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今晩私が頂くのは

 部室に戻されて説教。

 教師の間でも僕と夏菜の関係は少し話題にあがるそうで、認識はされていたようだ。

 説教されている間も彼女は僕に張り付いたまま。

 そのせいで余計に説教が長引いたわけだが、肝が座っているというか怖いものなし。

 教師を言いくるめたのは夏菜なわけだけれど。



「夏菜のせいで怒られたわけだけれど、一言どうぞ」

「私の罪は先輩の罪です」

「僕の罪は?」

「先輩のものです」

「哀しいジャイアンだな……」



 部室で不純異性交遊を勘ぐられた。

 校則も緩いし恋人同士が何をしていても関与しないが、校内での淫行は認められるわけがない。

 そんなことをしていないと分かるのは本人たちだけで、傍から見て僕らの性格を知らない教師からすれば噂程度の理解度。疑われても仕方ない。

 自覚はないけれど、校内で僕らは良くいちゃついているらしい。


 荷物検査として僕はポケットの中身を夏菜は鞄の中身を含めて探られる。

 まぁ、なにもなければよかったのだけれど。

 夏菜の鞄からは未使用未開封の避妊具が見つかり余計に怪しまれる結果に。

 なんでそんなもの持ってきているんだと思わなくもないけれど、夏菜だしなぁー……の一言で済ませてしまえる。


 教師の査問に「間違いってなんですか? むしろ間違いがないように持ち歩いてるんです」と、夏菜の弁。

 教師は呆気にとられていた。

 いや、まぁ。その通りなんだけれど。

 それから一悶着あったが教師の引き気味に撤退していく様は忘れなさそう。

 寝るまでは。


 結局今日も夏菜が泊まるということでお馴染みのスーパーマーケットで買い物を済ませたあと僕の家に向かうことになった。一時も離れないと言っていたけれど食材を選ぶことは楽しいようで機嫌を徐々に直してくれていた。

 10種類以上のスパイスを手に楽しそうである。



「先輩の家ってまだ小麦粉ありましたよね?」

「僕は使わないから、夏菜がなくなって補充してない限りは減らないよ」

「そうですか」

「何に使うの」

「いつでも先輩が作れるようにルーにしておこうかと」



 夏菜から鼻歌が聞こえる。

 さっき僕が部室で歌ったから憶えてしまったようだ。

 何をしても目立つ美少女が鼻歌交じりに歌っているのだからすれ違い様に視線を浴びる。


 牛肉に野菜。

 夏菜が会計している間に僕が荷を詰める。

 何度も繰り返しての連携。


 月に食費として夏菜に一般男性の平均である5万円を渡している。

 料理も上手ければ無駄遣いをしない。新しい調理器具を買わない場合を除いて大体3万円以内に抑えてくれる。

 そのおかげでキッチンの設備は充実していた。



「ほんとにいい嫁さんになるよな」

「嬉しいですか?」

「……そうだね」



 当然のように相手が僕ということが揺るがないその言い方に照れてしまった。



「いいんですよ。もっと褒めてくださって」

「可愛い可愛い」

「照れ隠しに適当に言っているのバレバレですよ」



 余計に墓穴を掘った。

 僕の一番の理解者であり強敵。

 もういっそのこと殺してくれ。



「先輩がわかりやすく顔赤くなるの珍しいですね」

「やめろ追い打ちかけるな」

「可愛いですね」

「……」



 されるがまま。

 手に荷物を持っていることもあって仕返しをしようにも何も出来ない。

 それをいい事に背伸びしてまで頭を撫でられたりしている。



「先輩の髪、結構さらさらですよね」

「あんまり調子に乗ってるとあとお仕置きするからな」



 こちらに顔を見せてくれない。

 が、やや震えた声が聞こえてくる。



「されるのはいいんですけれど、今日は手加減してくれると」

「やめるっていう選択肢はないのか」

「むしろもっと悪戯する要因ですね」



 今日はダメかもしれない。

 ボロ負け。

 なにを張り合っているのか自分でもわからない。

 ただ負けた気になるのが気に食わない。

 多分それだけのこと。



 ※



「何してんのお前ら」



 本日二度目。

 誰に言われているのかというと僕の家の前で待機していた司。



「お姫様抱っこだけど」

「……」

「そんな呆れるような顔されてもな」



 なんとか一矢報いようと血迷った結果、荷物を夏菜に預けてそのまま抱き上げて今に至る。

 結果として僕たちは衆目環視の中歩いて帰ってきたわけだが。

 夏菜も羞恥に染まってくれたものの、僕も大分辛かった。

 ただ彼女の腕が首にあることでマフラーの代替品となっていたりと温かい。



「そっちこそこんなところでどうしたの?」



 スマホには何の知らせもなかった。

 夏菜の家に泊まることにしていたら入れ違いになっていた。

 結果として彼女が今日泊まりに来ることになったのは正解。

 もういっそ本格的に同棲を――。

 頼り切りになる。

 自分の目標である自立からかけ離れる。

 今こうして泊まりに来てもらっている時点で何を言っているのかと思わなくもない。

 線引が難しい。



「っていうか凄い男前になったね……」

「皮肉はやめろ」



 頬と口元に痛々しい痣。

 口の端が切れているのか喋るときも口を小さく開いている。



「まぁ親父にぶん殴られただけだから」

「手当はしてるよね」

「一応な。見た目よりそんなひどくないから」



 明るく笑うもののすぐに痛みに顔を顰める。



「とりあえずうちに入ろうか」

「それはいいんだけど降ろさないのか」



 手元の夏菜を見つめる。

 嫌そうな顔をしていた。

 降ろされるのが嫌なのか、司が訪れたことに対する事か。



「鍵開けてくれる?」

「はい」



 ラッコの貝のように鞄を抱きかかえながら、内側の小さなポケットから鍵を取り出して解錠。

 表情が変わらないことから後者だったご様子。

 機嫌が悪くなってもすぐに元通りになるから心配はないだろうけれど。

 でもそんな態度に甘えているとたまに爆発するらしいので気をつける。

 冬乃さんからのアドバイスその1。

 性格は母親に似て溜め込むタイプらしい。



「どうしたんですか?」



 鍵を開けてもらって中に入ったまま立ち止まる僕に夏菜が問いを投げかける。



「機嫌どうやって治そうかなーって」

「市ノ瀬ちゃん機嫌悪いの?」



 なんか司が驚いた。

 先日、彼ら恋人の……夫婦予定の喧嘩に苛立ち強硬策に出たことについてぶり返したとでも思ったのだろうか。

 夏菜と司。

 比較的仲良く見えるが、僕を介して関係があるだけで夏菜は司の事を僕の友人としてか認識しておらず、司もまた僕の恋人という見方をしていた。

 というより司は少し夏菜が苦手な気がする。



「先日のあれ謝ったの?」

「お前がぐーすか寝ている時にちゃんと二人で謝ったよ」

「そっかならいいや。先に入ってリビングで待ってて」

「うーい」



 夏菜のショートブーツを脱がせ揃えて置く。

 脱がす瞬間、足先に触れたがしっとりしている。

 タイツにブーツなら蒸れもするか。



「少し蒸れてるね」



 自分にとっては何気ない一言。



「え、あ。その……臭いますか?」



 だけど彼女にとっては重要で、今日一の慌てよう。

 自分から素直に降りて足を気にし始めた。

 爪先立ちになっているのが面白い。



「いんや、ちょっと湿ってるなーぐらい」

「それならいいのですが。すみません、やっぱり気になるのでシャワー借ります」

「足だけ?」

「はい。臭いと思われるのはダメージが」

「その足で踏んできたことあったろ」



 あのときの方が湿っていた。



「……舐めます?」

「汗って血液らしいよ。僕は蚊で吸血鬼でもないから」

「母乳と一緒ですね。問題ないのでは?」

「大アリだよ。たまに見せる非常識な発言やめな。さっさと洗ってこい」

「やっぱり臭いです、か?」



 そんなつもりで言ったわけじゃないが、ちょっと不安気なのが心に刺さる。



「大丈夫だって鼻でもくっつけて嗅いだら安心する?」

「えっと、それじゃ」



 壁を支えに片足を僕に向けて上げる。



「身体やわらかいのな」

「お風呂上がりにストレッチする習慣ありますから。でもこの体勢きついのでお早めにお願いします」

「うん」



 相手に伝わるように親指と人差し指の付け根に鼻を当てて思いっきり吸い込む。



「無臭だよ」



 それどころか少し甘い匂い。

 蒸れたことで夏菜の体臭が強く出ている。

 正直好きな匂い。

 落ち着きすらするが、この光景を前にそんなことも言ってられない。

 下着丸見え。

 自分でもアホなことをやっているという自覚はある。



「そうですか」

「じゃシャワー浴びなくていい?」

「それとこれとは別なので行ってきます」

「あー、そう」



 何だったんだろう今の時間。

 気にしても無駄か。

 置いていかれた食材を手にリビングに。

 司が立ったままこちらを見ていたが気にせず冷蔵庫に収納可能していく。



「渉さぁ」

「ん?」

「特殊性癖すぎない」

「……見てたのか」

「あんな光景始めてみた」



 それは僕も。



「お前って脚フェチなんか?」

「どうだろ。考えてことないや」

「市ノ瀬ちゃん胸も大きいけど、そっちは?」

「確かにデカいけど」



 なんなら重かった。



「ちょっと羨ましい」

「なんで?」

「なんでって男の憧れ?」



 神楽先輩はどうだっただろうと思い出そうとして首を振り、想像をかき消す。



「ってか猥談しにきたわけじゃないだろ」

「ちょっとぐらい良いじゃんか。うちの親父厳しくてスマホも取り上げられて、軟禁状態だったんだよ」

「それで連絡すらこなかったのか」

「そー。関係を知っている友達に礼を言ってくるっていったら外出許されただけだし」

「まぁそういうことなら」



 飲み物をいれるために席を一度離れすぐに戻る。



「お互いに恋人出来てこういう話、したことなかったろ?」

「僕がそもそも猥談に乗り気じゃなかったからね」



 過去をフラッシュバックすることは教えていない。

 今のは過去として思い出す程度に落ち着いて、過去は過去として整理出来ている箇所もある。

 見た目は消えているようで内部には残っているような、微妙な違和感程度のもの。



「でもそんなわけにもいかなくなったろ」

「まぁ、そうね。神楽先輩から誘われることってあったの?」

「いや、全部俺から」



 皆が皆が夏菜のように積極的というわけでもないらしい。



「でも、なんとなくムラムラしてるなって感じる時はあるよ」

「見てわかりやすいんだ」

「雅の場合、ボディタッチが増えるから」

「ふーん」

「そりゃ若い女なんだから欲ぐらいあるだろ。寧ろ男でお前のような奴が珍しいだけだって」

「それに関しては自覚あるけど」



 違う自覚だけれど。

 性欲が皆無じゃないところに自分でも難儀している。



「せっかく可愛くて巨乳で尽くしてくれる彼女いるんだから。足だけじゃなくて色々試せばいいのに」

「そーなんだけどねぇ」



 映像を見ると、まだどうしても耐えられない。

 画像なら平気。

 よって映像による知識が入ってこない。

 対抗意識で前戯紛いなことはしたがさぐり探り。

 官能小説でも読んでみるか。



「市ノ瀬ちゃんってサイズいくつなの?」

「司って夏菜のこと苦手なのに興味あんのな」

「苦手つーか、どう対応していいかわからん。二人きりになっても気不味いまま時間だけ過ぎることよくあったからな」



 興味なければ自分から話し掛けることも少ない。

 それに加えて人見知り。



「それでいくつなんだよ」

「夏菜いくつ?」



 音もなく横を通り過ぎようとする彼女を呼び止めた。

 ついでに着替えてきたようで私服になっている。

 冬でも基本的にハーフパンツで過ごしている夏菜だけれど司がいるために今日はくるぶし丈のパンツスタイル。

 それに彼女専用のもこもこしたルームシューズ。

 それまた蒸れない?



「男性が気にするのはカップ数ですよね? 今Hです」

「そんなにあんのそれ」

「それって言い方はどうかと思いますが、私は比較的小柄なのでHと聞くと男性が想像するサイズよりは小さいかもしれませんね。母さんがKもあるのでまだ成長するかもしれませんが」



 肩をぐっとあげて凝りをほぐしながらため息を吐く。

 常に肩に重りを乗っけているのだから凝りもするだろう。



「まだ大きくなる可能性あるわけね……」



 遺伝子こわ。

 今でさえ僕の手のひらにすら収まらない。



「これ以上は本当に勘弁してほしいです。身長伸びないのに胸だけ大きくなってもバランス悪すぎます」

「でも少し身長伸びたよね」

「半年以上経って1センチだけですけど」

「6年後ぐらいには160センチいけるといいね」

「もう諦めてますし今はこのサイズ感気に入っています。先輩に抱かれるのときの収まりいいので」



 頭一個分。

 確かにちょうど収まりがいいような抱き心地。



「勝手に話進んでるけど、市ノ瀬ちゃん戻ってきてること教えてくれなかったんだよ。つか、シャワー浴びに行ったんじゃ」

「夏菜は気にしないだろうし」



 司が気になるなら、そもそも夏菜がいる家でそんな話しするのが悪い。

 知ったことか。



「先輩がいるので気にしませんが山辺さん単体だと軽蔑します」

「すんません」



 司の謝罪にこくりと頷き、袖を捲りながら目的地であったキッチンへ。

 スパイス類どこに置いたらいいのかわからずエコバッグに入れたまま台に乗せている。

 それを1つずつ確認するように取り出しながら、小麦粉と冷蔵庫からバターも取り出す。

 すぐにバターの溶ける濃厚な匂い。



「本当にいつも作ってもらってるんだな」

「うん。お世話になりっぱなし」

「何作ってるのあれ。黒魔術かなにか?」

「カレー」

「スパイスから作るって本格的だな」

「いつもだね。バリエーション豊富で毎回違ったカレーで楽しいよ」



 夏休み。

 同棲していた時なんかはそうだった。



「俺も食べて良いのかな」

「夏菜はどう?」

「先輩がいいのであれば」

「お前が市ノ瀬ちゃんの料理自慢してくるから一度食べたかったんだよな」



 そんなに自慢してただろうか。

 月曜の学食で味気ないと愚痴りながら言っているような気もしてきた。



「その話、詳しく」



 機嫌が悪いことや司のことなど忘れて楽しそうにカレーのルーを作っていた夏菜はぴくりと反応して、手を洗ってから僕の隣に座る。



「俺が市ノ瀬ちゃんの料理を食べたいって話?」

「はあ?」

「こわっ」



 美少女の睨む顔って怖いよね。

 僕もそれはわかる。

 彼女の怒りの段階の中で一番やさしいものだから、ある意味可愛いもんだけど。



「少しからかっただけじゃん」

「先輩以外にからかわれるのは腹が立つのでやめてください」

「ごめん」

「謝罪はいいので話してください」

「お、おう」



 圧倒されて引き気味になりつつも月曜日の僕の態度について司は語り始めた。



「先輩」

「なに?」



 司が目の前にいても抱きついてくる。

 そんな僕らを微笑ましいものを見るような視線なので、ちょっと恥ずかしい。

 知らない人に見られることには慣れてきたけれど友達だと気になる。

 夏の間に父さんと会った時はまだ恋人ではなかったが、そのうち父さんの前でもこんな風に抱きつかれるのだろう。



「いえ。嬉しいなぁーと思いまして」

「作ってもらった時は同じようなこと夏菜にも言っていると思うけど」

「そうなんですけど、私がいないところでも褒めていただけれるのはやっぱり嬉しいですよ」

「じゃあ夏菜は僕がいないところで僕の話をしたりするの?」

「言わないです。恥ずかしいので」



 あとでこっそり確認しとこう。

 それよりも気になるのは司のほうで。



「で、いつになったら話してくれるの?」

「嫌ですよ離しませんよ」

「……そっちじゃないって、司と神楽先輩の今後の話」



 赤面して結果的に離してくれた。



「カレー食べてからかな」

「お前今日帰る気ないだろ」



 家に入ってから寛ぎ雑談を繰り広げるだけで、話しに触れようとはしてこない。



「えへ」



 男が言うと気持ち悪い。

 かといっても女性が言うところも見たことがない。



「耳が腐った。夏菜」

「馬鹿言ってないでお風呂の準備でもしてきてください」



 勘違いして恥ずかしがった姿はどこへやら、視線が冷めていた。

 怒られたので素直にお風呂場に。

 洗剤を浴槽に振り掛けてからスポンジを濡らし擦っていく。

 本来なら擦らず汚れを落とす洗剤なのだけれど、どうしても磨かないと洗った気にならない。ある意味二度手間。

 手を洗ってから脱衣所に戻りタオルで水気を落として、そのままタオルを洗濯機に投げ入れる。

 後で洗濯するのか脱いだばっかりのタイツがネットに入って放置されていた。


 司が言っていた通り脚フェチなのかもな。

 文化祭の時に夏菜が履いていたガーターベルトにストッキングという構成。

 正直いいなって思ってしまった。

 言われてから気付くものばかりだと思ったけれど、気付かなくてもよかったのではとも思う。

 夏菜のコスプレ衣装は全部僕の家にあることだし、いつか着てもらうのもありか。

 そんなことを妄想しながらリビングに戻る。


 煮込み作業に入っているのか夏菜はソファで紅茶を嗜んでおり、司は位置を変えずテーブルからテレビを鑑賞している。

 僕が戻ってきたことに気付いて彼女はテーブルに移動して僕の定位置の隣に陣取る。

 いつも彼女が座っている席は司が占拠。

 部屋中に食欲を唆る香りに満たされていた。

 彼女に目を配らせると「はい」と頷き準備をしてくれる。

 食器を出すことだけ手伝い、3人で食卓を囲んだ。

 こうして夜が更けていく。

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