PAPER 11-1
高級ホテルの中だった。
バークス議員は上機嫌で室内カラオケに興じていた。
この部屋の中には、武器商人もいれば、コンピューター会社の社長、マスコミ関係者、それから他の与党議員もいた。
「バークスさん、バークスさん、こんなに良いもの食べていいんですかねえ」
最近、選挙で与党議員になった初老の男が、度数の高いアルコールを飲みながら言う。
「いい、いいに決まっている。どうせ、全部、国民の金だ。ほうら、みなさん、ドンドン、ドンドン、食べてくださいね」
4DK程もある部屋の中で、最高級の料理が、シェフによって、運ばれていく。
部屋の隅では、トモシビが、腕を組みながら、要人達をガードしていた。
†
バークスは大あくびをしながら、タクシーに乗る。ここから、自宅まで数キロくらいだろうか。
「ふふっ、夜中の四時を過ぎたか。しかし、ヴェンデッタめが、何故、メールを返さない」
彼は、これから愛人の家に向かう途中だった。
ごろりっ、と。
何かが、タクシーの窓ガラスに飛んできた。
丸い物体だ。
バークスは、それをまじまじと見る。
それは、生首だった。
当てつけのように、細切れにした手足なども添えてあった。
「はあ?」
バークスは、裏返った声を出す。
その生首達は、彼が先程まで、会食を済ましていた者達だった。
傍らにいたトモシビが、戦闘態勢に入る。
「バークス様、敵です」
彼は、腰元に差している刀を引き抜く。そして、顎髭をさすった。
「今なら、私の方が、早い」
蜃気楼のように、夜の闇にその人物は現れる。
全身を、赤いローブでまとっている。赤いずきんをかぶっていた。血のように赤い色の服だ。実際、返り血を沢山、浴びてきたのだろう。
「俺の名はアビューズ。ジョージ・バークス。この国の癌細胞。お前を始末しにきた」
トモシビが、無言で突撃していく。
アビューズは、左手の刺身包丁によって、斬撃を受け止める。
「右腕、両脚を負傷しているな?」
何処となく、カラスを思わせるような男は、にやり、と笑う。
「ああ、おい。バークス、聞こえるか?」
タクシーの中にいる老人は、眉間に皺を寄せる。
「なんだ? 小僧」
「お前のボディーガードである、ヴェンデッタは、俺が殺した」
それを聞いて、しばらくの間、バークスは無言になる。
そして、高笑いを浮かべた。
「くくっ、くくくくははははぁあああぁ、役立たずが。このわしに、媚びの一つ出来ず、仕事を怠けてばかりいた小娘が。なんなら愛人の一人にしてやって、将来の地位を、権力を、富を約束させてやろうと思って、可愛がっていたんだがな。やはり、ただの小娘だったか、おい、トモシビ。お前は、ウキヨごときのチンケな会社の社長のボディーガードなぞせず、わし専用で働かないか?」
トモシビは、刀に体重をかけていく。
アビューズは右手にも刺身包丁を手にして、反撃しようとする。だが、刀を斜めにズラされて、アビューズの右手は虚空へと向かう。
「バークス様、何処か遠いところに、この男。重症を負っているとはいえ、中々の猛者ですよ」
トモシビは、冷や汗を流していた。
「出来れば、“例の場所”に向かいませんか? もし、私が敗れた場合、貴方さまは、死霊術師達に守って貰った方がいい」
「お前がそう思うなら、そうする」
そう言うと、バークスは、運転手に支持を出す。
「おい、トモシビ。そいつを始末した後、そいつの生首をわしのところに持ってこい」
「承知しました」
金属同士の火花が散る。
†
バークス議員は、舌打ちを何度も、繰り返していた。
……ヴェンデッタを殺した? あの小僧がか? わしの専属ボディーガードを?
ハッタリなんじゃないのか? とも思った。
だが、先程まで会食を繰り返していた連中は、首だけになっていた。
研究施設。
その中に、彼は入る。
中には、研究者と、死霊術師が数名いた。
「おい、会食を襲撃された。あの場所には34名の要人達が集まっていた。たった一人でやったとすれば見上げたものだ。あの小僧も私の下に欲しくなったな」
彼は、にやにやと、下卑た笑みを浮かべる。
「そうだ。ゾンビとして使えないか。おい、お前」
「はい」
バークスに声をかけられて、死霊術師の一人は答える。
「ヴェンデッタが殺されたそうだ。奴の死体が見つかれば、ゾンビをして再利用する事は可能か?」
「超能力ごと、再利用は可能だと思います」
それを聞いて、バークスは楽しそうな顔をする。
「何も問題が無い。どんな人材が死のうが、わし……私が、この国を支配出来る、何も問題は無い。たとえ首相でさえ、わしの手腕には逆らえん」
バークスは、自信たっぷりの笑いを浮かべていた。
†
トモシビは、かなり焦っていた。
確実に、自分の体力が削られていっている。
彼の胸元にあるスマートフォンから着信が鳴り響く。
「…………失礼する」
彼は、アビューズから距離を取り、刀で牽制しながら電話に出る。相手は飼い主であるウキヨだ。出ないわけにはいかない。
<あのうですね。トモシビ。少し頭を冷やしなさい。お前は僕の大切な右腕だ。私のナンバーワンだ。お前に死なれては困る>
「ですが…………」
<なあに。ジョージ・バークス氏との契約なんて無視すればよいのですよ。そこにいる相手は、お前には荷が重い。いくら負傷しているとはいえ、かなり強力な使い手ですよ。もちろん、素性も知っています>
<バークス氏は惜しい人材を失ったなあ。ヴェンデッタは人目見て、是非、我が社の社員になって欲しかったものですが。彼は、彼女の才能を生かす事が出来なかった気がしますね>
アビューズは、両手の刺身包丁をトモシビに向ける。
「電話が終われば、お前に突撃するぜ。電話は待っておいてやる」
<直言します。僕は、このザ・ステートとのビジネスを諦める事にしました。そこにいる、御使いのアビューズさんは相手が悪い。僕が目をかけていた、ヴェンデッタさんでさえ、敗北した相手なんですよ? トモシビ、僕はお前の能力を買っているが。ヴェンデッタさんや、ましてや、御使い屈指の実力者であるアビューズさんに勝てるとは思えない。僕はこの国とのビジネスは諦める事にしました。まあ、損はすぐに取り戻します>
「で、ですが…………」
<もう一度言います。引きなさい>
そう言って、ウキヨは通話を切った。
トモシビは、両腕が震えていた。
全身から、汗が止まらない。アビューズといったか、彼の攻撃の一撃、一撃が、とても重いのだ。使っているものは、ただの包丁でしかないのに。
「ウキヨからの電話か?」
彼は訊ねる。
「あ、ああ……」
「はっきり言うぜ。俺は手を抜いていた。能力を使わずにいたからな。バークスの手前、お前の面子を立ててやったんだぜ。少しは感謝する事だな」
そう言うと。
アビューズは、再び、包丁の一本で、トモシビの刀に触れる。
すると、まるで、野菜か何かでも切れるように、いともたやすく、トモシビの刀が綺麗に折れる。
「う、うう…………」
「バークスのいる場所は、大体、見当は付いている。例の場所ってとこはな、俺はそこに行く」
後には、トモシビが地面にへたり込みながら、顔を蒼ざめていた。




