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21/21

21:私は…何?

お待たせして申し訳ありません。難産でした。





 ビールって、いつでもおいしいわけじゃないのね…。


 お酒を飲み始めて7年。空気が悪いと酒もまずいことを身をもって実感しております。







「ちょっといいかしら?」


 ひとみちゃんとルンルン気分でいつもの居酒屋へレッツゴー! と思った瞬間、後ろから呼び止められた。


「あなたとお話したいんだけど。」


 振り向くと、昼間、社食で見た時とはなんだか違う松下さんが立っていた。さっきは、小さく、可愛らしいオーラをまとっていたのに、今は…不動明王のようだ。


「…私ですか~?」


 ひとみちゃんが、さもめんどくさそうに確認する。そうなのだ。松下さんの言う「あなた」は、間違いなくひとみちゃんを指している。だって、人差し指で指されちゃったもん。

 人差し指とは言うけれど、本当に人を指で指して良いとは思えないけど。


「お聞きしたいことがあるの。」


「私は、聞かれたいことも、話したいことも無いですよ~。」


「私はあるって言ってるでしょ!」


 “くわっ”と効果音が付きそうなほど目を見開いて怒る松下さん。ますます不動明王だ。


 彼女の“話”は、おそらく一樹に関してのことだろう。だとしたら、ひとみちゃんと話しても無意味だ。


「あの、お話なら私が…」


「あなたは関係ないの!!」

「華蓮さんは引っ込んでてください!!」


 ステレオサウンドで却下されてしまった。


 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。この話の当事者は(たぶん)私だ。


「あの…」


 あまり関わりたくないけれど、にらみ合ったままの2人を放置しておくわけにはいかない。しかも、美女2人の絡み合いは周囲の関心を惹くらしく、徐々に人だかりが出来始めている。


「あの-! 2人も、場所を変えない?」


 少し声のトーンをあげてみたけれど、火花散らすお二方の耳には届かず。気が付けば、人だかりの中には見知った顔がいくつかある。やばい! 会社の人たちだ!!


「場所変えるって言ってんのが聞こえないの!!」


 あ、自分の声の大きさに自分でビックリした。ほんと、私の声って良く通るわ。


「場所を変えるって…どこ行くんですか~?」


 さすがに、この声は効果があったようで。ひとみちゃんが振り返ってくれた。


「とりあえず、居酒屋に一緒に行こうか。話はそこでゆっくり。いいですよね? 松下さん。」


「あなたは関係な…」

「あるんです!!」







 てな感じで、ぶーたれた顔した美女2人を引き連れていつもの居酒屋へとやって来たんだけど。


「いらっしゃいませ。お飲み物は?」


 って聞かれたから条件反射で「生3つ」って頼んだ。そして、すぐにジョッキは運ばれて来たんだけど。けど。


 …『乾杯』って雰囲気じゃないのよ…。無言。どうしたらいい?



 ちびっ



 とりあえず、ビールを啜ってみたけどおいしくない。やはり無言のこの空間。 …逃げたい。でも、当事者なのに逃げるわけにはいかない。困難は自分で切り開いていかねば。


「松下さん。お話っていうのは?」


「あなたと話したいわけじゃありません。さっきも言いましたよね。」


 ガ---ン! 出鼻をハンマーでくじかれた。だめ、華蓮。ここで引き下がったらまた無言地獄に陥ってしまう。


 いけ! 戦え!!


「白鳥さんのことじゃありません?」


 意を決して一樹の名前をあげてみた。そう、頑張れ私。


「……そうですけど。」


「それなら、関係あるのは私です。」


「はぁ~?」


「松下さんは、白鳥さんが好きなんですよね?」


 単刀直入に切り出してみると、松下さんは元々大きい目をさらに見開いた。そのあと「ふぅ、」とため息をつくと、やっと私と向き合って話し始めた。


「そうです。私、入社してすぐ、白鳥さんに惹かれました。一目ぼれって本当にあるんだと思いました。だから、白鳥さんに正直にそのことをお話したんです。」


「え!?」


 今、さらっと重大なこと言わなかった? 「お話した」って告白したってことよね? いつ? 一樹、私にそんなこと一言も…


「でも、白鳥さんに“俺には大切な人がいるから”って言われたんです。」


「そうでしょうね~。」


 キッ! と効果音をつけて松下さんがひとみちゃんを睨み付ける。

 ひとみちゃん! 何をのん気に参加してるの! あ~あ、せっかく矛先を私に変えることが出来たのに。

 それにしても…。一樹、そんなこと言ったんだ。“大切な人”。私でいいんだよね? なんか照れるかも~~。


「その口っぷりからすると、やっぱり相手はあなたでしょ? おかしいと思ったのよ。あの、人当たりの良い白鳥さんが、あなたのことだけはわざとらしく無視するんですもの。」


 なるほど。そう取ったのか。


「白鳥さん、私が嫌いなだけじゃないですか~?」


「しらばっくれないで! 嫌いだったらあの席に座るはずがないでしょ!!」


「ちょ、ちょっとストップ!!」


 ヒートアップしそうな雰囲気に慌てて止めに入る。だめだ、松下さんの中で出来上がってる『大切な人=ひとみちゃん』の公式を崩さなきゃ!


「松下さん。松下さんは勘違いされています。白鳥さんとひとみちゃんは本当に関係ありません。」


 ど-、ど-、落ち着いて。


「あなた、この方と親しいようですから、かばってるだけでしょ? 引っ込んでてください。植原さん。今、あなたが白鳥さんとお付き合いしているのなら、申し訳ないけど別れてくださらないかしら?」


「申し訳ないとか思ってないくせに~。大体、ほんとに私じゃありません~。」


 再び2人の間の空気がピキッと凍ったけど、もうそんなことに構っていられなかった。別れる? 別れるって言った? 何で? 何でそんなこと他人ひとから言われなきゃいけないの?

 だって、私たち、まだ始まったばかりで…。まだ、これからお互いをよく知っていこうって思ってる…のに…?


「…あの、別れるって、どうして?」


 気がついたら口に出てた。だって、分からない。一樹は“大切な人がいる”って言ったんでしょ? 断ったんだよね? 


 すると、松下さんはこちらを見て「フッ」と笑った。いかにも「そんなことも分からないの?」と言いたげに。


「私なら、白鳥さんのお役に立てるからです。」


「は?」


「植原さん、白鳥さんと同期って仰ってましたけど、所詮、事務の方でしょ? 白鳥さんのお仕事の大変さが分かります? 毎日遅くまで図面と向き合って、納期に追われて…。今日だって営業の打ち合わせ不足のせいでお客様に叱責されたり。私なら、理解できます。今日の白鳥さんが何に悩んだり、何を我慢していたか。書類の処理しかしてない植原さんには分からないでしょ? 製品を生み出す側の苦労が。」


 一気にまくし立てる松下さんに、私は言葉を返せなかった。決して納得したからじゃない。腹が立ったから。どうしてこの人は事務の仕事をこうも見下すのか。私たちが何も分かってないと思っているなら大間違いだ。


 直接営業に出るわけじゃないけれど、私だってある程度分かってる。急に納期を短縮するお客さん、製作に入ってから無茶な変更を指示してくるお客さん、その要望に応えるために精一杯の努力をする色んな部署の人たち。入社して5年。ただぼ~っと伝票だけ打ってきたんじゃない。それなりに周りの状況だって見てきたつもりだ。


「それに…」


 どう言い返してやろうかシナリオを練っていたら、松下さんが再び口を開いた。


「白鳥さんのように評価の高い方は、あなたにはもったいないですし。私なら、白鳥さんを能力に応じた、もっと力を発揮できるポジションに引き上げて差し上げることも出来るんです。そして、ゆくゆくは会社の中枢として活躍して欲しいと願っています。」


 言いたかったのはそこか。色々並べ立ててくれたけど、結局は“副社長の力”をちらつかせるんだ。


「植原さん、確かに見た目はまあまあ可愛いですし? 他にたいした女性も見当たらない会社ですから、白鳥さんも目がくらんでるのかもしれませんね。でも、白鳥さんは諦めてください。あの人にふさわしいのは、可愛らしさだけじゃなく、教養も社会的な力もある私です。ああ、お詫びにあなたには、他にどなたか紹介して差し上げましょうか? 父に言えば、」


「いい加減にして!」


 私の声に、松下さんがビクッとして言葉を止めた。そのままその口を二度と開かないで欲しい。もう勝手な言い分は聞きたくない。


「さっきから聞いてれば…。何を勘違いしているか知らないけど、こんなことしたって、一樹はあなたを選んだりしないと思う。絶対。それに、何度も言ってるでしょ? ひとみちゃんは一樹と関係ないって。」


 自分に自信があるわけではないけれど、一樹がこの人を好きになることだけはないってことには自信が持てた。

 出世? 見た目の可愛らしさ? そんなものに惹かれる人だっったら、最初から私にプロポーズなんかしてないわよ!! 

 そう言えば、この居酒屋さんだったな。一樹が私にいきなりプロポーズしてくれたのは。あれにはビックリしたけど。


「一樹一樹って…。あなたは何なの? 勝手に話に割り込んできて、白鳥さんの名前を馴れ馴れしく呼んで! 失礼にもほどがあるわ! さっさと帰りなさい!!」


「失礼なのはどっち? 関係のないひとみちゃんに散々失礼なことばかり言って、私たちの仕事までおとしめて。大体、一樹を出世で釣ろうなんて馬鹿にしてる。」


「いい加減にするのはあなたの方よ? たかが同期の分際で。ああ、あなたも白鳥さんが好きなの? そうでしょ? でも、残念ね。あなたのような見た目も能力も冴えないような人、最初から問題外よ。」


 この一言にはさすがに私も傷ついた。


 そりゃ、私は何の取り得もないかもしれない。顔も良くないし、体だって大きくてごつくて色気もない。仕事だって、一生懸命やってるけど、私じゃなきゃ出来ないって仕事ではない。それはその通りなんだけど。


 でも…。あの時、一樹は私に言ったもの。あのプロポーズの時「私のどこが!?」って聞いた私に「男前なところ、さっぱりした顔、よく通る声がいい」って言ってたもん!


「私はただの同期じゃないわ。」


「じゃあ何? まさか“親友”とでも言いたいの? 確かにあなたなら男同士のお付き合いと変わらないでしょうけど。」


「違います! 私は…私は、一樹の…」


 ん? 何?? 何って言えばいいの???


 か、か、彼女? こ、こ、こ、恋人!? って自分で言っていいの? 恐れ多くない?


 不覚! 肝心なところで言い淀んでしまった。


「あなたは? 白鳥さんの?」


 急かさないで~。こういうの初めてなの! ちょっと待って。他に、他になんか良い言い方ない? 助けて、ウィキペディア---!!




 その時、固まりかけていた私の肩に温かい手が乗せられた。同時に、頭の上から最近すっかり聞きなれた声が降ってきた。


「華蓮は俺の“大切な人”だけど。」



 助けてくれたのは、ウィキペディアじゃなかった。






女同士の修羅場って経験したことがありません。

なので、上手く雰囲気を醸し出せたか心配です…。


次回、やっと白鳥活躍です。

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