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20/21

20:腹の虫がうるさいです

 前回の久々の更新、たくさんの方にアクセス頂き、ありがとうございました。


 また、喜びのコメントを頂き、かなり励みになりました。待っててくださって本当にありがとうございました。



 お腹がモヤモヤ? する。いや、胸かも。


 お昼ご飯食べ過ぎたかしら? おばちゃんが「ご飯、大盛りにするかい?」って聞いてくれたから、お言葉に甘えて「特盛りで!」って頼んだのがいけなかったかしら? それとも、あまりのおいしさにがっついて食べたのが良くなかった?


 お昼休みを終えて、席に戻ってみると、そこにはてんこ盛りの伝票が待っていた。そうだった。午後から売上げ伝票の入力を頼まれてたんだった。


 伝票入力は嫌いじゃない。プレゼン用の資料の作成なんかに比べると、頭はあまり使わないから。テンキーをひたすら叩き続ける。

 自慢じゃないけど、私の入力スピードはピカイチ。ひとみちゃんはピカ2。


 なのに…今日は、ちっともはかどらない。売り先の会社を間違えたり、金額の桁を間違えていたり。一千万以上する機械を一万円で売りそうになってしまったのには焦った。99.9%割引。大盤振る舞いしすぎだわ。


 なんだか乗らなくて、思わず「はぁ〜…」とため息をつく。お茶でも飲んだらすっきりするかしら、と思いマイカップを手にした。すると、向かいのひとみちゃんの席から、恐ろしいほどのスピードでテンキーを叩く音が聞こえる。エンターキーを押すときなんて“ダン!ダン!!”って…。


 …ひとみちゃん、嫌な思いしたよね。悪いことしたなぁ。


 もともとは、私のことがあるから誘ってくれた『お嬢様見学ツアー』だったのに、食べたいご飯は食べられず(私のせいだけど)、松下さんには絡まれだもんね。はぁ~…。ごめんね。








 社員食堂からの帰り道、『ただいま絶賛不愉快中!!』と書いてある(ように見えた)ひとみちゃんの背中に「ごめんね」と声を掛けてみた。


「どうして華蓮さんが謝るんですか?」


「だって、私のための企画で、ひとみちゃんが嫌な思いを…」


「華蓮さんのせいじゃありません! 副社長が悪いんです!! 第一、社食に誘ったのは私ですよ。」


 ひとみちゃんに言わせると、副社長の教育がなってないから「あんな見た目しか取り得がないような娘が育つ」のだそうで。


 …確かに、松下さんは感じの良い人とは言い難かった。私の自己紹介はスルーされたし、ひとみちゃんが名乗れば事務職を見下したような発言をするし。なぜだか、最後には『早食い勝負』を挑んでたし。




 彼女、白鳥が好きなんだ。




 恋愛ごとにうとい私でさえ、すぐに分かった。そして、彼女がひとみちゃんに絡んでいた理由もなんとなく分かった。松下さんの中で、私は“その他大勢”で、ひとみちゃんは“恋のライバル”に分類されたんだろう。


 今日、一樹がひとみちゃんに話しかけることは一度もなかった。なのに、何故だか松下さんが張り合ったのはひとみちゃん。これはどういうことか?

 …私が一樹のお相手には到底見えないってことよね。主にビジュアル的に。そんなことは先刻承知だけれど、ああもあからさまに“存在しない物”にされるとさすがにへこむ。


 松下さんは可愛らしい人だった。ひとみちゃんとジャンルは似てる。“瞳の大きなかわい子ちゃん”。まさか、あの副社長の娘さんがあんなに可愛いとは。遺伝子って不思議。きっと、ご両親のいいとこ取りの典型的なパターンなんだろうな。悪いとこ取りの私とはまさに対極。


 一樹はどう思ってるんだろう? あれだけあからさまに気持ちをオープンにしてるんだから、気が付かないはずがない。嬉しそうには見えなかった。でも、拒否してるようにも見えなかった。派遣さんたちが言うには「毎日社食でもベッタリ」らしいし。それは自分の目でも確かめた。出て行くときなんて、腕組んでたもんね。




「…うぷっ。」


 そんなことを考えていたら、またモヤモヤしてきた。しつこい胃もたれ? 胸焼け? 


 時計をチラッと見てみたら、時刻は午後3時。う~む、おかしい。こんなに引きずるほど食べ過ぎた覚えはないなぁ。

 あ! 逆にお腹が空きすぎてるとか? そうかもね、何か口に入れようかしら。


 デスクの一番上の引き出しを空けてキャンディボックスのふたを開ける。自慢じゃないけど、私の腹の虫は、それはもう大きな声で鳴く。以前、こらえきれず大音量で鳴った時は、周りの方たちに「どしたの? パソコンから異音がしてるけど大丈夫?」なんて心配をされてしまったほどだ。ファンでも壊れたと思われたらしい。

 それ以降、腹の虫の欲求に応えるべく、雨・ガム・チョコなどを常に忍ばせてある。


 のど飴や粒ガムの気分じゃない。ましてタブレットなんて論外。腹の足しになりゃしない。なんか、甘系の物……お! ハイチュウにしよっかな。でも、これって食べ始めるとキリがない。う~ん、いちごみるくのキャンディにしようか…


「その腹の虫は、空腹じゃないと思いますよ~。」


「ひゃっ!!」


 相変わらず激しくテンキーを打ちつけながら、顔も上げずにひとみちゃんが呟いた。なんで? どこから見えてるの??


「華蓮さん、表情だけじゃなく、オーラも分かりやすいんですよ~。」


「オ、オーラ?」


 そんなもの発してる覚えはございませんが?


「なんだか、モヤモヤしてるんじゃないですか~?」


 ドキッ!


「大方、“そろそろ3時だから空腹のせいかしら?” とか思ってませんか~?」


 ドキドキッ!!


「な、なんで分かるの?」


「華蓮さんですから~。」


 よく分からなくて、顔面にハテナマークを張り付かせていると、ひとみちゃんが手を止めて私を見た。


「華蓮さ~ん。腹の虫が騒ぎ出すのは空腹の時だけじゃないですよ~。」


 そうなの!? 私の腹の虫は空腹の時しか訴えてこないけど、皆さん、他にも何か訴えられることがあるの??


「“腹の虫が治まらない”って聞いたことありませんか~。」


「そりゃ、あるわよ。」


 あれでしょ? しゃくに触った時や、腹が立った時に気持ちが治まりきらないことを表す慣用句でしょ?


「私が腹を立ててるってこと?」


 そりゃ、松下さんの態度は決して愉快ではなかったけど、そこまで腹を立てているというほどではない気がする。


「腹を立ててるっていうのと、ちょっと違うと思いますよ~。」


「じゃあ、何?」


 ひとみちゃんは私のモヤモヤの原因が分かっているようだ。ひとみちゃんって、一見おっとりしてるけど、中身は全然違う。よく周りを見てるし、人の感情を読み取るのが上手だ。

 それに引き換え、私の鈍さはどうよ? 自分の心の内さえ、人に聞かなきゃ分からない。情けないなぁ。


「さ、残念ながら雑談はここまでで~す。華蓮さんは、自分の腹の虫とじっくり話し合ってみてください~。何に、誰に、イラッときてるのか~。ここ、大事なポイントです~。明日までの宿題ですよ~。」


「え!? 宿題って何!?」


 ひとみちゃんは、にっこり笑うと、それ以上答えてくれる事はなく、再びテンキーと戦い始めた。いけない。私もずいぶん油を売ってしまった。ただでさえ、今日ははかどってないんだから気合入れて進めなきゃ。




「ふ~、なんとか終わった。」


 今週末からゴールデンウィークに突入するため、月末締め、来月の5日締めの売上げまで一気に上がってきたから、今回の伝票は通常よりずいぶん多かった。


「華蓮さ~ん、終わりましたか~?」


「うん。なんとか。ひとみちゃんも終わった?」


「はい。なんだか今日はいつもより早かったです~。」


 …うん、あの勢いならさぞかし早かったでしょう。


 時計を見ると、定時を少し回ったところだった。この後どうしよう? 今抱えてる仕事は明日から手をつけても間に合うし。


「後藤さん、お手伝いすることありませんか? 私、今日中の仕事は片付いたんですけど。」


 まだ、パソコンと向き合っている主任の後藤さんに声を掛けてみた。後藤さんは、伝票入力は担当ではなく、主に見積書や資料の作成を担当している。


「私も、もう少しでキリがつくから、そこで帰るわ。こんなに早く終われるのなんて珍しいんだから、伊集院さんも植原さんも上がっちゃっていいわよ。」


「ありがとうございます。じゃ、お先に失礼します。」


 後藤さんに挨拶をして、カップを洗ってからひとみちゃんと一緒に更衣室へ向かう。今がチャンスだ。さっきの“宿題”のこと聞いてみよう。


「ひとみちゃん、さっきの“宿題”のことだけど…。」


「ポイントは教えましたよ~。“何に”と“誰に”です。じっくり考えてきてくださいね~。」


 そのポイントについてなら、伝票を打ち込みながら考えてみたのよね。“誰に”は、たぶん松下さんなのかなって思う。それしか思い浮かばないし。


「でもね、ひとみちゃん。そりゃ、松下さんの言動は決して褒められたものじゃないけど、腹の虫が治まらないって言うほどではなかったよ。」


「ま、華蓮さんならそうでしょうね~。でも、あの場にいたのは、松下さんだけではないですよ~。」


 ん? 他の人?? だって、他の人って言ったら…


「やだ! 私、ひとみちゃんに腹を立てたりなんかしてないわよ!!」


「そっちですか!?」


 驚いたひとみちゃんの着替えの手が止まる。…あの、ブラウスのボタン全開ですよ。


 うらやましいことに、ひとみちゃんはスタイルも完璧。ささやかで控えめな私と違って、いかにも柔らかそうで、ほどほどに大きい胸がついている。いいなぁ、谷間の存在。あ、鼻血出そう。


「華蓮さんが私に腹を立てていないことなんて十分承知してます~。もう1人いたでしょ~!」


 私の鈍さに呆れたのか、腰に手を当て、私に詰め寄るひとみちゃん。お願い、まず着替えをしてください。


「もう1人って…」


 そこでやっと気がついた。一樹? 一樹のことを言ってるの?? 


「別に、アイツに腹を立てることも…」


 無かった? 言い切れる? 自分の腹の虫と会話してみる。


 一樹は、私の隣に座ってた。私を見つけて嬉しそうにしてくれてた。話したのは、社食のおいしさとか、他愛も無いことばかりだったけど、ずっと私と話してた。イラッとすることなんて…


 そこでまた、あの情景を思い出す。腕を組むようにして出て行った2人。松下さんの腕を拒むわけでもなく。


 また、モヤモヤが沸き上がって来た。これね! そう、原因はこれだ。


 “何に”は“イチャイチャな2人”。


 “誰に”は“拒まない一樹”!


「気がついたみたいですね~。」


 着替えを終えたひとみちゃんが、にっこりとした。


「じゃあ、もう1つ宿題を出しますね~。」


「まだあるの!?」


「そこで、華蓮さんがイラッときたのはどうしてでしょ~か?」




 …どうしてでしょう??




 再び、ひとみちゃんに難問を突きつけられてしまった。「どうしてって言われてもさ…」ぶつぶつ呟きながら、ひとみちゃんと会社のビルから出た。


「まぁまぁ、せっかく早く上がったんですから~。ご飯でも食べて行きませんか~。」


「ご飯! いいね!!」


「つまみは華蓮さんの宿題ですけど~。おほほ。」


 …ああ、その話、まだ続くのね。とほほ…。


 とりあえず、行きつけの居酒屋さんに足を向けた。すると、後ろから声を掛けられた。


「ちょっといいかしら?」



 振り向いたその先にいたのは……松下さんだった。






 

 






 





  


 



 

 やっと、何かに気がつきつつある華蓮さん。ひとみちゃんグッジョブです。


 さて。お嬢様の用事は? “誰に”でしょ~か?


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