また一歩
活動報告に書影を上げました。
下の、作者マイページから飛んで見ることができるはずです。
「まず一歩」コミックス4巻発売中です。
そして書籍7巻は25日に発売です。
帰りの馬車の移動は二日かかったけれど、その間はとても有意義に過ごせた。
特に、騎士隊に興味があるアンは、ネリーの話を熱心に聞いていたが、サラも便乗してネリーの若かりし頃の話を聞けたのはとても楽しかった。
ライとクリス、それにネリーも、ハンターの馬車に移動したりもして、話をする人は適宜変わったが、アンが騎士に興味を持ったことを、ライがとても喜んだ。
「元騎士隊長なんですね」
アンの目が憧れに変わったのにも気をよくしたに違いない。
「サラには騎士隊のいいところはほとんど見せられなかったが、本当はいいところもたくさんあるんだ。若い娘さんにとっては憧れの対象だしな。もっともアンは騎士になる側だがな。ハハハ」
サラだって騎士隊のかっこいいところを最初から見せてほしかったと思う。
「私って本当に特殊な始まりだったんだね」
「落ちた場所が魔の山で、初めて行った町がローザではなあ。騎士隊もローザのハンターと比べられたら、分が悪い。だが、騎士隊も上が変わったから、これからは少し風通しもよくなるだろうよ」
ネリーに指名依頼を出し、頼り切っていた頃の騎士隊はライの時代から見ると弱体化していたらしい。
「リアムもな。上を追い落とすことではなく、自滅させることを選んだ曲者だが、改革する意思はあるようだから、今後が楽しみなことだ」
「うえっ。そうですかね」
サラはそういう駆け引きも苦手だ。ライのリアムの評価は、意外なことに最初からけっこう高い。無理にと言わなくても、ちょいちょいサラに推してくるのは困ったものだ。
「騎士隊に入るなら、身体強化も魔力操作も大事だが、剣が大事だ。騎士隊やハンターを引退した人に師事して、基礎を学んでおくといいのだが。エド、あてはあるだろうか」
「ないこともないが、急ぎすぎではないか」
アンの知らないところで、アンの育成計画も動き始めている。
一方でアンとネリーもなにやらひそひそと相談をしており、サラはちょっと疎外感を覚えないこともなかったが、馬車の中ではアンの魔力訓練やおしゃべり、休憩中にはクリスとノエルと一緒に薬草採取と、二日間はあっという間に過ぎていった。
そして草原を過ぎ、農地が現れ、ガーディニアの町が見え、ついにお屋敷の門が見えた時、サラは思わず大きな息を吐いた。
自分の家ではないのだが、やっと戻っていたという気持ちになったからだ。
屋敷の前では、くるくるした赤毛の美しい婦人が、いつかと同じに、ただし今度は一人で、胸の前で手を揉みながら心配そうに待ち構えていた。
「ラティ! うっ」
夫のエドが真っ先に馬車から飛び出して、そのまま胸を押さえて顔を背けた。魔力の圧が強かったのだろう。
「ラティ。皆無事だから。落ち着いて、落ち着いて」
慣れているのか、エドは背けていた顔を無理やり前に戻し、ラティに両手を広げて静かに語りかけている。
「エド、あなた……。よくご無事で……」
何度か深呼吸をしたら魔力はどうやら落ち着いたようで、ラティはエドの広げた腕の中にすっぽりと納まった。
その二人を、続けて降りたアンやネリーが、微笑ましそうに見守っている。
「アンも! まあ、顔色がいいわ。すっかり元気になって」
ラティはすぐにアンにも向き合い、嬉しそうに抱きしめた。弱い子どもには弱いままでいてほしいという保護者もいる。ラティがそんな保護者ではなくてよかったと、サラは胸をなでおろした。
十分にアンを抱きしめて満足したラティは、サラにも優しい笑みを向けた。
「連絡は届いていたの。アンを助けてくれて本当に感謝するわ」
「いえいえ。当たり前のことをしただけです」
苦手な相手だが、感謝されてほっとしたサラである。
「お父様も、ネフェルも、サラも、クリスにノエル、そしてハンターの皆さんも。ガーディニアを救ってくれて本当にありがとう」
貴婦人の感謝に、満足げな空気が流れる。
しかし、一夜明けて次の日には、ハンターたちはもうハイドレンジアに帰るという。
「私が一緒に帰ることにするよ。娘がしっかりと暮らしている様子を見られて本当によかった」
ハンターの代表はネリーなのだが、まだガーディニアでやることがあるからと、ライに代わりを頼んだということのようだ。
「サラと離れたくはないんだが、今回は俺がいてもあまり役に立たないと思うから」
残念ながら、アレンもクンツもみんなと一緒に戻るという。
ハイドレンジア一行を見送ると、屋敷に残ったのはネリーとクリス、それからサラ、そしてノエルの四人だけだ。
「私は、記録を読ませてもらいますから」
ノエルが早々に離脱した後、残ったのは三人である。
「ねえ、ネリー。私たちも、一緒に帰るものだと思ってた」
久しぶりに会ったとはいえ、バッタの討伐に行く前に社交の時間を取ったので、ネリーもラティももう満足していると思っていたのだ。
「やり残したことがあってな」
「やり残したこと?」
サラは首を傾げると、アンがとことことやってきた。
「ネリー、準備ができました」
「ああ。やるか」
なぜこの二人が結託しているのか。サラは混乱していっそう首を傾げた。
「姉様。こちらにおいでください」
「まあネフェル。アンも。なにかしら」
ニコニコとやってきたラティの腕を、ネリーはがっしりと捕まえた。
その反対の腕をアンが捕まえた。
「まあ、な、なにかしら、急に」
ネリーはニコリと微笑んだ。
「急ではありません。姉様には少しばかり修業をしていただきます」
「修業?」
焦った様子で二人を交互に見るラティだが、サラも戸惑っている。
ネリーとアンは有無を言わせず、だがそっと、ラティを庭に連れ出した。
「要するに」
「要するに?」
ネリーにオウム返しのラティである。
「姉様がアンを大事に囲い込むのは、アンが魔力の圧を気にしないからですよね?」
「違うわ。アンがかわいいからよ」
「姉様。私の小さい頃を思い出してください」
ネリーの静かな声に、ラティがうつむいた。
「ちょっとはそうかもしれないわ」
「ですよね。私は姉様に大事にしてもらったことを感謝していますし、姉様がアンのことをかわいいと思っていることは疑っていません。ですが、いつまでもそれでは困ります」
「私は困らないけれど」
小さいラティの声は無視された。
「では、これから、魔力のコントロールの修業をします」
「何を言うの? 私はもう、大人よ?」
ネリーは大きなため息をついた。
「私も大人になってから修業して、今は魔力の圧はほとんどコントロールできています。私にできて姉様にできないわけがありません」
「いまさらよ」
「いまさらではありません。これはエドのためでもあります」
「エド……」
どんなに魔力の圧が大きくて顔を背けそうになっても、頑張ってそれに耐えてきたのがエドである。
そのことには気づいていたようで、ラティの勢いが弱くなる。
そこにアンが畳み込んだ。
「エドはラティのことが大好きだから、魔力の圧がなければもっともっと近くにいてくれると思うの」
「まあ。今よりも?」
頬に手を当てるラティは少女のようである。夫婦仲のいいのはいいことだ。
「魔力の圧で、騎士隊を辞めざるを得なかった私でも、できるようになったんです。姉様に出来ないはずはありません。いえ」
ネリーは優しいとも言える微笑みを浮かべた。
「できるまでやります」
「え、ええ……」
アンも力強く頷いた。
「私も一緒に勉強するから」
「そ、そう?」
サラはその様子を見て、にっこりと頷いた。
ネリーには何も言われていなかったから驚いたけれど、ガーディニアに残ったのはそういうことかと理解する。
そんなサラの肩をポンと叩いたのはクリスである。
「私たちは、ノエルと一緒にバッタの資料を読んでこないか」
「いいですね。実はそういうの、好きなんです」
「薬師だからな」
「薬師ですからね」
ラティが変われるなら、少しだけ苦手がなくなるかもしれないと思う。
ネリーは魔力の圧で苦しんだのに、ラティは魔力の圧があっても大事にされた。
結果としてネリーはしっかりと大人に成長したけれど、ラティは少女のまま大きくなった。
それをネリーも感じ取ったのだと思う。
「たとえ姉といえど、ネフが自分から人の面倒をみようとするなどとは、思ってもみなかったな」
「もともと優しい人ではありますけどね」
「ラティ自身のためもあるが、サラやアンのためでもあるのだと思うぞ」
「私のため?」
サラは驚いてクリスを見上げた。
「ラティにも少しでも成長してもらわないと、またサラに暴言を吐くかもしれないからだな」
「クリスもあの時、そう思っていてくれたんですか」
「ああ。あれはなかったな」
「その時に言ってくれたらよかったのに」
サラはちょっと口を尖らせた。
「私が言うまでもなく、ネフが言い返しただろう」
「そうだった」
「今のネリーにとっては、サラのほうが大事な家族だからな。もちろん、ゴホン。わ、私もだが」
「赤くならないでください。クリスらしくないです」
婚約者になってからのほうが、照れて距離を取ってしまっているのはなぜなのか。
「離れても不安ではないからだ。もう家族だからな」
「ということは、今までは不安で付きまとっていたということじゃないですか」
サラはあきれて思わず声が大きくなってしまったが、クリスはしっと指を口に当て、あたりをうかがった。
恥ずかしいという気持ちはあるらしい。
クリスはそのままゴホンと咳ばらいをして、わざとらしく話を変えた。
「私たちは、薬師として、ノエルと共に学んだり、薬草を採取したりして」
「楽しく過ごしますか!」
「うむ」
今まで事件に巻き込まれたことは何度もあって、そのたびに悔しい思いをしてきた。
だが、今回、サラは最初から最後まで自分の意思で決め、自分の意思で行動できた。
それも、薬師の一員としてだ。
必死になって後を付いて歩いていたクリスとも、いつのまにかこうして肩を並べて歩いている。
「大人になったな、私」
「まだまだだぞ」
「振る舞いの話ですよ、もう」
もう身長は伸びなくても、こうして前に踏み出す一歩は、着実に自信に満ちたものになっているサラであった。
さて、これで東部ガーディニア編はおしまいです。
しばらくお休みします。
また次のお話を楽しみにお待ちください。
転生幼女はもう少し続きます。




