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カタコンベ  作者: 朧塚
28/41

PAPER 8-3

「しばらくは、動かさない方がいいです……っ」

 医者は告げた。

 彼は元軍医だ。ヴェンディが稀に負傷した時に、この病院を使っている。


 殺し屋の癖に、正義の下に戦うという事が許せない。……いや、自由を求めようとする事が、許せないのだろうか……?

 

 彼女は縫合された左腕を見る。

 包帯で綺麗に巻かれている。

 腕の感覚が無い。


 腹にも包帯が巻かれている。


「あああああああああっ、ちくしょうっうううぅぅっぅああああああっ!!!!!!」

 彼女は叫んでいた。

 これだけの負傷をした事は、過去に無かった。


 アビューズと言ったか。

 絶対に殺してやる。



 ささやかな幸せが欲しかった。

 能力者なんてものに、なりたくはなかった。

 力なんてものは、人を不幸にするだけなんじゃないのか?


 ヴェンディには、同年代で、今風の流行りの女の子に対しての嫉妬心がある。


 だから、過剰に、女性誌などを読んで、清楚で、男性から好かれるようなファッションやメイクを選んだりする。普通に幸せになりたい。

 十代の頃、漠然と自分が異常なのだと知って、絶望した。そして、この政府の要人から勧誘されて、諦めが付いた。こういう風にしか生きられないのだ、と。

 今の彼氏である、ポッパは、自分の希望だった。

 普通に生きて、結婚して、こんな政府の下でも生きたい。

 背景のように、一般人に溶け込みたい。

 そればかりが、今の自分の生きる目的なのだ。


 アビューズに対して見たものは、おそらくは鏡のようなものだったのではないか。おそらくは、あちらもそう思っている。



 この社会が、この国が、病んでいて、一部の既得権益を持つ者達が、一般市民達を奴隷のようにして栄えている、という事は彼女は知ってしまった。知ってしまっているから、この国の支配する側に回るしかないのだと思った。そして、だからこそ、恋人であるポッパも、出来るだけ同じ立場に行かせたい、と……。



 自分には何も関係が無かったし、自分はささやかな幸福の為になら、誰が犠牲になろうともどうでもよかった。この国に階級があって、それが見えないようにされていて、大企業や官僚ばかりが国民を奴隷にしていて、甘い汁を吸っている。

 そんな事は多くの人間が知らない。

 深く知ってしまった者達の多くは、収容所に入れられていったのだから。だから、この国は平和を維持している。マスメディアが作った、仮想の平和の中に閉じ込められて、死ぬまで現実を知らないし、どんな苦境な目にあっても、病気で借金を背負っても、子供が餓死しても、長時間労働で過労死しても、全ては“自己責任”という言葉で片付けられるのだ。


 ヴェンディには、何も関係無い。

 アビューズは、馬鹿だと思う。


 平凡に生きたい。

 十代の頃、天から異能の力を授かった時から、そう強く願った。

 普通になりたい人間の気持ちなんて、ずっと普通の世界で生きてこなかった人間には、決して分からないのだろうから。



 アビューズは、少しの間、呆然としていた。


 ヴェンデッタには、逃走された。

 転がっている腕も、持ち運ばれた。

 今、逃してしまったから、また襲撃されるかもしれない、自分ならばいい。だが……。

 ……あのヘタレなジャーナリスト、自分で身を守れる力が何にも無いんじゃあないのか?


 ファントム・コート、ボブの下に戻らなければ……。

「バイアスが守っている筈だ…………。もし、あの女が忠誠が高くて、片腕であのジャーナリストを殺しに行こうとしても、バイアスが返り討ちに出来る筈…………」

 今すぐ、気絶してしまいたい。

 自分も、決して、軽傷では無い事に気付いた。

 この辺りで、何処か身を隠せる場所を探そう。


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