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さらば青春の光

 休み明け。

 期末試験の結果が張り出されているので確認しにきた。

 各学年ごとの上位50名が下駄箱のすぐ横に貼られている。進学校だからだろうか、朝早いのにも関わらず自分の成績に自信ありな生徒たちが集う。


 一年は当然のように市ノ瀬夏菜の名前。

 二年の僕は……。

 7位という位置。

 まずまずといったところ。

 三年は神楽雅の名が輝いている。

 どうなったんだろうな、あの二人。

 昨日には親と話をしたのだろうか。

 ここで考えてもしかたないし、教室に向かう。


 試験も終わり、あとは冬休みを待つだけの期間。

 三年を除く学園中が緩いムード。

 三年はピリピリとしているのかというとそうでもなく、用事がない限り学校にはやってこない。

 もう既に自由登校になっている。

 来月の中旬に国公立の第一入試がある。


 登校の途中で見に来ただけなのでさっさとこの場から立ち去ろうと階段に脚を向けたところに背後から声が掛かる。



「先輩も来てたんですね」

「あぁ、夏菜。おはよう。それと麗奈ちゃんも」

「ども~」



 生徒の海。

 モーゼの海割りのように生徒達が左右に別れて、その道を夏菜と麗奈ちゃんが歩いてきた。夏菜一人だとこうはならない。

 成績上位勢の大半は真面目な生徒ばかり。

 単純に麗奈ちゃんに気圧されてるだけ。

 司が暇な時についてきたときも似たようなことになっていた。



「先輩にちょうど話があったのでちょうど良かったです」

「どうしたの?」

「私からというよりは麗奈からなんですけれど」



 なんだろう珍しい。



「クリスマスなんですが、うちに来ません?」



 返事をする前に夏菜に視線で聞く。

 頷いて返されるので、お好きにどうぞという意味。

 イヴは二人で過ごすことになっているが翌日は得に予定を立てていない。



「いいけど」

「良かった。両親が帰ってこれなくなったから弟たちに寂しい思いをさせるかなーって」

「あぁ、そういう。なんか持っていったほうがいい?」



 他人の家族とはいえ大人数でクリスマスを過ごすのは初体験。



「手ぶらでいいですよー。そういうのは夏菜に任せてるので」

「そうなんだ」

「この子の料理、正直わたしよりもっていうか、わたしの親よりも美味いし」

「……そ、そっか」



 僕と麗奈ちゃんの話を遮らないように、彼女の後ろに控えていた夏菜が一歩前に出て並ぶ。



「言っとくけど麗奈、私の料理の味は先輩用にアレンジしているから」

「大丈夫大丈夫。あと隙きあらば惚気けるのやめなね」

「そんなつもりないんだけど」

「はいはい」

「なによっ」



 微笑ましい光景。

 二人の関係性を示している。



「渉先輩、ありがとうね。当日よろしく」

「あぁ」



 そう言って麗奈ちゃん一人だけが階段に脚を運んでいく。



「一緒に行かなくてよかったの?」

「先輩の放課後のご予定を聞こうかと思って」

「部室の掃除かな」



 神楽先輩が引退した今部長は僕だ。

 年末の掃除というわけではないが、暇がある時にやっておかないと忘れる。

 来年以降、民族音楽研究部もどうなるやら。

 司も麗奈ちゃんも籍は置いてくれるだろうが、実質活動メンバーは僕一人となる。

 細々と続いてきたこの部活も僕の代で終わりかもしれない。


 教室。

 いつも通りクラスメイトと挨拶を交わして席に着く。

 授業が始まっても空席が二つ。

 なにかあればメッセージが届くだろう。


 スカスカな内容の授業を受けて昼休みは一人ということもあり久しぶりに中庭で過ごす。

 一人で学食というのも味気ない。

 購買で適当に惣菜パンと菓子パンを購入する。

 僕が中庭にやってくるのと同時にシロもやってきて、僕を暖房器具の替わりにして膝下で欠伸をあげた。

 真冬とはいえ中庭は寒いし、コートを持ってきて正解だった。

 中庭は四方に壁があり風が入ってこないし、この時期は人も少ないから快適ではある。

 静けさと膝のシロ。

 何気ない癒やしの一時。

 5限目の授業をサボってこのまま寝るのもあり。


 自立とは自分で自分に責任を持つこと。

 サボることもまた自己管理。



「部室行くけどシロも来るか?」



 にゃぁ~と返事が帰ってくる。

 会話が成立しているとは思えないけれど立ち上がって歩き出せばついてくる。

 部室にある寝袋を下敷きにして横になる。

 お腹が一杯になったことと暖房が効いてことで寝付くのに時間は掛からなかった。


 お腹にあった温もりが消えて身体冷えてしまい目が冷めた。

 シロは飼い主のところに戻ったようだ。

 自由気まま。

 いつでも出れるように部室のドアを少しだけ開けていたのは正解だった。

 スマホで時間を確認すると今は6限目の中頃。


 もう戻る意味もないしどうしようかと考える。

 このまま部室の掃除を始めるか。

 昼食時に買ったパックのジュースが空になっており、室内はエアコンで乾燥しており喉が渇く。新しく何か買おうと廊下に出た。

 面倒なことに部室棟の近くには自販機がないので、わざわざ本校舎まで行かなくてはならない。


 授業中の廊下は静かで僕一人が歩いている音だけが響く。

 存在が希薄になるという感覚。

 透明人間にでもなった気分だ。


 渡り廊下。

 気温がまた一段と下がり空も少し曇ってきている。

 天気予報は夜から雨。

 でもこの寒さだと雪が降りそうだ。


 空を見上げるついでに本校舎の最上階、一年の教室が目に入った。

 授業中の夏菜ってどんな感じなんだろうと回り道をしてみる。

 クラスはわかるが席までわからず、覗き込むような形になった。

 完全に不審者。

 ただ教師も含めて教室の全員が黒板に向いているのでバレる気配はない。


 窓際の後ろから二番目に父親譲りの綺麗な赤茶色の髪が、光に当たり輝きながら揺れているのを見つけた。

 毛先がゆるくウェーブ掛かっていて、たまに暖房の風に当っているのか本当に波のよう。

 頬杖をついて窓の外に意識が向いている。

 授業内容はすで習得しているので本人は聞いておらず、ただ時間が過ぎるのを待っているのだろう。完全に気を抜いているために欠伸している姿も伺えた。


 ちょっとした悪戯。

 携帯を取り出して夏菜にメッセージを送ってみる。

 文名は適当でいい。


 好きな女の子に悪戯をする少年。

 少年というには大きくなりすぎたが。

 今になって精神的な第一成長期でもきたのだろうか。

 苦笑して思考捨てる。


 夏菜は一瞬だけびくりと身体ごとを震わせるとカーディガンのポケットからスマホを取り出す。

 メッセージを確認すると見てわかるほどの顔の緩み。

 楽しそうに優しく微か微笑んでいる。

 今教室の男子が夏菜を見れば間違いなく惚れてしまうじゃないかと思う。


 僕が送ったメッセージは『カレーが食べたい』という一言。

 メッセージまで子供。

 そりゃ笑うわ。



『良いですけど、泊まりにきますか? それとも先輩の家?』



 後のことを考えていなかった。

 まぁ夏菜の様子が見れたので満足して、ようやく自販機に向かって歩き始めた。

 返事はどうしようか。

 カレーが食べたいと思ったのは本当だけれど、市販のルーを頼るのであれば自分でも作れる。



『今週末にでも作って』

『いつでも言えたのに何故今言ってきたんですか?』



 返事を送ってから1分も待たずに変わったスタンプと一緒に。

 確かに不自然だったかな。

 男子として例に洩れず雑談を送るようなタイプではないしな。



『なんとなく夏菜が気になって』

『なにか誤魔化してませんか?』



 鋭いな。



『他意はないよ。さっきまで寝てたから授業に戻れなくなった』

『馬鹿なんですか? ちゃんと授業受けてください』



 授業も聞かずして欠伸をしている夏菜に言われてしまった。

 出ているだけ偉いとも言えるけれど。



『この時期の授業受ける意味あんまないし、出席日数は余裕で足りてるから』

『真面目なのか不真面目なのか……。たまに先輩よくわからないことしますよね』

『夏菜がわからないなんて』

『先輩のこと誰よりも知っていますが、知らないことのほうが多いです。挑発ですか? 買いますよ?』

『そういうつもりじゃないから、暇つぶしに付き合ってくれてありがとう』

『いつでも連絡ください。私も楽しいので』



 暇そうにしてたもんな。

 うちの教師は見てないようで見ている。

 こっそり内申点が下がるのでたまにだけ夏菜に暇つぶしに付き合ってもらおう。

 サボってる時点で内申なんて気にしてないけれど彼女は別。


 掃除を初めて30分程過ぎたあたりで授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。

 もとから多かった歴代部員の私物。

 その中でも神楽先輩の物が多かったためか、今はかなりスカスカな状態。

 持ち主のいなくなった部屋に感じる。


 ホームルームにも出る気がなく。

 掃除を再開。

 これからは僕がこの部室の主として過ごしていく。

 あれ?

 見慣れた長方形ギターケース。

 神楽先輩の忘れ物。

 丁寧に開くと中には懐かしい楽器。

 漆黒のボディに真っ白なピックガード。

 ヘッドにはギブソンの文字。

 僕が一年の時に新人歓迎会で神楽先輩が体育館で使っていた物。

 それから部室でも僕にギターを教えるときに神楽先輩が使っていたもので、楽器を持っていなかった僕にSGはその頃から借りていた。


 弦に紙切れが一枚挟まっていることに気付く。

 ちょっと崩れた文字。

 神楽先輩の筆跡。

 宛名は僕だ。


『君にだけは感謝を』


 と題名が綴られている。

 読み進める。


『初恋は別の人だったが、実は柊くんが二人目に好きになった人。

 それも相手がいることで振られるのは二回目。

 本当はこんな手紙書くつもりはなかったが、どうしても感謝を伝えたいという想いと同時に溢れてきたので勘弁してほしい。

 好きになった理由はわからない。

 ただ優しいことや、ギターを教わりながら段々と上手くなっていき、私の存在も忘れて夢中になっている横顔。

 自然と好きになったのだと思う。


 君が入学前の市ノ瀬さんの話をしているときは正直にいうと嫉妬してしまったこともある。

 初恋は二年に上った時には終えていて、君たちに協力してもらったあのライブの最後の曲。実は君にも宛てた物。

 中学生の市ノ瀬さんと君が話している姿ややり慣れた行動をみて勝ち目がないと負けを認めてしまった。


 司のことは好きだったけれど、どうしても弟という認識から外れなかった。

 ずっとアイツの感情をぶつけられ続けて次第にその気になって、徐々に男として好きになったのは本当。

 今ではキミより好き。


 このギターは君へ、色んなことに気付かさせてくれた感謝と思い出の告白。

 クリスマスプレゼントと思ってほしい。


 最後に。

 司との話し合いは無事に進み、親とも話し合った。

 詳しい話は司から聞くと良い。

 もう司の妻として君とは二人では会えないだろうから。

 アイツは嫉妬深いから、君であってもいい顔をしないだろう

 こんな私に2年近くも一緒にいてくれてありがとう。

 高校生活が楽しく感じられたのはキミのおかげだ』


 と、締めくくられた。

 最後には惚気も交えて。


 改めて思う。

 僕って人の気持ち全然わからなかったんだな。

 神楽先輩に向けられる感情と向ける感情。

 夏菜とは違った憧れはあったと今ではわかる。

 クールな外見に面倒見のいい人。

 楽器を演奏する姿はとても綺麗だった。


 もともと洋楽が好きだったこともあったが、神楽先輩がいなかったら部室に訪れることはなかった。

 楽器初心者に懇切丁寧に教えてくれて、困ったことがあったら力になってくれた。


 恋愛感情は……。

 なかった。

 夏菜がいなければ惹かれていた可能性はあったかもしれない。もしかしたら今とは違う青春を送れたかもしれない。

 けれど夏菜がいなければ恋愛に興味すら示さず、僕には関係ないものとして過ごしていたように思う。



「先輩?」

「夏菜か」



 部室の掃除をすると朝に言っていたから、ホームルームが終わってからやってきたのだろう。



「どうしたんですか?」

「どうって特に何もないけど」

「気付いてないんですか? 悲しい顔してますよ」



 自分の顔をぺたぺたと触ってみるが特に変化はない。



「私だからわかるっていう程度です」

「そう」



 夏菜に言われると納得してしまう。



「それ……」



 指しているのは神楽先輩から手紙。



「見せてもらってもいいですか?」



 渡そうと思ったが手が止まる。

 内容はともかく見せてもいいのかと逡巡する。



「浮気ですか?」

「ちげぇーよ。僕がするわけないだろ」



 一番嫌っている行為をやるわけがない。



「すみません。度が過ぎました」

「大丈夫。強く聞こえたのならこちらこそ謝るよ」

「いえ」



 人の想いを書かれたものを見せてもいいのだろうかと考えただけだ。

 僕と夏菜の関係を知っていて送られた物だ。

 であれば見せても問題ないと結論づける。



「はい」

「結構悩んでいたようですが、いいんですか?」

「夏菜ならね」

「そうですか」



 少しだけ嬉しそうに手紙を受け取り読み始める。

 長い手紙だったから時間が掛かるだろうし。

 譲り受けたギターを手に。

 重く光り輝く綺麗な楽器。

 数十万円はする。


 これからお金が掛かる時期だというのに何しているんだろうな、あの人。

 出産祝いの時にでも多く包んで返すか。

 チューニングを終えて適当に弾く。

 他のギターにはないどっしりと構えたような低音の長い響き。



「先輩」

「何?」

「一つ年下であることに、これほど劣等感を覚えるとは思いませんでした」



 手紙を丁寧に折りたたみ、僕の背後に寄るとそのまま抱きついてくる。

 いつもより力が強い。



「甘えたがり?」

「当たり前ですよ。こんなもの見せられたら」

「そんなにか」

「今日一日は離れませんから」

「物理的に?」

「はい」

「まじかよ」



 神楽先輩も余計なものを残してくれた。



「何か弾くつもりだったんだけど」

「どうぞ」

「あぁ、そう。本当に離れるつもりないんだね」

「もちろんです」



 夏菜には悪いけれど、僕と神楽先輩が出会った時に彼女が弾いてきた曲。

 クランベリーズの政治色の強い楽曲だけど。

 癖になる曲調。

 僕らのとっての出会いの曲は別れの曲として捧げる。

 今度会うときは親友の妻として。



「パチパチ」

「口で言うのねそれ」

「今は手が忙しいので」



 流石にこの状態で掃除するのも無理だな。

 立ち上がるが背中に抱きついたまま。

 歩きづらい。

 ギターは無事にケースに収めて机に置けたものの、鞄を取りに教室に向かうために廊下に出ようとしたところで脚が絡んで倒れてしまう。


 咄嗟に手をついて廊下と口づけを交わさずに済んだ。

 けれど。



「お前たちなにやってんだ」



 教師に遭遇。



「列車ごっこですかね」

「無理あるだろ」

「そうっすね」

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