コカトリス
「うわっ」
サラが思わず叫んでしまうくらい突然に、アレンとクンツが森の茂みから勢いよく飛び出してきたかと思うと、そのすぐ後ろをコカトリスが何頭も追いかけてくるのが見えた。
結界を目指して走って来ているのはわかるが、あの勢いでは反対側に飛び出してしまいかねない。
コカトリスも気になるが、まずはアレンとクンツの確保だ。
「バリア!」
すりガラスのような色を付けて、目印になるように大きくする。
サラはそう決めて、バリアをばっと広げた。
「助かった!」
「ひええ!」
滑り込むように飛び込んできた二人は、すぐに振り返ってこぶしを構えた。
「大丈夫。バリアで防ぐから」
何をして追いかけられたのかわからないが、コカトリスのあまりの迫力に、サラはもう少しバリアを大きく広げた。
「うまそうだな!」
「そういう問題じゃないんですけど!」
嬉しそうなネリーにそう言い返したサラだが、そのネリーの言葉ですっと冷静になれた。
そうだ、いずれ食べ物になると思えば怖くない。
「ケエー!」
「いや、やっぱり怖いよ」
結界をガシガシと蹴り飛ばし、しっぽをバシバシとぶつけてくるコカトリスは、サラの身長をはるかに上回る大きさだ。
「顔の位置だけなら、高山オオカミより上だよ。目が怖い!」
姿だけなら、真っ赤なとさかに真っ白な羽の雄鶏だが、カチカチとならされる口には鋭い歯がずらりと並んでおり、爪は鋭い鎌のようだし、しっぽに至っては太い蛇やトカゲそのままだ。
「魔の山のコカトリスは、白い羽と黄色い目が特徴だな。あと、あの歯を見ろ。嚙まれれば毒をもらうぞ」
「解説している場合ですか! 茶色とかもいるってことんですか、 まったく」
「いるな」
冷静なクリスになんとなく腹が立つ。
「さて、じゃあ、ひと運動するか」
ネリーがニコニコと前に出ようとする。
「俺もやる」
「俺もです」
いったん結界の中に入って落ち着いたらしい。
アレンとクンツも前に出た。
「行きます!」
クンツは叫ぶと同時に、地面から竜巻のように風を起こした。
土や小石や枯れた草が、渦のように巻きあがってコカトリスの視界を奪う。
「ほう。やるな」
ヴィンスが思わず感嘆の声を上げるなか、突然のことに戸惑うコカトリスを、ネリーとアレンはあっという間に殴り倒してしまった。
「一対一なら何とかなるけど、やっぱり群れは難しい。今後の課題だなあ」
最初の魔法以外出番のなかったクンツが悔しそうに狩りを振り返っている。
「そのコカトリスは私のだろう」
「違うね。とどめを刺したのは俺だ」
低次元な争いを繰り広げているネリーとアレンとは対照的である。
「なんにせよ、クンツのおかげで楽ができたな。ありがとう」
「まったく、ネリーのコカトリス好きにも困ったもんだ。仕方がないから、三等分して余ったのはネリーが持って行っていいよ。な、クンツ」
「あ、ああ」
クンツは悩んでいるかもしれないが、ネリーもアレンもちゃんとクンツを戦力に入れている。
「優秀な魔法師がいると、狩りはこんなふうに楽になるもんだ。いい組み合わせだな」
ヴィンスにも褒められて、クンツは少しうれしそうだ。
「ああ! 全部でたったの六頭じゃないか! 三等分したら余らないぞ!」
「約束は約束だから、仕方がないね」
にぎやかな二人に、ヴィンスが大きくごほんと咳ばらいをした。
「あー、君たち。そろそろ任務に戻ってもらってもいいかな」
ネリーとアレンははっとしてサラのバリアの中に戻ってきた。
サラが森のほうを見ると、怪しい白い影もなく、朝ご飯の時と変わらぬ光景が広がっていた。
高山オオカミも戻ってきてくつろいでいるので大丈夫だろう。
「いったい何があった? そもそもコカトリスのいる場所ではないというのは別にして、かなり怒らせていたようだが」
ヴィンスがアレンとクンツに問いただしている。
「俺もここらへんでコカトリスを見かけたことがなかったし、そもそも森にいるっているのが珍しくて、後をついていっただけなんだ。ちょっと先まで行ったらすぐに戻ってくるつもりだったし」
「ほんとにちょっとのつもりだったんだ。怪我人を助けに来たんだってことは忘れてないよ」
珍しく二人が言い訳めいたことを言っている。
「ただ、追いかけていったら巣と卵を見つけてさ。久しぶりにサラの卵焼きが食べたいなあなんて思ったら、たまたまコカトリスが巣から離れたんだよ」
「サラの卵焼きはおいしいからな」
ネリーがうんうんと頷いているが、そういう問題ではない。
「一個か二個なら、獲ってもばれないだろうと思って、卵に手を伸ばしたら、実は見えないところにコカトリスが休んでいたらしくてさ。見つかっちゃったんだ」
「それで卵はどうした!」
だから、そういう問題ではない。
「卵はもちろん手に入れたよ。だって、手に入れようがそうでなかろうが、もうコカトリスはすごく怒っていたしね」
「アレンはともかく、クンツは止めなかったのか?」
ヴィンスがすごくまともな質問をした。
「いや、俺もサラの卵焼きは好きだから」
本当にそういう問題ではないのだ。
「卵焼きを皿いっぱいに食べたい」
「そうだ、卵を出さなきゃ」
二人が思いつくままに話しているのだが、なんだか話す内容も雰囲気もいつもと違う。少し幼いような、ぼんやりしているような感じだ。
「アレン、クンツ。少し黙っていてくれないか。そして、そのまま動くな」
クリスはそんな二人を黙らせると、ハンカチを取り出して、クンツの肩から何かを摘まみとった。
「花粉が付いてる。私も一度も見たことがないが、ヴィンス、これはもしかして……」
「ああ。ちょっと心当たりはあるが、今はそれを考えてる場合じゃないだろ」
「そうだな。とりあえず、アレンとクンツは別の結界箱で隔離だ」
クリスは少し離れたところにアレンとクンツを移動させ、サラにハンカチの中身を見せてくれた。手のひらほどの長さがあるそれはおしべだそうで、白い軸の先に花粉がついており、それ自体がまるで花のようだ。
「これがおしべだなんて、花自体も大きいんですね」
「実物を見てみないことにはなんとも。ただ、予想通りなら、これに精神をぼんやりさせる作用がある。そうだとしたら、しばらく休めばもとに戻るから、そしたらみんなでゆっくり降りて来てくれ」
「俺はサラと一緒にいく」
アレンがふらふらと立ち上がろうとしたが、クリスに止められた。
「今のお前は足手まといだ。サラの迷惑になる。後から来なさい」
「でも」
そんなアレンを今度はネリーががっちり止めた。
「ヴィンス、二人の花粉を風で吹き飛ばす。洗い流してやってくれ」
「わかった」
ネリーだって魔法ができないわけではない。ただ荒っぽくて微調整ができないだけだ。これからネリーの風魔法にさらされるアレンとクンツを、サラはちょっと気の毒に思う。
「先に行く」
アレンとクンツはどちらに付くのかという問題は、ある意味強制的に解決されたが、肝心なのは怪我人をローザの町に連れていくことだ。
アレンのことは心配だったが、サラは仕事を優先した。




