PAPER 11-2
バークスは、そう状態で、上機嫌に酒を飲んでいた。
まるで、今宵の夜に起きたことを、夢か何かだとでも思っているのだろう。
そして、彼は、高い酒を死霊術師や研究員達にも勧める。
「あの小僧をゾンビにして、戦争に向かわせてやると面白いかもな。笑えるぞ。なんと、包丁なんかで、刀を振り回す男を相手にしていたのだぞ。それに、ヴェンデッタを殺した? 大ボラもいいところだ。包丁が拳銃にかなうか?」
彼は、やたらと機嫌が良さそうだった。
バキリ、と、窓ガラスが割れる音がする。
赤い服を着た、何者かが入ってくる。
バークスは酩酊しながら、それを見ていた。
赤い服の男は、バークスを含めて、その場にいる者達に、何の容赦もしなかった。
†
アイーシャは疲れた顔で、ホテルへと戻った。
地下世界のトーナメントで、地獄の王アクゼリュスを倒してきたからだ。
「ふう、ボブ。おい、生きているか?」
「ええ」
「バイアスは役に立ったか?」
「はい、…………」
「これからは、お前の警護専門で出来るよっ! 私もお前のボディーガードをやれる。これからやってくる敵なんて、私が全員、斬り殺してやるよ!」
彼女は、意気揚々と叫ぶ。
ボブは、少しだけ考え事をしているみたいだった。
「あの、今度、傷痍軍人達の館に一緒に行って貰えませんか?」
「構わないが」
二人共、酷く憔悴したような顔をしていた。
TVでは、与党議員の何名かが、暗殺された事が流れていた。前代未聞の大事件だという。大企業の社長やマスコミ関係者なども死んでいるとの事だった。豆腐のような顔の首相は、声を荒げながら、罵詈雑言を述べ、一刻も早くテロリストを探し出す為のスピーチを行っていた。
「実は、そろそろ、この国を出ようと思うのです」
そう言うと、ボブは、アイーシャに金の入った封筒を渡す。
「俺の出来る仕事が、この国で出来る仕事が、終わりを迎えようとしています」
「そうか……」
アイーシャは、納得した顔になる。
「今日はもう寝かせてくれないか。私は疲れた」
そう言うと、彼女は、借りっぱなしの自分の部屋へと向かっていった。
†
数日後の事だった。
アイーシャとボブ、そしてバイアスは、繁茂の館が管理している、傷痍軍人の館へと向かう。
傷痍軍人の館にいる、看護士達の中には、反戦平和を訴えている者達、経済暴力を訴えている者達が多かった。ボブはこの国でそろえた資料のコピーを彼らに配っていく。彼らの中には、若者もいた。
一番、若い者の中で、細身の男がいた。どことなく、好青年といった印象を受ける。
「貴方がファントム・コートさんですか」
爽やかな顔の青年は笑う。無垢な笑いだ。
「君は?」
「俺の名はポッパラ・ザックスと言います。ポッパと愛称で呼ばれています。彼女から教えられて、この場所を知らされました。軍隊生活の過酷さ、戦場の恐怖、PTSD、そして、ここにいる人達。傷痍軍人達。愛国心を疑うという事、それらを知って、この場所にいます。……といっても、そんな事を考え始めたのは、つい二日程前ですけどね」
「そうなのか? 何故、突然」
「彼女の影響かな。なんとなく、自然に、水が薄紙にしみこむように、俺は、分かったような気がした。ずっと、彼女を見てきたから」
「そうか、良い女だったんだな」
ボブは、眼鏡をかけ直す。
「あの、ファントム・コートさん。俺の彼女が持っていた資料のコピー、見ていただけませんか?」
そう言うと、ポッパは、分厚い封筒の束をボブに渡す。
ボブはそれを受け取って、中身を見る。
「後、四つはありますよ。資料の束。彼女はきっと、迷っていたのかもしれません」
ボブは、僥倖な出来事は、向こうから必然とやってくるんじゃないか、と思った。自分はずっと迷い、悩んできた。全てが、徒労だと思い続けてきた。
「ありがとう…………」
「俺は、この国。ザ・ステートと戦いたい。何か協力出来る事があれば」
「いや、これで充分だ……。君は充分過ぎるくらいのものを持ってきてくれた……」
†
バークス議員直属の殺し屋、ヴェンディは、膨大な政府が秘匿している資料を持っていた。国民の税金からむしり取った、国家の裏予算の数字とデータ表。選挙制度が全て、不正ばかりである事。与党、野党の多くが大企業や武器商人達に政治資金を貰っている事、そしてマスコミ、ジャーナリスト達は全て与党と会食をしまくっている事、それから、この国の文化を破壊していく計画、プロパガンダの手法、それから遺伝子組み換え食品や、放射性物質に汚染された食品の輸入。警察や裁判官の天下り。……この国の腐りきっている部分が、大量に資料として出てきた。
それを何冊かの本にして、あるいはフリー・ペーパーにして、何らかの手段を使って、この国の国民達に訴えられると思う。
「ボブ。結局、お前は、もう少し、この国に残るのか?」
「ええ、アイーシャさん、バイアスさん。護衛、ありがとう御座いました」
「そうか。私は、もうすぐこの国を出るつもりでいるが。ボディーガードが必要無いのか?」
「はい、我々が、手を取って、戦うつもりです。反戦運動を行いたい者達の中には、元軍人だって存在する。なんとかやれると思います」
「そうか」
自分一人の力は、アリのように小さいものかもしれない。
けれども、巨大過ぎる悪に対して、アリの群れだって集まれば、社会正義を行使出来るかもしれない。そして、もし、自分達が死んだとしても、誰かが遺志を受け継げると信じている。それが、みなの言い分だった。




