講習会当日
「嘘だろ……」
講習会の日、クンツは真っ青な顔で天を仰いでいた。
正確には、見上げているのはハンターギルドの地下室の天井である。
サラたち四人が、一人だけでも来ますようにと祈りながら集合したギルドの訓練室には、一人、また一人とハンターが集まってきたかと思うと、最終的にはこんなにハンターがいたのかと思うほどの人数になってしまった。
一応、基礎講習と銘打って入るので、ヴィンスが、遠慮がちな若い子たちを前に集めているが、壁沿いに腕を組んで立っているベテランたちの迫力ときたら、まず曲がる魔法から始めようと、クンツと並んで前に立っているサラも裸足で逃げ出しそうなほどだった。
「とっとと始めろよ!」
しまいにはヤジを飛ばす人まで現れて、クンツはともかくサラは涙目である。
「ほう。クンツの盾に目がくらんで、基礎講習という字が見えなかった奴がいるようだなあ?」
サラの肩をぽん、と叩いて前に出てきたのは、後ろに控えていたネリーであり、クンツの後ろからはアレンが前に出てきている。
「七年たっているからな。もう私も忘れ去られたらしい。悲しいことだ」
少しうつむいてふるふると頭を横に振っているネリーの、きれいな赤毛のポニーテールもふるふると揺れている。だが、口元がにやけているのをサラだけは知っている。
「ゲッ!」
「赤の死神だ!」
「馬鹿! 女神だろ!」
壁のほうが急にざわざわし始めた。
すかさずヴィンスが講習の開始の宣言をする。
「あー、今日の講師を紹介する。前半の魔法部門は、薬草ハンターのサラと、クンツの盾のクンツが担当で、後半の身体強化部門は、英雄アレンと、赤の女神ネフェルタリが担当だ」
慌てて帰ろうとするハンターが入り口のドアの方を見ると、そこにはミーナがにっこりと笑顔で立っていた。
バタン。
何も言われずとも、途中退場は不可能だと、ハンターたちが悟った瞬間である。
「クンツの盾のクンツってなんだよ」
クンツの愚痴は聞かなかったことにしておこう。
講習の中身は、王都でやっていることと同じだ。
まず、目を引くためのサラの曲がる魔法の実演から魔力操作の大切さを教える。
そして、サラのバリアからのクンツの盾の実演。最初はベテランには退屈でも、サラのバリアを殴り放題になるあたりからは参加型で楽しくなるし、そのままアレンとネリーとの模擬戦闘に移るから、会場は大盛り上がりだ。
でも、ベテランが盛り上がってくると比較的若いハンターは迫力負けして引いてしまう。
解散の後に、希望者だけ残ってもらって魔力操作と身体強化を丁寧に教えていると、あっという間に昼になっていた。
最後まで見ていたヴィンスは、感心することしきりだった。
「これを無料で教えていいものなのか。はかりしれない価値があるぞ」
サラからすると、ハンター証を取ったからとすぐに実戦に入れることがおかしいように思うのだ。
「もしやる気があるのなら、一ヶ月に一度くらい、その月にハンターになった人向けに基礎講習をやるのはいいかもしれませんよ。さすがに盾やバリアは難しいけど、魔力操作と身体強化のコツくらいは教えられるでしょうし」
「ローザのダンジョンはいきなり中層レベルだから、ここでハンター証を取る奴はあまりいないんだよな。比較的歴の浅い奴向けに、何かやってもいいかもしれないなあ」
ヴィンスがやる気になれば、いつかローザでも実現するだろう。
「あ、じゃあ私、西側の薬草講習に行ってきます!」
「忙しいなあ、おい」
あきれたヴィンスの声と、皆の行ってらっしゃいの声に見送られながら、サラは町の西門に走った。
薬師ギルドには話は付けてある。
「よし、間に合ったぞ。あれ?」
西門から出たところには、薬師の集団がテーブルと椅子を出して優雅に昼食をとっているところだった。
「クリスにテッド、クラリッサに、ルロイなんて横になっているし……」
確かに、収納ポーチには家具だって入る。だからといって、長椅子まで持ってきて、寝転んでまで薬草採取の講習を見たいものだろうか。
「でも、テッドの顔色はどんどん良くなってきてる気がする。まさか、クリス成分が不足していたとか?」
それなら、だいぶ長いこと離れていたのに、なぜ今なのかという話になる。
薬師に気を取られていたけれど、よく見るとそこそこの人数が集まっている。
「お姉ちゃん!」
いつもの二人組も手を振ってくれている。
「俺、午前中のハンターギルドの講習会を見学してたんだ! 姉ちゃんって、すごいハンターだったんだな!」
「ハンターじゃないよ。薬師だよ」
サラは笑って訂正する。参加者がたくさんいて、ハンターギルドでは少年を確認できなかったが、無事参加できたらしい。
「さ、準備を始めようか」
サラはポーチから長机を出して、その上に自分の薬草かごをポンと置いた。
「はじめますよー」
大きく手を振ると、希望者がわらわらと集まってくる。
「ええと、今日が初めての人は?」
十数人いる中で、三人だけだ。
「では、今日初めての人に合わせて、最初は薬草採取の復習をして、その後は、上薬草と、魔力草について教えたいと思います」
経験者なのに、講習会に参加しているということは、教わったけれど自信がないか、最近採取していないかだと思うので、もう一度薬草採取のおさらいをする。そのうえで、もっといろいろな薬草を知りたいと言う人にも配慮する作戦だ。
「ちょっと待ってください! 教えるのなら薬草だけで十分なのでは? ここら辺に他の薬草があるとは思えないし」
後ろの薬師から声がかかる。
「参加者以外の質問は受け付けていません。お静かに」
サラは振り返りもせずに冷たく言い捨てた。
見学だけならともかく、邪魔をするなら来なければいいのにと思う。
「それから、参加するなら私の前に来てください」
これはテッドの隣に優雅に座ってるクラリッサに向けた言葉である。
薬師ギルドに行った時、実はクラリッサが薬師希望だと知った。生徒として参加を打診されたので受けたが、お嬢様気分でいてもらっては困す。
サラはまず薬草かごから、薬草を人数分出してテーブルにずらりと並べた。
そのタイミングでセネガがサラの隣に立ち、クラリッサが遠慮がちにテーブルの前に並んだ。
美しいが普段着と思われるドレスに、汚れ避けだろうエプロンを付けているから、着るものは合格である。
「これ、わかります?」
薬草ですと、口々に反応が返ってくるが、自信のなさそうな人もいる。
「自信のない人と、今日初めての人は、薬草を手に取ってよく見てください」
サラの言葉に従って、クラリッサはじめ指定された人が薬草を手に持つ。
「自信のない人は、記憶とどう違っていたのか観察してください。初めての人は、薬草の特徴を説明しますよ」
どういう色か、葉の形や生え方はどうか、そして匂いはどうか。
ひと通り確認したら、次は実践だ。
「では、その見本の薬草を持って行っていいので、それと同じものを探してください。薬草は案外どこにでも生えているので、すぐそこの草むらからでいいですよ。一〇本集まったら持ってきてください。その場で買い取ります」
経験者の人にも、薬草を持って行っていいかと問われたので、サラは快く許可を出す。
「いつも薬草を持ち歩いているんですか? ポーションではなく?」
セネガが不思議そうだ。
「そうだよ。というか、ポーション類ももちろん持ち歩いているけれど、薬草も持ってる。薬草類は見つけたら、すぐに補充。ほら、足元にもある」
サラはセネガに薬草の場所を示した。
「こんな人の歩くところに……」
驚いているセネガは放っておくとして、サラはどうしていいか戸惑っている、新人の三人とクラリッサを、少し離れた草むらに導いた。
「薬草の特徴は頭に入れてあるね。そのまま手に持っていていいから、こうしてしゃがみこむか、地面に膝をついて視点を低くしてみて」
サラは片膝を付いて見せた。当然、膝は汚れてしまう。
だが、そんなことは覚悟してきたのか、クラリッサ含め全員が即座に膝を付いた。
「そうして、手の薬草と、周りの草むらを見比べてみてください」
サラが連れてきたのは、薬草が割とある草むらだ。
「あっ! これ!」
最初に薬草らしきものを見つけ、手を添えたのはクラリッサだった。
「正解です。では、見本の薬草と同じ長さに折り取ってください」
ぶるぶると震える手で薬草を折り取ったクラリッサが誇らしげにサラを見ると、その目には涙が光っている。
いや、そこまでか? と思ってしまうサラだったが、にっこりと頷いてみせる。
「ありました!」
「これですか?」
など、新人も次々と薬草を見つけサラに確認する。
ほぼ正解だったので、後は採取を続けるように指示すると、サラは立ち上がって経験者たちのほうに向かう。
経験者たちは、時々手に持った薬草と見比べながら、黙々と薬草を採っている。
「大丈夫そうだね」
サラはうんうんと頷くと、テーブルに戻り、今度は人数分、上薬草と魔力草を並べ始めた。
「ああ! 魔力草だ! これ、薬師ギルドに納品しませんか」
セネガが思わず手を伸ばしている。
「だめ。これも見本にするんだから」
伸ばされたセネガの手をぺんと弾いていると、素早く薬草を採取してきたのは、サラの知り合いの少年少女だ。
「お姉さん、これ!」
一緒の場所でとったのだろう。きちんと一〇本まとめて持ってくる。
「それと、これも!」
「はい、魔力草ね。これは一本単位でも買い取るよ」
サラはその場でさっと精算してしまう。
「はい、どうぞ。他の人が集め終わるまでどんどん採ってきていいからね」
「まさかこんなところに魔力草があるなんて」
また草むらに走り去っていく少年少女を、驚いているセネガの隣で微笑ましく眺めていると、次に来たのはクラリッサだった。
「これ、一〇本と、あの。これなんですけど」
サラは驚いたが、受け取る前に、テーブルの上の上薬草に自然と手が伸びた。
「比べてみましょうか」
クラリッサの手にあるものとサラの手にあるものは、完全に一致した。
「上薬草ですね。よく見つけましたね」
素直に褒めると、クラリッサは肩からななめにかけた上品なポシェットから、薬草一覧を取り出した。こんなおしゃれな収納ポーチもあることにサラは驚いた。どこで買ったのか聞いてみたくてうずうずするが、今はそんな場合ではない。
「これをいつも見ていたから」
その薬草図鑑は、丁寧に扱われていることはわかるものの、ページが少し膨らんでおり、何度も読みこんだことが伝わってくるようだ。
「今は間違ってもかまわないので、薬草でも上薬草でもなんでも採ってきていいですよ。私が判定しますから」
サラは自信を持たせるようににっこりと微笑み、薬草と上薬草を買い取った。
クラリッサは、合わせて二〇〇〇ギルを大事そうにポシェットに入れ、急いで採取に戻っていく。
全員が薬草一〇本を自信をもって揃えられるようになったら、次は上薬草と魔力草だ。
「既にできている人もいますが、今度は上薬草と、魔力草です。上薬草は一本で一五〇〇ギル、魔力草は一〇〇〇ギルになりますよ。ただし見つけにくいです」
サラは薬草と同じように、上薬草と、魔力層の特徴も説明し、乾燥している場所もチェックしてみることをアドバイスする。
「ここからは、薬草でもいいし、上薬草でも魔力草でもいいので、ここから一時間ほど採取したら買い取って終わりにします」
終わりの時間を決めて、また採取に向かわせる。
先ほどと違い、わかりやすく乾燥した町の外壁のあたりを探す者、慣れ親しんだ薬草を探す者など、思い思いのやり方に分かれて採取を始めている。
「上薬草も魔力草も全然足りていなかったので、正直初日でこんなに集まるなんて驚きです。それに見てください。腰をかがめるのではなく、しゃがみこむか膝を付いて探しています。そんなこと今までなかったのに」
「草と同じ視線になったほうが絶対探しやすいから。セネガもやってみるといいよ」
渋々と草むらに向かうセネガを見送ると、いつの間にかテッドもクリスや他の薬師も薬草採取に参加している。
「そりゃ座ってるだけじゃ退屈だもんね」
後ろを振り返ると、ルロイは長椅子ですやすやと眠りについていた。
「ローザの薬師ギルドって、なんかちょっとずれてるんだよねえ」
とはいえ、カメリアのギルドもたいがいだったし、薬師ギルド同士の交流があるわけでもないから、その地方の独自性が出るのかもしれなかった。
「はーい、時間でーす! 今日はここまでで、明日から何日か続けて開催しますよー」
皆を呼び集めて、薬草の買取をすると、それぞれ満足したように帰っていった。
この様子だと、新しい人が明日は来るかもしれない。
「以前の講習会では買い取りまではしませんでしたが、すぐに成果が出ると皆さんやる気が違いますね。何より一人一人に見本を見せるというのは効果的のようです」
セネガも膝を汚して、手に薬草をたくさん抱えて戻ってきていた。
「やり始めると楽しいですね」
「でしょ?」
薬師でも採取が好きな人とそうでもない人がいるので、セネガは好きなタイプのようだ。
「だからギンリュウセンソウを探しに行きたかったのかな」
「単なる好奇心でしたが、無謀も無謀でした。反省しています。いくら町長に生えている場所を聞いたからって、見つけられるとは限らないということがわかりました。薬草ですら初心者並みなのに。あと、ワイバーンや高山オオカミどころか、ツノウサギすら無理です」
町の外壁のすぐそこに、スライムがいることは教えないほうがいいかもしれない。
セネガと話しながら、長テーブルを片付けて、ルロイの長椅子のほうに振り向くと、そこにはテッドと向き合うクラリッサがいた。
「まず一歩」10巻、11月25日発売です。
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