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カタコンベ  作者: 朧塚
18/41

PAPER 6-生きるに値しない命 Lebensunwertes Leben-2


『Lebensunwertes Leben』


「“生きるに値しない命”の措置は決まっているな」

 彼は通信機を使って、部下に命令していた。

 ヴェンディは、ボディーガードとして、彼の隣に佇んでいる。


「我々は“悪魔”と取り引きをした。これで収容所の維持のコストが浮く。収容所は解体し、この国家にとって必要の無い者達は、悪魔に任せるのだ」

 彼の心の底には、誰にも分からない。

 TV画面に映る時、彼はいつもリーダー・シップを取れる、よき政治家だと、国民から慕われている。多くの者達が、バークスの仮面に気付かない。


「ヴェンデッタ」

 与党議員は、にこやかに笑った。眼の奥は笑っていない。

「お前も見に行くか? クズ共のなれの果てを」

 ヴェンディは頷く。



 大企業の幹部達、そして与党議員達が集まって、その光景を目にしていた。


 研究室だった。


 人一人が入れるくらいのカプセルが、中央にはあった。

 ホームレスの若者の男が、カプセルの中にはいた。

 彼は移民として、この国にやってきたらしい。


 胡散臭げな、黒装束の男が、不気味に立っていた。

 彼は頭巾で顔を覆っていて、何者なのか分からない。

 ハロウィンの仮装のようだな、と、議員の一人が苦笑いを浮かべた。

 カプセルの中の男は、何かを叫び、哀願していたが、声は聞こえない。


 白衣を着た男が、コンピューターを弄っていた。

 すると、カプセルの中で、シャワーのように煙が充満していく。


「あれは……?」

 ヴェンディが、バークス議員に訊ねる。

「チクロンBだ。殺虫剤だよ。害虫駆除には素晴らしいだろう?」

 

 カプセルの中にいた若い男は苦しみ、のたうち回り、やがて死へと至った。

 それから、やがて彼は死に至った。

 バークス議員は腕時計を見る。

「意外と長く生きていたな」


 そして、彼は黒装束の男に声を掛ける。

「お前の力を、みなに見せてやれ」


 黒装束は頷き、カプセルに歩み寄り、毒死した男に向かって両手を掲げる。

 しばらくすると、カプセルの中の男は立ち上がって、周囲を見ていた。

 白目を向いている。口は呆けたように開いている。

 死から蘇生させたわけではない。どう見ても、生者とは思えないような、異質で、奇妙な表情を浮かべていた。


 歓声が湧き上がる。


「こ、これはなんですか?」

 驚きの声を隠さず、有名飲食店を経営している男は訊ねた。

「ネクロマンシー(死霊術)で御座います。つまり、この男はゾンビとして蘇ったのですよ」

 暗く、奈落の底から這いずってくるような声音で、黒装束の男は答えた。

 壮大な拍手が行われる。


 その中で、他の与党議員の一人と、製鉄業を営んでいる会社の社長が訝しげな顔をしながら手を上げた。

「トリックやマジックですか? 我々は“生きるに値しない命”をどう扱うべきか、を、拝見しに来たのですよ。彼らは役に立たないから、もっと有用に扱うように、ここでは研究がなされていたわけではないのですか?」

「私も同意見です。奇術の類を見に来たわけじゃない」

 バークス議員は、薄笑いを浮かべた。

 そして、白衣の研究員と、黒装束の男に指示を出す。

「奥の部屋へ案内してやれ」



 そこには、大きな鉄格子があった。

 まるで、猛獣でも入れる入れ物みたいだ。


 中に入った時の、強烈な臭気によって、みな顔をしかめた。人間の死体の臭いだ。死後、一か月以上は経過しているのだろうか。

「なんだ、この臭いは……?」

「バークス議員、これは一体……?」

 悪臭による不快は、一瞬だった。

 彼らは、檻の中にいる、ある者達に気が付いたからだ。


 頭蓋が腐り、脳が溶け、所々が白骨化している男。頭部を失っても、動いている老婆。胸から腹を裂かれて、中を虫によって喰い荒らされても動いている少年……。ありとあらゆる腐乱死体が、動き、唸り、呼吸をしていた。


「こ、これは一体、なんなのだ?」

「何を考えている?」


「だから、ゾンビですよ。子供の頃、漫画や映画でも目にしたでしょう?」

 バークス議員は、にこやかに、一同を見渡していた。

 ヴェンディも、口元を押さえる。


「今後、生活保護受給者、移民、ニート、身体障害者、精神障害者、ホームレス、反政府の運動家、子作りも出来ない同性愛者ども、金にもならない芸術家きどりのもの、税金の一つも払えないゴク潰し、彼らのようなこの国に有用で無い者達を、殺処分した後に、このようにゾンビとして再利用しましょう。よく働くと聞きます。きっとお役に立ちますよ」


「私の店舗は、全国にありますが……。食品衛生上……、このような者達に接客や倉庫管理などは任せられませんなあ…………」

 飲食店を経営している男は、失笑しながら告げた。

 他の者達も、苦笑いをしながら頷く。

 この国では、何もかもが異常だったが、ここにいる者達の殆どは、ヴェンディも含めて、半ば絶句していた。

「アンドロイドの開発とかされてはいかがでしょうか……? 人工知能とか……。そちらの方がはるかに有用かと……」

 議員の一人が、冗談交じりに述べた。


「工業製品を作る際にも……、このような者達では、悪臭が商品に沁み付いてしまう……」

 バークスは笑みを崩さない。

「ははっ、みなさま、とても驚かれているようだ。確かに、人工知能を持つ機械を生産し、存在価値の無いクズ共は骨も残らず処分するのが良いでしょう。ただ、我が国では、今だそのような技術の開発は発展途上です。しかし、このような“魔法”と呼べる技能を持つ者を登用してみるのはいかがか、と」


「……少し、気分が……。仕事がありますので、私はこれで」

 議員の一人が、その場を去っていく。

 一人、また一人と、この部屋を出ていった。


 バークスは、今だ笑みを浮かべ続けていた。

 ヴェンディは訊ねる。

「私もそろそろ、おいとま……」


 彼女の声を遮るように、議員の一人が手を上げた。

「技術は何かに使えます。彼らを戦場に送り込むのはいかがでしょうか?」

「……ようやく話が分かる者が。そうですよ」

「×××国では、原子炉がメルトダウンしています。復旧作業に使いましょう」



 ヴェンデッタは、何回か、このゾンビを作り出せる死霊術師のいる研究室に招かれた。


 おそろしい事に、何度も回数を重ねるうちに、ゾンビ達を見て、議員や会社の社長達は、嬉々とした目で、彼らを見るようになり、彼らをどう有効に使うかの意見を言い始めた。人間は、何処までも残酷になれるのだろう。それが、自分達では無い、自分達がゴミだと考えている存在ならば、なおさら……。


 一般市民は、この情報を絶対に知らされない。


「私が取り引きをしている悪魔の話によると、ネクロマンサー達同士で、剣や銃を持って戦い合う試合があるそうだ。お前も見に行かないか? 私個人でも、そのような試合をやらせてみたいと考えている」



 ヴェンデッタは、結論する。


 つまり、一般市民は、あの檻の中のゾンビと同じだ。

 無思考で、支配される者の命令を絶対的に従い続ける。

 地下世界で開催されている、というトーナメントの事を思う。ゾンビ使いが戦っているのだと……。国民は知性の無いゾンビみたいなものなんじゃないのか?

 この国のオリンピックを開催する為に、医療、福祉、教育費を膨大に削った。みな、喜んで、この大イベントに熱狂している。地下世界で行われているというトーナメントも、オリンピックも変わらず、むしろ、極めて同じ構造の下に成り立っているものなんじゃないのか?


 おそらく、この理解の仕方は、事実なのだろう。

 けれども。

 彼女は、この先、何十年も、おそらくは変わらない体制の中で生きていかないといけないのだ。……生きていこうと自分は決意している。



「この国の大衆どもは、奴隷根性が沁みついているから、ポルノを制作して、グルメのTV番組ばかりしていれば、誰もこの国に不満なぞ持たんよ。知能が著しく低い馬鹿なんだからな。我々はそんな低知能なクズどもから甘い汁を吸っていればいい。人間と思うから駄目なんだ」

 彼はつねに誰かを蔑まずにはいられないみたいだった。


「誰もがやっているんだから、私個人がやったって構わないだろう?」

 いつものように、バークスは、口癖を述べる。

“誰もがやっているから、構わない。”


「後は、サッカーとバスケの試合を見ていればいい。ネクラな性格の連中は、無内容な漫画に夢中になっていればいい。ヴェンデッタ、私の仕事はな。そんなクズどものために、おべんちゃらを言う事なのだよ。現に連中は馬鹿でクズだから、表現の規制をほのめかすと、大好きなポルノを弾圧するな、と喚いた。ガキの大好きなアニメの放映を潰す気か? だとかな。もくろみ通りだった。やはり、クズは何処まで行ってもクズだな。そんな奴らに人権なんて必要無いだろ?」

 彼は嬉々とした声で、演説を続けていた。



“超能力者”である自分は、この壮年に差しかかった老議員の頭など、拳銃の一撃で吹っ飛ばすことが出来る。よくボディーガードのように参加させられる会議や、人体実験の観賞に付き添わされるのだが、

 この議員を殺害するのは、あまりにも簡単なのだ……。

 それなのに……。

 怖い……。

 ヴェンディは、つねづね、そう思いながら、彼の話を聞いて、彼の行動を見ていた。


「×××国は放射能汚染が酷いそうだが。その首相と会談する事になる。我が国が製造している核兵器を購入してくれるそうだよ。相場の数倍だ。羽振りがいい」

 彼は書類に目を通していた。


「×××国の国民も、カモだな。首相も、その国の社長連中も、鼻で笑っているよ。やつらは愛国心のために核兵器でも原発でも発癌性物質の高い食品でも買ってくれるさ。我々の国と同じように、馬鹿だから。なあ、ヴェンデッタ、君は人間には階層があるのがよく分かるだろう? いや、そもそも人間とは同じ皮をかぶっているようであって、実質は、別の生き物といってよいのだよ」

「…………、それは、人種、思想などにも言えますね?」

「まあ、そうだな」

 彼は煙草に火を付ける。


 国民自らも、望んでいるのだ、

 苦しみを乗り越えた、新秩序が必要だと、みな熱狂している。

 なら、そうするしかないのだろう。



 この国の首相である、ランプ・ジョーク氏は移民犯罪を無くすために戦っていると述べた。喚き散らし、政治に関心があるとされる国民達は、彼の演説に熱狂している。

 街の喫茶店に入れば、ハンバーガーショップに入れば、この首相の話が耳に入ってくる。この国の首相を敬い、敬意の眼差しでTV画面を見ている者達の声が耳に入ってくる。


 自分が死ぬのは怖くは無かった……。

 家族を、恋人であるポッパを守らなければならない……。

 そして、数少ない友人達……。


 そのために、自分は権力側にいるのだ。

 誰を犠牲にしてでも、邪悪な何かに加担してでも、自分は引き金を引くのだ。


人間には、奪う者と奪われる者の二種類がある、本当は、両者は表裏一体なのかもしれない。あの狡猾なバークス議員でさえ、世界の軍事産業、資本家達の権力の最中では、結局のところ、傀儡(かいらい)に過ぎなく、マリオネット人形でしかないのだ。

 

 今更、後には引けない。

 自分は、平凡な人生を目指してきた。誰にも邪魔されないような……。

 だから、絶対に、後には引けない。



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