PAPER 8-1
「ごめん、ポッパ。今日は、危険日だから、ちょっと行けない。え、会いたいだけだって? うーん、そんな事言って、君、私の要望守らないよね。ムリヤリやろーともするし。二人で、夜のデートするにも、少し時間遅いしさあ」
眩い笑顔で、彼女は電話相手と話をしていた。
そして、彼女は通話を切る。
「また、会ったわね…………」
彼女の表情は、険しく、豹変する。
白いカットソーに、緑色のスカート。
上から淡いオレンジ色のカーディガンを羽織っている。首からは小さなドングリのような形のペンダントを付けていた。
程良く切った、黒髪の女性だ。少女の年齢にも見える。
大酒やタバコとは無縁そうなファッション。ピアスよりも、イヤリングを好みそうだ。メイクもナチュラルで薄い。程良く上品で、程良く可愛い。
夜の新幹線の音が響く。
「分かった、今日、向かうね、でも、少し遅くなるかも」
そう言って、彼女はスマートフォンを切る。
彼女の表情が、憎悪を帯びた、それに変わる。
「そっけない、彼女とは思われたくないなあ。ポッパは煙草吸わないから、私、吸わないし、ホントは喫煙すれば、穏やかな感情になれるかもしれないけれども。ポッパが吸わない以上、私も吸わない。それにほら、私は清楚系でいたいし、悪目立ちもしたくもない」
「お前は…………」
アビューズが、腰から刺身包丁を取り出す。
「普段は女子大生をやっている」
彼女は赤ずきんを睨み付ける。
ネオンサインが眩い。
ザ・ステートの議員直属の始末人ヴェンデッタと、影の暗殺者集団・御使いメンバーであるアビューズは、歩道橋の上で、対峙していた。この辺りは人通りが少ない。
「アビューズ……」
ヴェンデッタは、首をこきり、こきり、と鳴らした。
「お前、平凡に生きたいと思った事は? どうしようもない程に退屈な日常が、本当に愛おしいと願った事は?」
「…………、俺はそもそも、普通の人間らしい生活というものを知らない。俺は生まれた時から、特殊能力者の兵隊としての人生が始まった」
「そう。私は十代の頃、ある日、目覚めて、バークスの老獪の手下から、誘いが来た。お前が調べ上げている通り、彼はこの国の首相よりも、政治的にも、経済的にも影響力を持つ、影の支配者と言ってもいい。もっとも、外資系の連中、武器商人、奴らのコンセンサスが世界中のあらゆる国家を覆っているから、バークスも本当の支配者かどうかは怪しいけれども……。だが、少なくとも、この国においては、サイコロのような顔をしている首相よりも、権力を持っている、と言っても差し障りはないの」
「お前は、私にとっての、平凡な日常を脅かす害虫だ。病原菌みたいなもんだ。ここで、潰させて貰うわよ」
彼女は、地面を蹴る。
アビューズの頸椎に、強力な蹴りが入れられていた。
ヴェンデッタの、身体能力だろう。
アビューズは、地面に崩れそうになるのを、咄嗟に右手で地面に触れて、空中で一回転しながら、態勢を整える。……次の攻撃を入れられていた。
両脚……。
両脚に、マグナムの弾丸が、撃ち込まれていた。骨の部位は外したが、かなりの深手打だ。…………。
彼女は、素早い……。
「何故、あの自称ジャーナリストのテロリストを守ろうとするのか分からないが、私の役目は、お前のような奴を始末しなければならない。さっさと、頭を撃ち抜かれろっ!」
彼女は、再び、引き金を引く。
今度は、命中せず、アビューズの左肩の上辺りを通り過ぎ、闇夜に消えていく。
アビューズは、彼女の手の動きを眼で追って、銃弾が発射される前に、彼女の腕を落とせないかを、考えていた。だが……。
彼は、気絶してしまいそうな程の痛みに耐える……。
「どんな事を、考えているのかしら…………?」
歩道橋の下で、沢山の車が交差して、走り去っていた。
二人の戦いは、異様な程、静かだった。
だが、確実に、ヴェンデッタの方が、有利だった。かすり傷程度しか負わせられていない……。
「お前をバラバラに出来ると思っているよ……」
彼は、少し苦しそうに言う。
敵は、中々、致命傷を負わせられないのを、苦々しそうに思っているみたいだった。
侮っていた……。
慢心していたのは、自分だったのかもしれない。御使い、というキャリアを、誇り過ぎていた。こんな小娘、簡単に殺せると、思っていた…………。
左腕の肉も、えぐられている。銃弾がかすんだのだ。
この敵の射撃の腕は、中々のものだ。
あらゆる修羅の道をかいくぐってきた、アビューズでさえも、この敵の攻撃を簡単にかわせない。まるで、磁石が鉄にくっ付くように、弾丸が自分の身体を削り取っていく。ギリギリで、致命傷や、脚を深く撃たれる事を避けている。…………。
アビューズは、両脚から流れる出血のせいで、眩暈がしていた。
ヴェンデッタが、彼の下に、近付いた。至近距離まで。
飛び道具を使うが、彼女は、アビューズという存在が、とても憎いかのようだった。
「脳味噌、全部、地面にぶちまけ…………」
確実に、アビューズを殺せるように、ヴェンデッタは、距離を詰めてきた。アビューズは心の中で、ほくそ笑む。
瞬間。
アビューズの右手が光った。
二度、刃は振るわれる…………。




