ローザへ戻る
「アレンが目を覚ました時と同じですね。本人にはあまり怪我の自覚がなく、状況に付いていけていない感じです」
「妙にはしゃいだ感じも似ているな。ルロイの場合は、頭部への怪我ではないから、怪我人の自覚はあるはずなんだが、やはりこれが特級ポーションの特性の一つなのだろうか」
薬師の視点で見てしまう二人である。
「いずれにしろ、この後は無理をしてしまうような気がします。特にクリスが来たことで浮かれていますから、怪しいです」
「私の何にそんなに浮かれることがある。昔から不思議だったのだ」
クリスがうんざりした顔をする。
「私がしたいことは、薬師の道を進むことと、ネフとその周りの人たちと共にあることだ。それ以外の有象無象にちやほやされても、毒にしかならない。今回のことのようにな」
「うーん。大変でしたね」
クリスの人気ぶりはたいしたもので、カメリアのギルド長以外ではクリスに害意を持った人は見たことがない。その人でさえ、カメリアの町長がちゃんとした対応をしていればクリスを憎むというところまではいかなかったと思う。
だが、名声に興味のないクリスにとっては、人々が向けてくる好意はむしろ邪魔で仕方なかったのかもしれない。
「クリスの何にって言われても、やっぱり薬師として有能だからですかねえ。あとは顔と家柄?」
人柄でないことだけは確かだ。クリスの何に浮かれるかなんて、サラにはわからないし、クリスだって本気で聞きたかったわけではないだろう。
「ハッ。どうでもいいことばかりだ」
持てる者のおごりのような気もするが、こればっかりは本人ではないとその苦しさはわからない。
もう一度眠ったとはいえ、怪我人の容態も安定しており、草原をまっすぐ進めばほどなくローザに着くとなれば、少しだけ気持ちの余裕も出てくる。
「それにしても、魔の山に気軽にハンターが入れるようになったことが驚きです。ネリーといたころは、二年の間に一人も管理小屋まで来たことがなかったから」
「少女を拾ったとわかっていたら、当時の私も無理にでも足を運んだと思うが、ネフは完全にサラを隠していたからな。細かいところを思い出してみれば、確かに違和感はあったはずなのに」
大事なネリーに気を配れないほど、ギルド長の仕事が忙しかったのだろう。
「あと、町の入り口の屋台街が大きくなっていたのに気がつきましたか?」
「ああ。それと、サラがテントを張っていたところだが」
「はい。あの時は私が一番端っこでしたけど、そのときよりテント村が奥に広がってるような気がしました」
「やはりか。東の門あたりで薬草採取をしている町人も見かけたし、ローザの町もずいぶんと変わっているようだな」
ローザに来てすぐに魔の山に向かうことになったが、やはり住んでいた町なので、サラも懐かしくて自然とあちこちに目をやっていたが、クリスもそうだったようだ。
「私がローザにいた時は、町に変化などまったくなかった。いつ来ても変わらぬ、三重の壁に囲まれた美しいローザ。薬師としては、ダンジョンがあって怪我人も多いのにポーションの原料が手に入りにくい面倒な町だった」
「テッドが町長代理になったから、変わったんでしょうか。そういえば、テッド、大丈夫かな」
王都のダンジョンでの採取と地図作りは、おしゃべりしながら走っても、息が切れないくらいサラの体を鍛えてくれた。
「そうだな。顔色が悪く、やせていたように見えた。もともとお茶と菓子だけで食事を済ませるような男だからな」
「お茶は好きでしたもんね」
テッドにもらった茶器は今でも大事に使っている。
「ローザは昔から住んでいる住人の力が強く、変化を好まない町だ。これだけの変化をテッドがもたらしたのだとすれば、それはテッドのわがままで済む話ではない。かなりの軋轢を生んだのではないか」
「心配ですよね」
正直なところ、クリスやサラが心配していたのは、以前自分が振り回されていた程度の、テッドのわがままや自分勝手さ程度だった。
「会いに来て、ちょっと仲裁に入ればなんとかなる程度だと思っていたのだが、さて、それで済むかどうか」
クリスのつぶやきは不穏だったが、サラにはそれに答えを出すことはできない。
二人の会話が途切れたころ、ちょうど東の門が見えてきた。
門の上にいる兵に手を挙げて合図をすると、クリスだとわかったのか大きく手を振り返された。
「ここからはさっさと行こう」
「はい」
そもそも担架を運んでいる時点で注目されてしまうだろうし、その担架が宙に浮いていて誰も手をかけていないということでさらに注目を集めてしまうのは間違いない。その上、ローザの町の人はクリスのことをよく知っているからいまさらだ。
サラとクリスの意見は一致し、町の人に迷惑にならない程度の身体強化で風のように町を突っ切り薬師ギルドへとたどり着いた。
「魔の山からルロイを連れてきたぞ! ベッドの用意を!」
「は? え? クリス様?」
「早く!」
受付に声を掛けると同時に、さっさと薬師ギルドの中に入ってしまったクリスをサラも追いかける。
どこの薬師ギルドも、受付の裏側は調薬のための広い場所になっているが、簡易な治療スペースもある。
そのベッドにルロイをそっと移すと、集まってきた薬師はルロイに駆け寄ったり、残りの薬師について尋ねてきたりしていたが、それは全部クリスに任せて、サラはハンターギルドへと移動することにした。
「ギルドに報告に行ってきます」
「頼んだぞ。私も落ち着いたらすぐに行く」
噴水のある広場を抜けて、二層から三層へ。
二層の店にはほとんど行ったことがなかったが、三層には懐かしい店がたくさんある。サラが住んでいた物見の塔はどうなっただろうか。オオルリ亭のエマは元気だろうか。
寄りたいところはあっても、今はハンターギルドに行くのが先だ。サラは町人やハンターの横をすり抜けて、ハンターギルドに駆け込んだ。
「ミーナ! 戻ってきました」
息も切らさず、受付をしているミーナのところに駆け込む。
時刻はとっくに昼を過ぎているが、ダンジョンからハンターが戻ってくるにはまだ早い。
ギルドの閑散とした様子を見て、サラは昨日、ギルドで依頼を受けたのもちょうどこの時間だったなと気がついた。
「また丸一日もたっていないわよ! いえ、ちょうど一日かしら」
あまりに早かったからか、ミーナも立ち上がったまま、混乱してどうでもいいことに気を取られてしまっている。
まず大事なことを報告するべきだと、サラは息を整えた。
「全員無事でした。一番怪我の重かったルロイだけ、先ほど薬師ギルドに運び込みましたが、怪我自体は治っていますし、クリスが付き添っています」
「そう。よかったわ」
力が抜けたのか、すとんと受付の椅子に座り込んだミーナだが、すぐに立ち上がってサラを裏に招いた。
「詳しいことをギルド長室で聞かせてくれる? 疲れているのに申し訳ないけど」
「大丈夫です」
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