順調な毎日
更新再開です。
一応、土曜と水曜を予定してます。
高原の空は広く高く、春のかすんだ淡い青色を見上げていると、サラは自分が水底にいるような気持ちになる。横切る鳥の影が魚のようで見飽きることがない。
「ギエー」
「ここはダンジョンだから本物の空じゃないし、飛んでいるのはワイバーンだけどね」
大きな日傘のように張った緑色のバリアのおかげで、サラたちはワイバーンからは見えておらず安心して薬草の採取にいそしめる。
「薬師だけでも護衛付きならなんとか来られるようになりましたが、やはりサラといると安心感が違いますね」
ワイバーンを気にすることなく、特薬草をそっと摘むのは薬師仲間のノエルである。
「このあたりは特薬草がことのほか多い。ただし、だいぶ奥ですから、よほど強い護衛に頼まないと来るのは大変ですね。となると、ここから先は、定期で採取することは難しいか」
特薬草をポーチにしまうと、今度は地図を出してなにやら書き入れている。
「特薬草はめったに使うものではありませんが、必要な時にはないと困る、面倒なものです。それでもどうやら、安定供給のめどが立ってきました」
サラも協力しながら作っている、王都の中央ダンジョン深層階の薬草分布図だ。
全体の半分ほどに書き込みがあるが、残りは白紙である。
つまり、深層階の一部を使うだけで特薬草が確保できるということだ。
「でも、ここまで来てもギンリュウセンソウは見当たりませんね」
「ハイドレンジアでは、深層でもわりと探しやすいところにあったんだけどね。クリスが言うには、生えている地域の上はワイバーンが避けているらしいから、ここではないのは確実だと思う」
サラはワイバーンの影が横切る空を見上げた。
「ワイバーンの避けるところを探すと言っても、難しいですね」
「クリスが来てくれて、本気になって探せば、すぐに見つかる気がするんだけど」
サラは、薬師としてはノエルの先輩だし、採取にかけてはなかなかのものだと思っている。けれども、薬草に関するセンスについては、クリスには遠く及ばない。
追いつくというのもおこがましいレベルである。
「薬師としてのクリスの才能と情熱は傑出していますからね。王都のギルド長が薬師の頂点だとして、とっくの昔にそれを達成してしまっていますから。今、どこにも属していないのがもったいないと言うべきか、ありがたいと言うべきか」
三〇代で頂点を極めたが、ネリーのそばにいたくてあっさりとその地位を捨て、いわば都落ちのような形でローザの薬師ギルドの長になった人である。
今はその地位さえ投げ捨てて、本人曰く気ままな流れの薬師をやっているが、そのおかげか竜の忌避薬を開発したりと、逆に大活躍している。
もちろん、ネリーの夫としていつもそばに居られるからか機嫌もいい。
「そういえば、やっぱり場所によって薬師ギルドの上下ってあるの?」
サラは興味本位で聞いてみた。
サラ自身、ローザからカメリア、そして薬師のいないストックからハイドレンジア、そして王都と様々な薬師ギルドを体験したが、規模の面では王都が一番上らしいということ以外、その差を考えたことはあまりなかった。
「もちろんです。とはいえ、王都の薬師ギルドが一番上であって、その他は似たようなものという認識ですね。そもそもが、地方の薬師ギルドが、中央からギルド長の派遣を希望することが多いですし」
「地元の薬師がそのままギルド長になったりはしないの?」
「もちろん、ありますよ。今のローザがまさにそうです。クリスが旅立った後、確か副ギルド長がそのまま繰り上がったはずです」
あまりそういうことには興味のないサラと違って、ノエルは人事関係にもちゃんと注意を向けている。
「ローザの副ギルド長……」
サラはその姿をぼんやりと思い出して、ほんの少し鼻にしわを寄せた。
そもそも、テッドを筆頭にしてローザの薬師ギルドにいい思い出はほとんどない。
クリスだって、ローザを旅立った後の旅で見直しただけで、ローザにいたころはそんなにいい人だとは思っていなかった。ローザの副ギルド長といわれて思い出すのは、テッドがサラやアレンに意地悪をしていても見て見ぬふりをしていた、ことなかれ主義の人という印象だけである。
「その元副ギルド長だって、いえ、現ローザのギルド長ですね」
ノエルはわざわざ言い直した。
「ちゃんと王都で研修を受けた期間があったはずです。そこで優秀だと評価されたからこそ、ローザで副ギルド長になれたのでしょうし。それにクリスのやり方を間近で見て学んでいるでしょうから、優秀なんじゃないでしょうか。よくは知りませんけど」
ハイドレンジアのギルド長のカレンからも、薬師が王都で仕事をする大切さを聞いたことがある。だからこそサラに、王都のギルドでの研修を勧めてくれた。渡り竜の討伐に巻き込まれて大変だった時のことだ。
「うちのギルド長のチェスターとしては、本当はクリスにも何か役職についてもらって、後進の育成やら新しいポーションの研究開発にかかわってほしいところなんでしょうけど、肝心のクリス本人がそういうことにまったく興味がないですから。そういう意味では、王都でもローザでもギルド長をしてくれたのは、ネリーがいたからであって、薬師ギルドはネリーに感謝をするべきなんでしょうね」
「そう考えてほしいところだけどね」
ネリーがいるから、クリスが薬師の仕事に集中できなかったと考える人のほうが多いような気がするサラである。それもローザでネリーが冷たくされた理由の一つかもしれないと思ったりもする。
「ネリーがどうとかじゃなく、クリスがなにかしようと思ったら、結局止められる人は誰もいないってことなんじゃないかな」
「自由な人ですもんね」
クリスの人となりをよく知っている二人は、なんとなく遠い目をしながら、並んで空を眺める。
「おーい、調査は終わったのか?」
近くで狩りをしていたアレンの声が近づいてくる。
サラとノエルは顔を見合せた。
「どうする?」
「帰りの時間もあるし、もうここまででよさそうですね」
依頼人のノエルの一言で、今日の薬草分布調査はおしまいとなった。
「サラとアレンの組み合わせは機動力がありますね。そこにクンツが組み合わさると、三人でどんな以来でも受けられそうです」
今日深層に来たのは三人だけで、お互いの実力も目的も知っているから気楽なものだ。
「今日も本当はクンツが来るはずだったんだけど、ローザに出張していた親父さんが久しぶりに帰ってくるとかで、一家団欒の日らしいよ」
アレンの口から新情報が出た。
「ああ、街道整備に行ってるって言ってたよね」
サラは、アンのアルバイトの件でクンツの家に行った時のことを思い出した。
「土魔法の職人さんで、タイリクリクガメの時の壁を作ったときも、取りまとめみたいなことをしてくれてたもんね」
ツノウサギでいっぱいの草原が危険なく行き来できるようになれば、魔の山にも行く人が増えることだろう。サラが一二歳のころにやっと降りて来られた魔の山は、中央ダンジョンの中層に行ける力のあるハンターなら、なんとか入ることはできるだろう。深層に行けるハンターなら全く問題はないはずだ。
「これで騎士隊も、怪我なく魔の山に行けるってことだな」
「それは言わないであげて」
騎士隊の訓練に参加したりもして、多少親しく付き合うようになったとはいえ、アレンもサラも、騎士隊への気持ちを変えるのはなかなか難しく、つい皮肉がこぼれてしまうこともある。
サラが騎士隊で教養を学び終えてからもう四カ月たつ。
活動の場を騎士隊から薬師ギルドに移し、ノエルと共に薬草分布の調査の仕事をしてきたが、そろそろ中央ダンジョンの調査も終わりだろう。
「次の仕事は、王都の西のダンジョンの薬草分布調査かな。ほとんど行ったことがないんだけど、アレン、どんな感じ?」
「どんな感じって言われてもなあ。中央ダンジョンの中層までって感じ。王都の西側のハンターが近いからよく行ってるくらいしか知らない」
王都には三つダンジョンがあるが、南にある大きい中央ダンジョンが一番人気であり、主に深層で活動するアレンやクンツ、それにハルトは中央ダンジョン派である。
サラは調薬も好きだが、王都に来てからは採取と薬草分布調査を中心に活動している。自分のできることとやりたいことを自由にやっていたら自然にそうなった。
「三つのダンジョンの薬草分布調査をしたら、次は何をやろうかな」
自分で仕事を決められるって素晴らしい。明るい顔のサラにノアから突っ込みが入る。
「王都でできることにしてくださいね。まだ一年も活動していないんですから」
「それはそうなんだけど」
アンと一緒に王都にやってきたのが初夏だから、確かにまだ一年たっていない。その割には充実した時を過ごしたものだと感慨深い。
「先のことを考えすぎてもしょうがないよ。だって、サラにとっては春ってさ、自分が何か始める前に、向こうから何かがやってくる季節だろ」
アレンの一言にサラは空を見上げるしかない。
「否定できないところがつらいね。でも、今年はそんな気配もないし」
「それはそうだな」
「でも、一度ハイドレンジアに帰ってもいいかなとは思ってるんだ。こないだネリーが来てくれてからずいぶん経つし」
ネリーは昨年のワタヒツジの騒動の後、年末にクリスと一緒に顔を見せてくれた。
今度はサラが顔を見せに行く番だ。
「僕も行きたいですね。せっかくだからハイドレンジアの深層階で、ギンリュウセンソウが生えている環境をしっかりと観察してきたいです」
「それもいいね」
サラやノエルのように、あちこち移動する薬師がもっといてもいいと思う。
転生幼女の更新も、月曜から再開の予定です。




