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カタコンベ  作者: 朧塚
9/41

トーナメント 1

かなりグロテスクな描写が多めになっていきます。

苦手な方はご注意してください。


 誰かの異常は、誰かの正常。

 誰かの正気は、誰かの狂気。



 列車が停車する。

 この先に、地底街が存在するのだ。


 大きなトンネルだ。

 壁は煉瓦によって作られている。


 門番なのだろうか、翼の生えた巨大な生物がトンネルの天井に、鉤爪で張り付いていた。鷲の翼と頭、ライオンのような両脚と胴体、尻尾を持った怪物。

 グリフォンと呼ばれている生き物だった。


 列車一つよりも巨大だ。

 

 地底街の門番達が


 グリフォンは白骨死体を転がしていた。

 列車から降りた男の一人が門番の一人に、あの怪物は何者か、と訊ねる。すると、門番は笑顔で、通行証の無い不法侵入者を始末させる為におられます、と答えた。

 怪物は静かに、乗客達を眺めていた。


「私を入れろ」

 アイーシャは告げる。彼女はメビウスから貰った、チケットを手にしていた。これは、選手として参戦する為のチケットだ。



 デス・ウィングは通行証を門番に見せる。

「久しいな」


「お前は何処で会った?」

 デス・ウィングは少し怪訝な顔をする。


「そうか。知らないか。ネット・オークションでのお前の店舗の常連をしている。ユーザー名はX-X9999と言えば分かるか?」

 それを聞いて、デス・ウィングは眉を動かす。

 そして、すぐに慇懃な敬語口調になる。

「ああ、そうですか。貴方はナイン・シックスさまですね。よく私のサイトでもご購入されている。確かこの前は収容所跡地の一つを購入された」

「そうだ。私の嗜好は処刑場だ。私は処刑場や墓所のコレクションをしている」

 グリフォンは少し、含みのある声で言った。


 そして、デス・ウィングにだけ聞こえるような声音で囁く。


「堅苦しい敬語はいい。私は此処に警備員として面接を受けて、採用されて、すぐに警備員長にされたんだが、目的は潜入だ。私は此処の土地が欲しい」

「…………、手強いと思うぞ。しくじれば、お前は奴に殺害されて、アンデッドとして再び、知能を奪われて、此処の門番に戻されると思う」

 グリフォンは鼻を鳴らす。溜め息のように思えた。


「とにかく、通行証を見せてくれ」

「ああ」

 デス・ウィングは、紙の切符の代わりに、羊皮紙を見せる。特等席みたいだった。


「トーナメントを観るのか?」

「そのつもりで来たからな」


「もし、此処の土地を手に入れるつもりがあるなら、またこの私に話してくれないか? 何なら、電子メールでも構わない」

「気が変わったらそうするよ」

 


「死者の王アクゼリュスは無数のアンデッド……死を超えた者達を従えている。ゾンビ使い達もな。彼は定期的に闘技場での試合を使っている。ゾンビ使い同士に、各々のゾンビを闘わせる」

 男は、一人、呟く。

 選手控え室の中だった。


「奴の配下にならなくても、部外者でも、ゾンビ使いであるならば、定期的に開催されるトーナメントに参加する事が出来る。俺は今回の試合に出ようと思っている」

 彼は歪に、うつろに笑い続けていた。


「人間って道具だよな。俺やお前のような利用して、動かそうとする者達からするとな」

 彼は共に列車に乗車した者達に向かって話し続けていた。

 彼は汚らしい軍服を身に付けていた。

 

「俺達のような存在なら当然なんだけど、人間や……それ以外の生き物を道具か何かとしか思えない感覚だろ」


 薄汚れた血の匂いのする軍服に身を包んだその男は、鏡を見ながらネクタイを直していた。ダークグリーンの制服だ。将校クラスの制服みたいだが、彼にはそのような品性は感じなかった。彼は精悍な顔立ちをしていた。顎髭が伸びている為に、剃刀を顎に入れている。その後、髪を掻き毟っていた。

 この男からは、拭えない程の血がこびり付いているみたいだった。

 

「なんて名だ?」

 軍服の男は訊ねる。


「お主、私の主人に気安く話し掛けるのは止めて貰えぬか?」

 騎士風の甲冑に身を包んだ骸骨の顔をした男は、彼を虚ろな瞳で睨んでいた。


「Mrチョップマン。お前らは?」

「俺はロタン…………」

 椅子に座っていた青年は、無感動な顔で彼を見ていた。

 ロタンと名乗った男は、魔法使い風の服装をしていた。マントを羽織り、杖を手にしている。


「お前は力を持つ者なんだろ? 教えてくれないか? どんなのだ?」

「…………。幽霊を操れる」

「そうか。俺は奇遇だな。俺は死体を操れるぜ」


 ロタンは死者達の王に会いに行く道中だった。

 彼はあらゆる国の支配欲と虚無感に取り憑かれていた。そして同時に、自らが幽霊のように、空虚な人格しかないのではないかという考えに取り憑かれてもいた。幼い頃から幽霊は見ていた。それに振り回された事もある。


 チョップマンと名乗った深緑の軍服姿の男は、死体の面を被る。


† 


 簡易闘技場。

 そこは、選手控え室の隣にあった。


 チョップマンは、ロタンに対して、戦いを挑む。

 深緑の軍服を着た男が召喚したゾンビは、バラバラに刻まれた者達だった。腕や目玉、脚や臓物などが転がりながら犇めいている。その肉片達は腕はナイフを手にして、脚はトゲの生えた脚輪などを付けていた。

 対するロタンが召喚したのは、一人の黒い甲冑を纏った騎士だった。馬に乗っている。


 チョップマンのゾンビは中々、強かった。

 ロタンの黒騎士の攻撃が、まともに命中しない。


「へへっ、どうだ? 俺は切り裂き魔だ。八つ裂き魔だ。回転するノコギリで人間を刻んでいる時だけ生きている実感が湧く。そして再び、彼らが甦る瞬間を見るのがいいんだ」


 黒騎士は剣を振るう。

 すると、剣から瘴気が漂っていく。それに触れたバラバラ死体達は次々に粉々に砕け散り、灰へと変わっていく。


 黒騎士は、チョップマンの鼻先に剣を突き付けていた。

「降参するか?」

 ロタンは訊ねる。

「ああ、……これ以上は、止めておく……、へへっ」

 軍服の男は、両手を前に伸ばして降参のポーズを取っていた。



 湿った闘技場の控え室だった。

 何処となく血の色がこびり付いて離れない。


 所々、肌が透けそうに薄い黒いボンデージを身に(まと)った、バウンドという女と同席した。彼女は両肩と太股を露わにしている。


「好きな服、同じなんですね」

 モラグは笑顔で言った。

 バウンドは少し怪訝そうな顔をする。

「子連れなのかい?」

 モラグはジュアンの頭を撫でる。


 彼女は、ソファーの上に座ると、口を、だらり、と広げる。

 口腔から大量の(うじ)が落ちていく。

 やがて、敷き詰めるように地面に落ちた蛆達は(さなぎ)へと変わっていき、蛹は(はえ)へと変わっていく。蝿達は彼女の身体に、コートのように、アクセサリーのように纏わり付いていく。

「結構、温かいのよ」

 バウンドは薄ら笑いを浮かべた。艶めかしい真っ赤な唇だった。

 地面は濁っていく。


 彼女は楽しそうに、この虫達を身体の中で飼っていると言った。

 

「ネクロマンサー……。死体を戦わせる者達同士の戦いだから、あたしは自分の力に改良を加えようと思ってさ」

 彼女は口から息を吹きかける、息は毒の霧のようになって蝿達にあたっていく。蝿達は地面に落ちて死ぬ。その後、彼女は紫紺の霧を吐く。紫の霧が、蝿の死骸達にあたっていく。すると蝿達は全身を変形させながら、再び蘇生する。蝿達は膨れ上がって一回り巨大になり、強靭な顎を持った怪物へと変化していく。

「参加資格は死体操作である事が条件だからね。新しい力を得る為に、闇の秘術を推し進める事にしたわ」


「あんたの死体はどれだい」

「えっと、子供達です。ジュアンも」

 モラグは笑顔で返す。


 バウンドは……。

 明らかに、一瞬だけ、不快さと軽蔑をモラグへと向けていた。

「そうかい。子供かい。私も相当、醜悪な身体になったけど……。うん、まあ人様だからねえ」


 モラグは心の中で激しい怒りを感じる。


 バウンドはジュアンの瞳を眺めている。


 モラグの能力の一つは、感染させる力だった。それは、子供達の中で、ジュアンの役割だ。感情を感染させる。不安定さ。判断能力の欠如。そういったものだ。必ず通じるわけではない。


 ……やっぱり、これからライバルになりますし。……でも、死んでしまったら、補充要員はどうするのかなあ?


 モラグは、この時に、先程まで仲良くしていた彼女を、他の誰かを使って殺害しようと決意したのだった。


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