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恋ではなく

 約束の時間。

 インターホンが鳴り迎い入れる。

 どこかぎこちない二人の距離感。

 他人に興味ない夏菜でさえ気付いていて「ふーん」と一言漏らしていた。


 リビングに通してテーブルに着かせる。

 いつも僕と夏菜が座っている場所に別のカップルが向かい合わせに。

 飲み物を出すにしても、なんかあったっけ?

 カフェインの摂りすぎは妊婦に良くないって話を春人さんに聞いたばかり。

 司は茶菓子としてチーズケーキを持ってきてくれていたようだけれど。



「先輩が慎重になりすぎてどうするんですか」



 笑われてしまったので素直に紅茶を出すことに。

 夏菜が孕んだ時、慌てそうだな僕。

 紅茶の葉は夏菜の私物なので明日減った分買いにいくことになりました。

 話が長引けば淹れなおすこともあるだろうし異論はない。

 二人で出掛ける口実にもなる。

 ……それが狙いか。


 しかし二人見合ったまま話が始まらない。

 ムズムズする。

 もどかしい。

 僕も二人の話に入るつもりはないが、これぐらいは言いだろうと司の肩を軽く叩いて、少し離れた場所にあるソファに腰を据えた。



「その、雅……」



 緊張した面持ちでテーブルに小さな箱を取り出した。



「まだ先になるけど、これが俺の気持ち」



 神楽先輩は手に取り箱を空ける。

 中には細工のないかなりシンプルな指輪。

 何事にも形から入る彼らしい贈り物。



「プラチナコーティングしたチタンの安物なんだけど」



 意味するのは近い未来の約束。

 神楽先輩は指輪を手にすることなくそっと大事そうに蓋を閉じた。



「すまない。返す」

「え?」



 司が切出したことですんなりと話が纏まるんだろうと思っていた。

 僕だけではなく夏菜も同じ思いだったようで彼らのほうに視線が集中している。

 以前相談された時は、確かに暗い雰囲気はあったが前向きでもあったはず。



「雅のこと好きだからこういう決断をしたんだ」

「うん。わかってる、ありがとう」

「じゃあどうして?」



 当然の質問。

 司の中には答えがある。

 そこに至る道筋ならば譲歩もするだろう。

 結果がすべて。



「司はまだ若い」



 お前も変わらんだろというツッコミを飲み込む。

 これまた夏菜も似たようなことを思ったのか眉が少し動いた。

 他人のことだと結構冷静に見られる。



「お前には未来がある、私のせいでそれを潰すわけにはいかない」

「雅はどうしたい?」

「私はお前との子を産みたい。当然だろ」

「だったら二人で――」

「それは嫌だ。司には司の道をしっかり歩んでほしい」



 傍観者。

 ここにいる僕。

 そんなことを言われれば、僕と夏菜が一緒にいることがその道だと言いそう。

 司に自分を投影している。



「俺じゃ雅を支えられないってことか」

「そうだ」

「別れるつもりなのか?」

「そうだ」

「俺のこと嫌いになったってことか?」

「違う、好きだよ」

「なら」

「司が社会に出て一人前になって、その時にまだ私のことを好いてくれているのなら逢えにきてくれないか。私は子供といつまでも待っている」



 正しい道のために彼らは諦めた。

 たしかにドラマ的なロマンあるヒロインの選択。



「雅はどうやってその子を育てるつもりだ」

「親に土下座でもなんでもする。大学は諦めて働きながら育てる。私は来年には卒業だ。それも可能になる」



 子育ての苦労は親にしかわからない。

 人を育てるのだ、簡単なはずがないがそれを実感出来るのは子を持つ親だけ。

 甘く見ているのか自信があるのか。



「その子が産まれてしばらく経ったあとなら俺だって働ける」

「司には進学してほしいんだ」

「俺はもう進学を諦めている」



 神楽先輩と同じ大学に行くために勉強を始めていた。

 わからないところがあると僕に尋ねてくることもしばしばあった。



「私のことは気にするな」



 何を言っても否定的。

 司が段々と返す言葉を失いつつあった。



「はぁ~」



 隣から盛大なため息が漏れ聞こえる。

 ずっと静かに傍観していた夏菜がそっと立ち上がる。



「悲劇のヒロインぶってなにがしたいんですか? 神楽さんのことは少し認めていたところもあったんですけどね。私側の人だと」

「はぁ?」



 威圧的な神楽先輩の声。

 今にも夏菜に掴みかかりそうな低い声。



「山辺さんのこと考えているようで踏みにじってますよ。それに子供のことは考えてないような発言です」

「考えているからこその発言だ」



 夏菜はこめかみを突く。

 怒りのサイン。

 他人に無関心な彼女が、他人のために怒りを覚えている。



「先輩、すみません。少し頭にきました。彼らに現実を教えるために少しだけ最低な女を演じます、目を閉じて頂けませんか? 耳も塞いでくださると助かります」



 僕は頷き目を閉じた振りをする。

 自分の彼女が何を仕出かすのか見届ける義務がある。ましてやその相手は僕の親友。

 夏菜は司のもとに歩いてく。



「神楽さん、貴女は山辺さんのこと好きなんですよね?」

「……もちろん」

「誰かに奪われたくないと思いますか?」

「当たり前だ」

「そう」



 パーカーを脱ぎ捨てて肌着を晒す。

 豊満な胸が露わになり、こんな状況でさえ釘付けになる。

 司を椅子から引きずり下ろし力任せに押し倒して馬乗りに。彼が抵抗しないことを確認すると胸板に自分の胸を押し当てて、感触がわかるように擦る。



「ほら勃った」



 司からすぐに離れると汚れを払うように立ち上がる。



「男なんて簡単な生き物。貴女が待つと言っても貴女より美人でスタイルがいい娘はたくさんいます。山辺さんが大学に行けば出会いの場は広がります」

「俺はそんなこと……」

「確かに私は貴方の親友の恋人。でも退かすことは容易でしょ? 神楽さんのことを第一に想っているのなら跳ね除けるはず。それに力では男性に勝てないし、押し倒されて胸を押し付けられたようとする時点で何か言えたはず。それぐらいの猶予は与えるように動きました」

「……」

「私の胸が気持ちよかった? 神楽さんとは違うタイプの顔が可愛いと思った? 適当に貼り付けただけの表情が艶っぽかった?」



 パーカーを拾い上げて着直す。



「侮蔑はしません。男性の本能みたいなものでしょう」



 確かに僕は夏菜の身体を触っても興奮はするけれどブレーキのようなものが掛かる。

 どちらかというと彼女とのやり取りが楽しんでいる節がある。

 言い訳がましく聞こえるが、男性機能はちゃんと働いている。

 寝起きとかね。



「でも司なら」

「そんなことを何年も耐えられるでしょうか。男性は性欲が強いですよ。見た目が良い、性格が良いって利点ですが、言い寄る雌は限りなく多いです。その相手となる私たちは諸刃です」

「市ノ瀬さんもそうじゃないの」



 まぁ今でさえ言い寄ってくる男子たちはいる。

 再来年。

 僕と夏菜は一時的にとはいえ物理的に距離が遠のく。

 それ以降も彼女が言うように社会に出れば。



「答えにはなりませんが、私は先輩に恋をしているし愛をそそいでいます。それも全力で」



 気持ち悪いのか、未だに全身の汚れを払うような仕草をしていて苦虫を噛み潰したような顰めっ面。

 流石に相手に失礼すぎるような。

 その本人は俯いて気付いてすらいないようだが。



「神楽さん。貴女のそれは恋ではなく愛でもなく自己陶酔です。貴女の恋人のほうがよっぽど貴女のことを愛してますよ」

「そんなこと……」

「それに浮気や他人に靡くって心の弱い人間か頭が飛んじゃっている人のすることです。貴方達はどっちですかね」



 試すような口ぶり。

 うちの元親はそのどちらもだろう。

 手紙が届いてからアクションがないことに不安を覚えているが、今は気にしているような状況でもない。



「まぁ先輩より素敵な人なんていませんけど、いたとしてもソイツよりも素敵になるようにするだけですし、先輩なら努力を続けてくれるそんな人、勝手に超えていくような気がします」



 夏菜がくるりと回るようにこちらを向いた。

 目が合う。



「こんなにふうに自身がトラウマ持ちなくせして、私を信用してただ見守ってくれていますからね。やり過ぎたら叱るつもりだったのでしょうけれど」

「バレてたか」



 行動が過ぎれば止めに入るつもりで構えていた。

 苛烈過ぎて一時的に呆けていのもいなめない。

 すごい女の子だなって再認識させられた。



「すみません。一瞬先輩が辛そうな表情をしていたの気付いていたのに、こちらを優先してしまいました」



 確かに一瞬だけ過去に重なるようなシーン。

 身体の力が抜けるような感覚があったものの、彼女が彼らを思ってのことだと知っているからか耐えることが出来た。



「ありがとうね」

「頭にきたのは本当ですけれど」

「それでもあいつらのこと考えてくれたんだろ」

「あの関係が終わるのは惜しいとは思いました。けれど神楽さんが自分に酔っているようなので醒まさせただけです」

「手荒いね」

「一番わかりやすいかと、いくつか選択肢はありましたけれど言葉だけでは伝わらなさそうでしたので」

「女性としての危機感を覚えさせるには夏菜は適役だったのかもね」



 どうしても贔屓してしまうが夏菜の方が可愛い。性格も含めて僕は可愛いと思っている。



「それより先輩以外の男性に触れたので、私に罰を」



 考えてもいなかった。

 自分の中のルールを破ったみたいなことだろうか。



「子供みたいにお尻でも叩きますか?」

「されたいの? それ喜ばない?」

「そ、そこまでMじゃないとは思います」

「しばらくキス禁止で」

「……」

「自分で言い出したことだろ、睨むなよ」



 夏菜の頭を撫でて隣に座らせる。



「司」

「なんだよ」

「ちゃんと自分の思いを口に出せ。考えたいたことを忘れたわけじゃないよな?」

「……」

「今の司は聞き手になってる、まだ自分の思いを伝えたわけじゃないだろ」

「あぁ……。そうだな、うん、わかった」



 クールダウンとして暫しの間で別れて休憩に入った。

 こんな雰囲気になるとは思わなかったし、正直に言うと苦手。

 ちなみに夏菜はシャワー浴びに行っていない。

 少し心細い。

 遠くからドライヤーの音が聞こえてホッとしている。


 時間が空いたことを利用してベランダに出てみる。

 部屋へと忍び込む風を全身に浴びて身震いする。

 日が落ちるのが早い。

 真上の空は水色で明るいものの遠くから夜の色が塗りつぶす準備をしている。


 手摺にて肘を預ける。

 変なきっかけになったが夏菜の僕への想いに少し触れた。

 恋人になり同時にスタートしたのにもう置いていかれそうになっている。彼女の中で明確に今後どうなりたいどうして生きたいと答えがある。

 僕の答えを待ってくれているような気がする。

 流石というべきか、素のポテンシャルの違いか。


 僕が彼女に向ける愛情は本物。

 それは疑いようもない。

 けれど比較してしまえば小さく見劣りしている。


 タバコでもあれば気が紛れるのだろうか。

 父さんの設置した灰皿を目に思考を鈍らせる。

 父さんだけではなく、春人さんも喫煙者。

 子供や妻の前で吸う姿は見せないが、たまに一人でいる時に夢想しながら吸っている。

 なんとなくその二人の仕草に憧れを感じている。

 僕にとって大人の象徴。



「先輩、風邪ひきますよ」

「ん」



 隣。

 腕の隙間に彼女が滑り込む。

 柔らかく良い匂い。


 僕が何かを考えていることに気付いているのだろう。

 何も言わずに傍にいてくれるだけ。

 身も心もそれだけで温かい。



「風邪ひくよ。戻ろうか」

「ん」

「僕の真似?」

「はい」

「そんな感じなのね、僕って」

「考え事している時はいつもそうですね」

「んー、ごめんね」

「いえ、その……。考えている時の先輩の横顔大好きなので、終わるまで待ちますよ」

「いや夏菜はシャワー浴びたばかりだろ。身体冷やすのは良くないよ」

「もう少し見てたかったです」

「僕の顔なんていつも見てるだろ」



 彼女は上機嫌で口角を少し上げている。

 瞳もいくらか輝いて見える。



「ひとつ先輩の考えていたことを当てましょうか」

「勝負?」

「いえ、これは勝負にはなりませんよ。私しか知らない先輩の特徴ですから」

「うん?」

「私のこと考えていてくましたね」

「当たり」

「うふっ、やっぱり。先輩は私のことを考えるとき優しい目をしていますよ」



 なんかすごい恥ずかしい。

 自分の知らない自分。

 そんなところまで見られている。

 人のこと言えないか。



 ※



「俺はさ、雅と一緒になるのが……。いや俺は雅と一緒にいたい」

「だからそれは――」



 後半戦が始まったが話にならないと思い、傍観者を一時的にやめる。

 さっきの二の舞いになりそうだったから。



「神楽先輩、少しだけ黙って司の話を聞いてあげてくれませんか? それからでも話し合いは遅くないと思います」



 このカップルのパワーバランスは神楽先輩の方が強い。

 惚れたほうの負け。

 司が先に惚れてしまい、彼女に付き合ってもらっているという感情がどこかにあるのだろう。



「ありがとう渉」



 手を振って返事をしてソファに深く沈む。

 隣にいる夏菜はもう行末がわかっているのか興味を示していない。この子があそこまでやったのだからハッピーエンドで終わらないと締まらないよね。

 僕も確信を得て興味を失った。

 …………。

 ……。



 あ……。

 興味を失うまではいい。

 寝てしまうのは流石に不味い。

 焦って起き上がるものの、違和感の正体は身体に掛けられている毛布。その暖かさから熟睡していたことを悟る。



「やったわ……」

「よく眠っていましたね」

「あ、うん。おはよう」



 ラフな格好の上にエプロン。

 夕食の準備をしていたようだ。



「おはようございます」

「司たちは?」

「二人仲良く帰りましたよ」

「そっか」



 その言い方だと無事に話は進んだらしい。

 でも高校生の二人の話が終わっただけで親との話はまた別。

 ここからが本番。

 僕は完全に無関係で、僕の知らないところで話は進む。



「夏菜」

「はい?」

「好きだよ」



 自分の気持ちを確かめるように口に出す。



「知っています」

「大好きかもしれない」

「かも。じゃありません。自信もってください」



 くすりと笑われる。



「何となく言いたくなった」

「いつでも囁いてください。何度でも、その度に幸せいっぱいになります」

「ちょろいな」



 今度は僕が笑った。



「いいじゃないですか。先輩にだけ言われると満たされるんですから、お得ですよ」

「確かに」



 僕の言葉一つで幸せを与えれるなら安い。

 でも言葉に想いを乗せるのだから質としては高くあってほしい。



「先輩」

「ん?」

「愛しています」

「……うん。そっちは素直に言えるんだね」



 照れ隠し。

 捻くれてるなと自分でも思う。



「先輩に倣ってみましました」



 起き上がり彼女のもとに歩み寄る。

 横髪を耳に掛ける。



「なに勝ち誇った顔をしているんですか」

「そんな顔はしてないよ、夏菜は可愛いなって再確認しただけだよ」

「……追い打ちかけてどうするつもりですか」

「意図はないよ」

「あー、もう。料理しているのでキッチンから出て行ってくださいっ」



 キッチンどころかリビングまで追い出されてしまった。

 僕の家なんだけど。

 まぁ、いいや。

 あそこまでムキになった夏菜を見られて楽しい。

 一段落ついたことだし、ゆっくり自分のことでも考えよう。

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