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大人になれない僕らの

 僕から司と順番にお風呂に入り、今は夏菜が入浴中。

 時間にも物事にも追われないまったりとした時間をすごしている。

 僕のスマートフォンから司の父親に連絡を取り外泊する旨を伝えた。

 真偽の確認のために一度その父親と話すことになったのだけれど落ち着いた雰囲気のある低い声。

 今まで聞いてきた中で一番どっしりと構えた大人を想像させる。



「こうやって友人と話すのってなんか憧れがあったんだよな」



 静かだったリビングに司がぽつりと漏らす。



「僕らが成人してたらお酒を呑みながら、家庭の事だったり仕事の愚痴を肴にって感じだよね」



 ドラマや映画などでみるワンシーン。

 男同士。または女同士。

 カップルとカップル。

 良い光景だけれど、嫌な側面も併せ持つシーン。

 考えるだけで胃がキリキリしてきた。

 そっと閉じ込める。



「思った」



 痣のある顔を歪ませいつになく優しい表情。

 おちゃらけた態度は鳴りを潜め、遠い未来を夢想する。



「こう俺の隣に雅がいて、市ノ瀬ちゃん……その頃には柊ちゃんか? 違和感すごっ」

「夏菜ちゃんとか夏菜さん?」

「それもしっくりこねぇ。呼んだら無表情のまま凄まられそう」

「想像できるな」



 その時には夏菜の表情を彼らも読み取れているかもしれない。



「渉の隣には今と変わらない市ノ瀬ちゃんがいてさ、家族ぐるみの付き合いで」

「そうなるかな」

「なったらいいよな」



 未来が訪れるまでわからない。

 そうなるように行い続ければいつか。

 けれど目の前の現実はそんな甘くなくて。

 足元だって不確か。



「酒は飲めないけど何か飲む?」

「コーヒー淹れてくれ。お前の淹れたコーヒー美味いしなんかほっとする」

「りょーかい」



 リクエストに答える。

 2人分の豆を取り出してミルに掛ける。

 ごりごりと砕ける音とともに薄っすらとコーヒーの香りが。

 計量スプーンなくても2人分は感覚的にわかるようになっている。

 夏菜はこんな細かい作業ですら手を抜いたりしないんだけれど、僕は自宅でやる分にはコーヒーサーバーを温めたりはしない。

 あとは手順通り。



「おまたせ」

「さんきゅ。流石に手慣れてるな」 

「もう2年近く働いてるからね」



 思えば長い。

 17年のうちの2年間は過ごしている。

 少しの間の後。



「俺さ来月から雅の家に同居することになった」

「そっか」

「親父に話してぶん殴られて、その顔のまま雅の両親とまじえて会議になって、今荷物を纏めてるところ」



 遠くで扉の音が聞こえる。

 一度、二人してそちらに視線が向いたが気を取り直し、司は口を開く。



「出産費用は俺の親が大学用に貯めていた貯金からってことになって、働き始めたら返せっていわれてる」

「よかったね。産むことは心配なさそうだけど」



 予想出来たことだが、高校卒業後の進路に大学進学という道は断たれた。

 本人の頑張り次第では子供が成長した後に通うことも可能だろうが。



「まぁね。話し合いをしている最中は覚悟とか決めてたつもりだけど現実感がなくて。日に日に女一人を孕ませるって責任重いんだなって思うようになってきた」

「うん」

「報告することはこれだけかな」

「思ったより大丈夫そうだね」

「まぁ、不安はあるけど」



 未来に不安を感じない人間はどれほどいるのだろうか。

 大小の差はあれど悩むもの。

 その中でも司の不安は大きいほうだ。


 家族。

 自分の両親。相手の親。

 これから家族になる二人。産まれてくる子供。


 自分のことだけを考えていればよかった子供が相手とその周りのことを考えていかなければならない。

 他人に対して責任が伴う。

 大人になるってそういうことだろうか。


 司が僕に言った努力の天才。

 大人の世界では努力なんて認められない。

 求められるのは結果だけ。

 これから先。

 僕よりも先に子供ままではいられない彼に求めれれる物。



「学校ではまだ普通の高校生なんだから、その間だけでも楽しめるといいね」

「そうだな」

「頼りにはならないかもだけど、なにかあったら力になるから」

「さんきゅ」



 リビングの扉が開き。

 少し遅れて真っ白な物が縦になって入ってくる。



「お話中すみません。お布団持ってきました」

「僕がやっておけばよかったね。ありがとう夏菜」

「いえ」



 よく見たら僕の布団。

 たしかに客用の物なんて準備してなくて、なんとなく夏菜の泊まるとき用の物を使うつもりだった。



「あちらに敷いておきますね」



 リビングのローテーブルをずらしてスペースを空けて整え始める。

 わざわざ僕のベッドから取ってくるより、夏菜の布団を持ってきたほうが楽だろうに。

 夏菜ってやっぱり男性嫌いなのだろうか。



「私のはないんですか?」

「え? あぁ」



 手元を見られている。

 無意識に使っているペアで買ったマグカップ。

 家にいくつかあるのに自然と手にして使うようになっていた。



「いつ上がってくるかわからなくてさ」



 それに苦いもの苦手だし。



「少しもらえますか?」

「眠れなくなるぞ」

「子供じゃないんですから」

「でも苦いの苦手だろ?」

「私も成長したので、そろそろ苦味も嗜むことが出来ると思うんですよね」

「無理しなくてもいいんだぞ。面倒なら僕が紅茶淹れてこようか?」

「鈍いですね」



 ということは何かして欲しいということ。

 考えるが思いつかない。

 いや、帰ってきたときのことを思い出す。



「構ってほしいとか?」

「正解です」

「膝に乗る?」

「いいのであれば」



 構わずいつもなら乗ってくるのに控えめに確認を取ってくる。

 司と話していたからか。



「いいよ」

「はい」



 お風呂上がりの熱い身体が張り付く。

 彼女をぬいぐるみのように抱きながら司との会話に花を咲かせる。

 23時を過ぎたあたりで会話が途切れてきた。

 司は多分明日も学校には来れないだろうけれど僕らは違う。



「そろそろお開きかな」

「あぁ」

「リビングは好きに使っていいよ」



 少しだけ眠そうな夏菜を連れて部屋に戻る。

 彼女は1つしかないベッドの上、体育座りでスペースを開けて僕を待っている。

 ムスタングに手を伸ばして引っ込める。


 楽器を手に取る理由は気持ちの整理。

 もちろん腕を鈍らせないためもあるが今日は部室で演奏したこともあり、今は心を落ち着かせるために弾く。

 けれど眠そうな夏菜の手前、遠慮しておこうと思ったところ彼女に呼ばれる。



「私はいいですよ」



 座り方を変えて枕を抱きかかえる。

 瞼を閉じて聞く準備が出来たと言わんばかり。



「じゃあお言葉に甘えて」



 ふと湧き上がる気持ちを代弁する曲。

 僕よりは彼に合うのかもしれない。

 ところどころは僕にも刺さる。


 歌詞に登場する明日へと続く坂道は、想像の中では学園へと続く坂道。

 身近なところから空想を広げる。

 けれど現実は甘くないと呟く大人の顔は霧がかってぼやける。

 幸い僕の周りの大人たちは水先案内人のよう。

 愛とか夢とか理想。

 夢はなく理想は出来ず、持っているものは愛だけ。

 

 大人になれない、大人になりたい。僕らのわがまま。

 笑いたいやつだけ笑え。

 これからも生きることで失敗を繰り返すこともあるだろうが、その度に進んで歩幅は広がると信じる。

 静かに歌い始めて3分が経つ。



「最近わかったことが1つだけあるんですよね」



 弾き語りをしてスタンドに愛機を大切に置くと、夏菜が僕をじっと眺めながら呟く。



「先輩の歌に魅了される理由なんですけれど」

「ちょっとその言い方は恥ずい」

「その時その時に考えていたことや感じたことを、知っている歌で表現してません?」

「うん」



 ボキャブラリーはそんなに多くない。

 洋楽だって好きで聞いているけれどその歌詞の意味を深く理解していない。

 こういう時に自ずと歌にしているのは邦楽になる。

 ただストレス発散するために掻き鳴らす場合は洋楽。

 勝手に気持ちよくなって満足する。


 想いを隠す時も洋楽。

 伝わらないから。

 けれど名曲たちを使えばそんな隠し事は通用しない。

 それぞれの歌い手たちが汲み取り想いを吐き出すことにより伝染する。



「だからですかね。先輩の歌を通して心に触れているような気になってくるんですよ」

「そうかもしれない」

「将来のことが少し不安ですか?」



 司を見て、自分に芽生える不安。

 それを感じ取った夏菜の質問は単純だった。



「大丈夫だよ。歌詞にある通りに赤く熟すまで悩めば良いって思ってるから」



 それは冬乃さんも言ってくれていたこと。

 大人になれない、それはまだ子供だからだ。

 司と違い時間はたくさんある。

 比較する必要なんてない。



「そうですか」



 母性を感じさせる優しい顔。

 手のひらが僕の頭に。

 買い物の帰りのような誂うような手付きではなく、慈しむような手。



「先輩は成長していますよ。しっかり着実に」

「そうかな。そうだったらいいな」

「私は……。天井が見えていますから。自分の限界値、伸びしろがあまりない」



 天才だって人の子。

 人間の限界。

 自分のことを理解しているからこそ見える答え。



「そんなことは」

「いえ悲観しているわけではないんです」



 悲しい顔をしているわけではなく終始穏やか。

 その言葉に嘘はない。



「いつか先輩に抜かれるからというわけではないんですけれど、私は別に自分の能力が優れているから誇っていたり自惚れたりはしませんし、成長の速さから先輩に見つけてもらえたので、今は少し誇ってもいいとは思ってますが」



 大きな胸を張り小さく笑う。



「でもまだ今は私のほうがまだ先輩より優れています」



 頭を撫でていた手が頬を包む。

 冷たくひんやりしている。

 


「悩むのもいいと思います。それは先輩が真剣に考えている証拠。でも先輩もわがまま言ってもいいんですよ。私の我儘はいつも聞いてもらっていますし」

「今日言ったよ」

「カレー食べたいですか?」



 くすっと楽しげに笑う。



「子供っぽすぎますよ。可愛い文章が送られてきて授業中だったのにニヤける自分を抑えられませんでした」



 その光景を僕は知っている。

 怒らそうだから言わないけれど。



「我儘って言ってもとくにやりたい事もやってほしい事もないんだよね」

「本当に無欲ですよね。らしいと言えばらしいんですけれど」

「欲ねぇ……。欲かぁ……」



 夏菜を隅に追いやりつつ僕もベッドに上がり寝転ぶ。

 真っ白な天井を見上げる。



「シングルベッドだと狭いな」

「いいじゃないですか。その分密着出来ますよ」



 天井は見えなくなり、変わりに映るのは夏菜の顔。

 単調な口づけを一回。

 離れていく顔は目を細めて艷やか。



「欲に素直なやつ」

「欲望は人を成長させますから悪いだけではないですよ」

「確かに。そう言われると僕にも欲はあるな」

「なんですか?」



 声に弾みがある。

 気になっているところ悪いが夏菜も知っていること。



「キミに勝ちたいって思ってること」

「確かにそれも欲ですね」

「夏菜に挑んでいるからこそ成長出来たしね」

「感謝してくれてもいいんですよ」

「してるよ。ありがとう夏菜がいてくれてよかった」



 これは素直な気持ち。

 いつも思っていることで忘れたことなどない。

 付き合い始めてからはその想いも強くなった。



「態度でも表してくれてもいいんですよ」

「さっき自分からしたろ?」

「何度してもいいもんです」

「それには同意だけど」



 2回3回と回数が増えるごとに夏菜の顔が蕩ける。

 しばらくの沈黙の後に彼女は何かを思いついたように口を開いた。



「大人になりたいって先程の歌」

「カサブタ?」

「そんなタイトルなんですね」

「それがどうかした?」



 唐突に話が戻り思考が追いつかない。

 気に入っただけ?



「簡単に大人になる方法、私知ってますよ」

「ん?」

「えっちしたら簡単に大人の女にさせられます」

「……下ネタかよ」

「性行為をしただけで大人っていうのも変ですよね」

「そっちが本題か。子供を作るっていう行為が大人に許されたもの、だからかな」



 本来の生物としての目的はそうだけれど。

 人間はそれを別のものに昇華できてしまう。

 だからだろうか初体験において女性側のほうが重く見られる。

 処女を捧げる。

 童貞を捨てる。

 やることは一緒でも結果が違ってくる。

 責任の重さも一緒。

 負担は女性側。



「そういう意味で大人っていう定義はあやふやだって事です」

「夏菜みたいに年齢的には子供でも大人の考えを持った人もいるしね」



 その逆もいる。



「先輩はいつになったら私を大人にしてくれるんでしょうね?」

「そのうちね」

「冗談ですよ。急いでいるわけでもないですし、嫌々されるほうが悲しいですからね」

「そんなことないよ。僕も夏菜としたくないわけじゃないから」



 素直な気持ちを吐露する。

 触れたいし触れてほしい。



「あれ。以外な反応ですね」



 弾んだ声と同時に肩に頭を乗せてくる。

 手持ち無沙汰な自分の手で彼女の髪を弄ると向こうからも猫みたいな仕草で僕に顔を擦りつけてきた。



「興味ないって思ってた?」

「少しは……。先輩は優しいですからね求められてるから答えてくれているのかと」

「それだったここまで積極的にはやってないよ」

「そうですか。そうですか」



 何度も呟くようにして頷くと、更に身体を寄せてきて隙間がなくなるように完全に密着。

 彼女の両手は腰に、脚は脚に絡みつく。

 暖房を切って明かりも消す。

 吐息だけが耳に入ってくる。



「手繋ぎませんか?」

「うん」



 冷たい手。

 親指で撫でると少し肌荒れしているがわかる。

 ケアはしているのだろうが、冬の乾燥と僕の家でもバイト先でも水を使った仕事をしている。

 彼女の努力の証みたいで誇らしい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何の曲かな、と思って歌詞フラグメントを検索かけたら見つける事は出来たんですが、後に答えがありました/w アニメ主題歌だったんですね。原作は読んだ事が有ったけれど、アニメは見たことが無いんです…
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