トーナメント 5-2
2
トーナメントの一回戦、第三試合目になった。
モラグが、にこにこ、と笑いながら、闘技場に佇む。
彼女の子供であるジュアンの頭を撫でていた。
チョップマンが続いて、闘技場に上る。
審判による、試合開始の合図が行われた。
「いくぜ、容赦はしねぇぇぇぇぇ。バラバラにしてやるぜっ!」
そう言うと、彼は手にしていたチェーン・ソーによって、転がっている死体を刻み始める、手足が吹き飛んでいく。
バラバラになった死体が動き出す。
彼のネクロマンシーの力は、切り刻まれた死体のみを操作する能力だった。
対するモラグは、今だ微笑んでいた。
チョップマンは、自分の左腕に、何か違和感を覚える。
どうやら、肘の辺りが、何者かによって喰い千切られていたみたいだった。
彼は辺りを見回す。
ジュアン。
モラグの子供。
その子供は、くちゃくちゃ、と口元に血を付けながら、何かを咀嚼していた。
「あら、ジュアン。服ごと食べなくてもいいのよ」
モラグは満面の笑みをしていた。汚れ一つ無さそうな、微笑。
3
一回戦、第四試合。
ロタンの前に現れたのは、黒いマントを纏った、ヤギの頭をした男だった。
ロタンは、杖を手にする。
ヤギ頭の男は、無口だった。
ロタンの方も、何かを話そうとしたが、話すのを止める。
審判が、試合開始の合図を送る。
死者達が、何も無い空間に浮かび上がっていく。彼らは手に剣や弓などを手にしていた。あの“死体のフライドポテト”によって闘技場とその周辺に飛び散った死体達を動かしているのではない。おそらくは、ロタンが、いつも引きつれている者達なのだろう。
まず先陣を切るように、亡霊達の中で、弓を引き、矢を放つ者があった。そいつは全身がボロボロで甲冑をまとった弓兵だった。矢がヤギ頭の胴体に、あっさりと突き刺さる。次に、槍を持った頭の崩れた甲冑の男が、背後からスワン・ソングを貫く。
スワン・ソングという名の怪人は、微動だにしない。
手応えの有無を、ロタンは槍を持った亡霊に訊ねる。すると、亡霊は確かに人体を突き刺したような感触があった事を告げる。
「……………………」
ヤギ頭は、口元を動かしたように見えた。
いつの間にか、スワン・ソングは、手に何枚かのカードを持っていた。トランプのカードのようなサイズのものだ。彼はそれのシャッフルを始める。カードの裏側には魔法陣のようなものが描かれていた。
彼は、カードの中の一枚を取り出して、無造作に放り投げる。
すると、地面に落ちた後、表側の絵が現れる。
サル、の絵だった。
数字で囲まれた図形の中に、大型のサルの絵が描かれている。
しばらくすると、カードが光輝き、煙を発して、中から巨大な腕が現れる。
そこには、全身が朽ちてボロボロになった、目鼻が溶け落ちて、歯が剥き出しになった、オランウータンが佇んでいた。巨大な類人猿は両腕を広げると、向かってくる、ロタンの幽霊騎士団達を、腕力でふり飛ばしていく。
幽霊騎士団達は、陣形を組み、オランウータン達に次々を矢で射ていく。
同時に、何名かの剣兵達が、スワン・ソングへと剣を向けた。ヤギ頭の魔人は、刃によって切り裂かれていく。
再び、スワン・ソングは、カードをシャッフルした後、カードの一枚を投げ付ける。
今度は、ドラゴンの絵が描かれていた。
ロタンは息を飲む。
闘技場に、骨や内臓を露出させた、巨大なドラゴンが現れる。
†
「本気を出すつもりは無かったのか?」
顔をフードで覆っているマントの男、アディシェスが、ヤギ頭スワン・ソングの顔を見下ろしていた。
医務室だった。
スワン・ソングは答えない。しばらくして、彼は静かに立ち上がる。
「なるほど…………」
アディシェスは、何かを悟ったみたいだった。
「私は決勝戦まで残るつもりでいたが。あの男の意志に興味があったのだな」
†
「とても良い眺めでしょう?」
ウキヨはネクタイを締め直しながら、闘技場を見下ろしていた。マジック・ミラーになっており、向こう側からはこちらの存在は分からない。
「ウキヨさん、ゾンビ、という存在を、貴方以外の武器商人や、企業の社長連中に見せてやりましたよ」
「どうでしたか?」
「私の満足のいく反応でした」
「それはそれは」
二つの邪悪は、談笑していた。
バークス議員は、タバコに火を付ける。
「今、地上世界のオリンピックは、順調に下準備を進めていますが。この地下世界のコロシアムも中々のものですな」
「悪魔アクゼリュスと契約を交わした甲斐があります。良いビジネス・パートナーを得たものですよ」
六十を過ぎた大柄で小太りの男は、クリスタル製の灰皿に吸い終えたタバコを落とす。
「ところで」
バークスは、ウキヨの連れてきた男に目をやる。
濃い眉に、顎鬚を伸ばし、ざんばらな長髪を結んでいる。スーツ姿だが、着崩しており、ビジネスマンには見えない。
「貴方のボディーガードは役に立つのですかな? 私の護衛は、大学の単位とボーイフレンドとの交際のために、私からの仕事をよく断る。この地下闘技場には来られない、と強く断られました。まったく、アルバイト感覚だ。プロ意識がまるで無いのですよ」
「でも、優秀なのでしょう?」
ウキヨは、張り付けた笑みで訊ねた。
「ですな。まあ、彼女は学生ですからね。遊びたい年頃、という事もあるのでしょうなあ」
「トモシビ」
ウキヨは、自身のボディーガードの名を告げた。
「しばらく、この議員さまの護衛を。私は少し、別の場所へ向かう」
ざんばら髪の男は頷いた。




