記憶
しばらくお休みして申し訳ありませんでした。
近況と、書影は近く活動報告に上げます。
また更新をお楽しみください。
25日の発売日まで、頻度を上げたいと思います。
クリスと待ち合わせていたギルドの食堂では、料理長がわざわざ料理を運んできてくれた。
「立派な薬師になったなあ、サラ。あの頃は何になるかまったく見当もつかなかったが。料理人という可能性はもうないのか?」
「料理は続けてますけど、たくさんの人に食べさせたいというほどではないから、料理人はちがうかなって」
「手伝いならいつでも募集しているからな」
騎士隊が怪我をして戻ってきた時、サラは売店から薬師の活躍を眺めるだけだった。
それが今、薬師のローブをまとってここにいる。
ダンジョン帰りのハンターも増えてきて、薬師の二人が食事をしているのをいぶかしそうに見ていくが、その視線も心地いいと感じるほど、薬師の仕事に誇りを持っている。
「あの時、ここにサラもいたんだな」
クリスも同じことを思い出していたようだ。
「はい。売店で売り子をしていました」
「ローザでのサラの記憶はあまりないんだ。薬草を採取する珍しい子どもがいるとは知っていたが、それだけで」
「目立たないようにしていましたからね」
それでも、身寄りのない子は目立っていただろう。今の料理長のように、陰ながら気にかけてくれた人も多い。
「だが、記憶にあろうとなかろうと、私にはあまり意味がないんだ」
サラはクリスが何を言っているかわからず、きょとんとしてしまう。
「ローザの町は、王都にいた時よりもやることが多くて、ある意味充実していたし、印象に残る人や物もたくさんある。だが、それはあくまでも記憶にすぎなくて、私にとってはなんの意味も価値もないことだ。だから、記憶にあってもなくてもどちらも等しく意味がない」
「確かに、ネリーと薬師の仕事以外にはあまり興味がなさそうでしたもんね」
当時、サラのことが目に入っていたとしても、どっちにしても興味は持ってはもらえなかったんだと思うと、寂しいような、むなしいような複雑な気持ちである。
「だが、思いがけずローザを離れて、ネフと一緒に旅ができることになった。できるだけ一緒にいたいという念願がかなったあの瞬間の喜びは今でも忘れない」
その旅には私とアレンとテッドも一緒でしたよと言うべきだろうかとサラは悩んだ。
「その旅で初めて、ネフ以外にも気にかけるべき存在がいることを理解した。最初はサラのことも薬師の弟子としてしか対応できなかったが」
最初だけでなく、今までずっと薬師の弟子扱いですよと、これもまた言うべきだろうか。
「近くで親しく付き合ううちに、テッドにしろサラにしろ、弟子としてだけでなく、何というか、愛着のようなものが湧いてきてな」
アレンはその中に入っていますかと問いかけてもいいだろうか。
「アレンは、知っての通りゆっくりとだ。ハイドレンジアに来て、その後王都に行って、そこで初めて、アレンですら悩み、不安になると知った。その時まで私にとってアレンは、ジェイやヴィンスと同じ、気にかけなくても自立している対等な存在だったからな」
それはそれでアレンへの信頼があついが、ということは逆に、サラもテッドもあまり自立した存在ではなかったのだなあと感じる。確かに、二人とも頼りなかったのは認めるしかない。
「サラやテッド、そしてアレンが、自分にとって、家族というか、身内のような存在へと変わったとき、記憶が一気に塗り替わったように思えたんだ」
「記憶が、塗り替わる?」
クリスの話は少し難しい。
「記憶に、色が付いた。記憶の中のテッドやサラが意味を持った。記憶の中で、大切な人たちが、喜んだり悲しんだり、苦しんだりし始めた。同じ風景が、まったく別のものに見え始めたんだ」
「それは、なんだかわかるような気がします」
後の気づきや解釈によって、記憶の解像度が変わるのは、サラにも経験がある。
「騎士隊が魔の山から逃げ帰ってきた時のことを思い出してみると、ちらりと記憶の端にいた少女がサラだった。騎士隊の皆に水を運んだり、タオルを貸したりしていたといつか話していたな。サラのことだから、怪我をした人をハラハラして眺めたり、意外と有能なテッドの姿を感心して見たり、薬師の仕事に興味をもったりしていたのではないか」
「その通りです」
サラはクリスの想像が当たっていて思わず微笑んだ。
「単なる仕事の記憶が、いろいろな人の思いが交錯する、情報量の多い記憶に変わっていく。それは不思議な感覚で、嬉しいと言われるかと言うと、そうでもなくて、ただなんというか」
クリスは顎の下で手を組んで、少し遠くを見つめている。
「当時から同じように感じられたら、もっと色鮮やかな人生になっていたのではないかと、少し自分を残念に思うんだ」
「そうですね。その気持ちはわかります。でも、自分は自分だから。その時の自分は、その時の精一杯なんだと思うんです。だから、残念な自分でも、大事にしないといけないんじゃないでしょうか」
サラも、薬草を採取し始めた時から薬師を目指していたら、あれこれ悩まずにもっと早く薬師になれていたかもしれない。けれども、その時のサラにはそれはできなかったし、悩んだ末の選択だからこそ、今迷わずに仕事ができている。
当時のクリスが、サラをあまり気にかけてくれないクリスだったとしても、それがその当時の精一杯のクリスという人だったのだと思う。
思い出話は気恥ずかしいものだ。その後は、話題を変えて、サラが町の東側で観察してきた薬草採取の子どもたちの話を、そしてクリスがジェイから聞いた話をしながら食事をし、ギルドの二階の宿でぐっすり眠りについたのだった。




