南方騎士隊
「ではサラ。明日は私と一緒に薬師ギルドに行こう」
待ってましたと言わんばかりにクリスが声を上げた。そんなことは言っていないと言おうとしたら、次はライオットの番だった。
「よし。ではネフェル。明日から騎士隊に顔を出してくれ」
「なぜ私が騎士隊に。サラが仕事をするなら私はダンジョンに行きますよ」
サラと違ってネリーはちゃんと断っている。だがサラは知っている。サラたち三人は午後から毎日のように湖に出かけているが、初日以外は馬車ではなく歩いて行っている。その時に騎士隊の駐屯所の前を通ることになるのだが、クリスとネリーを見てひそひそと陰口を叩く騎士たちがいるのだ。サラのことは目にも入っていないようだが。
「領主の娘なのに仕事もせずに遊びほうけている」
「セディ様より強いという噂だが、ただの女性ではないか」
「男が一緒だとか、ご領主もなにを考えているのか」
こんな声が通るたびに聞こえてくる。ネリーにもクリスにも聞こえているはずだが、二人は何を言われても我関せずである。ただサラだけが大切な人のことを悪く言われて腹が立っているというわけなのだ。
ネリーは貴族だ。貴族の娘としてどのような仕事をしなければいけないのかわからないが、ずっと魔の山の管理人をやって来たネリーにとっては、この一年くらいは休暇みたいなものだ。それを他人にとやかく言われる筋合いはない。自分のうちの湖を見に行くくらいはいいではないか。
また、ただの女性だから何が問題だというのだ。クリスが来ないとしても代わりに護衛として従者を一人付けるくらい当たり前のことだと思う。どんな護衛よりネリーが強いということは別にしてもだ。
「ネフェルよ。どうも最近、南方騎士隊の気が緩んでいる気がしてな。ひとつ喝を入れてやってくれないか」
「お父様がやればいいじゃないですか。私は仕事もしない年増の娘と言われることに特に不満はありませんよ」
やはりネリーにも聞こえていたのだった。そして年増とまで言われていたとは知らなかったサラは怒りに震えた。
「外野が何と言おうと、私のネフが世界で一番素晴らしい人だということに変わりはない」
そしてクリスにも聞こえていたらしい。
「だが、言われっぱなしも癪に障る、ライ。私が出ようか。剣をと言われたら少々自信はないが、魔法を使ってもいいのなら、騎士隊ごときに負けるものではないが」
ローザの副ギルド長ヴィンスも保証する、そこらのハンターよりよほど強いクリスなのである。
「なんならサラを出してもいい」
なぜ私を勝手に推薦するのだとサラは少しイラっとしたが、素直にライオットのほうに体を向けた。
「私でもいいですけど、私は守り専門だから、騎士隊をやっつけたりはできませんよ。その代わりネリーにも決して触れさせませんけど」
「俺もいる。別にダンジョンは休んでもいい」
遊びに来ていたアレンも手を上げた。
「そなたら」
ライオットはなぜか声を震わせ、目元を手で押さえている。ネリーは困ったような顔をして肩をすくめた。
「私は本当に気にしてないんだが、皆がそれほどいうなら明日は騎士隊の相手をしてやってもいい」
サラは自分で言うのもなんだが、みんなあまりに自信満々すぎはしないかという気がしてきた。
「ネフェル。もう気後れや遠慮は無用だからな」
「わかっています、お父様。魔の山の魔物はそんな遠慮を許してくれるような相手ではありませんでしたよ。強いものたちと一〇年向き合ってきたのです。弱いものと群れようとはもう思いません」
騎士隊をやめたという18歳か19歳の頃も、きっとネリーは騎士隊の誰より強かったのだろう。だが、集団の中で、何かの理由があって自分の力を発揮せずに生きてきたのに違いない。
「ではサラと薬師ギルドに行く前に、まず騎士隊と勝負だな」
「俺も面白そうだから見に行く」
サラも何か言おうとして口を開けたが、結局何も言わずに閉じた。サラのすべきことはもう決定済みらしいからだ。それでも明日が楽しみなサラは、自分でも周りになじみすぎなような気もした。
わくわくするか緊張するかのどちらかだろうと思ったけれど、次の日起きてみたらいつも通りの気持ちだった。いつも通りに着替え、いつも通りに皆で朝食を食べる。違ったのは、今日はライオットとアレンが一緒ということと、目的地が町ではなく、屋敷の隣の南方騎士隊の駐屯所だということだけだった。
ライオットは、サラが今まで気にしたこともなかった駐屯所の入口を抜けてさっさと建物の中に進むので、素直にそれに付いていくと、広いホールのような場所に出た。壁にはたくさんの剣がかかっているので、おそらく鍛錬所のようなところなのだろう。壁に寄りかかったりしてダラダラしていた騎士たちは、ライオットの登場で慌てて背筋を伸ばした。
「全員集合!」
とどろくようなライオットの声に、建物のあちこちから隊服を整えながら隊員が集まってきた。確かにたるんでいるようだ。南方騎士隊というからどのくらいの規模かと思ったら、全部で30人ほどだった。
「私自身の家族のことなので伝えるまでもないと思っていたが、どうやら騎士隊の諸君は私の娘が気になって訓練もおろそかになっているようなのでな」
ライオットの第一声は若干皮肉交じりのものだったが、騎士たちには身に覚えがあるようで、ネリーのほうに目をやらずに居心地悪そうにしている者が多かった。
「これが娘のネフェルタリだ。長らくローザで魔の山の管理人をしていたが、今回招かれ人の保護のためにハイドレンジアに引っ越してきた。同じ敷地内なので顔を合わせる機会もあると思う。よろしく頼む」
サラはネリーと一緒になんとなく旅をしてきたつもりでいたが、こうやって端的に説明されると、なるほど目的があっての旅だったのだなという感じがして感動した。しかもサラのためということになる。
目的があっての滞在と知って、なぜかほっとしたような空気が流れた。ただ残念なのは、ライオットが短い話の中にいろいろな情報を詰め込んでいたにもかかわらず、それに反応した騎士がほとんどいなかったことだ。
つまり、魔の山の管理人というのがどのように大変なものか理解しておらず、また招かれ人を保護するという意味について無知であるということである。
「ではネフェル。挨拶を」
ライオットに応じてネリーは堂々と前に出てきた。
「私はネフェルタリ・ウルヴァリエ。ご存じの通り、男連れで昼間から遊び惚けている年増だ」
いきなりパンチの効いた挨拶にサラもくらっと来たが、騎士たちも慌てた様子だ。聞こえるように陰口を叩いていたくせに、いまさら焦るとか情けないとサラはちょっと軽蔑のまなざしで見てしまった。
「挨拶せよと言われたから挨拶はするが、特によろしくするつもりもないので、私のことはかまわないでもらいたい」
いきなり喧嘩腰なので、騎士たちに敵意が高まるのが感じられた。普段そんなネリーを見たことがなかったサラは驚いたが、そこになんでもないような顔をしたクリスがすっと出てきた。確かに、娘を紹介すると言っているのに残りの三人はなんだと思われていただろう。
「私はクリスティアン・デルトモント。ご存じの通り、昼間っからぶらぶらして女と遊び惚けている優男だ」
クリスまでそんなことを言われていたとは知らなかったサラは、今度は噴き出しそうになった。どこに行っても薬師のクリス様と敬意をもって扱われていた人がここではそんなふうに言われているなんて。
「だが薬師のクリスといえば聞き覚えがあるものもいるだろう。ネフが魔の山の管理人をやっている間、同じくローザにいて薬師ギルド長をやっていたが、今は訳あって流れの薬師をしている。薬師は誰に対しても平等であるべきなので、不愉快ではあるがそなたらが怪我をした時は分け隔てなく助けよう」
やりすぎではないかとサラはちょっとハラハラしてしまったくらいだ。
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