ランチは噂のあとで
「あらら」
改札を出ると、夏菜が数人の男子生徒に囲まれていた。
彼女は煩わしそうに無視を決め込む。
何度トライしても夏菜の態度は変わらず、男子達は諦めて去っていく。
いつも見ていた光景。
学年が変わっても、学校が変わっても同様らしい。
あまりしつこい様だったら僕も助け舟を出すつもりで構えてはいたけれど、その心配はなかったようだ。
彼女のことだ一人でも対処出来る。
けれど一人では限界もある。と、思う。
男子達が去っていたことで、夏菜は清々したようでいつもの表情に戻り、腕時計で時間を確認している。
白い腕時計。
夏菜の誕生日に僕が中学の頃に送った物だ。
まだ持っていたんだな。
懐かしいような、照れくさいような、不思議な気持ちで彼女の元へ。
昨日、夏菜を送り届けてから連絡は取り合ってはいない。
待ち合わせの約束なんかもしている訳でもなかった。
けれど、僕に考えられることは一つだけ。
「どれくらい待った?」
「1時間くらいです」
どうやら答え合わせに正解。
なんでも無いことのように嘯くが、1時間もの間立ち続けるというのは大変なことだろう。
「連絡いれてくれれば30分ぐらい早くは出れたぞ」
「待っていたかったんですよ」
「どういうことだ」
「少し自分に酔っていたんです」
夏菜の言葉の真意はわからない。
けれど、彼女は楽しそうに微笑むのだ。
「なんだよそれ」
おかしくて僕も自然に笑ってしまう。
「短い時間ですが、一緒に登校しませんか」
「そうだね」
駅から校舎まで、ゆっくりと歩いても20分も掛からない。
一歩先に進むと釣られるように彼女もついて来る。
夏菜から誘ってきたのに、特に会話をするわけでもなく静かに坂道を登る。
道半ばあたりでようやく口を開く。
「先輩、そういえば昨日はすみませんでした」
「何か謝るようなことあったっけ?」
「私から案内を頼んだのに、途中で帰ることになってしまったじゃないですか」
「そんなことか」
昨日の僕は散々彼女の前で眠りこけていたから。
迷惑を掛けたというのであれば、僕のほうが謝るべきだろう。
「それと、家まで送ってくれましたよね」
「うん」
「途中で記憶が曖昧になったんですけど。先輩が運んでくれた記憶はなんとなくあるですよ」
「変なことしてないから、安心してくれていいよ」
「信頼しているんでそれは考えてなかったですが。そうキッパリと言われると複雑ですね」
「どないせいと」
何が正解か教えて欲しいものだ。
司あたりならわかるだろうか。
「重くなかったですか?」
「それなりに」
「デリカシーなさすぎませんか? 嘘でも軽いって言うシチュエーションじゃないですか」
「人間が軽いわけないじゃないか」
「正論は聞きたくないです。まぁ実際、身長の割に重いんですよね」
「脂肪より筋肉のほうが重いからじゃないか」
小学生から中学3年の夏までずっとバスケをしているのだ、普通の女子高生より筋肉量が多いはず。
「それもありますけど、また育ってきて」
何を指しているかわかる。
彼女の視線の先には、自身の豊かな膨らみ。
決して僕から言わなかったのに。
夏菜の特徴といえば真っ先に思い浮かぶのは、衆人観衆の目を惹く優れた顔立ち。
そして、尚も成長しているという胸。
少し離れた場所でも、直ぐに彼女だと見分けることができる。
「昨日のそれで断られてたもんな、弓道部」
「あれは弓道が悪いんですよ。アーチェリーだったらやれるらしいです」
そもそも弓道は昔から形が変わっていない。
戦いのための代物。
その時代を考慮すれば男性向け。
「もしかして調べた?」
「はい」
以外と根が深い。
夏菜を怒らせると子孫まで恨まれそう。
「部活、結局入らないんだろ?」
「そうですけど、腑に落ちないだけです」
そう言われても受け入れるしかないだろう。
彼女には出来ないことがない、と本当に思えるほど優秀で、初見でもコツを掴めばあっという間に、経験者との実力差を埋めてしまう。
だから、そもそも出来ないということが気に食わないのだろうと、勝手に想像する。
僕も身体的特徴で出来ない部活があるとは思わなかったけど。
「それよりお昼はどうしますか?」
「いつも通りなら司と学食かな」
「それなら良かったです、私も今日学食にしようと思っていたので」
「うん、僕は構わないよ。司にも言っておく」
「最後まで言ってないんですけど」
「違うの?」
「……違わないです」
今日も廊下の途中で夏菜と別れる。
僕の教室は本校舎の2階で、彼女は3階になる。
着席し、鞄から机に教科書を移す。
予鈴と同時に司が入室。
挨拶を交わすだけにしてHRを待つ。
※
4限目が終わり、立ち上がり伸びをする。
すると似たような動きをしている司が寄ってきた。
「渉、昼行こうぜ」
「うん」
自然な流れで司と学食に向かう。
「あ、そうだ。今日、か……市ノ瀬も学食だって言ってたから、一緒になるけど大丈夫?」
「市ノ瀬ちゃんに会うのも久しぶりだな」
「去年の文化祭以来?」
「そうだな。俺、市ノ瀬ちゃんとは繋がりないからな」
ちょうど半年ぐらいか。
「昨日ずっと一緒だったんだろ?」
「そうだけど」
夏菜と一緒にいたけど、どこか司とすれ違っただろうか。
コンビニに行くと言って以降、会っていない。
「もうお前ら噂になってんぞ」
「まぁ、目立つからな市ノ瀬」
始業式の時点で噂になっていたぐらいだ。
黙っていても、動いていてもなにかと目立つ。
大体の視線の先に夏菜がいる。
「それもあるけど、中学のときみたいにまた妬まれるかもな、渉」
「そうだっけ?」
「ほら謎に男子連中に揶揄されたりしてたろ。下級生をたらし込んだとか、無理矢理迫って弱みを握ってるとか言われたっけな」
「あぁ、あったなぁ……」
知り合った当初が一番多く、3年の夏以降はそんなことは言われなくなっていた。
僕のせいで夏菜にも変な噂が。
彼女もまったく気にする様子もなかったので、すぐにそんな話は霧散したが。
「あいつが、弱みなんて見せるわけもない気がするけど」
「でも渉の前だと無防備じゃん、市ノ瀬ちゃん」
「気を許してくれているけど、あれはあれで警戒心強いよ」
見ず知らずの人間だと顕著だ。
ただ表情の動きが微細すぎて、普段通りに見えるだけ。
見てないようで見ているし、聞いてないようで聞いている。
「なんか表情もなく淡々と話す感じで俺にはわからんよ。お前、よくわかるよな彼女が何考えてるか」
「僕だって考えまではわかんないよ。でも、分かり辛いだけで感情豊かだよ」
「……私がいないところで自分の話をされるのは、恥ずかしいですね」
「うぉ。居たのか市ノ瀬ちゃん」
急に後ろから声を掛けられ、司だけでなく僕も驚いた。
話に夢中になっていたせいだろう。
気配も感じられず、周りのことも見ていなかった。
「お久しぶりです、山辺さん」
「いやぁ、ごめんね」
「構いませんよ。昔から似たようなこと言われましたから」
「それより先輩」
「なに?」
僕を呼ぶだけ呼んで、黙る。
「え? なに。怖いんだけど」
わざとらしい笑み。
けれど目は笑っていない。
意図的にこんな表情作れるんだ。
結局なんのことかわからず、司に目を向けるがオーバーリアクション気味に、お前がわからないなら俺にわかるはずないだろ、とのこと。
そりゃそうか。
先程、同じことを話したばかりだ。
「わかりませんか?」
「降参」
「名前ですよ」
「……もしかして、わりと最初のほうから話聞いてた?」
僕たちは夏菜を待つために結構ゆっくりと歩いてきた。
だから追いつかれても不思議ではないのだけれど、会話の内容から察する。
「はい。授業が終わってすぐにこっちに来ましたので」
彼女の傍に寄って耳打ちする。
視界の端で司がいるが、困惑している。
「司の前でも呼ばなきゃ駄目か?」
「勿論ですよ」
「結構恥ずかしいんだけど」
「先輩でもそんな感情あったんですね」
「あるよっ」
「先輩がよくわからないです」
冗談で言っているわけではなく本気で言っている。
「ほら噂されるじゃん」
「私は困りませんけど」
「前から気にしてないもんね」
「そういうわけではないんですけど」
言葉を一度区切り、大事なことのように僕に伝える。
「噂になるということは私にとって今回は良い方に働くかと」
「その心は」
「先輩が他の女性を好きになる可能性が減ります」
「結構腹黒い?」
「どうなんでしょう。私は好きなことをしているだけです。結果的にそうなるなら一石二鳥だなっと思っているだけですね」
「その答えは夏菜っぽいね」
「なんですかそれ」




