厄介ごとの予感
解麻痺薬を使わざるを得なかったハンターのうち幾人かがお礼のようにシロツキヨタケを採ってくるようになったので、解麻痺薬を作る材料も前より確保しやすくはなった。
「でもまだまだ足りないのよ。っていうか、ダンジョンはいったいどうなってるの? そろそろ大々的に討伐を行ってもいいんじゃないのかしら」
カレンがイライラと歩き回る。
「ええと、そういえばハイドレンジアのハンターギルド長は、セディ?」
「違うのよ」
ちょうど息抜きの時間だったのか、カレンが説明してくれる、そういえばサラはここのハンターギルドにはまだ行ったことがない。ローザとあまり変わらない造りだとアレンに聞いただけだ。
「王都から派遣されてきたギルド長がいるんだけど、なにかと用事を作っては王都に帰っているのよね。南方騎士隊の隊長もそうだけど、たるんでるわ!」
南方騎士隊はライオットのお屋敷の隣に駐屯地があったはずだ。
「隊長がずっといないからあの人たちダラダラしてたのか」
でも、ローザでもハンターギルドではいつも何かしらあって、副ギルド長のヴィンスもギルド長のジェイもいつも忙しそうにしていたはずだ。ハイドレンジアはそんなにのんびりしたところなのか、それともローザが特殊だったのか。
どこの町にも事情があるものだと思いながら、他の薬師の仕事を手伝っていると、いつもならアレンとクンツが顔を見せる時間になった。だが、なかなか来ない。
「サラ!」
店のほうから薬師に呼ばれて行ってみると、見知らぬ若いハンターがいた。
「特に用ってわけじゃないんだけど、日帰り二人組っていつも薬師ギルドに寄ってたと思ってさ」
日帰り二人組とはアレンとクンツのことだろう。最近は必ずしも日帰りではないと反論したい気持ちを抑え、サラは頷いた。
「私の友だちなんです。なにかありましたか?」
「ああ、ええと、女の子に言ってもな……」
そのハンターは気まずそうにサラから目をそらした。女の子に言っても無駄と思うということは、荒事に巻き込まれているということに違いない。
「あの二人はいつもシロツキヨタケを納めてくれている優良ハンターなのよ。何があったのか言いなさい」
サラの後ろからカレンの声がした。いつの間にか作業場から出てきていたようだ。
「ほら、あの二人、赤の死神と仲がいいんだろ。さっき見たら、ハンターギルドで地元の若いハンターに絡まれてて、ちょっと面倒なことになったなって思ってさ。助けてやるほどの知り合いじゃねえし」
面倒と言いながら心配してきてくれたに違いない。サラは感謝の目でハンターを見た。
「ギルドの職員は何をやっているの?」
イライラしたカレンの質問に若いハンターは肩をすくめた。
「ギルドはハンター同士のいざこざに口は出さねえよ」
「私、ハンターギルドに行ってきます」
カレンは止めようとするかのように一度口を開いたが、あきらめたように閉じた。カレンはサラが招かれ人だということは知っているが、どのような力があるのかは知らないはずだ。それでも許可を出すように頷いてくれる。
だが、アレンたちのことを知らせに来たハンターが反対してきた。
「よせよ。あんたが行っても何の役にも立ちやしねえよ」
本当に親切な人である。だがサラなら大丈夫だ。
「ありがとう。でも行くね」
サラは素早くカウンターの外に出たが、ハンターギルドに行ったことがなかったと思い出した。
「あ、おい」
「あの。ハンターギルドまで連れてってください」
「場所も知らねえのかよ」
声をかけてくれたハンターを頼って、急いでハンターギルドに向かった。あきれられたが知らないものは仕方がない。
「あの、よそ者ってよく絡まれるんですか?」
「そんなこともないんだが、今回はちょっと大物がきたからなあ。そんで、なじもうとするわけでもなく勝手にやってるって思う奴もいる。でも強い相手には手が出ねえ。だから弱い奴らならってとこだろうな」
「うん、面倒」
他人のことなど放っておけばいいのに、どうやらハイドレンジアのハンターは体力が余っているらしい。急いでハンターギルドに駆け付けると、ギルドの外にまで人だかりがしていた。
「ああ、こりゃ入るのも無理かもな。え、おい!」
サラは身にまとうバリアを小さいものにしつつ、人ごみの中に割り込んでいった。ワタヒツジの群れに入っていったことを思い出せば、たいしたことはない。人々の向く方向にやみくもに進んでいくと、やがてぽっかり空いた空間にぽんと飛び出てしまった。
「別に逃げてないってさっきから言ってるだろう」
うんざりしたようなクンツの声に顔を上げると、壁際にアレンとクンツが、その向かい側に三人組が立っている。まるで追い詰められているようだなと思うのは、五人を半円に取り囲むように人垣ができていて、容易に抜け出せる感じではないからだ。
「じゃあ、お前はあの赤の死神が弱いって認めるんだな」
「それとこれとは話が違うって」
周りの話し声を聞いていると、どうやら三人組が狩り勝負を仕掛けているらしく、それをクンツが断るという流れが延々と繰り返されているらしい。
ネフェルタリの存在が気に食わない、それなら本人に突っかかればいいのにと思うサラは間違っているだろうか。その時、まったく自分は関係ないという顔をしていたアレンが、胸の前で手を握り合わせている心配そうなサラに気がついた。
サラ、と声を出さずに口だけが動く。次に誰が知らせたのかという顔をして周りを睨みつけた。一瞬、魔力の圧がぶわっと強まったので、周囲を囲んでいたハンターたちも想わず一歩下がったほどだ。隣のクンツまで驚いてアレンのほうを見た。
アレンは三人組のほうに顔を向けたが、よく見ると視線が少しずれている。彼らの斜め後ろのほうを見ているようだ。
「あのさ。ネリー、いや、ネフェルタリが本当に弱いと思うんなら、自分で勝負を持ちかけたらいいだろ。下っ端にやらせずにさ」
アレンが声をかけたほうを見ると、後ろの若者たちがチッと舌打ちしているのが見えた。三人組はその若者たちとアレンとを交互に見ておろおろしているだけだ。
アレンに挑発されたのか、若者と言っても年のころは20前後、テッドよりもやや若いかというくらいのこれも三人組が前に出てきた。
「そんなに負けたいんなら、俺たちが直接勝負してやる」
「嫌だね」
アレンは即座に断り、ついでに腕を組んでふんぞり返ってもいて、おそらく敵対するほうからは憎々しげに見えるだろうという感じだ。
「俺たちはやらないって言ってるだろ。やるならネフェルタリとやれよ」
アレンの肝の据わり具合には感心する。アレンは右手のこぶしを目の前でぐっと握って見せた。
「俺はハンターだ。騎士や剣士なら、お互いに対戦することもあるだろう。けど、俺のこぶしは魔物を狩るためにある。人に向けるためじゃない」
アレンは続けた。
「俺はハンターになって一年だぞ。あんたたちのほうが有利に決まってるだろう。対等な条件でやらずに、自分のほうが強いと言い張るなんて笑えるよな」
さっきまで黙ってたのにあいつなんだよという声が人垣から聞こえる。
「いいか」
アレンはぴしっと相手に指を突き付けた。
「俺たちは負けない。もし負けたとしても、それは俺たちに実力がないからで、ネフェルタリには何の関係もない。以上だ。どけよ」
「最初からそうやってやる気を出してくれよ。俺に任せっぱなしにしないでさ」
隣でクンツがぶつぶつ言っている。サラはそろそろいいだろうかとアレンの元に駆け寄った
「アレン! クンツ! もう大丈夫?」
「ああ。別に最初から大丈夫だったよ」
アレンの手を引いて帰ろうとした瞬間、サラが苦労して通り抜けたギルドの入口から、波を割るように人が左右に分かれた。
「え、通っていいってこと?」
首をひねるサラをよそに、ざわざわしていた空気が止まった。
「なんだ、今日はずいぶん賑わってるな」
低い声が聞こえ、入口からハンターが三人歩いてくる。
「ザッカリーだ。真ん中がストックで話した黒の奴」
「あの人が」
クンツがごく小さい声で教えてくれたその人は、40歳くらいだろうか。ネリーやクリスと同年代なのだろうが、大柄で引き締まった体は野性味あふれて年相応に見えた。
「なんでこっちに道が開いたんだろう。受付に行ってくれればいいのに」
サラの願いもむなしく足音はサラたちの前で止まった。
次は土曜日更新です(^ ^)




