大きくなった(ギルド長視点)
「転生少女はまず一歩からはじめたい」10巻は11月25日発売です!
(ギルド長視点)
「若いねえ」
ジェイは楽しそうな顔でサラが出て行ったドアを眺めている。
「サラはもともとそこまで体力があったわけじゃないんだが、王都ではダンジョンの深層で地図作りをしていたらしいからな。あれほど嫌っていた騎士隊にも顔を出して、勉強していたようだし。ネフから離れて、ずいぶん自己主張ができるようになった」
「なるべく目立たないようにって、小さく小さくなってたからなあ、あの頃は」
「その頃のサラのことは、あまり記憶にないんだ。今はそれを残念に思うよ」
クリスもジェイと同じようにドアのほうを眺めている。
「お前、変わったな。前はネフェルタリのこと以外は意外は目にさえ入っていなかったのに」
「そうか? 今は愛しいネフが、毎日そばにいてくれるからかもしれないな。ローザに来ると決めた時も、副ギルド長を辞めてまで私に付いてきてくれた。これほど深い愛があるだろうか。いや、ない」
「やっぱり変わってないな、お前」
ミーナはそのやり取りを見て、おかしそうに笑うと、受付の仕事に戻っていった。
「にしても、ここにいた時は確かに薬草は納めていたが、まさか薬師になるとは思いもしなかったぜ。そばにいたのがネフェルタリとアレンだし、押しに弱く人に流されやすいところがあったから、てっきりハンターになると思っていたが」
「人だけでなく、魔物でさえなるべく傷つけたくないという子だ。性格的にハンターは無理だろう。私は最初から薬師向きだと思っていたし、できれば薬師に育てたいと思っていた」
「つまり、お前に押されて流されたんだな」
ジェイはあきれたようにクリスを見た。
「それにしても、お前の人材を見つけて育てる力だけは認めなければならねえなあ。あのテッドでさえ一人前の薬師に育て上げたんだからな」
「あれを育てるのがどれだけ大変だったことか。クラリッサも、育てようと思えば育てられたが、なにしろ時々しか顔を出さないようではな」
クリスが苦い顔をする。
「貴族の娘だ。親が認めない以上、どうしようもない」
ゴドウィンが望んでいるのは、町長夫人としての娘の幸せである。
「ところで、ローザは今どうなっている。いきなり事件があって驚いたが、王都で聞き及んだほどには、問題が起きているようには思えないが」
クリスはようやっと気になっていることを口にできた。
「王都でどんなことが噂になってるのか、そっちが気になるがな」
「一番は、資金不足で職人が引き上げたという話だな」
「あー、あれか。確かに、街道を拡げるための職人は引き上げてしまったなあ。彼らが増えたことで屋台も増えたが、王都に戻ってしまったから立ちいかない屋台が出てるのは確かだな」
屋台の話は、職人が王都に戻った影響であって、戻った原因ではない。
ジェイもそれに気が付いたのか話を戻す。
「急いでやりすぎたんだよ。街道の整備には、道のための資材だけじゃなくて結界のための魔石が必要だ。だが、魔石が足りないんだ」
「金か?」
「それももちろんある。だが、そもそもローザの町の結界の拡張にだいぶ魔石を使ったから、在庫が少ない中での街道を拡げる整備だろ。ギルドに納入された端から提供したが、結局足りなくてな。十分な魔石が集まるまで、いったん休止ということになったんだよ。もう少しで魔の山までつながるところだったが、惜しかったな」
「待て。ローザの町の拡張だって? 三層構造を変えるのは無理だろう」
クリスが驚いて表情を変えた。
「外側だよ」
「外側?」
三層の外側は町の外は当たり前だろうというクリスの顔を見ながら、ローザの町の住人ならだれでも知っていることが、外の人には当然でも何でもないことにいまさらながら気づくジェイである。
それならば丁寧に説明しなければならない。
「きっかけはタイリクリクガメの時だ。タイリクリクガメの進路から、町の東側のほうが危険とわかって、西側の三層の外に町民を避難させただろう? あの時、念のためにと町の結界を一部広げたんだよ」
「そんなことがあったのか」
あの時、確かにクリスもネリーもローザの町に手伝いに来ていた。だが、町が町民にどう対策をとったかについては、詳しくは知らなかった。
「ローザは、町の外にさえ出たことのない奴がたくさんいる。あれをきっかけに、意外と町の外も結界の範囲なら大丈夫という雰囲気が広がってな」
一層、二層の住民たちは、三層にすら出ることがなかったりする。出るとすれば、一気に王都まで行く。
ローザのいびつなところだ。
「ハンターだけでなく、三層の住人からも、壁の外に家を建てられないかという話が出始めたんだ。なにしろローザには新しく家を建てる場所が全然ないからな。新規に来るものにとっては大問題だ」
「壁の外か。そもそも壁のない町がほとんどで、結界のない町さえある。家から直接草原が見えるなど、当たり前のことなんだが、ローザが特殊なだけなんだよな」
「そうなんだ。とはいえ、いきなり家を建てる許可など出せないから、とりあえず西側の結界の拡張と、町の外の宿泊整備が始まったってわけだ」
「それでテントの場所が広がっていたのか」
東側のテント村が広がっていたのは見間違いではなかったらしい。
「ああ、数年後、そいつらに何の被害も出なかったら、壁の外に家を作るのを許可する、って流れになると思うぜ。東側に簡易宿泊所、西側に住宅街ってとこかな」
「そんなことになっていたのか……」
呆然とするクリスの肩を、ジェイはポン、と叩いた。
「言うほどテッドも困っちゃいないと思うぜ」
「それならよかった、のか? それなら、少しテッドの相手をして、薬師ギルドの様子を見たら、ネフとサラと一緒に魔の山を観光して帰るか」
「ハハハ。クリス、お前、ほんとに変わったな。やっと成長期が来たみたいだぜ」
何のことかとクリスがジェイを見ると、ニヤニヤと笑っている。
「今までのお前ならさ、用が終わったらとっとと帰っていたし、テッドの相手なんかしなかったし、薬師ギルドなんて勝手にやればいいと思っていただろうし、魔の山もサラもどうでもよかっただろう」
「そんなことはない」
ジェイの物言いにクリスもさすがに苦笑いである。
「いーや、あるね。そもそも魔の山は観光するとこじゃねえってのは置いといても、ネフェルタリ以外にも気にかける奴がいっぱいできたってことだろ。やっと友だちってのができたってことだなあ、おい。これを成長期と言わずして何と言う?」
からかうジェイに、クリスは真顔で答えた。
「友だちならジェイとヴィンスがいたではないか」
「え」
ジェイはぽかんと口を開けた。
「なんで赤くなっている。熱ならポーションを出すぞ」
「いや、俺、友だちだったの? クリスの? いやあ、そうなの?」
「何を嬉しそうにしている。特級ポーションでも出すか?」
「いや、それ死んじゃうかもしれないやつだからやめて?」
大きくなっているのは、サラだけじゃないんだなと思うジェイなのだった。
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また、まず一歩のコミックス7巻が10月14日に、
転生幼女の書籍11巻が10月15日に発売です!




