トーナメント 8-2
闘技場のあちこちが陥没し、その陥没は、場外にも続いている。ガラス張りの地面がえぐられて、地下から伸びる炎が熱気を上げていた。
アイーシャは、アクゼリュスを見据える。
「さあ、今大会でネクロマンシー(死霊術)を極めた者として、何らかの願いを言え。叶えられそうな褒美ならば、やろう」
「アクゼリュス。私はお前を倒しに来たんだっ!」
彼女は、高らかに宣言する。
「お前の命を、この大会の報酬にさせて貰うっ!」
†
……面白そうなストーリーにしてくれたもんだな。
デス・ウィングは、紅茶ジュースとクッキーを手にしながら、アイーシャの光景を見守っていた。
後は、あのミノタウロスが、どういう行動を起こすか、だ。
……さて、私は、観客でいようかな? それとも、自ら物語に介在する登場人物でいようかな?
観客席の中には、武器商人や宗教家、政治家などもいる。
彼らがどのような心境で、このトーナメントを観てきたのかは、よく分かる。安全圏、という立場に留まり、人が血を流す姿は、この上なく面白いのだろう。
†
アクゼリュスに向かって、カラミティ・ボムの火炎を放つ途中だった。
天井のガラスが割れて、ガラスの破片が降り注いでくる。
どうやら、天井はホログラムか何かで空や雲を演出していたみたいで、割れた先には、漆黒の闇があった。
巨大な何ものかが、闘技場に舞い落ちてきた。
それは、ライオンのような姿をした、体躯に、背中には翼が生えている。そして、頭は人間みたいだ。もっとも、巨大な仮面を被っていて、実際の顔は分からないのだが。
スフィンクス、といった名前の怪物なのだろうか。
スフィンクスは、仮面をくるくると回し続ける。不気味に人の顔形が風車のように回り続けている。その表情は分からない。
全長は、闘技場を覆う程だった。
スフィンクスが舞い降りた重量によって、闘技場のガラスの所々にヒビが入っている。
<願いを言え>
スフィンクスは、それだけを告げた。
アイーシャはたじろいでいた。
<願いを言え>
<権力を手にしたいのかい? 富? 地位? それとも力か?>
……アイーシャの願いを無効にしたい、といった、アクゼリュスの意志なのだろうな。
デス・ウィングは、瞬時に、そう判断した。
アイーシャの周囲には、ロタンの使う幽霊のような者達が現れる。しかし、ロタンよりも、より邪悪で不気味な印象を受けた。
†
「……中々に、今回の大会優勝者は、骨がある。この私に牙を向けようとするとは」
アクゼリュスは、自身の部屋へと向かっているみたいだった。
彼は、神殿のような通路を歩いていた。
天井を支える円柱に、大理石の地面が広がっている。
「だが、私のルールに従って貰う。彼女の望みは、金か権力か強さか。私の叶えられるもの以外は許さん」
「お前の望みに興味があるんだ」
ぽつり、と、悪意に満ちた瞳が告げる。
デス・ウィングは、アクゼリュスの背後にいた。
「なんだ? お前は?」
「私の名はデス・ウィング。闇の骨董屋をしている。そして、ショーを楽しむ為の“観客”だ。……もっとも、ストーリーを破壊する者にもなる事が多いがな。お前という物語に興味があって、このトーナメントを観る事にしたんだ」
紅い甲冑をまとった、大男は、しばらくの間、黙視していた。
そして、ふいに訊ねる。
「お前は、このわたしが、何者なのか知りたいのかね?」
「まあな、少しだけだがな」
「私は造物主さまより、意志を貰った、鎧だった」
黒い闇が、彼の影から這い上がっていき、彼をまとっていく。
「造物主? それは、錬金術師、フルカネリ」
「私の産みの親を知っているのか」
「そうだな。奴は、この世界自体を玩具にしてきた。何百年も前からな」
ぼうっ、と。
辺り一帯から、影がいくつも現れる。
「我が力は、生贄からなるもの。我が魂は、不滅への憧憬より生まれるもの」
アクゼリュスが呟く。
彼は背中に背負った、細長いクレイモア(大きな剣)を抜き放つ。
すると、神殿内の明かりが消え、暗闇に、気配が渦巻いていく。
ぽつり、ぽつり、と、人魂のようなものが浮かび上がる。
何名もの人物達が、デス・ウィングを囲んでいた。
その中には、大会で死亡したモラグと、彼女のゾンビであるジュアンの姿も紛れていた。
「我は偉大なる不死者の王なるぞ。死霊術を極めし者、我が召喚するは、死霊術師そのものである」
様々な姿のゾンビ達が、デス・ウィングへと襲い掛かる。
剣を持つ者、銃を持つ者、鎧を着た者、骨だけの者、炎を使う者、冷気を使う者、稲妻を呼び起こす者、人間のゾンビ、鳥のゾンビ、昆虫のゾンビ、様々だった。
「その剣が発している力なのか?」
デス・ウィングは訊ねる。
「この『聖餐と邪念の剣』は、ネクロマンサーを操る、死霊術を行う事が可能だ」
アクゼリュスは答える。
「お前もまた、この魔剣の生贄となるがいい」
アクゼリュスが剣を向けると、アンデッド達が一斉に、彼女へと襲い掛かる。
デス・ウィングの周囲に、風の障壁が生まれる。
彼女に襲い掛かっていく、アンデッド達の身体が、粉みじんに吹き飛んでいく。
彼女は、指先を拳銃のような形にして、人差し指をアクゼリュスに向ける。まるで、滝でも割れるように、彼女は襲い掛かる死人達を払い除けていく。
彼女の指先から、何かが発射される。
アクゼリュスは、それらを避ける事が出来なかった。
彼の甲冑の所々に、孔が開いていく。
「我は不死身よ」
すぐさま、彼に開けられた孔は縮んでいく。
「奇遇だな。この私もだ」
アクゼリュスの両腕が、風の刃にて、落とされる。
剣を持っている、指先が、つむじ風によって、粉みじんにされていく。
聖餐と邪念の剣と、彼が呼んでいたものは、彼女の手の中に収まる。
「成る程……」
「面白い武器だ。これはお前の超能力の一部では無いな。お前自身は理解した」
突如。
アイーシャが、この宮殿の中へと入ってくる。
「…………、デス・ウィングか……。何をしている?」
彼女は、何かを投げ飛ばした。
それは、スフィンクスの頭部だった。ライオンのような頭だが、何処か人間のような顔をしていた。彼女はアクゼリュスの飼う怪物に勝利したのだ。
「後は、お前がやるんだな。後ろの奴を倒せばいい」
デス・ウィングは、アクゼリュスの長剣を手にすると、宮殿の中にあった絨毯を引き剥がしていき、刃の部分に巻き付けていく。
「医務室か売店に行くよ。包帯の方がいい。その方が巻きやすそうだしな」
アクゼリュスは、たじろいでいた。
そして、腰に背負った剣を、アイーシャに向けてかざす。
「我を倒すのか……?」
「ああ、残念だがな」
「うぬぅ…………」
アクゼリュスは、アイーシャの分解剣によって、鉄塊が全身に当たり、衝撃で、頭の兜が飛んでいく。首が無い状態になり、よろめいていた。
兜の中身が、どうやらアクゼリュスの急所のようだった。黒い球体のようなものが見えた。
「それが、お前の心臓のようなものか? 死ね」
アイーシャの左腕は、ドリルへと変化していく。
そして、黒い球体は砕かれていく。
「地下世界の王、冥府の王か。あっけなかったな」
デス・ウィングは振り返る事もなく、宮殿の中を出て、闘技場の観客席へと向かった。
†
ミノタウロスの男、ギアル・ギウスは、人間達の収容されているバラックへと向かっていた。彼は、デス・ウィングから援助を受けていた。彼は決断したのだった。
丁度、アイーシャがロタンを倒して、優勝し、勝利の後に、地下世界の王と倒すと宣言した後に、スフィンクスが闘技場へと舞い降りた時だった。
ミノタウロスの怪力を使って、その場所はこじ開けた。
その部屋を守っている門番達は、死者は首を落とし、生者は首に当身を行い気絶させた。そして、生者の方は、別の部屋へと放り込んだ。
この部屋に入り、沢山の檻を見つけた。
彼は、檻の鍵を次々に錠ごと破壊していった。十分もしなかったと思う。
その後、彼は走って部屋を出る。
やがて、外に出て、バラックへと向かった。
人間達が、沢山、監禁されている場所だ。
そこで、彼は、かぶっていた布を、一度、地面に置いた。即座に小さくなり、巻物のようなものへと変わっていく。
「助けるぞ。道を教える」
そう言って、彼は自慢の怪力で、人間達の入っている檻の錠を破壊する」
「あなたは……」
「救世主だ。だが、お前達全員が助かるとは限らない。それだけは心得ておけ」
†
数日前の事だった。
一戦目の四試合が終わった後、ギアル・ギウスは、デス・ウィングに、何か方法はないかと問いただした。
「私は“観客”。そして“傍観者”だよ。何もしない。だが、何かするとすれば、お前がやるんだ。お前が舞台の、ショーの登場人物になるんだ。その為に、私は援助する事は出来る」
「お前に必要なものを売ろう。お前がやる事を隠せるものだ。私はあらゆる魔法の商品、闇のアイテムを売っている。お前が私から何か買えばいい。丁度、たまたま持ってきた品物の中に、お前にとって役に立ちそうなものがあった」
「いくらだ?」
「そうだな、ここの売店で売られている紅茶とクッキーが一週間分程度は買えるくらいでいい」
ミノタウロスの青年は、首に掲げていたネックレスを、デス・ウィングに渡す。
「ありがとう。この首飾りもやろう。地元で取れる宝石や、仲間の牙や角などをはめこんだ首飾りで、もっとも大切な友人や恋人に贈るものだ」
「そうか、あまり商品としての希少価値や、私の悪意を満足させるものでは無いが、貰っておくよ」
そうやって、二人の交渉は終わった。




