事件は次々やってくる
疲れていても、朝はいつも通りに目が覚める。
「元気な体って最高! でも……」
体は元気だけれど、気分は少し重苦しい。
サラが特級ポーションを使おうと提案したせいで、人ひとりが亡くなってしまった。
しかも、その責任をローザの薬師に押し付けたようなものだ。
後味が悪くて、いったいどうすればよかったのかとくよくよしてしまうのを止められない。
「おはよう、サラ」
そんな気持ちを抱えたまま食堂に行くと、そこにはネリーとクリスだけでなく、アレンもクンツもいて、もりもりと朝食を食べているところだった。
その当たり前の光景に、なぜだか救われる気がした。
「昨日の件の後始末があって、今日は講習会はお休みだってさ」
クンツからさっそく業務連絡が来た。
そうだ、いくら悩んでも昨日に戻ることはできない。
今日は今日で、自分にできることをするしかない。
「ちょうどよかった。私も薬草採取の講習会を一区切りつけようと思ってたんだ。今日来た人にそれを通達して、終わりにしよう」
サラは明日からのことに気持ちを切り替えることにする。
「昨日は本当にご苦労だったな。ヴィンスから聞いたが、見事な活躍だったそうじゃないか」
「そうだったらいいんですけど」
クリスのねぎらいに慰められつつも、サラは少し顔を曇らせた。
「ルロイの担当のハンターが亡くなったそうだ。こればかりは、どうしようもないことだ」
「ルロイが」
サラはあの時、後ろを見ないようにしていたから、誰が誰を担当し、どういう結果になったのかは見ていない。
「ルロイも特級ポーションで助かったばかりだが、使われた方は自覚がないからな。自分がどういう状況だったのか身につまされたとは思う」
クリスの声にも影がある。
こういう時、薬師というのは命にかかわる仕事なんだなと実感する。
「サラ、後悔はするな」
クリスの声に、サラはうつむいていた顔を上げた。
「そうは思うんです。でも、自分はどうすべきだったのかと考えてしまって」
クリスの思いやりに、自分の中で消化するつもりだった思いが自然にあふれ出てきた。
「確かに、サラが判断し、サラが実行すれば、ローザの薬師は誰も傷つかなかっただろう。だが、そうすればローザの薬師は誰も成長しなかった。サラだってそう思ったから、あえて手を出さなかったんだろう」
「はい。でも、それも傲慢だったかなっていう気がして」
サラはこの五年、薬師として、おそらく誰より濃厚な時間を過ごし、経験も積んだという自負がある。
だが、まだたったそれだけの薬師歴なのに、出しゃばってしまったという後悔もある。
「サラ。薬師に何より大切なのは、命を守ることだ。薬師の傲慢とは、命を軽視すること。薬師のプライドを損なうことではないのだぞ」
「はい」
「話は聞いている。もしあの時、ローザの薬師が特級ポーションを使う決断ができなかったら、サラはどうした?」
その点において、サラに迷いはない。
「私が使いました」
「それが答えだ。サラはどの時点においても、薬師としてすべき行動ができている。自信を持て」
サラは言葉もなく頷く。
人が亡くなってしまったのは事実で、気持ちがそう簡単に浮き上がることはないが、クリスの言葉は厳しく聞こえても、どうすべきだったのかというサラのもやもやを軽くしてくれた。
「そういえば、クリスが来るのが遅かったですね。薬師ギルドにいるのだと思っていました」
サラは気持ちを切り替えて、昨日のクリスについて気になっていたことを尋ねてみた。
「いや、私は最近は薬師ギルドにはいなくて、東の草原から魔の山に向かう街道沿いで活動していたんだ」
「それを知っていたから、急いで迎えに行ったんだが、やはり距離があってな」
アレンがサラの、ネリーがクリスのお迎え担当だったようだ。
そういえばクンツもいなかったなと視線を移すと、肩をすくめている。
「アレンは足が速いからサラを迎えに行ってもらったけど、俺はダンジョンの騒動のさなかにいて、コカトリスの攻撃を防ぎながらしんがりを務めてたんだよ」
「クンツが一番大変だったんじゃない?」
「大変は大変だったけど、盾の講習をしてたのは俺だからな。俺が実践しなくちゃどうするって思って頑張ったよ」
たいしたことはないと言いたげなクンツだが、ワイバーンを防げるようになっても、それは一対一のことだ。大量のコカトリスを盾で弾くのは大変だっただろう。
「それがさ、どんどんハンターが集まって来て、片端から狩っていくからそんなに大変でもなくて。いつの間にかコカトリスの数も少なくなって、さすがローザって感じだった」
「ダンジョンでもいろいろ起きてたんだね。クンツは本当にお疲れ様」
サラはクンツを心からねぎらうと、アレンにも笑顔を向けた。
「そして、アレン。ありがとう」
「なにがだ?」
いきなり礼を言われて、アレンが不思議そうな顔をした。
「本当はコカトリスを狩りに行きたかったんじゃない?」
「ああ、それか。そうでもないよ。コカトリスを狩りたいのは、俺よりネリーだろ?」
アレンは照れくさそうに鼻の下をこすると、話をそらそうとしたのか、からかうようにネリーに顔を向けた。
「うむ。ついダンジョンに向かいそうになったが、私は優先順位がわかっている女だ。ここで必要なのは一人でも多くの薬師だと思って、クリスを迎えに行ったんだ」
ネリーがふふんと胸を張る。
「せっかくネフに迎えにきてもらっても、結局私は間に合わなかったがな。ローザの薬師のことを考えると、私がいなくてかえってよかったような気はしている。もちろん、現場にサラがいたからこそ、そう言えるんだがな」
確かに、あの時クリスがいたならば、サラもローザの薬師たちも、決断を頼ってしまっていたかもしれない。
「ところで、クリスはどうして東の草原に? 薬師ギルドかテッドのところにいるかと思っていました」
このところクリスとは別行動だったので、東の草原にいるなんて驚きである。
「薬師ギルドは私がいるとそわそわして仕事にならないし、テッドも同じだから、早々に引きあげた。テッドは思ったより大丈夫そうだったしな」
苦笑するクリスにはお疲れ様しかない。
「この間、ハンターギルドでローザの町が西側に結界を広げているところだという話を聞いただろう。では、東側はどうなのかと気になってな」
「コース的に、東側はタイリクリクガメが通る可能性があるから、西側にしたんじゃないですかね」
「それはそうだが、一度薬師の目で見ておきたかった。そう思って、サラの講習会に参加した次の日からずっと、町の東側から街道沿いに、魔の山のふもとまで観察をして歩いていたんだ。薬草の宝庫だな、東の草原は」
「そうなんですか!」
そんな面白そうなことを一人でしていたとは。サラも一緒に行きたかったという気持ちが沸き上がるが、しょせんやりたいことを全部いっぺんにやることはできないから、どれかは諦めるしかない。
「ツノウサギの宝庫でもあるがな」
「それはそうでしたね」
いったん街道からはみ出したら、命の保証はない場所なのである。
「昨日までは、講習もそろそろ終わりそうだし、魔の山に行く以外、やることがなくなったって思ってましたけど、東の草原は盲点でした」
「おっ。そろそろ行くか? 魔の山に」
アレンが嬉しそうだし、クンツも身を乗り出している。
「俺も言い出した身でなんだけど、講習はそろそろいいかなって思ってる。あとは学んだ人たちが工夫するだろ」
事件が起こってしまい、昨日は今後の相談どころではなかった。
それなのに、とんとんと話が進んで嬉しい状況だ。
「とりあえず、経過を知りたいから、午前中はハンターギルドに行きたいです」
サラの提案は全員一致で可決された。
「こうしてみんなで出かけるのって、ローザに来て初めてじゃないですか?」
「魔の山に行った時も帰りは別々だったしな」
宿を出て話しながら、いつもの泉の前を通ると、後ろの方からザッザッと行進するような足音が聞こえてきた。
「ちょっと通してくれ!」
くたびれた格好をした若いハンターが五人、お互いを支えながら急ぎ足でサラたちを追い越していく。
「なんだろうね」
「同じ方向だし、行ってみよう」
早足で移動できるということは、手助けがいるというほどでもなさそうなので、一行の後を慎重についていくと、向かった先はやはりハンターギルドだった。
「ヴィンス!」
先頭のハンターがヴィンスを大声で呼んだ。
「なんだ、まだ行って一週間ちょっとじゃねえか。なにかあったのか? あったな」
ヴィンスはハンターたちを見て自分で答えを出すと、すぐ後ろから入ってきたサラたちを見てほっとした顔をした。
「まずは解毒薬だ! 解毒薬をくれ!」
「ああ? 解毒薬は昨日ちょうど使っちまってどこにもねえよ!」
ヴィンスがハンターたちの要求に頭を掻きむしっている。
確かに、コカトリスの事件があって、昨日は在庫はもちろん、サラが調薬してすぐの解毒薬まで使ってしまっている。少なくともハンターギルドには解毒薬はない。
「誰か! 薬師ギルドに行ってくれ! っていうか、魔の山から来たんなら薬師ギルドに寄ってくればよかっただろうか」
「思いつかなかったんだよ! 普段薬師ギルドなんて行かないだろうが! ポーション欲しけりゃ売店だろ?」
こんな時なのに、ヴィンスとハンターのやり取りにサラは噴き出しそうになるが、それはハンターたちの誰も倒れておらず、普通の人より早い足取りでハンターギルドに向かっていたのを見ていたからだ。
つまり、元気だということである。
「いくつ必要だ? 私が少し持っているが」
誰かが薬師ギルドに走る前に、クリスが手を上げてくれた。
そういえば、クリスは昨日、すべてが解決してから戻ってきたため、解毒薬を提供していない。
「ありがたい。ほぼ全員毒にやられているんだが、手持ちの解毒薬を分け合って使ったから、できれば全員分ほしい」
改めて見てみると、五人いる。
「私が持っているのは五つ」
「私も五つ持っているぞ」
隣のネリーも提供してくれるようだ。ネリーもクリスと一緒に戻ってきたから、解毒薬は持ったままだった。
「待て。お前ら、よく見たら五人だけだな。残り三人はどうした?」
ヴィンスがギルドの入り口のほうを、誰かが入ってくるのではないかという目で眺めたが、サラたちの後からは誰も入ってくる様子はない。
「ああ、ハイドたちは残った。コカトリスの群れがいたんだよ、魔の山の中腹に」
「その毒はコカトリスのせいか、なるほどな。おい、ちょっと待て」
ヴィンスは聞き捨てならないというように質問を重ね始めた。
「残ったって、お前ら……。確かにあいつらはベテランだが」
サラたちが助けに行った薬師たちの護衛のハンターたちはベテランまではいかなかったが、結界箱があったので、魔の山で待つことができた。だったら焦る必要はないということだろうか。
「魔の山の小屋にいるのか?」
「いや、俺たちをかばって中腹でそのままだ。すぐに後から行くから、先に戻って解毒してろって叫んでた」
一瞬、ハンターギルドにいやな沈黙が落ちた。
「まず一歩」10巻、11月25日発売です。
活動報告に書影と近況をアップしました!




