本来の目的
それから一〇日目までアンのアルバイトは順調に続き、ロッドに頼まれた訓練も無事に終わろうとしていた。
とはいっても、小規模な、なりたてハンター教室だったはずなのに、新人ベテラン入り乱れた大規模講習会へと変わっていったのは不思議なことである。
魔力操作の訓練こそ、最初はサラたちが主導していたが、そのうち騎士隊上がりのハンターたちが、指導する側に回ってくれるようになった。自分たちの騎士隊時代を思い出したのか、サラたちのことがもどかしかったのかはわからないが、人数が多くなってきていたからとても助かったのは確かだ。
身体強化が得意なハンターが組手の相手をし、魔法の得意なハンターが、クンツの苦手な魔法を担当してくれる。ハンター一年目二年目の、なり立てではない新人ハンターが遠慮がちに参加してくるなど、最後には、地下訓練室は誰が何のために始めたのかわからないほどにぎやかな場所へと変わっていった。
それでも、目玉はやはり最後の魔法だ。
最初の三日間はサラが担当したが、次の三日間はクンツが担当した。
「招かれ人の面白い魔法を見せてくれよ!」
などとヤジが飛んだりもしたが、それは魔法師ではないハンターだったのだろう。
魔法師と思われるハンターたちは、恐ろしいほど真剣に、クンツが前に出るのを見つめていた。
「ええと、なんだか注目を浴びているけど、俺の魔法は、特に新しい物ではありません」
クンツが話し始める。
「もともとは、招かれ人のサラのバリアを参考にしています。サラ、いいか」
「うん」
盾の成り立ちから行けば、結局サラも協力することになる。サラは立ち上がると、クンツから少し離れたところに立った。
「サラのバリアは絶対防御。すべての攻撃と魔法を跳ね返す。それこそ、ワイバーンでさえも」
何度言われても恥ずかしいが、サラは無表情を保ったつもりだ。
「サラ、バリアを」
「うん。バリア」
アラはバリアを、自分が手を伸ばしたくらいに展開する。
それから、何も見えなくてざわつくハンターに、にこりと頷いて見せる。
「見えないと思うので、色を付けます。クンツの盾と同じ、茶色で」
サラのことが透けて見えるように、薄い茶色で色を付ける。
おお、と声も上がったが、バリアを見て、ベテランのハンターが手を挙げた。
「本当に跳ね返すのか、攻撃してみたい」
「いいですよ。ただ、自分の力に自信があるのなら、軽くにしてください。私に本気で攻撃してくる魔物は、攻撃を跳ね返されてたいてい死にます。ワイバーンでさえです」
どよどよと疑いの声が上がるなか、そのハンターはひとまず軽いパンチを入れ、驚いたように一歩下がった。
「なんだよこれ」
それからは遠慮なしに殴ったり蹴ったりと、若い女性にするにはひどい絵面が続いたが、サラは静かに立ち尽くすだけだし、ハンターはしまいには肩で息をしながら座りこんでしまった。
「ポーション、飲んだ方がいいですよ?」
ハンターには申し訳ないが、自分自身に殴られ蹴られ続けたようなものである。
「なんだこれ。むきになればなるほど反発がすごくて、しかも相手にはまったく攻撃が入らないなんて」
あっけに取られていたハンターたちの中から、遠慮がちに魔法師が一人出てきて、魔法でも検証させてくれないかと言う。
「安全を考えたら、弱い風がいいと思います」
クンツのアドバイスに従って、魔法師は弱い風の魔法を撃ち、それがハンターたちに返っていく。
それでやめればいいのに、むきになったのかどんどん風の魔法の威力を上げていったものだから、訓練所のハンターたちは風に吹かれまくりで、髪がぼさぼさである。
「まさに絶対防御だな」
誰かがポツリとつぶやくと同時に、魔法師ががくりと膝をついた。
魔力切れである。
「これから講習が始まるのに。魔力ポーション、買いますか? 私、薬師ですから」
「ローザの副ギルド長のヴィンスが、これは盾の魔法の一種だと教えてくれました。私は招かれ人なので、途切れることなくバリアを張り続けることができますが、普通の魔法師だとすぐに魔力切れを起こします。そこで、役に立つのがクンツの盾の魔法です」
ここでクンツと交代である。
事前に打ち合わせたわけでもないのにこの連携、ガーディニアから一緒に旅をしてきて、よりお互いわかり合えた気がして嬉しくなる。
「俺の魔力量は、少なくはないけど多くもない。ローザのギルド長から『普通だな』と言われた程度です。だからこそ、無駄なく、効率よく魔力を使わなければならない。サラのように全方位に盾を展開するのは無理です」
クンツが話し始め、サラの規格外さに心がどこかに行きかけていたハンターたちの集中力が戻ってきた。なにしろ普通の魔法師の話なのだから。
「だから、近くに来た攻撃を最小限の盾ではじくやり方を、サラと研究したんです。このように」
クンツは手を伸ばした先に、小さくて茶色の盾を作って見せる。
「小さな盾ですが、これでもずっと出していると、すぐに魔力を消耗してしまいます。でも、一瞬なら?」
クンツは今度は、手をあちこちに動かすと共に、その先に盾を作って消して見せるということを繰り返した。
いくつも、いくつもだ。
「このように一瞬の盾なら、魔力の消費はすごく少ないです。一回の狩りが終わるたびに自然に回復する魔力で十分まかなえる」
クンツの盾のよさはそこにある。
そして従来の盾と違うのは、サラと同じ、すべての魔法や攻撃を跳ね返すことだ。
「そして、サラのバリアと同じ、すべてを跳ね返す。誰か俺の盾に攻撃してみませんか」
「俺がやる」
さっきとは違うベテランハンターが名乗りを上げた。
「遠慮せずに行くぜ」
「弱めにお願いします」
苦笑したクンツに、ベテランハンターの鋭いこぶしが飛ぶ。
茶色の盾がこぶしの前に瞬時に現れ、こぶしが跳ね返される勢いに、ハンターはたたらを踏まざるを得なくなる。
「驚いたな。じゃあこれはどうだ」
なぜハンターは皆、むきになるのかと、サラはあきれた顔で見守っているが、案の定震えるこぶしを抑えて攻撃を止める羽目になっている。
ハンターはポーションを飲むと、ふうと息を吐いた。
「盾もだが、その目と反応速度だ。魔法師なのに、身体強化型のハンターの攻撃を見切っていることが一番すげえよ」
「訓練にはアレンが付き合ってくれてるからかな」
どうやらクンツの訓練はずいぶん厳しいものだったらしい。
「英雄にか。そりゃたいしたもんだ」
次に魔法師が手を上げたが、また同じことになりそうなので、遠慮してもらった。
「この魔法に必要なのは、従来の盾の、受け止めるというイメージではなく、すべてを跳ね返すというイメージと形です。イメージがわかない人のために、サラとハルトが手伝ってくれます」
前半、あまり見どころのなかったハルトが勇んで前に出た。
「俺とサラがバリアを張るから、好きなところから打ち込んで感覚を覚えてくれ。本当にそのまま跳ね返るから、自分だけでなく周りにも配慮してくれよ」
実はハルトもバリアは張れるし、ハンターとして攻撃にも使ったりするらしく、サラよりも応用が利くかもしれないくらいだ。
ハルトの顔を知っているハンターは多い。派手な魔法ばかり使っていたハルトが、サラと並んで地味なバリアを張っている姿に戸惑いもあったが、盾の魔法を本気で使いたい魔法師はサラに、そして攻撃が跳ね返ってくる新しいおもちゃに夢中な身体強化型ハンターはハルトにと群がった。
「怖いのでバリアを大きくしまーす」
怖いだけではなく、攻撃を受ける面を広げるためもあるが、二人はちょっとニヤニヤしながら、大きく広げたバリアの中でハンターたちの奮闘を見守ったのだった。
サラにはわからないが、盾の魔法はかなり難しいもののようだ。新規にできる魔法師はほとんどいなかったが、前からクンツのことを聞き及んで自分なりに試していた魔法師は、コツをつかんですぐにできるようになった。
これから研鑽していけば、いずれは自在に使いこなせるようになるだろう。
そして最後の三日間は、ハルトの雷撃の教室だ。
「これは雷の魔法なんだ」
上を向けたハルトの右手でバチバチと光る小さい雷に、ハンターたちは興味津々である。
「空に光る雷か」
「ああ、そうだ」
「雷の落ちた木なら見たことがある。木が割れて黒焦げになっていたが、ああいう威力か」
「その通りだ。サラは魚を獲るのに使ってたんだよな?」
突然話を振られたサラは、自分の魔法の番は終わってすっかり気が抜けていたので、大慌てだ。
「そ、そう。雷は水を伝わるから、水に雷を落とすと、底のほうにいる魚も衝撃で気絶して上がってくるんです。でも、近くにいる動物や人も気絶して危険だから、そのやり方は正直やめた方がいいと思います」
水に雷は本気で危険だ。
「ローザのヴィンスは、この雷撃を普通に使ってた。手に雷撃をまとわせたまま魔物に触れると、魔物が一瞬、衝撃を受けて止まるんだ。ヴィンスによると、静電気を強くしたような感じだそうだ」
「静電気か……。冬にパチッとする奴か。確かに、暗いところで見ると光が走って見えるな」
こちらでも冬になって乾燥すると静電気は起きる。
「うんと弱くするから、俺と握手しようぜ」
何事も経験するのが一番である。
好奇心に負けたハンターたちがハルトの前に並んで次々と握手し、衝撃を受けて叫び声をあげていく様子を見て、サラの頭に一つの単語が浮かんだ。
「握手会……」
「ぶほっ」
「ぐはあっ」
「うわっ、ごめん!」
ハルトが思わず噴き出したせいか、強めの雷撃を出して、相手に謝っている。
「サラ、やめろよ。そんなこと言うならサラにもやらせるぞ」
握手するならサラのほうがいいと言わんばかりにハンターたちがサラのほうにも並びそうになったので、サラは慌てて首を横に振った。
「小さい雷撃は練習したことがないので! 危険なので!」
これは本当である。サラはあまり魔法の練習をしたことがない。
クンツが土と風の魔法を得意としているように、それぞれのハンターにそれぞれの得意不得意がある。
ハンターギルドの地下の訓練室には、最後の一〇日目まで、時間があれば人が集まり、ハルトの雷撃を熱心に練習するハンターもいれば、クンツの盾を練習するハンターもいたらしい。
初心者はまだそこまでの技術はないので、サラの曲がる魔法を練習したり、ベテランに組手をしてもらったりして、いい訓練になっただろう。
サラも、今日の分の薬草教室を終えると、地下に集まったハンターたちをニコニコと見守る。
クンツの弟のロッドから、一〇人ものなりたてハンターの講習会を頼まれた時は、ロッドと仲間たちの温度差にどうしようと思った。でも、途中からベテランハンターが加わったことで、いつの間にかやる気を出して、懸命に頑張るようになっていた。
サラ担当の二人も、薬草採取という、すぐ収入になる力を手に入れることができて、とても満足そうだ。魔力量が多いとは言えないけれど、もしかしたら薬師を志してくれるかもしれないという期待もある。
「サラ! ハルト! クンツ! アレン!」
大声で叫びながら階段を飛ぶように走り下りてきたのはアンだった。
「これ! 見て! これ!」
高く掲げた右手にきらりと光るのは、何の変哲もない、しかし本人にとってはとても貴重な、ハンター証だった。
「おめでとう!」
サラが言うか言わないかの間に、アンが飛びついてきてぎゅっと抱き着かれた。それからなぜか持ち上げられ、アンと一緒にくるくると回る。
「いや、これは、ちょっとー」
目を回すサラをアレンがひょいっと取り上げ、そっと地面に下ろしてくれた。
腰に回してくれた手がなんとなく照れくさい。
そのすきに、今度はハルトがアンを高く持ち上げた。
「ハルト!」
「おめでとう!」
「ありがとう!」
アンはそのままクンツに回され、それからエルムに回された。
「おめでとう!」
「ありがとう! あれ? エルム?」
くるくると回るアンが、なぜか他のハンターにも手渡され、訓練所をあちこち移動しているなか、嬉しそうな顔をしたエルムがニコニコとやってきた。
「大丈夫だとは思ったんだが、最後までやり遂げてほっとしたよ」
心底安心したと言わんばかりのエルムは、町の人のような格好をして、なぜか帽子をかぶっている。サラはピンときた。
「もしかして、毎日変装してアンの様子を見守っていた、とか?」
「だって、心配だろう。いきなり一人でアルバイトなんて」
挨拶回りもしていたのかもしれないが、毎日こっそりとアンの働く様子を見に行っていたらしい。
「アンの配達の速いことと言ったら、悪党など追いつける隙もなかったな。もちろん、ここにも来て、皆が何をしているかも見ていたぞ。サラたちが言うよりずっと大きな仕事をしていたんだな」
それは不覚にもまったく気がつかなかった。
それでも、何か一言言ってやろうと思い、似合わない帽子をかぶってアンを嬉しそうに眺めているエルムを見上げた途端、サラはなんだか力が抜けた。
燃えるような赤い髪、新緑の森のような緑の瞳。
それがあまりにもネリーとそっくりだったからだろうか。
もし、ネリーが王都に連れ去られることなく、サラと一緒にローザに行っていたとしたら、なんて考えてしまったのだ。
ハンターギルドでアルバイトをしているサラを、きっと毎日、こっそり見に来ていたに違いない。
まだ魔力の圧を抑えきれなかったから、ネリーのいる場所なんかすぐにばれてしまうのに、なにげない顔をして言うのだ。
「今日はちょっとダンジョンを早く上がってきたんだ。そのポーションを一つ、もらおうかな」
そしてサラが会計をするのを見て、嬉しそうに笑っただろう。
エルムも同じなのだ。一度懐に入ったら、とても大切にしてくれる。
サラは、ネリーの実家のウルヴァリエに後見してもらって、本当によかったと胸が温かくなった。
やがて顔を上気させてアンが戻ってきた。
「エルム、来てくれてたんだね!」
「ああ。ちょっと皆の様子を見にな」
本当はアンの様子を見に来ただけなのにと、サラはおかしくなる。
「じゃあ、せっかくハンター証を取ったんだから、明日は記念に中央ダンジョンにでも行くか」
ハルトの提案にアンが目を輝かせた。
「いいの?」
「ああ。そもそも、今日で講習は終わりだから、明日からはこいつらをダンジョンに連れて行こうと思ってたんだ」
ハルトの声に次に目を輝かせたのは、ロッドをはじめとするなりたてハンターたちだ。
「俺たちもいいの?」
「ああ。あと数日付き合うくらいなんてことないしな」
ふふんと胸を張るハルトは、意外と面倒見がいい。
「じゃあ、明日は、私も付き合うか」
ご機嫌なエルムも、ひそかに見守っていたのがばれて気が楽になったのか、堂々と付いていくつもりだ。
「それはぜいたくだな」
「招かれ人に付いてきてもらう方がぜいたくだろう」
すべてがうまくいって笑い合う和やかな雰囲気でその日が終わろうとしていた。
その時、輪に参加せず訓練所の端の方で様子を見ていたひとりのハンターが近づいてきた。
いや、当然ハンターだと思っていただけで、エルムと同じように帽子をかぶっていたその人は、シンプルではあるものの仕立てのいい服を着ていて、まるで貴族がお忍びで来ているような格好だった。
「申し訳ないが、ダンジョンに行くという計画は、しばらく延期してもらわなければならないな」
突然話しかけてきたその人の声には、聞き覚えがある。
サラの背につーっと冷たい汗が流れたような気がした。
「アン、君は騎士隊入りを希望して王都に来たのではなかったのか」
帽子を取ったその人は、騎士隊副隊長のリアムだった。




