女性のほうがすぐに懐からスマホを取り出して、何かを打ち込む仕草が見える。
『はい。ちょうど自宅に戻っているところです』
『今から会える?』
『私も会いたいですがすみません。やることがありますので』
僕が返事をしないでいると遠くの女性はスマホを戻した。
ただ自宅に戻っている様子ではなく、向かう先はダリアへの方角で真逆の位置。
ぐっと胸を掴む。
最悪だ。
被って見える。
怒りもなく悲しくもなく冷えていく。
お陰で冷静になれた。
一瞬で興味を失わないのは彼女に対する情が確かにあるだけか、確信がないから責めるわけにもいかない。
頭で夏菜がそんなことするわけがないと分かっている。
相手が誰かわからないけれど親戚とか色々考えられた。
夏菜にだって友達はいるだろうし、たまたま僕が知らないだけってこともある。
僕も女友達と二人きりになることもある。
ただ嘘をついた理由がわからない。
告白されれば僕に報告してくる彼女のこと。多分そういう関係性になっているとは思わないが……。浮気だとしたらそもそも報告する必要もないのか。
彼女が男子と二人でいることに動揺してまともな判断が出来ないだけか。
それほどに驚いた。
あーだーこーだ考えても仕方ない。
直接会って話せば良い。
立ち上がり彼女たちがいるほうに顔を向けるが見失っていた。
最初からこういう判断を出せればよかったんだけど。
経験不足。
うん。
わかっている。
色々とカッコつけて考えた振りをしているけれど拗ねてるだけ。
必ずしも僕に報告する義務はない。
僕に言わないということは大した問題じゃないと彼女が判断しているということ。
ただいい気はしない。
「仕方ない帰るか」
日が落ちて街灯が点滅して光を灯す。
古いマンション。
オートロックもない。
産まれてからずっと住んでいる家。
司が玄関先で待っていたように誰でも入れてしまう。
柊とプレートのある家の前に。
忌まわしき顔があった。
本当に最悪だ。
茶髪に染めた髪。
ブランド物と思わしきバッグ。
自分がどう見られているのかわっているのか整った顔付きに薄いメイク。
記憶と違って見えるのは歳を重ねたからか。
昔より洗練されて歳よりも若く見える。
男受けしそうな服装にメイク。
「もしかして渉?」
「……」
声が出なかった。
収まっていた胸の痛みに、背中がズキズキと痛む。
「わかる? 私、貴方の母親よ。よかった凍えるかと思ったわ、中に入れてちょうだい」
鍵を開けて招き入れる。
もちろん逃げるという選択肢の他に、放置するという選択肢もあった。
けれど従ってしまった。
自分でも意味がわからず困惑する。
入れなければ入れないで問題になりそうな気もするし、どの道もう僕に逃げ場なんてなかった。
友は自分のことで必死で彼女は……わからない。
「やっぱりいいわね。帰ってきたって気がする」
女の話を聞かず、自分の部屋に戻り内鍵を掛けた。
着替えることも放棄してベッドに潜り込む。
尻にあった財布を放り投げて、スマホで父親になんとかメールを送ると目を閉じる。
寒い。
暖房……は、つけた。
軋む身体と振るえる四肢。
こみ上げてくる気持ち悪さ。
明日予定あったな。
なんだっけ。
輪郭がぼんやりとしていた。
あぁ、そうだった家でなにかやるんだった。
相手は……。
夏菜。
大事な人との約束を忘れていた。
帰宅中のことがあったといえ最低だな。
『明日、用事が出来た』
これで最低限の報告は出来たと思う。
父さんが帰ってくるまでどれくらい? 年越し前には戻ってくるという話だっけ。
暗い部屋の中。
寒さも暖かさも感じなくなり、等間隔で鳴り響く耳障りな着信音。
電源を落として投げ捨てる。
自分も簡単に電源を切ることが出来たらどんなに楽だろうか。




