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カタコンベ  作者: 朧塚
23/41

PAPER 7

 アビューズは電話を切る。

 エンプティ。

 彼は、また御使い候補を探してきたらしい。

 御使いは、身寄りの無いものの中でも、特に特殊な者達が、エンプティなどのリーダー的に組織を率いる者達の審査の結果、勧誘が行われる。


 この人生に何の意味があるのか分からないが、自分はきっと、自身の力を手にして、自身の止められない感情を、行為に移すしかないのだと思う。



『繁茂の館』の一角にある、傷痍軍人達の座敷を出た処だった。

 経済的徴兵制度として、戦争に行った兵士達の中で、手足や眼球などが吹き飛び、不具者となった者達が、この館には収められており、彼らはみな、英雄として祀られているが、実態はまるで違い、毎日、死にたいと願い、戦争に行かなければ良かったと後悔する日は無いのだと、アビューズに告げた。


 いっその事、傷痍軍人、全員を楽にしてやろうかと思ったが、迷った。

 今の処、そこまでの義理は無い。

 今だに、自分は迷っている。

 エンプティを、……裏切るべきかどうかを、迷っている……。


 カフェで、あのファントム・コートに会ってから、調子が狂っている。

 

 もしかすると、これまでの人生において、自分でただ一人、決断しなければならない事なのかもしれない。もし、自分が自分の道を決意すれば、きっとこれからは長い孤独にさらされるだろう。



 アジトに戻って、ビデオでも観ようと考えて、レンタル・ビデオに寄ると、この国の創生神話やこの国の国旗などがパッケージになっていて、愛国心を煽るようなDVDが、ずらり、と並んでいる。棚の隅々まで見てみると、障害者がいかに不要なものかを描いているような介護の実態のDVDまで置かれていた、後はアクションや恋愛ドラマなどが多い。そう言えば、本屋に寄っても、こんな感じだった筈だ。



 これから、御使いを、エンプティを、裏切らなければならない。


 ヴェンデッタと対立し、戦い、挙句の果てには、殺害する事。それは、結果として、この国の政府や大企業のボディーガードをしている御使いの裏切りであり、つまるところ、エンプティへの裏切りになる。

 もう、戻れない。


 ただ、自分は弱さを乗り超えたいのだと思った。



「大丈夫ですか?」

 バイアスが声をかける。


 ボブはホテルで、落ち込んでいた。

 自分の報道を聞き入れようとする者は、ほとんどいない。

自分のやっている事は、ただの危険と隣り合わせの虚無なんじゃないのか、と。この国の国民達は、真実を知ろうとしない。真実を報道しようとして、テロリスト扱いされてしまっている。

 それに、昨日は、謎の殺し屋に会った。

 彼は、脅しに来たのだろうか。


「バイアス、ありがとう。俺は少し、朝食を食べに向かうよ」

「今、外に出るのは危険かも……」

「大丈夫だ。あれから襲撃は無い。それにアイーシャも、また戻ってくるんだろう?」



 朝の駅は混雑している。

 彼は、喫茶店を変えて、サンドイッチとコーヒーを取る事にした。そして、半ば義務的のように、この国の新聞を読む。


 昨日の怪人は現れなかった。


 少し人通りが少ない路地を歩いていた。

 いつもの散策場所とは違う。

 アパートと、プレハブ小屋が密集している。

 鬱蒼とした森が、建物の向こう側に見えた。


「あの、すみませんー」

 ボブ好みの、美人だった。まだ若い。

「道に迷っているんですけど、学校に遅刻しそうになって、ここからどうすれば××商店街に戻れますか?」

 あどけない口調だった。

 彼は、少しだけ鼻の下を伸ばす。

「学生さんなのかい?」

「はい、大学生です」


 白いブラウスの上に羽織った、オレンジ色のカーディガンが、とても健康的な印象を受けた。可愛らしい……。清純タイプ、とは、こういう子の事を言うのだろうか……。


「えと、何か落としましたよ? お兄さん」

 彼女は爛漫な口調で告げる。

 ボブは、財布でも落としたのか、触る。

「いや、私の持ち物ですねえ。お兄さんの事が書かれていますねえ。国家指名手配犯、自称ジャーナリストのテロリスト、ファントム・コート。これ、お兄さんの事ですよねえ?」


「……、お、お前は……?」

 彼女ははにかみながら、何かの写真の束を、ボブに向かって投げる。

 写真には、アイーシャが殺害した者達の死体が映っていた。ペンキで字を書いた看板なども写っている。

「家族も殺すかあ。困ったなあ。私はお父さんもお母さんも大切だからなあ」


「守るべきものが沢山あるって大変ですよねえ、窮屈だし」

 彼女は、アパートのゴミ捨て場の中から、何かを拾ってくる。大きめのバケツだった。中身があった。汚れないように、ハンカチか何かでハンドルを握り締めているみたいだった。

「でも、たとえば家族がいない、とか、孤児とかだったらどうするのかなあ? 家族に死んで欲しいとか。私は平穏な生活を守りたいんですよ。テロリストさん」

 彼女は、二つのバケツを転がす。

 中から、少し乾き始めた、人間の細切れ死体が広がっていた。


「無能な部下達なんで、家族もろとも殺しちゃいましたっ!」

 彼女は両手を合わせて、はにかむ。


 ボブは、尻もちを付いた。

 脳漿と、頭蓋骨の破片などが、地面に飛び散っていた。

「お、お前は…………?」


「私ですか?」

「私の名はヴェンデッタ。血の復讐、報復、などを意味するコードネームらしいです。未成年の時に、政府のヒットマンに登用されました。今は花の女子大学生ですっ! 彼氏持ちだから、ナンパとかしないでくださいねっ!」


「ねえ、ねえ、テロリストさん。昨日の仕事は、部下達の家族を殺しまくってたんですよ。一夜漬けだから、眠いです。軍の上層部から徹底しろ、って言われているので、私、頑張っちゃいましたっ!」

 彼女は、いつの間にか、ベレッタ拳銃を手にしていた。引き金を引く。

 ボブの太股が撃ち抜かれる。


「…………っ!!」

 言葉に出来ない苦痛だった。

「あ、今、殺しませんよ。大丈夫。政府からは殺さずに捕えるように言われています。まあ、これからの尋問、拷問とかも私がやるのかな? それとも別の人かなあ?」

 彼女はスマートフォンを取り出して、誰かに連絡しているみたいだった。


「ボブさん…………っ!!!!」

 

 誰かが叫んでいた。バイアスの声だ。


 大量の杭達が、ヴェンデッタへと襲い掛かる。手応えは無い。

 無数の杭は、舗装された地面に突き刺さっている。


「お前が怪物少年か」

 彼女はアパートの上によじ登りながら、柔和な笑みを浮かべていた。

「別組織の人から聞いているよ。お前にダメージを与えたら、怪物化するって。でも、お前自身の能力は大した事は無い。ふふう、お前の命に興味は無いんだよねっつ!」

「何っ?」


 まるで、瞬間移動でもするかのように、ヴェンデッタは消えていた。

 彼女が立っていたアパート屋上の壁には、無数の杭が突き刺さっていた。

 ボブは、みぞおちに、重い拳を食らった事に気付いた。


 ふと。


 赤、が、現れる。


 そいつは、ヴェンデッタの前に立ち塞がる。


「色々、悩んだけれども、俺には、この道しかないみたいだ」

 赤、は、告げた。


「喫茶店でも、出会ったな」


 赤いずきんの男が、声をかけてきた。

 ボブは、少し警戒する。

 今、アイーシャの代わりに、バイアスが彼を警護している。

 赤い髪の少年バイアスが、警戒心を露わにしていた。


 喫茶店では、バイアスが、たまたまトイレに行っていた。だから、目の前の敵が、ボブを殺そうと思えば、殺せた筈だ。


 殺意は、特に感じられない。敵意もだ。


「お前、『繁茂の館』を調べていただろう?」

 アビューズは、問う。

 ボブは頷く。

 バイアスは、警戒心を露わにした。

「奇遇だな。俺もだ。そして、お前も傷痍軍人達の病室や、反戦思想を持つ者達に出会ったな?」

 それは、尋問というよりも、共鳴のようなものだった。


「あのう、俺はですね…………」

「仲間だ」


「ファントム・コート。俺達は仲間だ。俺は覚悟するし、決意する。俺は今の仲間達を裏切って、権力者達専属の殺し屋をやめる。お前の側に着く」


「護衛に、困っているんだろう?」


「え、ええ、アイーシャというフリーランスの傭兵を雇いましたが。彼女は別の仕事を優先して、俺の方に彼女の部下であるバイアスを置く、と言ったのですが…………」


「俺がお前の護衛をしてやる。無償でだ」


「気付いていると思うが、このホテル。囲まれている…………」

 赤ずきんは、強く言う。

「早く、この場所から逃げるんだっ! 俺は、あの女と戦うっ!」

 アビューズは、バイアスに向かって、囲んでいる兵隊達を始末するように告げた。


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