第24話:現在までの話と未来の話
元嫁、早弥香の語ることができない暗い過去について、妹の咲季ちゃんから聞いた。
本人が語らない上に、親にも話していないということなので、俺としては聞いたとしても動くことができない話。こんな話は物語の中だけにしてほしいような胸糞悪い話だった。
「あ、誤解しないでください。お姉ちゃんのことを話したのは、復縁してあげて欲しいってことじゃありません」
たしかに、さっきもそう言っていた。じゃあ、どんな目的があるっていうんだ。
「哲也さんの周囲には善意の人ばかりじゃないってことを知ってほしくて」
俺は人に恵まれていると思う。俺が抜けている分、周囲の人が優秀だし、俺のことを助けてくれる。しかし、離婚したし、その人間関係も減っていくだろう。なにしろ、俺と元嫁は同じ高校生徒だった。当然、共通の友達も多い。
離婚したとなれば相手も何となく気を使うだろうし、こっちも気を使う。疎遠になっていくのは避けられないだろう。あとは、今の会社の人もそうかもしれない。わざわざ離婚直後の人に声をかけようなんて物好きはいない。
それでも、最低限の人との付き合いがあれば俺は大丈夫……だろう。
「私の見立てでは、哲也さんは周囲に人がいないと塞ぎこんでしまうタイプだと思っています」
「……う、そうかもしれないね」
実際、ついこの間まで鬱みたいな状態で1人部屋に引きこもっていたのだから。
「高校の時のお友達はしばらく連絡してこないと思います」
咲季ちゃんがズバリ言った。自分でも分かっているけど、他人に言われると認識して辛い。
「そして、うちの両親も疎遠になるように仕向けています」
「……」
俺はふと疑念が浮かんだ。しかし、俺ではそれがなんなのかまだ分からない。
「私もすごく声をかけられていて、普通だったら哲也さんの周囲から消えていたと思います」
「……」
なんとも言えない状況。俺のことを意図的に1人にしようとしている人物……そんな人間がいるのだろうか。もし、そんなやつがいるとしたら……。
「ここまでのお話は『現在』までのお話です」
「現在?」
「はい、これからは『未来』のお話……」
確かに、元嫁、高校の時の友達、会社の同僚や先輩、そして、咲季ちゃん……。確かに、既に俺はたくさんの人間関係を失っているのかもしれない。
「これからマコトさんが『仕事が忙しくなってきた』とか言って疎遠になってきます」
「え? どういうこと?」
「私の予想です」
「そんなバカな……」
風でたなびく自分の髪を咲季ちゃんがかき上げ、一拍置いて続けた。
「そして、心のよりどころがなくなった哲也さんのご家族との関係を壊しに来ると思います」
「え……。家族って……俺の両親はもう既に他界してるよ?」
そうなのだ。おやじは既に他界している。だから、誰かが親父との関係を壊そうとしたとしても、それは不可能な話だ。
「お父様との絆を……。すいません、そちらは間に合わないと思います」
彼女は何かを知っているかのように俺の目を見て言った。俺も横に座っている咲季ちゃんの方を見ていたのでバッチリ目が合った。
まさか、おやじとの関係と言ったら、形見として受け継いだ「博多切子」がある。
「マコトさん……。あの人ってどうなんですか?」
「マコト!? マコトは良いやつだよ。あいつとは長い付き合いだ。信じられる」
「「……」」
俺達はお互い続ける言葉を見失った。しばらくお互いの顔を見合わせたまま何も言えずにいたが、咲季ちゃんが口を開いた。
「じゃあ、家に帰ってあの切子グラスが無事かどうか確認してください。それが壊されていたら、マコトさんを疑うことを考えてみてください。あと、あの切子は壊されているかもしれませんから、それなりの覚悟をして……。もし、マコトさんがいたら半狂乱になるお芝居をしてください」
「……分かった」
そこまで言うのなら、咲季ちゃんもなにか思うところがあるのだろう。扉の付いている食器棚に置いているんだ。あの「博多切子」が偶然床に落ちたりするのは考えにくい。
それでも、「もし」壊されていたら……。
●〇●
帰り道、俺達は一言も言葉を交わさなかった。俺の意識は運転とあの「博多切子」に持っていかれていた。
おやじの形見。「傑作」はあれ1個だけなのだ。思い入れのある「博多切子」。本当に壊されているのだろうか。
マコトが咲季ちゃんに送ったLINEのメッセージは、悪い様に考えてみたら若い女の子を狙ってちょっかいかけている様にも見えるし、普通にアプローチしている様にも見える。
全てはあの切子グラスで分かるというのか。
作戦として咲季ちゃんは俺のマンションの前で降ろす。俺だけが自宅に帰る。そして、切子グラスを確認するんだ。もし、その場にマコトがいたら咲季ちゃんにLINEしてマンションには入らないようにしてもらう。
マコトがいない場合は、一緒に切子グラスを確認して終了。その場合は、単なる咲季ちゃんの思い過ごしってことになる。
車を駐車場に停めて、自分の家に帰る。エントランスのオートロックをすぎてドアを開けた。エレベーターに乗り外廊下を通って玄関ドアに辿り着いた。カギ穴にカギを差し込み、シリンダーをまわした。
「……」
家の中を見渡したけど、誰もいない。……当たり前か。
俺はキッチンの食器棚も見た。おやじの「博多切子」も無事にあった。もちろん、無傷だ。
(ピンポーン)そこで、エントランスの呼び鈴が鳴った。




