講習会
ネリーたちが残りの薬師を連れて戻ってきたのは、次の日の夕方だった。
「感謝する! そして久しぶりだな!」
ギルド長がネリーに飛びつかんばかりに感謝していたのを、クリスがすかさず止めていたのには笑ってしまった。
「お前たち、後で説教な」
「勘弁してくださいよ。副ギルド長にもさんざん説教されたのに」
そして戻ってきた護衛をギルド長室に引っ張っていった。
「今日戻ってくると思って二層の宿を取ってあるから、今日はとりあえずそこで休んでくれる?」
さすがミーナ、手配は万全である。
ローザにやって来て三日目、やっと全員揃うことができ、夕食後に、一番広いクリスとネリーの部屋に自然に集合することになった。
戻ってきた一行には、特に話すようなことはなかったらしく、クリスから話を始めた。
ギルド長に聞いたローザの現状だ。
「じゃあ、結局、ローザでもめ事があったわけでもなく、テッドが困っていたわけでもないってことなんだな」
クリスの話を聞いたネリーがなるほどと頷いた。
「ジェイによるとそうなるな。テッドとも、魔の山から下りてきて少し顔を合わせた後は会っていないから、本人の話を聞いたわけではないんだが」
「よかったではないか。それなのに、なぜそんな暗い顔をしている?」
ネリーがクリスを不思議そうに見ているが、クリスが暗い顔をしているとはサラも含め誰も気づいていなかったので、一斉にクリスに視線が集まった。
「一つ目は私の思い込みで皆をローザに連れて来てしまったこと。二つ目はそのせいで面倒な依頼を受けることになったこと。最後は……」
クリスはちょっと言いにくそうにしたので、代わりにサラが言ってあげることにした。
「テッドの顔色が悪くて、あんまり調子がよさそうじゃなかったんです。だから、心配なんですよね」
「そうだ。ジェイはテッドは困ってはいないと言っていたが、なにか行き詰まっているような感じがしてな」
あのカメリアのアウェイな雰囲気の中でもまったく顔色を変えなかったテッドなのに、憔悴している感じだったのが気になるのはサラも一緒だ。
「そうか」
ネリーは納得したように頷き、そのまま部屋には沈黙が落ちた。
「いやいや、理由が分かったからよし、じゃないんですよ、ネリー」
自分の他に突っ込み要因がいるのはとても助かると、サラは感謝を込めてクンツを見た。
そのクンツはまっすぐにクリスのほうを見ている。
「俺たち、来たくて来たんだから、ローザに来たことなにも後悔してないですよ。それから、ローザじゃなくてどこの町にいたって、俺たちにしかできないことがあればもちろん、手を貸します」
サラもアレンも大きく首を縦に振る。
巻き込まれて仕方なくやるという時代はとっくに終わったのだ。
「テッドのことが気になるんならさ、遠慮せずにぐいぐい押したらいいんだよ。もともとクリスは、自分がやりたいようにやる人だっただろ。俺たちも含めて、周りのことなんて気にせずに、やりたいようにやればいいと思うよ」
アレンの意見にサラも賛成である。
少し人に気遣えるようになったクリスもいいと思うが、思う通りに行動するクリスのことを嫌いなわけではないのだ。
少しすっきりした顔になったクリスに、クンツがまた口を開いた。
「それに俺、ローザでやりたいことができたんです。やりたいことというか、やらなくちゃいけないことというか」
クンツはアレンとサラに交互に視線をよこした。
「二人にも相談しなくちゃなんだけど、ローザのハンターギルドで、あれをやりたいんだ。王都でやっていた、初心者講習というか、基礎講習を」
「それはいいけど」
唐突なクンツの発言にサラは戸惑ったが、はっと気がついた。
「クンツの盾?」
「そうなんだ。けど、その呼び方、どうにかならないもんかな」
眉をへにょりと下げたクンツには気の毒だが、ローザにまで、本人を差し置いて広がっている技名なので、もうどうにもならないと思うサラである。
「名前ばかり先走って、実が伴ってない。魔の山で会ったハンターたちが盾を過信していて、ぞっとしたんだ。あれは習得した後も、まともに使えるようになるには反復練習が必要だし、簡単に使えるものじゃない」
王都のハンターでも、すぐに実戦で使えるようになったのはベテランハンターだった。新人のほうが頭が柔らかくコツをつかみやすいが、経験のある人のほうがうまく使いこなしていた。
「一人でもできるけど、サラとアレンがいたほうが説得力のある講習ができる。後で魔の山に行くのにも付き合うからさ。まずは俺に付き合ってくれないか」
クンツが自分から何かをやりたいと言い出すことは珍しい。
既に王都でやっていることなので、付き合うのはやぶさかではない。
「じゃあ、私からもいいですか」
サラも手を上げた。
「私も、薬草採取の講習会をやりたいんです。町の西側を見に行ってみたら、けっこう薬草採取している人たちがいて、もっといろいろな種類の薬草を知りたいと言っていたから、協力してあげたくて。もちろん、新しく、薬草採取に参加する人を増やす目的もあります」
薬師ギルドに断りを入れなければならないが、今のサラには遠慮なく交渉できる力がある。
「俺も講習会に協力するよ。けど、その後は魔の山に行かせてもらうからな」
これがアレンのやりたいことだそうだ。
「それなら、私もクンツの講習会に参加させてくれ」
今度手を上げたのはネリーである。
「クリスの支えになってやりたいとも思うが、正直なところ、私がいないほうがテッドも胸襟を開きやすいだろう。今回クリスは、純粋に薬師としてテッドを導くべきだと思うし、それなら私は、ハンターとして自分の仕事をしたいと思うから」
「ネフ! それは……」
クリスが悲しそうな顔をしているが、ネリーの言う通りだとわかっているのだろう。
「もちろん、なにか私たちにできることがあれば協力しますから。食事にも呼ばれていることだし、テッドの家にも押しかける気満々ですよ」
「そうか、そうだな」
クリスも何かが腑に落ちたというような顔をした。
「私はテッドと、それからやらかした薬師ギルドに、元ギルド長としてしっかり向き合うことにする。それにしても」
クリスはふっと笑みを浮かべた。
「みんな、大きくなったのだな」
「よせよ! もうとっくに成人してるんだからな」
照れたようなアレンの声をきっかけに、話は雑談に移った。
やって来ていきなり事件に巻き込まれたローザではあるが、明日からは順調に過ごせそうだとサラは胸を撫で下ろすのだった。
「ほんとか!」
クンツからの講習会の提案に、ヴィンスは受付からがばっと身を乗り出した。
「王都では、なりたてハンターのために始めたのがきっかけなんですけど、ベテランも参考にしてくれたし、騎士隊にも講師として招かれたことがあります」
「おいおいおい、幸運が空から降ってきたのか? ハンターが増えてきているのに、ろくに技術もない奴ばかり、言えば助けてやろうと思っても、声をかけても来ない、怪我人は増えるばかりで、まあ、最近ポーションが足りないことはなくなったが」
ヴィンスの脈絡のない言葉を聞いていると、嬉しさと愚痴が入り混じって混乱しているのがよくわかる。だが、ポーションが足りていないことはないという言葉にサラは安心した。ポーションが足りなくて、薬草を根こそぎ提出させられた昔と比べたら、ハンターのポーション事情は改善させられているということだからだ。
「基本的には、ハンターになって数年の新しい人を対象にして、見学は自由ということにすればいいんじゃないでしょうか。明後日くらいから始めるとして、今日明日は、受付で対象になりそうな人に声をかけてもらえれば」
「よっしゃあ! ミーナ!」
「ギルド長室で詳細を詰めるわよ! 貼り紙を作って、声掛けして、それからあなたたちの報酬を決めないとね!」
報酬という言葉に戸惑うクンツに、ミーナがチッチッと人差し指を振った。
「技術の提供には対価が必要よ。王都でどうだったかは知らないけど、ローザではそんな甘いことじゃだめよ」
「は、はい。お願いします」
クンツを筆頭に、アレンとサラ、それにネリーがミーナに続いてギルド長室へ移動しようとする。
「え、なんで四人なんだ?」
ヴィンスが中腰のまま戸惑っている。
「あ、俺、身体強化担当です」
とアレンが右手を上げる。
サラも真似して右手を上げた。
「私は魔法とバリア担当です」
「そして私はアレンの手伝いだな」
最後にネリーが腕を組んで胸を張っている。
「おいおいおい……。豪華すぎるだろ。その講習、俺が受けてもいいか?」
「もちろんだ」
「なんで手伝いのネフェルタリが威張ってるんだよ」
笑いに包まれながら向かったギルド長室で、講習会は二日後の午前中からと決まった。
ちなみにギルドからの講師料は、お気持ち程度であった。
「まず一歩」10巻、11月25日発売です。
活動報告に書影と近況をアップしました!




